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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
9/92

09  由良 ◇ 何でもありません。


「みゃー子〜、あたしドキッとしちゃったよ〜。」


ソフトボールの練習が終わって見に来ていたみんなのところに行くと、利恵ちゃんがぴょんぴょん跳ねながら言った。


「あのままキスしちゃうんじゃないかと思っちゃった〜。」


わたしの腕に手をかけて、なんだか興奮状態だ。キスしちゃいそうなんて、そんなに大きな声でするような話じゃないと思うけど。周りのみんなもくすくす笑ってるし。


「そんなにすごいことがあったの?」


昇降口へと歩きながら訊いてみる。利恵ちゃんがこんなに喜ぶなんて、どれほどロマンティックなことが起きたんだろう? しかも、校庭でキスしそうになっちゃうくらいなんて。


「やだもう、みゃー子! 気付いてないの?」

「え? 誰に?」


見に来ていた女子のあたりに格好良い人がいたっけ? 周りのみんなも、同じように嬉しそうにしているし…。


「あたし、練習で頭がいっぱいだったから……。」

「いやーん、みゃー子ってば!」

「周りが目に入らないほど?」

「すごーく優しいもんねー?」


(え? 何これ?)


利恵ちゃん以外の女子もいきなり盛り上がってしまった。この雰囲気は、わたしが何かをしたってこと……?


「あの、あたし、よく分からないんだけど……。」


みんなの意味ありげな期待に満ちた視線が、とても居心地が悪い。いったい何を言われているんだろう?


「あのさあ、みゃー子。佐矢原くん。」


声をひそめて聖奈が言った。


「佐矢原くん?」


みんながうなずくけれど、分からない。


「ええと、キャッチボールを教えてもらってるけど……。」

「それだけ?」

「え?」


(どうして?)


「親切だけど……。」

「親切! だよねーっ?」

「「「ねーっ!」」」


(え? 何?)


何を言えばいいんだろう? みんなは何を言ってるの?


「みゃー子。」

「あ、はい、なあに?」

「やだ、ふふっ!」


やっと利恵ちゃんが説明してくれる気になったのかと思ったら、急に吹き出すなんて! 何なの?


「もう、みゃー子、全然分かってないんだね。みんな、みゃー子と佐矢原くんのことを言ってるのに。」

「え……?」


(なんで……?)


わたしと佐矢原くんのことを……?


「え、あの、2日続けてキャッチボールを教えてもらったから?」

「違うよ。それだけじゃないでしょ?」

「え…? あ、このグローブも借りてるけど…。」

「あ、そうだっけ?」

「うん。きのう、利恵ちゃんに言ったじゃん。」


そこで昇降口に到着し、靴を履き替えるために散らばった中から諦めたような声が聞こえた。


「利恵。やっぱりみゃー子は分かってないんだよ。」


(あたしだけ分かってない?)


「ほんと、そうみたい。まあ、あれは佐矢原くんだって無意識なんだろうけどね。」


(佐矢原くんも気付いてない?)


「だよね。じゃなきゃ、あんな場所であんなことしないよね?」


(あんな場所で、あんなこと?)


「それに、佐矢原くんっていかにも硬派って感じだし。」

「あ〜、そうそう! 下心なんか絶対に無いよねー!」


(下心……。)


「でも、いいなー、あの雰囲気! あたしも彼氏ができたら、あんなふうにしてほしい♪」

「あたしも〜♪」


(どんなふうに…?)


そこでみんなは話題を変えて、教室に向かって歩きだした。わたしは慌てて利恵ちゃんだけを引き留める。誤解は解けたらしいけれど、自分が何をからかわれていたのか知りたい!


「ねえ、何のことを言ってたの? あたしのことだよね?」


廊下の端に寄って尋ねると、利恵ちゃんはとぼけるような顔をした。


「まあ、そうなんだけどー……。」

「もう焦らさなくてもいいでしょ? 教えてよ。」

「知らない方がいいかもよ?」


またしても意味ありげな顔。


「そんなこと無いよ。自分のことなのに知らないなんて、やだ。」


今回ばかりは諦めないわたしを見て、利恵ちゃんがふっと笑った。やっと普段どおりの笑顔だ。


「ごめん、みゃー子。ちょっと羨ましかったのかも。」


謝ってくれながら歩き出す。


「なんで?」

「だって、佐矢原くんがみゃー子にすごく優しそうだったから。」

「え? そう?」


(佐矢原くんが……?)


確かに優しい……って言うか、親切だけど。


「あれは別に普通じゃないのかな。あたしじゃなくても、同じくらい親切だと思うよ。」

「まあ…、そうかもね。」

「そうだよ。間違いなく。」

「ふふ、うん、そうなんだろうけど。」


(けど?)


そこで利恵ちゃんが言い淀んだ。


「なあに?」

「だって、あれって……彼氏と彼女です、みたいだったんだもん。」

「あれって…?」

「だってさあ。」


利恵ちゃんが拗ねたような、半分怒ったような顔をした。


「だって、男の子が後ろから肩に手をかけて、女の子がそれを見上げる形で見つめ合ってたら、すっごく仲良さそうに見えるよ?」


(え? ちょっと待って。)


肩に手を……って、ああ、あのとき。言われてみれば、確かにそう見えたかも。あれはちょっと触っただけだったけど。で、わたしが見上げて? ……ああ、あそこで何かを訊いた気がする。だとすると、「見つめ合った」っていうのはきっと、そうやってしゃべっていた間のことなのか。


「あれは投げ方を教えてくれてたんだよ?」

「まあ、たぶんそんなところだろうと思ってたけど。」


諦めたように肩をすくめる利恵ちゃんに呆れてしまった。


「分かっていたのにからかったわけ?」

「だってさあ、そういうふうに解釈した方が楽しいじゃん?」

「楽しいって、利恵ちゃん……、もう、想像力が逞しすぎるよ。」


(しかも、「キスしそう」なんて……。)


あのときの佐矢原くんの笑い声を思い出す。わたしの勘違いを思い切り笑っていた、気持ちの良い笑顔も。あの笑顔と笑い声には、ロマンティックな要素なんて全然無かった。


「でも、そう見えたのはあたしだけじゃないよ? それにさあ……。」


まだ拗ねた顔をし続ける利恵ちゃんになんとなく笑ってしまう。


「なんか、羨ましかったんだもん。」

「あはは、やだなあ、もう! あたしだよ? 羨ましがる必要なんて無いでしょ?」

「どうして? みゃー子だって可愛いじゃん。」

「そんな、気を遣わなくていいよ。あたしはせいぜい頑張って普通だって分かってるもん。女の子らしさも無いし。」

「そんなことないよ、みゃー子。」


利恵ちゃんが急に真剣な顔をしてわたしを見た。


「みゃー子だって気を付けなくちゃダメだよ。」

「え、何に?」

「もう……。」


がっかりした様子でため息をついて、利恵ちゃんがまた真面目な顔で言った。


「あれが佐矢原くんだったからあんなふうに紳士的だけど、ほかの男子だったら、もっと警戒しなくちゃダメだよ。」

「え…?」

「やたらと触って来るようなヤツに気を許しちゃダメなんだからね? 分かった?」

「あたしにそういう目的で近付いて来る人はいないと思うけど……。」

「なんで?」

「だって……、特に女の子っぽいわけじゃないし、幼児体型だし。」

「ぷふっ。」


わたしの答えに利恵ちゃんが口を押さえて笑いをこらえようとする。でも、全然こらえきれていない。


(あーあ。結構気にしてるのに……。)


あれは4月にうちの部に新入部員が入ったときのこと。今年の1年生の中に、とっても胸の大きな子がいた。ブレザーを着ていても、あきらかに違いが分かるくらいに。


ある日、女子部員だけで話していたとき、先輩がその子にブラのサイズを訊いた。気になっていたのはわたしだけではなかったのだ。そこまでは良かった。ショックだったのはそこから先だ。


その子のサイズには、「まあ、そうだよね。」と納得した。そのあとみんなでサイズの告白大会へと突入した結果、……要するに、わたしが最小サイズだったというわけ。すると大きい子のサイズを知ったときよりも、みんなが「え?」と驚いた顔をした。さらに「訊いちゃってごめんね。」と一人の先輩は謝り、1年生には申し訳ない顔をされた。自分の体型についてはちゃんと知ってはいたけれど、みんなに驚いたり謝られたりするとは思わなかった。そっちの方がよっぽどショックだった。同情されるほど<普通>からはみ出しているなんて!


あれ以来、わたしは女子の胸を確認せずにはいられない。そして、鏡に自分の横向きの立ち姿を映してみると、悲しいことに、胸よりもお腹の方が出っ張っているような気がする……。


「幼児体型だって、女子は女子だよ。」


笑いが止まった利恵ちゃんが、また真面目な顔になって言った。


「だいたいね、服を着てたら体型なんてよく分からないんだから、女子としての警戒心はちゃんと持ってなきゃいけないの。分かった?」

「それは分かってるよ。」


わたしだって、下着が見えるような服装はしないように気を付けている。痴漢とか通り魔とか、性別が女なら誰でもいいという怖い人がいるのも分かっている。でも、クラスの男の子たちが、わたしを女の子として意識することなんて無いと思う。この髪も、体型も、話し方や仕種も、女の子っぽいところなんて無いのだから。


(でも、佐矢原くんはいいのか……。)


教室の廊下のロッカーにグローブをしまいながら思い出した。利恵ちゃんは、「佐矢原くんだったから」と言っていた。みんなも佐矢原くんには下心なんか無いって。


(ちょっと嬉しいな。)


親切にしてくれる人を、疑ったり避けたりするのは嫌だ。肩に触ったって言ったって、変な意味じゃなかったんだもの。


(でも、仲が良さそうに見えた……?)


さっきの状況が遠くからどう見えていたかを想像してみる。


(あ。)


佐矢原くんと自分の姿が浮かんだら、あのときに触れられた場所にまだ手があるような気がして、ドキンと心臓が鳴った。


(やだな、今ごろ。)


トクントクンという鼓動が急に気になってしまう。きっと、みんなにからかわれたせいだ。


(でも、あのとき…。)


わたしに体の向きを教えたあと、見る方向を指差したときも肩に乗っていた手。大きくて、でも重くはなくて、たぶんそっと――。


(おしまい、おしまい!)


頭を振って立ち上がる。あれには何の意味もなかったと、さっきみんなに自分で説明したばかりだ。


(みんなの誤解が佐矢原くんの耳に入らなければいいけど…。)


席に向かいながら思う。


親切にしてもらっているのに、あんなウワサが流れるのは申し訳ない。それに、せっかくお話しできるようになったのに、気まずくなったら残念だもの。







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