表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
91/92

91  由良 ◇ 失敗したかも……。


(だいぶ早く着いちゃうかなあ……。)


家でじっとしていられなくて出てきてしまった。


(ゆっくり歩いたらどれくらいかかるだろう?)


初めてみんなで行ったときには15分くらいだったかな? 自転車だと10分はかからないと思うけど、ちゃんと時計を見ていたわけじゃないから……。


(いい天気。部活日和だね。)


日差しを手で遮りながら道路を渡って、朝日公園の野球場に沿って左に歩く。秋の青空の下、野球場では少年野球のチームが元気に試合中。小学生のユニフォーム姿がかわいらしくて、思わず微笑んでしまう。


(佐矢原くんも、小学生のころからやってたって言ってたよね。)


きっと、あんなふうに元気いっぱいだったんだろうな。


(あ。)


野球場の打席のうしろは公園の角。高いネットの裏には結構大きな木が何本も生えていて、高い枝が屋根のように広がっている。薄暗い木陰に入ると、空気が少しひんやりした。


(ここで佐矢原くんに声をかけたんだったなあ……。)


急に大雨が降ったあの夕方。


土砂降りの雨とものすごい雷の中、窓から見えた佐矢原くんを追いかけてここまで来た。雷雲で、まるで夜みたいに暗くなっていたっけ。街灯の光で、佐矢原くんの着ていた白い服がぼんやりと浮かび上がって見えた。雷が光ると周囲が真っ白になって、木が黒いシルエットになった。


(すごく昔のことみたい。)


半年……も経っていないはずだけど。


「ふふっ。」


あの日のことを思い出すと、今でも笑ってしまう。遠慮する佐矢原くんを家に入れて、シャワーを貸してあげて、服を洗濯機に入れて。


(強引だったよねー……。)


自分の行動なのに信じられない気がする。男の子にあそこまで積極的に親切を押し通すなんて。


もちろん、あのときは風邪をひかないかと心配だったから。それに、佐矢原くんが相手だからできたこと。ソフトボールの練習でお世話になって、佐矢原くんがわたしを普通に扱ってくれることが分かっていたから。そして、わたしを「猫」って呼んでくれて、焼きそばパンを嬉しそうに受け取ってくれたから。


(焼きそばパン……。)


今日も喜んでくれたかな。あれを見てすぐに、わたしからだって分かったかな。もちろん、春野さんたちが伝えてくれただろうけど。


(それとも、やっぱり怒ってるかな……。)


勝手に春野さんたちに会いに行ったことを。あの子たちがマネージャーに復帰する手助けをしたことを。


あの夜に電話を切ったあとも、ずっと、二人と話すことが絶対に必要だという思いが消えなかった。それをしない佐矢原くんは間違っていると思った。だから、佐矢原くんが止めたことを無視して、次の日に二人のところに行ったのだ。


けれど、きのう、あの子たちから話を聞いて、佐矢原くんとあの子たちのあいだに何があったかを知った。不愉快な言葉の応酬があったこと、そしてその中に、わたしに関することも含まれていたことも。


そんなことがあったから、佐矢原くんはあの子たちと話すのが嫌だったのだ。そして、わたしのことを思って、二人が休部していることをわたしには話さなかったのだ。


そのとこに気付いて、とても申し訳なくなった。自分の配慮の足りなさを反省して、落ち込んだ。


あの子たちと言い合いになったことや、そのせいで休部をされたことは、佐矢原くんにはとても嫌なことだったと思う。でも、わたしの前ではそんな気持ちを見せなかった。いつもと同じように笑顔で、わたしにはやさしかった。その機嫌の良い表面だけを見て、わたしは佐矢原くんを「冷たい」と責めてしまった。


(最低の彼女だ。)


佐矢原くんのことをこんなに好きなのに。


佐矢原くんに大事にされているのに、わたしは佐矢原くんの気持ちを考えてあげることをしなかった。許してもらえなくても仕方がない。今日、来てくれなくても。


(でも、せめてお詫びの気持ちは受け取ってほしいな……。)


たった一つの焼きそばパン。あんなものじゃ、「いらない」って言われちゃった可能性もあるよね。


(あの子たちも利恵ちゃんも、佐矢原くんは怒ってなんかいないって思ってるみたいだけど……。)


しかも、利恵ちゃんには、わたしの方が無視しているように見えていたようだけど。


確かに、今週はあれから口を利かなかったのは事実だ。利恵ちゃんに「無視してる」って言われたってことは、佐矢原くんにもそう受け取られている可能性が高い。だとしたら、やっぱり怒っているかも知れない。


わたしの気持ちとしては、無視というわけではなかった。もちろん、最初は少しばかり怒っていたのは事実。でも、もっと大きな理由は、反対されたのに春野さんたちに会いにいったこと。そのことが後ろめたくて、顔を見ることができなかったのだ。


(伝言はちゃんと伝わったかな?)


メールは送る勇気が出なかった。無視されるかも知れないと思うと。あれからお互いに一度もやり取りしてないし。


春野さんたちに「一緒に届けに行きましょう」って誘われたけど、そんなことはもっとできるわけが無い。


(あ、もうすぐだ。)


いつの間にか見覚えのあるマンションの横を歩いていた。このマンションの角を曲がると緑のネットが見えるはず。


ここに来るのは三度目だ。一度は一人で来たここなら道に迷う心配はない。


(……ほら、見えた。)


少し古いバッティングセンター。まだ離れているここにも、少しだけ音が聞こえてくる。


(懐かしいな。)


最初に来たのはソフトボールの練習のときだった。そのときは五人で。その少しあと、佐矢原くんが突然、呼んでくれたのだ。


(あのときは楽しかったな……。)


わたしは富里くんが一緒にいるものだと思ってやって来た。二人にあげるためのパウンドケーキを持って。でも、佐矢原くん一人しかいなくて、そんなふうに気軽に自分が誘われたことに少しびっくりした。


(そう。びっくりした。でも、それだけじゃなくて、嬉しかった。)


佐矢原くんが、わたしを友だちとして認めてくれたことが。


楽しい時間を共有できることが嬉しかった。そして、佐矢原くんが、わたしと楽しい時間を過ごせると思ってくれたことが。


そんなふうに大切な思い出の場所だから、今日の待ち合わせに選んだ。具体的に場所の名称を出さずに。「初めて二人で遊んだ場所」って。


(覚えていてくれるかな……。)


あのとき佐矢原くんは、どのくらいの気持ちで誘ってくれたんだろう? まだ「お友だち」のつもりだったのだとしたら、もう忘れているかも……?


(着いちゃった。)


スマホで時間を確認すると2時40分。約束の時間までまだ20分もある。


(どうしようかな……。)


自転車置き場の横のベンチはあいている。前のときもそこでおやつを食べたから、今日もそこで待つつもり。でも、20分も……、もしも佐矢原くんが来なければもっと長い時間、そこに座っていることになる。バッティングセンターで、何十分もただ座っているだけなんて、不審な感じに見える気がする。


でも、うろうろ歩きまわっているあいだに佐矢原くんが来て、わたしがいないと思われちゃったら困る。かと言って、時間を潰すために一人でバッターボックスに入ってみる勇気は無い。


(とりあえず、中をのぞいてみよう。)


もしかしたら、もう来ているかも知れない。バッターボックスで打ってるかも。


中には入らずに、金網の外から様子をうかがってみる。今日はここにもユニフォームを着た小学生がいる。でも、佐矢原くんらしき大きな体は見当たらない。


(仕方ない。座って待たなくちゃ。)


自動販売機でオレンジジュースを買って、自転車置き場の横のベンチへ。そこで、ふと気付いた。


(もしも、佐矢原くんが場所を間違えたら……?)


よく考えたら、佐矢原くんが来なかったとき、来ない理由が分からない。わたしが嫌いで来ないのか、場所が分からなかったのか。


これを思い付いたときは、佐矢原くんが来なかったら仕方がないって思った。あきらめようって。先週、二人で横崎に行ったばかりだから、そっちと勘違いしちゃう可能性もあると分かっていた。それでも仕方ないって。


でも、今は、佐矢原くんが場所を間違えただけなら仲直りしたい。だって、佐矢原くんは仲直りしようと思って、どこかの場所に行ってくれているのだから。その気持ちを受け取りたい。


(何やってんだろ、あたし……。)


また佐矢原くんの気持ちを考えていなかったんだ。


そもそも、許してもらうのはわたしの方なのに。偉そうに謎かけなんかするなんて、なんて馬鹿なんだろう!


(どうしよう?)


佐矢原くんはここに来てくれるかな? 違う場所に行ってしまってわたしが見つからないときには連絡をくれるかな? 連絡が無いまま佐矢原くんが来なかったらどうしよう? それは「来ない」という意思表示なのか、どうやったら確認できる?


『バッティングセンターで待ってます』って送った方がいいかな?


(でも……。)


佐矢原くんがもうわたしを嫌いになっていたら、こんなメール来たら不愉快だよね。「今さら何だよ!」って怒っちゃうかも知れない。


(ああ、ホントに馬鹿だ!)


待っているしかないよね。でも、何時まで待つべき? 歩いて来ちゃったから暗くなったら怖いけど……自業自得だよね。


(ああ……。)


もっと普通に謝れば良かった……。








次回、最終話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ