恋のカタチ
私の乗る方向の電車は、行ってしまったばかりで、電車を待つことになった。ホームでぼんやりと電光掲示板を眺めていると、友人の声にそっくりな声が飛び込んできて、思わず、振り返った。
私の目の前に立っていたのは、晶の姿。大学時代からの友人で、卒業してからもよく会っている。私も晶も仕事で帰りが遅いことが多く、数か月に一回会えれば良い方だ。晶は、システムエンジニアとして活躍していて、休日出勤も多い。それでも、来週は晶も交えた友人四人で、旅行に行く約束をしていた。
晶は、ショートカットの髪に長身のすらっとした体躯の持ち主。服装もいつもパンツスタイルで、どこか少年のような中性的な印象を受ける。自分の思っていることをなかなか口に出さない部分があって、私にちょっと似ている。
その晶と向かい合う形で、小柄なかわいらしい女の子が立っていた。立っていたというより、晶に寄りかかっていたといった方が正しいだろうか。
「電車来ちゃうから乗って。気をつけて帰ってね」
晶は、女の子をそっと引き離すと、自然な流れで頬に軽く唇を合わせる。来た電車に女の子を乗せると、手を振った。女の子はうっとりとした表情を浮かべ、晶に向かって手を振っていた。その表情は、本当に大好きな人に向かって浮かべる顔に見えた。晶の表情はあまり見えなかったが、何となく悲しい背中に見えて仕方なかった。
晶も私と同じ方向の電車に乗るらしく、振り返り、私の方に歩いてきた。その表情があの女の子と全く違い、何かを耐えているようなつらい表情に見える。
晶を見つけた時点で、その場を離れるべきだった。そんな後悔も先に立たず、晶は私を見つけ、小さく「あ」の口の形を作った。そのまま晶はまっすぐ私に近づいてくる。
「真由・・・・・・。どこから?」
質問の意味がよくわからなくて、頭の中で反芻した。どこから見ていたのかという問いだと、やっとわかる。
「えっと。あの子かわいいね」
私は気づまりできちんとした答えを言うことができず、つい晶を茶化したような口調になってしまう。
「うん」
「付き合ってるの?」
「うん。まあそういうことになるのかな」
晶にレズビアンだと聞いたのは、卒業間近の頃だった。私は晶が女の子を好きなことに気がついていたので、特に驚きもしなかった。だが、晶が続けた言葉は予想していなかった。
「私、澪子のことが好きなの」
大学時代から親しくしている澪子への気持ちを語った晶。澪子の話を嬉しそうに、そして時折、悲しげな表情を浮かべ、語るのをただ聞いていた。澪子とは良い友人でいたいから、自分の気持ちは澪子には言わないつもりだ。そう言ったときの晶の表情は、きれいだったけど、とても悲しかった。私は、澪子が晶の気持ちを受け入れることはないだろうと思い、つらいと感じた。
でも、こうして目の前で、晶が女の子とキスを交わしているのを見ると、嫌な気分になった。嫌な気分になったのは、もちろん自分自身に対してだ。人を好きになるのも、人と付き合うのも自由だ。女の子を好きな晶は、キスを交わしていて、相手の女の子は幸せな表情を浮かべていた。私は人を好きになってもキスを交わすことすらできない。
私と晶は、同じ方向の電車に乗り込んだ。目の前の席に座ると、晶は隣に座った。私と晶は、何も言わず、窓の外を眺めていた。私の膝の上に置いたバッグが振動して止まった。携帯を取り出すと、さっき会っていた男の人の名前を発見して、落ち着かない気分になる。
「真由は、今日、デートだったの?」
いつもより時間をかけた化粧に違和感を覚えたのか晶がそんなことを言った。
「デートってほどでもないけど、男の人と会ってた。ちょっと飲みに行っただけ」
私はなるべく軽い調子の口調に聞こえるように気をつけて言うと、下を向いた。そう。さっき会った男の人とは、ただ軽く飲みに行っただけで何でもない。口に出してしまうと、空しくなってきたのを感じた。
私はこれ以上、自分のことを聞かれたくなかった。
「晶こそ、彼女ができて良かったじゃない。あの子、かわいいね」
私は、晶がつらい表情をしていたことには触れずに言った。
「うん。私にはもったいない」
晶は多くを語ろうとせず、またつらそうな表情をした。話題を変えようと私が次に出した言葉は、最悪だった。
「そうだ。来週の金曜ね。澪子と会うの。晶も、仕事が早く終わったら一緒に」
私が全てを言い終わる前に、晶は急に立ち上がった。
「じゃあ、私、次で乗り換えだから。乗り換えに時間ないの。乗り換えに近いところまで移動しておかないと。真ん中くらいかな」
晶は不自然な程、早口でまくしたてると、足早に揺れる車内を移動して、私の隣から去った。
晶は、澪子のことを思っている。態度だけでわかってしまった。