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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第六章 恋って……。
79/92

79  由良 ◇ 彼女だから。


(そうか、彼女なんだ。)


授業が始まったところで、ふと気付いた。


わたしは「彼女」なんだ。だとすると、佐矢原くんに触るのも「有り」だよね? ってことは、佐矢原くんの背中と仲良くなってもいいってことじゃない? 元気をもらったり、甘えさせてもらったり、いたずらしたり。


(ぎゅーってしても……?)


前から気になっていたあの背中。そこに後ろからぎゅーっと抱き付くの。


「ふ。」


授業中なのに、笑いが漏れそうになってしまった。みっともない!


(でも。)


本当にいいんじゃないかな。


元気が出ないときとか、嬉しいときとか。上手く口に出せない言葉があるときも。


抱き付かなくても、寄りかからせてもらえるだけでもいいな。大きな背中。あったかくて、ほっとするだろうな。


きっと、佐矢原くんは驚いて「なんだよ?」って言うよね。それから照れた顔で「しょうがねえなあ」って笑うの。


(うわ。)


また胸が……。


(そうだ、逆もあるよね。)


佐矢原くんが落ち込んでいるとき。背中からぎゅーってしてあげたら嬉しくないかな? それでも元気が出なかったら、そのまま思い切って持ち上げてバックドロップ……なんてことをしたら、佐矢原くんも驚いて、落ち込んでる場合じゃなくなるよね。できないけど。


でも、抱き付くなんてこと、無理だろうなあ。やっぱり恥ずかしくてできないよ。寄りかかることだって難しそう。夏休みと同じように、手で触らせてもらうのが精一杯だろうな。


(そうだ。)


そんなことよりも、もっと現実的なことを考えよう。さっき、「良い彼女になろう」って決めたんだから。何か佐矢原くんが喜ぶことをしてあげたいな。


嬉しいと、きっとさっきみたいに照れた顔をするんじゃないかな。あの顔を見られたらわたしも嬉しいな。何がいいだろう?


(……お誕生日、かな?)


うん。初心者としては、とりあえず基本を押さえるところから。


教えてもらわなくちゃいけないけど、わたしの誕生日がもうすぐだから、催促してるみたいかな? でも、自分のは言わなくてもいいもんね。もし、佐矢原くんのお誕生日が過ぎちゃってたら、一緒にお祝いしてもいいし。


(うん、そうだよね!)


なるべく早く教えてもらおう。




……と思ったけれど。


(無理かも。)


教室で話しかけるのは難しい。みんなに注目されそうで恥ずかしいから。朝のことを思い出すと、休み時間に佐矢原くんの方を見ることさえできない。


もうすでにお昼休み。


お弁当が終わっても、やっぱり佐矢原くんに近付くことなんかできないまま。だって、佐矢原くんはあの男の子のかたまりの中にいるんだから。恥ずかしいより先に、あの集団に近付くこと自体が無理だ。しかも、ひどく個人的な理由だから余計に。


(あーあ。)


こうやってため息をつきたいのを隠して、利恵ちゃんとのおしゃべりに笑っている自分がむなしい。


(利恵ちゃんはいいよねー……。)


部活に行けば、空野くんとの時間を見付けることができる。空野くんが囲碁将棋部に出る日でも、用事があれば話はできる。


……って言うか、もともと利恵ちゃんは教室で空野くんに話しかけることに躊躇しないもんね。


(せっかく自覚したのになあ。)


やっと気持ちは前向きになったけれど、行動がともなわない。「人前で」ということが恥ずかしすぎる。わたしって、つくづくこういうことに向いていないみたい。


(あ。)


佐矢原くんが教室を出た。一人で。トイレ?


「利恵ちゃん、あたしちょっと……図書室に行ってくる。」


あわてていることに気付かれないように、でも急いでお弁当箱を片付ける。


「図書室? もしかして世界史の宿題、もうやるつもり?」

「え、世界史? ああ、あったね! いや、違う違う。そんなの忘れてたよ。あの、読みたい本が戻ってるかどうか見たいの。」


急ぎたい。このチャンスを逃したくない。トイレかどうかも分からないし、放課後はすぐに部活に行ってしまうからたぶん無理だし。


「ふうん。まあ、行っておいでよ。」

「うん。」


教室を出て、佐矢原くんが向かった左へ体を向けると、教室2つ分くらい先に後ろ姿が見えた。生徒がたくさん行き交う中を見慣れた肩と頭が歩いていく。


(大きいと助かるね。)


ほっとしながら後を追う。追いかけていることがまわりの生徒にバレないように、少しだけ速足で。ときどき小走りで。


(トイレに入っちゃったら、出てくるのを待たないといけないよね……。)


それはそれで、また恥ずかしい気がする。佐矢原くんだって、トイレの前で待たれていたりしたら嫌だよね。だとすると、自分のクラスの廊下で待つ方がいいかな。


(でも、追い付きそう。)


声をかけるのはもう少し近付いてから――。


「佐矢原先輩!」

「先輩!」


西棟から走り出てきた女の子が二人、佐矢原くんに駆け寄った。


(あの子たち。)


「うわ。おい。」


あっという間に二人が左右から佐矢原くんの腕をつかむ。可愛らしく甘えるように。


(ど、どうしよう!?)


見つからないようにあわてて窓に寄り、外を見ているふりをした。ドキドキしているわたしの耳に佐矢原くんの驚いている声が聞こえる。


(そうだった……。)


そっと唇を噛む。


山辺さんと春野さん。野球部のマネージャーさん。毎日、お昼休みに佐矢原くんのことろに来るんだった。


(おととい、あんなことがあったのに……。)


あんなに堂々と来るなんて。


気後れなんかまったく無いみたい。あそこで会わなければ、いつものとおり、教室まで来るつもりだったんだろうな。わたしは顔を合わせたくないけれど……。


(でも……。)


それはわたしが部外者だから思うのかも知れない。あの子たちは、きちんと仕事をこなしているだけ。部活の仕事と個人的な事情は別だもの。


それに、そもそもあの子たちは佐矢原くんのことを思って、わたしを非難したんだから。佐矢原くんに遠慮することなんか、まったく無いのは当然だ。


そんなことを思っている間に、佐矢原くんは二人を引き連れて西棟へと曲がって行った。その確かな足取りは、彼女たちと一緒にいることへのためらいをまったく感じさせなかった。


「ふ……。」


思わずため息が漏れた。なんだか妙に落ち込んでしまう。


(仕方ないよね。佐矢原くんは、わたしが追いかけていることを知らなかったんだから。)


そう言い聞かせてみても、落ち込んだ気持ちがどうにも消えない。


あれ以来、あの子たちとは会っていない。二人がわたしをどう思っているのかも分からない。そう言えば、佐矢原くんはあのことを知っているのかな。


(どうなんだろう?)


二人に会っても何でもなさそうだったってことは、知らないのかも知れない。わたしからは言わなかったし。


(……そういうことじゃないね。)


佐矢原くんだって仕事なんだ。野球部のキャプテンなんだもの。マネージャーが用事があるなら、佐矢原くんだって個人的なことは関係ないよね。


でも、なんだかもやもやする……。


(ああ、もう!)


仕方ないよ! あれはお仕事なんだから!


こんなところでぐずぐずしているのはやめよう。佐矢原くんが戻ってきたときに変だもの。本当に図書室に行って来よう。利恵ちゃんに言ってしまった手前、こんなにすぐに戻れない。


(ただし……反対まわりで、だね。)


あの二人と一緒の佐矢原くんは見たくない。







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