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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
86/92

86  どうして……?


(ああ、くそっ。)


なんだか落ち着かない。


夕飯を食べて満腹になっても、風呂に入ってさっぱりしても、なんとなく気分がモヤモヤする。きのうはあんなに楽しかったのに。


(あーあ。)


原因は分かっている。今日の部活で西元に言われたことだ。


――「部活の仲間よりも彼女の方が大事に決まってるよな。」


言葉の裏で「軽蔑した」とはっきり告げる西元の表情と声も、そのときのまわりの景色と音も、すべてがそのまま頭から離れない。


休部しているマネージャーに俺が何もしないことに腹を立てていた西元は、自分で本人たちと話しに行ったそうだ。そこで、あの昼休みのことを聞き――たぶん、「邪魔者扱いされた」等の話から、文化祭でのいきさつも聞いたのだろう――休部の原因が俺だと知ったのだ。


さらに、きのう、俺が鈴宮と出かけていたところをうちの部員に見られていた。それを部活で暴露されて冷やかされていたことが、ますます西元の癇に障ったらしい。マネージャーたちと話したことを俺に告げたあと、「部活の仲間よりも」という発言に至ったのだった。


もちろん、言われたままでいたわけじゃない。「マネージャーと鈴宮のことは話が別だ」と反論した。それに、俺は休部の原因は正式には聞いていないのだから、勝手に部員に伝えることはできない、とも説明した。


けれど、西元はそれらは全部、俺の言い逃れに過ぎないと思っていることを態度で示した。そして、それからずっと不機嫌な態度を崩さなかったのだ。


(そんなに俺が悪いのかよ?)


どすん、とベッドに仰向けに寝転がる。


キャプテンになってから、あの二人に最初はさんざん厳しく当たられて、それがやっと終わったと思ったら、今度は毎日、昼休みに押しかけられて。汰白には「馴れ馴れしくさせるな」と言われ、鈴宮は誤解されて責められて、昼休みに来なくていいといったらたちまち被害者として振る舞いだした。


休部でいなくなってみたら、あの二人に嫌な思いをさせられていたのは俺だけじゃなかったことが分かり、マネージャーの不在が逆に部員の結束を強めた。行き届かなくて困ることもあるけれど、部内の雰囲気は悪くない。


(何が悪いんだよ?)


俺があの二人を追い出したわけじゃない。それに、いなくなってほっとしている部員だっているんだぞ。


(まあ、西元はみんなが気にしていないことも不満なんだよな。)


その気持ちは分からなくもない。二人とも元気で明るい性格だったし、仕事はきちんとやってくれていたから。


西元以外にもあの二人と仲が良かったヤツもいた。でも、二人の休部を心配するほどではなかったらしい。剛も結構気が合っていたようだったけれど、文化祭の一件で評価が変わっている。今、積極的にあの二人の味方と言えるのは西元だけではないだろうか。だからと言って、西元の気持ちを簡単に切り捨てるなんてことはできないけれど。


(面倒なことになっちゃったなあ……。)


何回目か分からないため息が出た。きのうの幸せな気分とはうって変わって憂うつだ。宿題をやる気も出ない。


(そうか。猫だ。)


がばっとベッドから身を起こす。彼女を思い出しただけで元気が出る。


(可愛い猫。俺の癒し。)


声を聞けばきっと安らかな気持ちになれる。


スマホを取って、彼女の電話番号を――。


「お!?」


画面が明るくなって、彼女の名前が表示された。


(すげえ! 俺たちって心が通じてる!?)


自分が笑顔になっているのが分かる。急いで画面に触れて――。


「猫? 俺。」

「ああ、佐矢原くん? こんばんは。急に電話してごめんね。」

「全然。」


「嬉しいよ。」……と続けたかったけれど、照れくさくて言えなかった。


「どうした?」


(ああ! なんでこんな言葉しか出て来ないんだろう!)


自分の弱気に身悶える。同時に彼女の「声が聞きたかった」という言葉が頭をよぎる。


「あのね、マネージャーさんのこと。」

「え?」


耳を疑った。あまりにも予想外。そして、今は一番聞きたくない言葉。


「野球部のマネージャーさん。休部してるんでしょう?」

「なんで……。」


(なんで知ってるんだ? 誰が話したんだ? 猫は俺に何を言いたいんだ?)


頭の中に疑問が渦巻く。


「……誰から聞いた?」

「誰って……、うちの部の後輩。春野さんと同じクラスの。」

「ああ……。」


そうか。そういうルートも、もちろんある。


「もう戻ってきた?」

「いや。まだ休んでる。」

「そう……。」


警戒心が言葉を少なくさせる。彼女は何を言いたいんだ?


「休部の理由は聞いた?」

「いや。青村先生にも話さなかったらしい。」


自己弁護だ……という後ろめたさを振り払う。公式発表はこれなのだから。


「そう。佐矢原くんには心当たりないの?」


ズキッと胸が痛み、カッと頬に血が上った。それを抑えて、静かな声を出す。


「さあ? 分かんないな。」


(言えるわけないだろ! 猫のことが原因だなんて!)


全部が全部、そうだというわけじゃない。でも、話すとしたら、その部分は避けられない。


「ねえ……、話を聞いてみたら? 二人に。」

「え、なんでだよ?」


軽く笑おうと思ったのに、口許が引きつっただけ。


「だって、もしかしたら戻りたいかも知れないよ? 何か、きっかけを待ってるのかも知れないし……。」


(「きっかけ」って……。)


自分が二人と話している光景が頭に浮かんだ。その中で俺は言いたい言葉を飲み込み、部活に戻った二人がわがもの顔で部員を馬鹿にする――。


「猫は俺に二人を説得しろって言いたいのか?」


もう笑顔ではいられなくなっていた。胸の中が黒い闇に包まれる。


「そういうわけじゃないよ。ただ、話を聞いてあげたらって――」

「そんな必要ないよ。本人たちが言いたくないんだから。」


あの昼休みの記憶がよみがえる。何を言っても捻じ曲げられる解釈。俺をなじる言葉。


「でも……。」


黒い闇が濃く、重くなっていく。


(嫌なんだよ! あの二人と話すのは!)


「なんで猫がそんなことを気にするんだよ? 猫には関係ないだろう?」

「そうだけど……。」

「だいたい、猫だって、あの二人にひどいこと言われたんだろう? 同情する必要なんかないじゃないか。」


抑えようと思っても、キツい言い方になっていることは分かった。その自己嫌悪が加わって、ますます感情をコントロールできなくなる。


「やっぱり知ってたの? 文化祭のときのこと。」

「知ってるよ。剛から聞いた。汰白にも。」

「でも、あれはあの子たちが佐矢原くんのことを思って言ったんだよ?」

「だけど、俺と猫のことに、あの二人が口を出す必要は無かったはずだ。」

「それはそうかも知れないけど……。でも、それを言ったら、聡美と富里くんがあたしをかばってくれたことだって、必要が――」

「もういいだろ!?」


思わず荒げた声に彼女が黙った。


「うちのマネージャーの休部は本人たちが判断したことだ。顧問もそれを認めてる。それに、今は俺たち部員が協力して仕事をこなしてる。実際、それほど困ったことにはなってないし、かなり上手く行ってる。あの二人がいなくても、俺たちは十分にやって行けるんだ。」


すらすらと言葉が出てくるのは怒りのせいなのか。胸の中の黒い闇が渦を巻く。


「そんな。でも、まだ部員でしょう? 本当は戻りたいかも知れないのに。」

「うるさいな!」


黒い渦が膨らんでいく。それをどうにもできない自分にイライラする。


「これは野球部の問題だ。余計な口出しするな。」


荒れる心とは裏腹に、静かな、厳しい、冷たい声が出た。頭の隅で、それを軽蔑して見ている自分がいる。


(なんで……。)


こんなことを彼女に言う自分が嫌だ。


どうして俺はこんなことしかできないんだろう? 自分がバラバラに分裂しているような気がする――。


「……分かったよ。」


静かな声が聞こえた。


「もう言わない。おやすみなさい。」


俺の言葉を待たずに電話は切れた。


(猫……。)


スマホの画面が暗くなる。彼女の気配もすっかり消えた。


(猫の馬鹿。)


部屋ががらんどうのように感じる。何もない、からっぽな場所。


(猫が悪いんだ。)


悲しくて、またベッドに倒れこんだ。


(どうして俺の気持ちを分かってくれないんだよ?)


俺は彼女のために、休部のことを黙っていたのに。どうして俺の努力が足りないって言うんだ? 俺だっていろんなことを考えて、我慢してやってきたのに。


(猫なら慰めてくれると思ったのに……。)


体が重い。何もしたくない。


俺を心配してくれるヤツなんて、どこにもいないんだ……。







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