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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
84/92

84  初デートは楽しく。


日曜日の朝。きれいに晴れた空の下を鈴宮の家へと自転車をこぐ。10月のさわやかな空気が俺たちの初デートを祝ってくれているような気がする。


(やっぱり緊張するなあ。)


二人で一緒に過ごせるのはもちろん嬉しい。一人でいる今だって、ニヤニヤしっぱなしだ。


でも、自分が彼氏としてソツなく振る舞えるかどうか不安でもある。このあいだの空野みたいに、格好良く彼女をサポートできるのか。そして、今までよりももうちょっと仲良くなれたら……。


鈴宮の家に近付くと、彼女が門から顔をのぞかせた。すぐに俺に気付いて笑顔で手を振り、自転車を出してくる。


「おはよう。」

「おはよ。晴れて良かったね。」


笑顔で言葉を交わしながら家の方をちらりと確認。おじさんかおばさんが見ていたら、あいさつくらいはきちんとしたい……と思ったけれど、見えなかった。俺が一緒に出かけることは知っているのだろうか。俺はどのくらい認められているのだろうか。気になるけれど、彼女に尋ねる決心もつかなくて、それは意識の外に追いやった。


自転車を一旦おりてUターンさせながら、私服姿の彼女をさり気なく観察。濃淡の青に赤が混じったチェックのブラウスとベージュのキュロットスカート。茶色の歩きやすそうな靴。肩の上で切りそろえた髪を耳の上で留めるピンはピンク色。彼女らしいシンプルで清楚な可愛らしさにまた嬉しくなる。同時に、これならジーンズとグレーのシャツという無難過ぎる俺の服もちぐはぐな感じにはならないだろうと、ほっとした。


彼女の家から駅まで自転車で10分弱。初デートの緊張は言葉を交わしているあいだに消え、駅の階段を上るときには、照れくささよりも一緒にいられる嬉しさの方がずっと大きくなっていた。


目的地は横崎駅。この路線の海側の終点で、25分ほど乗って行く。いくつかの路線が乗り入れているにぎやかな街だ。友だち同士で映画を見たり、買い物に行ったりするときはたいていここだ。


電車に乗るときにはすいている車両を選び、誰も座っていない三人掛けの席に座った。ゆったり座れたことに「良かったね」と微笑み合ったものの、次の瞬間にはハッと後悔した。俺と彼女との間に空いた10センチ弱のすきまに。


(俺が真ん中に座れば良かった……。)


並んで歩いていたそのまま奥から詰めて座ってしまった。俺が端っこ、彼女が真ん中に。彼女はもちろん積極的に俺に寄り添ったりしないわけで、だから、このすきまは当然のことで……。


(空野なら、先に森梨を奥に座らせたんだろうなあ……。)


気が利く空野なら、自分の彼女が見知らぬ誰かと隣り合わなくても済むように、という配慮をしただろう。それがたとえ森梨とできるだけくっついて座るという特典が目的だったとしても、周囲から見れば――森梨にしてみても――彼女を大事にしている心遣いなのだ。


(失敗したー……。)


鈴宮は人一倍人見知りなのに。それに、これでは俺が彼女のそばに寄る理由が無い。もし実行しても、彼女は俺の場所が狭いのかと勘違いして、余分に場所をあけてくれるだけに違いない。


(やっぱりくっつきたいよな?)


せっかくのデートなんだし。照れくさい気もするけれど、俺は彼女に触れていたいのだ。


(もう少し混んでいればなあ……。)


鈴宮の隣に誰かが来てくれれば――できれば体の大きな人がいいな――ラッキーなんだけど。


「佐矢原くんは、よく行くお店ってあるの?」


尋ねられて隣を向くと、やわらかい笑顔の彼女と目が合った。途端に彼女はちょっと驚いたようにぱちりとまばたきをして、恥ずかしそうに目を伏せた。


「あ、いや……」


(あ〜、もう! くっつきたい!)


可愛らしい反応が俺の心をかき乱す。どうせ見ている人なんかいないのだからすり寄ってしまおうか。でも……。


ため息を隠して視線を前に戻し、気持ちを落ち着かせるために深く椅子にもたれてみる。


「俺、あんまり出かけないからなあ。」


質問に答えながらも、可能性を考えてしまう。肩でちょっと押すくらいならいいかも?


「あ、でも、行くと必ず寄る店があるな。」

「そうなの? どこ?」


こちらを向いた彼女につられてそちらを向くと、また視線が合った。そのままコツンと頭をぶつけ……たりしたい。


「クレープ屋。五番街の奥の方にある。」

「ああ、知ってる。」


微笑んだ彼女に俺も思わず笑顔になった。でも……、彼女は俺とくっつきたいと思ってくれないのだろうか?


「薬屋さんの隣でしょう? たこ焼き屋さんと並んでる。」

「そうそう。友だち同士で横崎に行ったら必ずあそこに寄る。」

「男の子なのにクレープなんだね、たこ焼きじゃなくて。」


軽く首をかしげる彼女も可愛い。くっついて座るだけじゃなくて、両手で抱き締めてしまいたい。こんなことばっかり考えてる俺って、不純すぎるだろうか。


「はは、みんな甘いもの好きなんだよ。でも、俺たちがクレープを食うのはあの店だけだな。」

「そう言えば、ときどき男の子があそこでクレープ食べてるの見るよ。」

「だろ? あの店はなんとなく寄りやすいんだよな。」


(まあ、仕方ないよな。)


話していたら、あきらめがついた。


ただこうやって顔を見ながら話すだけでも十分に楽しい。二人でゆっくり話すのは久しぶりだし。この時間を大事にしたい。


(それに。)


今日はまだ何時間も一緒にいられるのだから。チャンスはいくらでもあるはずだ。


そう。チャンスはいくらでも。




「ねえねえ、佐矢原くん。これ見て。」

「ん〜?」


大きな雑貨屋で呼ばれて振り返る。


「ほら、これ、面白くない?」

「何だよこれ? 何に使うの?」


鈴宮が俺の顔の前に差し出したものを観察しながら、俺はもう楽しくて仕方がない。


だって。


彼女が俺を呼ぶときは、必ず俺の服をひっぱるから!


二人で歩きまわった数軒の雑貨屋にTシャツ専門店に本屋、こわごわのぞいてみたアクセサリー屋。そのどこでも、彼女は俺に見せたいものがあると、「ねえ、佐矢原くん」と言いながら俺のシャツの袖や背中を小さくひっぱった。


彼女のこんな些細な接触に、最初はものすごくドキドキしてしまった。周囲の目が気になって、そっと見回してみたり。でも、すぐに嬉しくなった。あんなに自分で「触りたい!」と思っていたけれど、彼女に服を小さくひっぱられる方が、その何倍も嬉しい。だって、その行為は彼女の俺に対する気持ちの表れに違いないのだから。


彼女が俺を好きじゃなかったら、こんなことはしないはずだ。それは絶対に間違いない。だから自信が湧いてくる。そして、彼女のことがますます愛おしくなる。


その気持ちがあふれ出て、俺も自然に彼女の頭に手を乗せたり、背中に手をかけたり、くっついて立ったりしていた。それらを相変わらずにこにこと受け止めている彼女を見て、俺はまた安心したり、嬉しくなったりするという幸せな循環が成立している。


店の中や歩いていて少し離れてしまったときには、俺が「猫」と呼ぶ。すると、彼女はくるりとこっちを向いて微笑み、それからちょこちょこと戻ってくる。その様子がとても可愛らしい。そして、俺はそういう女の子を連れているということが、とても誇らしい。


言葉じゃなくて、こんな些細な反応で相手の気持ちを確認できるなんて思ってもみなかった。ショーウィンドーや鏡の前を通るとき、並んでそこに映る自分たちは、ほかのどんな美男美女の二人連れよりもお似合いに見えた。


昼めしのあと、彼女が行ったことがないと言うので、ゲームセンターに行ってみた。最初は気後れした様子だった彼女も、俺がやってみせたモグラたたきで大笑いして、いくつか挑戦してみた。俺に負けまいとムキになったりもして、「負けず嫌い」という意外な一面もあることを知った。


「楽しいねー。」


ゲームセンターの屋上にある休憩コーナーで柵にもたれてソフトクリームを食べながら、彼女が満足げに言った。


「うん。」


頭上には青い空。周囲にはビルがあるけれど、その間から海がちらりと見える。日差しはもう夏ほどには強くなく、爽やかな風が、笑い疲れた俺たちを癒してくれた。


「うわあ、手がべとべと。ちょっと洗ってくるね。」


ソフトクリームがとける方が彼女の食べるスピードよりも速かったらしい。俺がくすくす笑っているあいだに、彼女は手を洗いにかけて行った。


(こんなに楽しいんだなあ……。)


柵に腕をかけて、ぼんやりと空を見ながら考えた。


今まで何度も、「彼女ができたら」なんて想像してみたことはあった。でも、それらはもっと……象徴的、というか特別な感じだった。試合の応援に来てくれるとか、誕生日やクリスマスにプレゼントをするとか、手をつないで歩くとか。


でも、そんなイベント的なことがなくても、こんなに楽しい。


自分の好きな女の子が一緒にいてくれて、呼ぶと笑顔で応えてくれる。俺のことを認めて、信じてくれている。そのことがとても嬉しい。


「ぐふっ?」


ドンと背中に何かがあたり、そのまま柵に押し付けられた。


「うわ、こら。」


押されたまま肩越しに振り返ると、やっぱり鈴宮だ。背中で寄りかかるようにして俺を押している。ちらりと俺を見上げると、にやっと笑って一層力を込めて押してくる。


「何だよ?」


おかしないたずらに、思わず笑ってしまう。


「ねえねえ、苦しい?」


後ろから聞こえてくる楽しそうな口調。なんて可愛いんだろう!


「ははは、苦しくないよ。」

「え〜? じゃあ、これは?」


「え?」と声を出す間も無かった。いきなり、ドスッ……と、力強い一撃が来た。


「ごぐっ!」


(本気かよ!?)


「えい。」

「う。」


両手で体重をかけて、思い切り押しているようだ。肋骨に柵が当たって痛い。それに、今度は苦しい。


「げほっ、い…たい、苦し……、猫。」

「やったあ♪ 勝ったあ♪」


やっと解放されて振り向くと、彼女がにこにこと笑っていた。俺は本当に痛かったのに。


「マジで痛かったぞ。」

「え、ホント? 背中が?」


文句を言うと、彼女はハッと真剣な顔に戻った。


「違う。このへん。」


俺は不機嫌な顔のまま、柵が当たったあたりをさすってみせる。


「あ〜、ごめんね〜。」

「お?」


気付いたときには、彼女が俺の腹をなでていた。


(え? うそだろ? いやなんかそれは。)


「いたいのいたいの、遠いお山にとんでいけ〜。」


(ああ、もうちょっと居てくれてもいいんだけど……。)


くすぐったかったけれど、「とんでいけ〜」と離れていった小さな手が恋しい。でも、そんなことは口に出せない。


「ねえ、ちょっと座らない?」


無邪気な顔で首をかしげる彼女。俺の気持ちに気付かない。まあ、それでこそ、まさに純粋無垢な俺の猫なのだけど。


「そうだな。」


そんな彼女が大好きだ。


(そうか!)


日陰のベンチに向かって歩きながら思い出した。そして。


(よし! やった!)


今度は彼女を先に座らせて、俺はできるだけ近くに座ることに成功した!







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