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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
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87  由良 ◇ 正しいと思うことを


火曜日の放課後。SHRが終わったところで、急いで教室を出た。1年2組の教室に行くために。


(だって、佐矢原くん、冷たいよ。)


きのうの夜の電話のあと、ずっとそう思っている。マネージャーさんたちとあんなに仲良くしていたのに、休部の理由も聞いてあげないなんて。


(あたしにはやさしいのに、どうしてあの子たちにはそんなに冷たいのか分からないよ。)


そうやって差別みたいなことをしたら、佐矢原くんの価値を貶めてしまうのに。それを思うと腹が立ってしまう。


たぶん、佐矢原くんもわたしに腹を立てているのだ。今日は一日、どちらからも視線を合わせなかった。


普段なら、よく知らない相手に事情を聞きに行くような行動力はわたしには無い。でも、今回は、どうしてもやらなくちゃ、と思っている。佐矢原くんに対する意地だ。


(それに……。)


誰もあの子たちの味方がいないみたいに見えて、なんだか可哀想なのだ。


(まだ帰ってないといいんだけど……。)


一年生の教室の階に着くと、廊下には楽しそうに呼び合ったり、手を振ったりしている一年生があふれていた。学年が違うと雰囲気も違う。体が小さいわたしに注意を払う生徒はいないけれど、場違いな気持ちはぬぐいきれず、決意に気後れが忍び寄る。それを振り払うように頭を振って、まっすぐ前を向いて歩く。


(あ、福ちゃんだ。)


知らない子に声をかけないで済んでほっとした。駆け寄りながら声をかける。


「福ちゃん。」

「あれ? みゃー子先輩?」

「ねえ、春野さんって、まだいるかな?」

「え? 春野ですか?」


福ちゃんは眉間にしわを寄せてわたしを見た。それから、しぶしぶという様子で教室を振り返る。


「いませんね。」

「えぇ? もう帰っちゃったかな?」


疑り深い顔をした福ちゃんが、もう一度わたしを見る。


「もしかしたら、山辺のところにいるかも知れないですけど……。」

「それ、どこ? 分かる?」

「隣の3組ですけど……。」

「ああ、福ちゃん、お願い! 一緒に行って、いたら呼んでくれない? 二人とも知り合いなんでしょう?」

「そうですけど、なんで……?」

「話がしたいの。二人と。ねえ、お願い!」


両手を合わせて拝むと、1、2秒経ってから「分かりました。」という声が聞こえた。


福ちゃんが先に立って隣の3組をのぞく。わたしがその後ろから室内をのぞき込むのと、福ちゃんに呼ばれたマネージャーさんたちがこちらを向くのが同時だった。


(うわ、嫌な顔されちゃった。)


考えてみれば当然だ。あの子たちと顔を合わせるのは、あの文化祭のとき以来なのだから。


(笑顔、笑顔。)


軽く手を振ってみせる。


わたしは話を聞きにきただけ。文句を言いに来たわけじゃないんだから。




「部活を休んでるって聞いたんだけど……。」


福ちゃんには先に部活に行ってもらい、二人に話を切り出した。


静かなところで、と思っていたけれど、二人ともどこかに連れて行けるような雰囲気ではなかった。だから、そのまま廊下で話を聞くことにした。さっきまで混みあっていた廊下も、そろそろ人通りがなくなってきたし。


「そうですよ。休部中。」


言葉には出さないけれど、態度で「だから何?」と言っている。


わたしよりもかなり背が高い二人が目の前で腕組みをしているのは威圧的な景色だけど、今は怖くない。わたしには虚勢を張っているようにしか感じられないから。


「どうして? 何かあったの?」

「別に。」


春野さんが答えた。予想どおりの反応だ。


「じゃあ、理由はいいや。戻りたくないの?」

「そんなこと、先輩に関係ありますか?」


半分睨むように答える。これも予想の範囲内。


「無いけど、気になるんだもん。」

「はあ?」

「退部じゃなくて休部ってことは、戻りたい気持ちがあるんでしょう?」


ちっともあきらめないわたしに、二人は顔を見合わせた。


「佐矢原先輩に頼まれたんですか? 話を聞いて来いって。」


山辺さんが探るように尋ねた。


そこまで笑顔でいたけれど、佐矢原くんの名前が出た途端、わたしの心が硬くなった。


「佐矢原くんは『余計な口出しするな』って言った。」


そう言ったら、怒りがむくむくと湧いてきた。


「え?」

「佐矢原先輩が?」

「鈴宮先輩に?」

「そうだよ。」


二人がまた顔を見合わせる。その間にきのうの電話を思い出して、怒りが胸を満たしていく。


「ホントですか?」

「本当だよ。」

「佐矢原先輩、あたしたちにはそこまではっきりとは言わなかったのに。」

「うん。」

「じゃあ、あたしには本気で怒ったんじゃない?」


驚いた様子で二人がわたしを見つめた。


「でも、あたしは佐矢原くんが間違ってると思う。」


怒りがわたしを駆り立てる。


「佐矢原くんが何て言っても、あたしは正しいと思うことをする。だから、あなたたちの気持ちを聞きに来たの。」


ふと気付いて深呼吸をした。怖い顔をしていたら、話もしづらくなってしまうだろうから。


「あ、あの。」


恐る恐るというふうに春野さんが声を出す。


「なあに?」


にこやかに返事をしたのに、逆に二人は身構えた。


「佐矢原先輩と……喧嘩しちゃったんですか?」

「喧嘩?」


きのうのあれは、喧嘩と言えるだろうか……?


「うん。そうかもね。」


確かにそこそこ言い合った。あれは喧嘩と言えそうだ。


(それにしても。)


笑顔で答えているのに、どうして二人とも怖そうにするのかな。


「あ、あの。」

「うん、なあに?」

「あの、どうして野球部のためにそこまで……?」

「え? 別に野球部のためじゃないよ。」

「あ、じゃあ、やっぱり佐矢原先輩のため――」

「佐矢原くんのためでもないよ。」


それははっきり言っておきたくて、ちょっと大きな声になった。


「あっ、あっ、そうですよね! 佐矢原先輩は『口出しするな』って、いえあの。」

「すっ、鈴宮先輩のやさしさ、ですよね!」


慌てふためく二人。わたし、もしかして、怖い顔してる?


「はふ……。」


ゆっくりと深呼吸。落ち着いて、わたし。


「あのね、あなたたちのためだよ。」

「え?」

「あたしたちのため?」


二人が不思議そうな顔をした。


「あたしたち、先輩にあんなこと言ったのに……。」

「でも、あれは佐矢原くんのために言ったんでしょう?」

「それは……そうですけど。」

「じゃあ、いいじゃない? あの状況は、誤解されても仕方なかったしね。」


現に佐矢原くんは誤解したのだから。


(そう言えば、あの日の夜に告白されたんだった……。)


迷子になったわたしを心配して駆けつけてくれて、ぎゅうっと抱きしめてくれた。体当たりかと思っちゃったけど。それから「好き」って。


思い出したら切なくなった。佐矢原くんは、まだわたしを好きでいてくれるだろうか。


(……なんて考えてる場合じゃないね。)


今はこの二人のことを考えなくちゃ。


「ねえ、戻りたくないの?」


もう一度尋ねると、二人は困ったように下を向いた。しばらく待っても何も言わない。簡単に答えられる質問ではなかったようだ。


でも、「戻りたくない」と言わないということは、戻りたい気持ちがあるのだろう。


「ほら、野球部って男子ばっかりで、相談しにくいこともあるじゃない? 気が利かなかったりね。だから、もし、どうしたらいいのか分からないときは、あたしのところに来ていいからね。佐矢原くんと同じクラスで来にくかったら、部室に、あ、生物室だよ、来てくれてもいいし、福ちゃんに言付けてくれてもいいから。ね?」


二人はおずおずと目を上げてわたしを見た。それから小さくうなずいた。やっぱり、まだ怖がられてる?


「じゃあ、あたし、部活に行くね。帰るところ、ごめんね。バイバイ。」


小走りに立ち去るわたしに、二人はぺこりと頭を下げてくれた。


(おお! やったよ!)


今になってドキドキしてきた。


もしかしたら、役に立たないかも知れない。それに、佐矢原くんがきのうよりもっと怒るかも知れない。


(でも。)


わたしはわたしが正しいと思うことをした。佐矢原くんが許してくれなくても仕方ない。


もしかしたら、このことで佐矢原くんとこれっきりになっちゃうかも知れない。でも、あの子たちに……というよりも、誰かに冷たかったり、意地悪だったりする佐矢原くんを見るのは悲しい。一緒にいることがつらくなってしまうと思う。


だから。


そのときは……仕方ないと思う。







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