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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
80/92

80  そんなつもりじゃなかったけれど。


「ごめん、ちょっと離れてくれないかな。」


西棟の階段前を通り過ぎながら、マネージャーにつかまれた左右の腕を引く。


「はあい。」


片方が肩をすくめながら返事をし、二人とも手をどけてくれた。同時に、俺の顔をうかがうように見た。


(ちょうど良かったな。)


マネージャーたちにひとこと言わなくちゃいけないと思っていたから。本当は部活中に話をするつもりだったけれど、せっかく顔を合わせたのだから、ここで言ってしまった方が良いはずだ。


なるべく穏やかな表情に見せようと思うけれど、上手くいっているかどうか分からない。言わなくちゃならないことがあまり愉快ではないことに加えて、ここまでの二人の行動にイラッと来てしまったから。


「今日は何?」


先に用事を済ませておく方が良いと思い、階段を過ぎ、通行の邪魔にならない場所で立ち止まって尋ねた。二人は俺と向かい合って立つと、相談するように視線を交わしながら、ちらりと俺を見た。もしかしたら、自分たちが鈴宮を責めたことを俺が知っているのかどうかを探っているのかも知れない。


「ええと、今日は練習ありますよね?」


不愉快な気持ちを隠すのは成功したらしい。二人ともほっとしたような笑顔で言った。


「うん。通常どおり。」


でも、俺は笑う気にはなれない。必要最低限の言葉で答えるのが精一杯だ。


「練習メニューはいつもどおりですか?」

「その予定。」

「ボールは4カゴ出せば足りますよね?」

「うん。」

「1年2組の鹿石くんは体調不良で休んでいます。」

「分かった。」

「あと、冷却スプレーと絆創膏、補充しておきました。」

「ありがとう。」


そこで顔を見合わせて笑い合った二人に言った。


「これ、わざわざ昼休みに必要かな?」


すると、二人は心底驚いたという顔をした。


「え、必要ですよね?」

「だって、この前も言ったじゃないですか。」

「練習時間を無駄にしないためって。」

「うん。二人の言い分はこの前聞いたし、有り難いと思ってる。」


この前はここで折れたのだ。でも、今日は。


「もう一度考えてみたんだけど、そのくらいの内容なら、やっぱり部活が始まるときでいいと思う。」

「え……。」


二人の顔から表情が消える。よほど予想外だったのだろう。


「昼休みに確認されても、あとから変更になることもあるし、休みの連絡をもらっても放課後には忘れちゃうこともあるから。部活が始まるときの方が確実なんだよ。」

「あの、あたしたちは変更になってもべつにかまいません。いろんな都合があることは分かりますから。」

「でも、昼休みに連絡に使った時間が無駄になっちゃうだろ?」

「それは……。」

「だから、明日からは昼休みには来なくていいよ。自分たちだって、毎日じゃ大変だろ?」

「あたしたちは、べつに……。」


二人は困惑した様子で視線を交わした。そして、春野がまっすぐに俺を見た。


「先輩は迷惑ですか?」


その視線と口調の強さで、俺がキャプテンになったばかりのころの彼女を思い出した。


「迷惑って言うか、このくらいの話なら、そこまでする必要が無いと思う。」

「要するに、面倒ってことですよね?」


畳みかけるような言い方に、抑えていた腹立ちが表に出そうになる。それを一旦こらえた。


「そう思うんならそれでも仕方ないけど。」


声を荒げる代わりになげやりな言い方になった。春野は唇を噛み、山辺は春野の腕に手をかけ、不安そうに視線を揺らした。


「先輩、あたしたち、野球部のためにやってるんです。」


山辺が訴える。


「二人で話し合って、その方が効率的だって思って……。」

「それは分かってるよ。だけど、そこまで――」

「余計なことするなってことですね?」


今度は春野が低い声で、でもはっきりと言った。怒りの気持ちが言葉にも表情にも現れている。


「そういう意味じゃ――」

「『邪魔だ』って言えばいいじゃないですか。『昼休みまで来るな』って。」


言いながら彼女が興奮してきたことが分かった。


「あたしたちのこと、そんなに迷惑ですか?」


迷惑というよりもうっとうしい――と言ってしまいたいが、さすがにそれは言えない。可哀想だ。


「迷惑だなんて思ってないよ。だけど、変更になる可能性のあることを、わざわざ時間をつくって確認に来るのは無駄だと思う。」

「あたしたちがやっていることが時間の無駄だって言うんですか?」

「だからそれは内容によるっていう意味で――」

「あたしたちにとっては、野球部に関することは全部重要です。」


春野ほどの激しさではないが、山辺も俺に非難の目を向けた。


「ああ……、そう……。」


二人とも引く気は無いらしい。「ああ言えば、こう言う」状態に入ってしまったような気がする。もう何を言う気にもなれない。


(どうしたらいいんだろう?)


途方に暮れる、という意味を身をもって知った気がする。


「みんな、あたしたちのことを邪魔者扱いするんですよね。あたしたちが悪いって。余計なことをするなって。」

「あたしたちは野球部のためにやってるのに。」


恨みのこもった言葉。恨みのこもった視線。それを見たら、「ああ、話が通じないんだ」という言葉が頭の中にすとんと落ちてきた。その途端、残っていた俺の怒りはすうっと引いて行った。


「おとといだって、そうです。」


俺が黙っていると、二人はそう言って一層強く俺をにらんだ。


「あたしたちは佐矢原先輩のために言ったのに。あの女子の先輩が、あたしたちにでしゃばるなって。」

「あの先輩だけじゃなくて、富里先輩まであたしたちが悪いって。」

「そうです。あたしたちは佐矢原先輩が侮辱されたと思って抗議したのに。」

「本当にひどいことしたのは鈴宮先輩なのに。」


(あのことか……。)


並べられたメンバーからすると、俺が中庭から逃げ出したあとのことを言っているに違いない。


「剛から聞いたよ。でも、あれは部活とは関係ないだろう? 俺の個人的な問題だよ。」


諭すつもりで言いながら、二人のことがあわれに思えてきた。


理解されなくて可哀想というのとは違う。自分たちの正義を押し通そうとする傲慢さがあわれなのだ。相手がなぜ自分たちを非難したのかを考えようとせずに、自分たちは誰にも理解されない被害者なのだと訴えることも、傲慢さの表れだと思う。これではこの二人は、いつまでたっても周囲と長い信頼関係を結べないだろうという気がする。


「だけど、俺のために言ってくれたってことは分かった。ありがとう。」


せっかく礼を言ったのに、二人は顔をこわばらせた。そして、言った。


「でも、余計なお節介だったって思ってますよね?」

「佐矢原先輩だって、どうせ鈴宮先輩の味方なんでしょう? あんなことされたのに。」

「小さくて可愛いですもんね。」

「二人三脚に一緒に出るくらいだし。」


何を言っても通じない。こんなに責められてばかりなんて、もう、うんざりだ。


「そう思うなら、思ってれば。」


思わず口に出していた。


二人はハッとしたように黙った。少し待ったけれど、それ以上は何も言わない。俺にもこれ以上話すことは無い。


「もう用は無い? じゃあこれで。」


くるりと向きを変え、南棟へと戻る。大股で教室方向へ曲がって……慌ててトイレに引き返した。




昼休みの出来事は、午後の授業のあいだも胸の中に嫌な気分を残した。教室に戻っても鈴宮がいなかったことも、俺の元気が回復しない原因だ。


(穏やかに話したつもりだったんだけどなあ。)


何度思い返してみても、あの場ではあれ以外に答えようが無かったと思う。余分なことも言わなかったはずだ。まあ、最後には不愉快な気持ちが態度に出てしまったけれど。でも、あの前までは落ち着いていたし、二人を責めはしなかったはずだ。


けれど、後味が悪い。


(猫もあんな勢いで言われちゃったのかなあ。)


汰白が俺を叱った様子からすると、たぶんそうだったんだろう。汰白は俺には鈴宮のことしか言わなかったけれど、剛の話では、汰白自身もだいぶ意地の悪いことを言われたようだったから。


(颯介のヤツ!)


俺を馬鹿にしようとした結果がこれだ。騒ぎになって、みんなが傷付いただけじゃないか。なのに、彼女のことを好きだなんて言うのだから、本当に考えなしの弟だ。


(そうは言っても……。)


颯介のターゲットが俺だったってことは、やっぱり俺が元凶なのかも知れない。それに、マネージャーは俺のために彼女を責めたのだ。だとすれば、それもやっぱり俺が原因だという気がする。


(ちゃんと謝らなくちゃなあ。)


剛に話を聞いてから、謝ろうと何度か思ったのにできないままだった。忘れないうちにちゃんと謝ろう。今日、部活の前にでも。







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