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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
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81  報復?


放課後、鈴宮と話そうと思っていたのに、顧問の先生に呼び出された。


部活の前に顧問に呼ばれることはよくある。その日の練習にかかわることや急ぎの連絡などもあるから、すぐに行かなくちゃならない。


剛に「行ってくる」と合図をしながら鈴宮の机にさしかかったところで決心した。簡単でもいいから、あの二人のことを謝っておきたい。


「猫、あの……。」

「あ、また明日ね。」


(え?)


笑顔で軽く流されてしまった……。


「お、おう、またな。」

「うん。部活、頑張ってね。」

「うん……。」


(ああ、くそっ!)


ここで踏ん張って謝れない自分が情けない。今日は何にも上手く行かない!


職員室に行くと、顧問の青村先生は、俺にノートやファイルの束をどさりと渡した。


「昼休みにマネージャーから休部の申し出があったんだよ。」


先生は何でもないことのように言った。


「休部、ですか?」

「ああ。理由は言いたくないって言ってた。」

「そうですか……。」


(休部……か。)


昼休みのことを思えば、原因は当然、俺なのだろう。それをこんな形で返してくるなんて。


「まあ、途中で退部するヤツはいくらでもいるんだから、お前が気にする必要は無いぞ。それに、マネージャーだって3年前まではいなかったんだから、これからだってどうにかなるだろう? ははは!」

「はい。」


先生は笑ったけれど、自分が原因だと思うと気が重い。


「はあ……。」


職員室を出て、思わずため息をついてしまった。


二人がこんな方法を取ったことで、午後の嫌な気分にさらに拍車がかかった。それに、これを伝えたら、みんなはどんな反応を示すのだろう。


「どうした、直樹? 青村先生、何だって?」


部室の前で、副キャプテンの風間が声をかけてきた。どうやら俺のゆううつな気分に気付いたらしい。風間はメンバーの気分を察するのが得意で、いつもさり気なく気を配ってくれている。

俺にはとても有り難い相棒だ。


「マネージャーが休部だって。二人とも。」

「休部?」

「そう。荷物一式預かって来た。」


抱えてきた数冊のファイルとノートを見せると、風間は驚いた顔をした。けれど、それはすぐに穏やかな表情に変わった。


「俺、ちょっとほっとした。」

「え、そうなのか?」


風間の反応に軽く驚いた。


「俺、あの二人にあんまり好かれてなかったからさ。」

「え? どういうことだよ? 夏休みの旅行土産でも変わらなかったのか?」

「ああ、あれで一旦は良くなったんだけど。」


風間は軽く肩をすくめて笑った。


「9月に入ってからまたちょっとね。まあ、好かれてないって言うより、興味持たれてないって言うのかな。半分無視みたいな感じ? 必要なやり取りはするけど、必要最低限でさ。」

「そうだったのか!?」

「まあ、礼儀正しくはしてくれたし、頼んだことはやってくれたけどね。」

「ごめん。俺、気が付かなくて。」

「はは、気にするなよ。直樹はキャプテンとして忙しかったんだから。それに、夏にはアドバイスしてくれたじゃん。」


風間は明るくそう言って、マネージャーのノート類を「見てみるよ」と受け取ってくれた。そんな風間に、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。その一方で、あの二人の休部にほっとする部員がいることに、少しだけ気持ちが軽くなった。


練習開始の前に、全員にマネージャーの休部を伝えた。それにがっかりした反応を示したのは3人ほどで、あとは軽い驚きと「へえ」くらいの反応だった。四十人以上いる部員の中でがっかりしたのが三人というのは少な過ぎるような気がする……と思うのは、彼女たちに良い感情を持っていない俺だからなのか。


「理由は聞いたのか?」


2年の西元が大げさに騒いだあげくに切り口上で尋ねた。一瞬迷ったが、先生の言葉は伝えることにした。


「青村先生には『言いたくない』って言ったらしい。」

「何だよそれ!? 誰か、本人から聞いてないのか!?」


強い口調で部員を見回す西元に、部員たちは困惑した様子で視線を交わした。それを見たら、さっき芽生えた疑いが事実のような気がしてきた。


(そうなのか?)


みんな彼女たちとは楽しく話したり、冗談を言い合ったりしていた。でもそれは、彼女たちへの親しみの気持ちからではなく、マネージャーとして仕事をしてくれる彼女たちへの感謝と遠慮の心遣いだったのかも知れない。高校生にもなれば、みんなそのくらいの配慮はできる。もちろん、西元のように、彼女たちと本当に気が合う部員もいたのだろうけれど。


「これからはマネージャーの仕事をみんなで手分けしてやることになるからよろしく頼む。」

「そもそも自分たちの用事を自分たちでやるってだけのことだしな。」


俺の言葉に風間が隣で付け足してくれた。


「こんだけ人数がいりゃあ、どうってことねえよ。」


剛が当然のように言い、西元もしぶしぶうなずいた。


「休部なんだから、戻るつもりでいるのかも知れないしな。」


西元の言葉にうなずきながら、自分は彼女たちに戻って欲しいのかどうか心許なかった。


練習の準備をしながら、昼休みにあの二人が言った言葉をぼんやりと思い出していた。


――「みんな、あたしたちのことを邪魔者扱いするんですよね。」

――「あたしたちは野球部のためにやってるのに。」


(あの二人の「みんな」は、俺と剛のことだけじゃないのかも知れないな……。)


口に出されたのはそのことだったけれど、あの言葉の背景にはもっといろいろなことがあったのかも知れない。


そんなことを考えていたら、ボールかごを運びながら並んだ1年の徳田が話しかけてきた。


「マネージャーの休部、俺たちのせいかも知れません。」

「なんだよ? 喧嘩でもしたのか?」


冗談めかして言ってしまってから、それは自分だったと反省した。


「いや、はっきりした喧嘩は無いっすけど、あいつら、一年部員の中では人気が無かったから。」

「そうなのか? 二人とも熱心にやってたと思うけど。」

「ああ、仕事はきちんとこなしてたのは認めます。だけど、」


徳田はボールかごを持ち直しながら続けた。


「あいつら、いつも上から目線だったから。」

「上から目線?」


黒い帽子の下の瞳がちらりと俺を見て、すぐに前に戻される。


「自分たちは……佐矢原先輩のお気に入りだって自慢してて。」

「え? え? なにそれ? 俺、そんなこと――」

「分かってます。先輩がマネージャーを特別扱いしてなかったことは、ちゃんと分かってます。」


ボールかごを降ろして、徳田は俺と向かい合って立った。


「俺たち、先輩のことを悪く思ってなんかいません。でも、何かにつけて威張られたり、馬鹿にされたりすると、どうしてもあの二人に感謝の気持ちなんて持てなくなるじゃないっすか。嫌だっていう気持ちが、つい態度にも言葉にも出ちゃったり。」

「ああ、そういうこともあるよな。」


俺だって、昼休みには似たような状態だった。


「この前の休みに、一年部員で遊びに行ったんっすよ。でも、あいつらには声かけてなくて、あとでバレて、すげえ嫌味言われて。」

「そうか……。」


これも「みんな」の一部なのかも知れない。


「気にすんなよ。男だけで遊びたいときだってあるよなあ?」


笑顔で言ってやると、徳田はほっとしたように微笑んでうなずいた。


「風間と相談して1年にも仕事を割り振るから、そこでしっかりやってくれよ。」

「はい。」


荷物運びに戻って行く徳田を見送りながら、俺は何も見えていなかったのだなあ、と反省した。


剛はみんなから離れたところで「おとといのことが原因か?」と尋ねた。


「あれも少しは関係してるけど、一番の原因は俺だと思う。」

「そうなのか?」


剛が眉を寄せて俺を見つめたので、昼休みのいきさつを説明した。


「おととい、あんなことがあったのに、よく来る気になるよなあ。」

「まあ…、あの二人は自分が正しいと思ってるから。」

「ふん。」


二人が鈴宮を責めたことを思い出しているのだろう、剛は不愉快な顔をした。


「『野球部のため』なんて、大義名分をふりかざしてるよな。」

「そう言ったら可哀想だけど。本人たちは、本当にそう思ってるんだろうから。」

「直樹、それは違うぞ。」


剛が真剣に言った。


「あの二人はマネージャーの立場を利用してるだけだ。単に男の集団の中でちやほやされてるのが自慢なんだ。おとといのことでよく分かったよ。」

「そう思うか?」

「ああ。そしてな、直樹、中でもキャプテンであるお前と仲がいいって、周りに思われたかったんだよ。」

「ああ……、さっき徳田に言われたよ。それを自慢して、1年部員にはずいぶん威張ってたらしい。」

「まさに『虎の威を借りる狐』だな。」


自然科学教室のお土産を特別に買ってきたりしたことも、そういう考え方をエスカレートさせた原因かも知れない。だとすると、やっぱり俺が原因なのだ。


「汰白に言われてたんだよなあ。もっと早く解決できてればなあ……。」

「仕方ねえよ。俺も汰白に言われてたけど、おとといまでは信じてなかったんだから。ははっ。」


剛が味方でいてくれることが有り難い。


「なあ、剛。このことは、猫には黙っておきたいんだけど。」

「なんで?」

「自分のせいだって思い込みそうだから。」

「ああ、おとといのことがあるからな。だけど、いずれはバレるぜ?」

「でも、その前にあの二人が戻ってくるかも知れないだろ? 退部したわけじゃないんだから。」

「確かにな。まあ、そこがますますあの二人のずるいところだよ。」


剛が嫌な顔をする。


「誰かが謝るか、引き留めるかするのを待ってるんだ。間違いないぜ。」

「そうか……。」


またため息が出た。


「由良ちゃんを傷付けたヤツなんかに負けたくないぞ、直樹。俺も手伝うから、マネージャーなんていなくても平気だってところを見せてやろうぜ。」

「そうだな。」


みんなが「手伝う」と言ってくれて、だいぶ肩の荷が下りた。それに、しばらくあの二人に悩まされずに済むのは有り難い。マネージャーのいない野球部だってたくさんあるのだから、俺たちだって、きっとどうにかなるはずだ。







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