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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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76  由良 ◇ こんなふうに


(本当に怒ってないんだ…。)


自転車を押して歩きながら、隣の佐矢原くんをそうっと見た。


怒っていないことの方が「好き」と言われたことよりも気になるんなんて、変だろうか。でも、今日の午後はそのことだけを考えていたから……。


(あ。)


気配に気付いたのか、佐矢原くんがこちらを向いた。目が合って、思わずドキッとしてしまう。


「ふ、くっ……くくく。」


(笑われてる……。)


下を向いて肩を震わせる佐矢原くんを見て、なんだか自分が情けなくなってきた。わざわざ送ってもらっているのに、何を話したらよいのか分からないままの気の利かない自分が。


(まだ笑ってる…。)


情けないけれど、ほっとするかも。機嫌が悪いわけじゃないのだから。


「なあ、猫。」

「ん…、なあに?」


話題を提供してくれるのかと助かった思いで返事をすると、佐矢原くんは今度は思いっきりにこーっとした。


「俺、それ好き。」


嬉しそうな顔でそう言ったと思ったら、「うわ、恥ずかし。」とつぶやいて、片手で口元を覆って向こうを向いてしまった。


「え、え、あの?」


(呼ばれて返事をしただけなのに…。)


どうしたらいいのだろう? 佐矢原くんの反応がいつもと違う。


(なんか…恥ずかしいよう。)


頬に血が上ってきて熱い。それに気付かれるかも知れないと思うとまた恥ずかしい。どんな顔をしていたらいいのか分からない。


仕方がないので前方の道路に視線を戻す。


(「好き」って……こういうことなのかな……。)


だから今までと違うのだろうか。


「急に、ごめん。」


静かな声がした。いつの間にか佐矢原くんが落ち着いている。


「あ、ええと…。」


どのことを謝られているのかよく分からなくて、返事に困ってしまった。そんなわたしに軽く笑ってみせてから、佐矢原くんは続けた。


「拗ねて怒ったりするヤツなんか、嫌だよな。」


自嘲気味な言葉と態度。今日の午後のことをとても後悔しているらしい。


「嫌じゃないよ。」


今度はためらいなく言葉が出た。不思議なことに、これを言うのは恥ずかしくない。きっと、事実を口にしているだけだからだ。


「佐矢原くんは佐矢原くんだもの。嫌じゃないよ。」

「そうか。……ありがとう。」

「だけど……、よく分からない。」

「分からない?」


佐矢原くんにこくんとうなずいてみせる。


「ええと、あたしが…どうしたらいいのか。」


そう。どうしたら良いのか。


「だって、今までずっと、仲良しだって思って来たから…。」


一旦言葉を切って、考える。


具体的な気持ちなら言えそうだ。佐矢原くんが気持ちを伝えてくれた今だから。


「あたし…、こんなふうに佐矢原くんと一緒にいたり、話したりするの、好きだよ。落ち着くし、楽しい。」


佐矢原くんが目を丸くしてこちらを向いた。まるでわたしの言葉が信用できないみたいに。その驚いた顔が楽しくて、少しからかってみたくなった。


「背中も。」


笑って付け加えると、佐矢原くんが「ああ。」と微笑んだ。


「前に言ってたよな、背中が好きだって。」


笑顔になってくれたことが嬉しくて、口がなめらかになる。


「あとね、ちょっとイタズラしてみたいな、とか……、ほら、この前、お馬さんをやったみたいに。」

「あはは、落ちたのに。」

「うん。でもいいの、面白かったから。」

「ふうん。」

「でも……。」


どの言葉がちょうど良いか、考えてみる。


「ええと、そういうことって、好き……って、つまり、恋じゃなくてもあるでしょう? 違う?」


佐矢原くんがしばらく無言でわたしを見たあと前を向いた。


「俺も、猫と一緒にいるのが好きだ。こんなふうに。」


穏やかな、静かな低い声。この声に何度も助けてもらったことを思い出す。


「でも、友達とはちょっと違う。」

「違う?」


訊き返すと、佐矢原くんがこちらを向いて軽く笑った。


「うん。自転車が無ければいいな、って思ってる。」

「自転車が?」

「そうすれば、もっと猫の近くを歩けるから。」


(あたしの近くを……?)


言われた途端、その場面が頭に浮かんだ。


わたしの隣を歩く佐矢原くん。話しながら、笑いながら、二人の肩がぶつかって、間近に顔を見合わせる。ただの想像なのに、腕に佐矢原くんの体温を感じる。


(あれ……?)


ぽわん、と頬が熱くなった。


(や、やだな。今までだって、並んで歩いたことくらいあるのに。)


いつもと同じだと自分に言い聞かせても、頬の熱はちっとも冷めない。気付かれないかと不安になって佐矢原くんをこっそり見ると、前を向いて穏やかな微笑みを浮かべているだけだった。


(ああ……、こういう感じ、好きだなあ…。)


ふわりと言葉が浮かんだ。


みんなが「格好良い」と言うのとは違う。佐矢原くんには女の子が色めき立つような華やかさや、ドキドキするような危険な香りは無い。あるのは一緒にいるとほっとする安心感だ。それがわたしには心地良い。


(そう言えば、いつだったっけ…?)


彼氏ができるならこんな感じがいいなって――。


「ん?」


と、くるりと佐矢原くんがこっちを向いた。ドキン、と心臓が鳴った。


「あ、あのね。」


あせってしまって、話題も浮かばないまま声を出してしまう。たった今、「安心感」って思ったばかりなのに。


「ええええーと、」


街灯の下に差し掛かって、赤い顔を見られたら困ると思ったら、ますますあわててしまった。


「あ、分かった。」


佐矢原くんがニヤッとした。


「なに、が?」


自分の顔がひきつっているのが分かる。心臓がドキドキしている。


「今、『自転車があって良かった』って思ってただろ。」

「へ?」

「俺みたいなヤツに隣を歩かれたら何されるかわからない、って。」

「ええぇ?!」


あまりにも的外れな指摘でびっくりした。


「思ってない思ってない思ってない! まったく思ってないよ!」

「え?」

「だって、佐矢原くんはとっても安心できるひとだもん。」


佐矢原くんが眉間にしわを寄せた。


「思ってないのか? さっき……」


そこまで言うと、下を向いて「はぁーーー……。」と大きなため息をついた。


(そんな! どういうこと?!)


わたしは「佐矢原くんと並んで歩くのは嫌じゃない」っていう意味で「思ってない」って言ったのに。


どうしてがっかりするの? 佐矢原くんは、わたしに「いや」って言ってほしいの? それに、言いかけた「さっき」って…。


(あ。もしかして、あの…。)


抱き締められたことだろうか。


思い出したら、あらためて頬が熱くなった。


(あのときは気が動転しちゃってたけど…。)


よく考えたら、あれは佐矢原くんの愛情表現だったわけで……。


(そ、そうか。)


佐矢原くんだって、ああいうことするんだ。恥ずかしいけど、新鮮な発見にちょっと驚きだ。


(そ、そういえば…。)


あの追試の日の…勘違い事件は? あれは自分の考えすぎだって思ってたけど、もしかして佐矢原くんはあのとき――。


(ひゃあああああああ…。)


もう熱いのは頬だけじゃない。首から上全部がきっと真っ赤になってる!


「猫?」

「ひゃいっ?」


おかしな声が出てますますあわててしまう。佐矢原くんを見返したら、不思議そうな顔をしている。


「あ、あたしあたし…あのね、おおお、思ってたんだ。」


何か話さなくちゃ、と思って頭に浮かんだことを口にする。


「こ、こういう感じがいいなって。」

「うん…。」


佐矢原くんは意味を理解できない様子でうなずいた。ドキドキする心臓が口から飛び出しそう。


「あ、あのね、か、彼氏ができたらね、」


(この話題、失敗したかも!)


ついさっき考えていたことが頭に残っていたみたい。でも、こんな話題、ものすごく恥ずかしい。だけど、途中でやめたら変だ。佐矢原くんはもう聞く態勢に入っているし、ほかの話題が浮かばない。


(続けるしかないよね?!)


「こっ、こんなふうに、一緒に歩いたりしてね、」

「ああ、うん。」

「一緒に笑ったり、」

「うん。」


微笑んだ佐矢原くんの優しい雰囲気に目を奪われる。


「ちょっと……からかってみたり、」

「うん。」

「ときどき、あの……」


(あ、こんなこと言うのは……。)


次の言葉が言えなくて、自分の足元に目が行ってしまう。


「ん?」


続きを待つ佐矢原くんの声。


(べつに……。)


佐矢原くんにそうしてほしいと言うわけじゃない。あくまでも「彼氏ができたら」という仮定の話だ。


(よし。大丈夫。恥ずかしくないからね。)


思い切って顔を上げ、にっこり笑いかける。


「甘えたり、したいなあって。」


(ほら言えた!)


微笑みながら熱が上がった気がした。心臓がものすごく暴れていて、倒れるのではないかと思ってしまう。でも、佐矢原くんが笑顔で応えてくれて、それを見たら達成感で誇らしい気持ちになった。


「それ、俺でもいい?」

「え? い、いいよ、もちろん。」


反射的にうなずいていた。


(ん? あれ? あれ? あれ? 返事しちゃった?)


大急ぎで考えているわたしに、佐矢原くんの「よっしゃ!」というつぶやきが聞こえた。


「サンキュー、猫。」


恐る恐る見上げると、佐矢原くんが照れくさそうに笑った。


「今から俺、猫の彼氏な。」


(やっぱりそういうこと?)


頭の中で今のやり取りを猛スピードで確認する。


「本当はさ、」


佐矢原くんはそこで一瞬ためらってから、わたしに顔を向け直した。


「ずっと、『俺の猫』って思ってたんだ。」


その照れくさそうな笑顔で胸が痛いような気がした。


「俺、猫のこと大事にするから。」

「あ、あの、こちらこそ、よろしくお願いします。」


頭も胸もいっぱいいっぱいで、そんな言葉しか出て来なかった。








長いおはなしにお付き合いいただき、ありがとうございます。

やっと告白までたどり着きました。


さて、第五章「驚いて、笑って、怒った。」はここまでです。

次から第六章「恋って……。」に入ります。最終章です。

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