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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
88/92

88  淋しいよ。


「そういえば。」


部室からバットを運び出しながら、一年の徳田が話しかけてきた。


「さっき、先輩の彼女さんが春野たちのところに来てましたけど、先輩が頼んだんですか?」

「え?」

「先輩と一緒に二人三脚に出たひとっすよね? 髪がこれくらいの。」


そう言いながら、片手で肩の上を示す。


「ああ、そうだけど。」


彼女のことを思うと胸が重苦しくなる。今日は一度も言葉も視線も交わしていない。


俺もボールかごを持って徳田と一緒に外へ出た。面と向かってよりも、歩きながらの方が話を聞きやすい。


「一年の教室の廊下でしゃべってましたよ、春野と山辺と。」


(猫のやつ……。)


話を聞きに行ったんだ。一人で。


野球部の問題だって言ったのに。彼女には関係がないことだって。


「あれ、あの、違うんすか? 俺、てっきり先輩が頼んだのかと、あ、いや、もしかしたら人違いかも。」


慌てている徳田にハッとした。怒った顔をしていたかも知れない。


「ああ、いや、ちょっとそんな話もしたんだ。うん。鈴宮も気になってたんだな、きっと。」


俺の言葉で徳田が緊張を解く。


「いいひとっすねえ。」

「うん……、そうなんだよな。」


当然だという顔をしてみせているけれど、心の中は複雑だ。どうして彼女は俺の言葉を無視するんだろう、と。


徳田はほっとした様子で続けた。


「一年のあいだでも何人かは気にしてたんっす。クラスが同じヤツもいるし、廊下ですれ違ったりもするし。」

「ああ、そうか。そうだよな。」

「でも、やっぱり話しに行く気にはなれなくて。」

「うん。だよな。」


俺だってそうだ。


「でも、先輩の彼女さんが行ってくれたんなら良かったっす。全員が無視してたわけじゃないって分かったから。」

「まあ……、結果がどうなるか分からないけどな。」


笑顔で答えながら気持ちが沈んだ。


そのあとの練習中も、ずっと、彼女がマネージャーたちのところに行ったことを考えていた。彼女の行為が、まるで俺を責めているようにも感じて。


(猫はあの二人のせいで嫌な思いをしたんだろう?)


あの出来事があったから、俺は話さなかったのに。俺が黙っていたのは、彼女の気持ちを考えたからなのに。


それなのに、彼女は俺の気持ちも知らずに、マネージャーに話を聞きに行けと言った。俺の気持ちを聞こうともしないで、あの二人には「可哀想」なんて同情して。


そして、俺が思いどおりに動かないからって自分で行動に出るほど、あの二人のことは気にしてる。


(猫は俺よりもあの二人の方が大事なのかよ?)


俺が話を聞きに行きたくないことには理由があるのに。俺は彼氏なのに。


どうして俺の言葉を受け入れてくれないのだろう? 俺の気持ちはどうでもいいのか……?




「あーあ。」


夜の9時過ぎ。きのうと同じように、ベッドに身を投げ出した。


(猫の馬鹿。)


また今夜も憂うつだ。楽しかった日曜日はほんの二日前なのに、まるでずっと前のことみたいだ。


さっきまで、彼女に電話をするつもりだった。電話をして、マネージャーに会いに行ったことを確認しようと思っていた。腹立たしくて、じっとしていられなかった。


けれど、スマホを持ったところで気付いた。確認してどうするんだ……と。


会ったことに文句を言うのか? そんなことをしても、きのうと同じようになるだけだ。そして、ますます空しくなるだけだ。


「はぁ……。」


スマホを見ながらため息が出た。


彼女からの連絡は無い。ということは、会ってみても、特に変化は無かったのかも知れない。あるいは、すんなり解決したとか。もしも事態が悪くなっていたら、彼女のことだから、責任を感じて何か言ってきそうな気がする。でも、何も連絡はないのだから……。


「はぁ……。」


ぼんやりと、今の気持ちに合う言葉を探してみる。


(……空虚、かな。)


空しくて、虚ろ。まさにこれだ。何もやる気がしない。考えることさえ面倒だ。


(猫は俺のことなんかどうでもいいのかなあ……。)


俺の言うことを受け入れてくれないだけじゃない。今日は教室でも俺を無視していた。一度も俺の方を見てくれなかった。


(もしかしたら、俺のことは好きじゃないのかも知れない……。)


よく考えてみたら、そうなのかも知れない。


あの日、俺は彼女に「好きだ」と言った。でも、彼女はそれに対して返事をしなかった。ただ驚いていただけ。


そして、彼女の「彼氏ができたら」という話に、俺が「その相手は俺でもいいか」と尋ねて、彼女が「いいよ」と言ったのだ。彼女にしてみたら、不意打ちか成り行きのような話だ。よく分からないうちに、勢いで「いいよ」と言ったのかも知れない。あるいは、断れずに。


もしかしたら、彼女の理想どおりの彼氏になれるなら、俺じゃなくても良かったのかも。


要するに、彼女は俺のことを、俺が彼女を想うほどには想っていない可能性が高いということだ。


(だからきっと、俺のことなんかどうでもいいんだなあ……。)


なんだか淋しい。


付き合い始める前は、彼女のことを考えるといつでも楽しかったのに。俺のことを友だちだと思ってくれて、可愛いいたずらをしてきたり、笑ったり、助けてくれたり。俺を頼りに思ってくれたことだってあった。


でも、今は俺の気持ちを分かってくれようとしない。そして、俺がそばにいなくても、何とも思っていない。


「はぁ……。」


きっと、俺の勝手な思い込みだったんだ。彼氏になってもいいって言われたから、彼女も俺のことを好きなのだ、なんて。


あのとき、彼女が「いいよ」と言ったのは、やっぱりその場の勢いか、断る理由が無かったか、とにかくそんな理由だったのだろう。だって、俺は彼女にとっては一番仲の良い男の友だちだったのだから。


おとといのデートだって、近付きたかったのは俺だけだ。向こうから寄り添ってくれたり、手をつなぎたいと言ってくれたりはしなかった。


服を引っ張ったり、背中を押されたりはしたけれど、あの程度のことは前とそれほど変わりは無い。俺を彼氏にしたからと言って、特別に何か、なんて思ってくれないんだ。


(あ、でも、誕生日が。)


そうだった。俺の誕生日を訊いてくれた。


あのときはものすごく嬉しかった。だから自信を持てたんだ。


嬉しくて、会いたくなって、急いで自転車で会いに行った。窓ごしだと彼女はシルエットになって良く見えなかったけれど、手を振ってくれた。電話の様子では楽しそうだった。話していたら、おじさんが帰って来てびっくりしたっけ。


(だけど……。)


あれが、この前までとどう違うんだ? 付き合い始める前だって、思い付いていたら、誕生日を訊くくらいのことはしてくれたんじゃないだろうか。


(そうだよな。)


彼女のことだから、ちょっとしたお祝いくらいはしてくれただろうな。


(猫……。)


今、何をしてるんだろう。俺のことなんか、もう忘れちゃった?


本当は待ってるんだ。怒ってでも何でもいいから、何か連絡をくれよ。


俺、自信が無いんだよ。「彼氏」をクビになっちゃうんじゃないかって。全然好かれてなんかいないんじゃないかって。


(猫……。)


こうやって淋しい思いをしているのは俺だけなのか? 俺に会いたいとか、声が聞きたいとか、思ってくれないのか? 彼氏になれて、一緒に出かけられて、盛り上がっていたのは俺だけなのか?


(俺から訊くべきなのか……?)


そうすれば簡単に結論が出る。だけど……。


決定的なことを言われるのが怖い。


だって、俺はこんなに彼女のことが好きなのだから。







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