表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
8/92

08  練習風景


「今日の練習では負けないからな。」


次の日の朝、朝練で顔を合わせた剛が俺に宣言した。俺はそれに呆れながら答えた。


「俺はお前と勝負なんかしてねーよ。」


そう。剛が勝負する相手は空野だ。それと、自分の性格。


きのうの放課後、剛は文句タラタラだった。自分は鈴宮と組みたかったのに、と。どうやら鈴宮に声をかける前に、女子二人――波橋里香と倉末沙織――に強引にお願いされたらしい。そしてサービス精神旺盛な剛は、女子の頼みを断れず、仕方なく相手をした。…剛の話では。


まあ、サービス精神が旺盛だというのは認めてやる。練習の間ずっと、剛の声に波橋と倉末の笑い声が重なって聞こえていたのだから。鈴宮に声をかける前に二人からお願いされたというのも本当だろう。空野と違って愛嬌のある剛は、俺よりもずっと女子受けが良いから。


ただし。


剛が鈴宮に<いつ>声をかけるつもりだったのかは怪しいところだ。たぶん、そんな素振りも見せられないでいるところにタイミング良く女子から声がかかり、それを言い訳にして逃げたんじゃないかと、俺は思っている。


だから、剛が鈴宮と組みたいなら、自分で女子を断れば良いのだ。剛と鈴宮の両方が余っていたら、俺だって「二人でやれば」くらいのことは言ってやれる。


なのに……。




「行くよ〜、ツヨちゃーん。」

「おー、まっすぐ投げろよ〜。」


(何をやってるんだか……。)


今日も剛は波橋と倉末に捕まっている。しかも、いつの間にか「ツヨちゃん」なんて呼ばれてるし。


「直樹。」


前を向くとパシン、と気持ちのいい音がして、ボールが俺のグローブに収まった。それを近衛に投げ返す。投げる動作の途中で隣の二人組の動きを追いながら。


(うーん……。)


俺のボールを捕った近衛の隣で、鈴宮が落ちたボールをうろうろと追いかけた。俺の隣では南野玲が「みゃー子〜、ごめんね〜。」と情けない声で謝っている。それは俺の気持ちの良さとはまったく違う、気の毒な姿だ。


今日、鈴宮は一緒にソフトボールに出る女子たちに混ざって校庭に出て来た。空野はその後ろを男二人と話しながら歩き、そのあとから女子の集団がついてきていた。女子メンバーが先にキャッチボールを始めていた俺たちを見付けると、汰白が振り向いて何かを言った。こっちへ走り出した汰白のあとに空野が続いたところを見ると、今日も汰白にご指名されたらしい。男たちの恨めしげな視線を受けながら、空野は諦めたような、情けない顔をしていた。


残った4人の女子は自然に二人ずつに分かれて、波橋と倉末ペアはきのうに引き続き、剛のところに行った。剛は結局、笑顔で引き受けた。鈴宮と南野も誰かのところに行くのかと思ったら、一番端っこで――それが俺たちの隣で、実を言えば、俺のところに来たのだと勘違いしかけたが――二人だけで練習を始めたのだった……けど。


二人とも、「超」が付くほど下手くそだ。


そもそも俺と近衛の距離に合わせて向かい合っていることが、まず間違っている。今日はソフトボールのボールを使っている二人は、お互いに投げたボールが届かない。捕球しようとして慌てて前進しても、大きめのボールが上手くグローブに入らずにこぼしてしまう。でなければ間に合わず、下に落ちたボールは後ろへ転がっていく。


しばらく黙って見ていたが、俺の足元にボールが転がってきたところで黙っていられなくなった。向かい側では近衛が苦笑いしている。


「南野、チェンジ。」


ボールを取りに来た南野に、俺と彼女を交互に指差して言う。南野は「え? あたし?」と、自分を指差した。それにうなずいて近衛を見ると、近衛も両手を腰に当てて笑いながらうなずいた。


南野と場所を交代し距離を詰めるために近づく俺を、鈴宮はグローブを抱えて驚いた顔をして見ていた。それから慌てて「よろしくお願いします!」と頭を下げた。きのうでかなり慣れたと思ったのに、今はまた緊張しているらしい。そんな彼女に俺はもう慣れたけど。


「ほら、構えて。」


俺の声に、鈴宮がハッとしてグローブを肩のあたりで開く。そこに向かって持っていたソフトボールを投げ込んでやる。落ちずにすっぽりとボールが収まると、鈴宮は一瞬驚いてから、嬉しそうな顔を俺に向けた。


(嬉しそうな顔しちゃって。)


たったそれだけのことなのに、俺までやけに嬉しくなる。自分はこの顔を見るために練習に出て来ているんじゃないかという気がしてしまいそうだ。


鈴宮が連続してキャッチできたところで、投げ方を教えることにした。どうしてなのか分からないが、彼女の投球フォームは妙にちぐはぐなのだ。手足がバラバラに動いているように見える。ときどき変なところで跳んだりするし。


俺が近付いて行くと、彼女は申し訳なさそうな顔をした。下手なのを叱られると思ったのかも知れない。安心させるために、なるべく優しそうな表情を浮かべようとしてみる。


「ちょっとボール持ってみて。」


鈴宮のグローブをしていない右手にボールを持たせてみると。


(ああ、なるほど。)


ソフトボールの大きさだと、彼女の指ではやっと半分に届くといった程度だ。一応、持つことはできるものの、しっかり握るというのは難しいかも知れない。でもまあ、あまり打球の来ないポジションにいれば、急いで投げなくちゃいけない場面なんてそれほど無いだろう。


「投げるときなんだけど。」


言いながら、見本を見せるために隣に立つ。


「左足を前に出して、」


俺の真似をしながら、鈴宮が真面目な顔をして左足を一歩出した。


「同時に右肩を引く。」

「え? 右肩?」


そこで混乱したらしい。


「え? 片方だけ? あれ?」


前後に足を開いた状態で、首を傾げながら後ろに反り返ろうとする。真面目に変なポーズになっていることに思わず笑ってしまった。


「いや、そうじゃなくて。」


グローブをはずし、彼女の後ろに回って背中を押して戻してやる。


「左はこのままで、右肩だけ引くんだ。」


(あれ?)


驚いてしまった。その肩の細さに。


両側からはさむように触れた彼女の肩は、男とは幅も厚みもまるっきり違う。力をいれたら壊れてしまいそうで、びくびくしながらゆっくりと、彼女の体をひねるように右側だけを後ろに引いた。俺の手に逆らわず、鈴宮はなんとなくロボットのようにぎこちない動きで右を向いた。


「これじゃあ、横向きになっちゃうよ?」


頭を反らせるように俺を見上げる鈴宮。その視線を受け止めるために、軽く覗き込むような姿勢になったところで――。


(うっ。)


ドキッとした。その距離の近さに。


疑いも、恥ずかしさも無い、俺を信頼して見上げる瞳。俺の答えを待つために、軽くすぼめられた唇。


(なんでこんなに……!)


あまりにもまっすぐで素直すぎる!


(やべえ。)


俺の内側で、目の前の小さな肩と無邪気な瞳が、突然意味のある存在になる。ちょっと身を屈めれば簡単に…。


「ええと、」


手に力を込めないようにするのがやっとだった。外側の俺は手を離さなくちゃ、と思うのに、内側の俺はどうしても名残惜しい。


「視線は向こう。」


ずるいのは分かっていた。けれど、誘惑に勝てなかった。左手を彼女の肩に乗せたまま、少しかがんで彼女の顔の前に右手を伸ばして前方を指差す。これでもう少し近付く――。


「向こう…? 横目で?」


目の前を横切る俺の腕を不思議そうに見ながら、彼女が首を傾げる。途端に俺の頭の中に、横向きで視線だけを前に向けている姿が頭に浮かんだ。


「横目って……、ぷ。」


思わず吹き出してしまった。同時に内側の俺が消え、手が離れる。鈴宮の無邪気さの勝利だ。


「あはははは、違うよ! 顔ごと。」


横目で見るなんて、見た目が気持ちが悪いし、そんな状態でちゃんと投げられるわけがない。それを真剣に考えるなんて。


「ああ、そうか。顔を向こうに向けるんだね。」


笑う俺の隣で、鈴宮は真面目にうなずいている。あくまでも俺を信じている彼女にずるいことをした自分にかすかな罪悪感を覚えた。


(ごめんな。)


彼女のことはそっと見守ってやらなくちゃ……と思ったところで気付いいた。これって空野と剛と同じだ。あの二人が言っていたのは、こういうことだったのかも知れない。


「左足が前。右肩が後ろ。で、顔は、ええと、あっちか。」


俺に構わず、彼女は一つひとつポジションを確認している。心を落ち着けて彼女の右隣に戻ってみると、ボールをグローブの中で構えた立ち姿は、なかなかサマになっていた。


「うん、そんな感じだな。」


うなずいた俺に、彼女はほっとしたように微笑んだ。


「よし、じゃあ、投げるふりをしてみて。」

「どこに?」

「え? あっちだよ。」


ついさっき教えたのに、と思いながら前方を指差すと、彼女は不思議そうに言った。


「だって体がこっち向いてるのに。」


そして、横向きの体のまま、俺の方にボールを投げる真似をする。右側に立った俺を見たせいで、いつの間にか、ただ足を開いて立っている状態になってしまっていたのだ。


「それとも、こう?」


やっぱり俺の方を見たまま、体を動かさずに右手だけで俺が指差した方へ――つまり、彼女にしてみれば左へ――投げようとする。まるで壊れたロボットみたいだ。


「くっ。」


また吹き出してしまった。なんでこんなに鈴宮は面白いんだろう。


「そうじゃなくてね。」


思わず小さい子に説明するみたいな口調になってしまう。でも、彼女の素直な頑張りには、こんな口調が似合っているような気がする。


自分でも少し混乱しながら、最初から動きを確認しつつ、動作の流れを説明し直す。それを彼女が真似をする。ただそれだけのことなのに、とても楽しい。


「顔は向こう向き。」

「体重はこっち。」

「腰を、こう。」


俺の言ったポイントをところどころで繰り返しながら、鈴宮は真面目に練習をした。けれど、ゆっくりやるとできているのに、普通に投げると何となく変で、二人で何度も首を傾げた。




そろそろ終わりにしようと誰かが言ったとき、自分がとても残念な気分になったことに気付いた。きのうと同じように丁寧にお礼を言って去って行く鈴宮の後ろ姿を、少しばかり落胆しながら見送った自分に戸惑いを感じた。男同士でワイワイ話しながら歩いていても、なぜか自分が鈴宮と並んで歩いている場面を思い浮かべてしまう。


(だけど俺は……。)


軽やかに前方を歩く汰白に視線を向ける。そう。俺の理想は汰白なんだ。スタイルが良くて、話すと楽しくて、爽やかな笑顔の汰白だ。


(うん、そうだ。)


なのに、どうして上手く行かないんだろう? 汰白は鈴宮と組みたい空野を指名するし、剛も女子の面倒を見ている。その代わり俺は偶然2日連続で鈴宮と組んでいる。


(まあ……、楽しいからいいけどさ。)


そう。鈴宮とのキャッチボールは楽しい。どうせ汰白と組むことができないなら、何をやっても面白い鈴宮とがいい。俺の説明に「できない」とか「面倒くさい」とか言わずに頑張る彼女には、俺もやる気が出るし。


(空野か剛だったら、どうなるんだ?)


照れ屋のあの二人がどんなふうに鈴宮の相手をするのか、ちょっと見てみたい気もする。二人とも目尻を下げっぱなしで、見ている方が恥ずかしくなってしまうかも。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ