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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
75/92

75  やり直し


(ああ…、言えた……。)


鈴宮を抱き締めたまま、安堵と幸せに包まれる。


やっと伝えることができた。思っていたよりも、ずっと簡単だった気がする。


(それに。)


こんな告白って結構感動的だし、格好良かったんじゃないだろうか。


(まるで恋愛映画みたいだ…。)


そう思ったら、すぐに続きが頭に浮かんできた。


恥ずかしそうに見上げる彼女。静かに口に出される「あたしも…」という言葉。見つめ合ったあと、そっと唇が近付いて――。


(ん?)


甘美な想像に浸っている俺の腕の中が盛大にもぞもぞした。と思ったら、彼女が顔を出した。


「くっ、苦しい!」


(お!?)


俺の想像とかなり雰囲気が違ってちょっと驚いた。大げさでは無さそうなその様子を見せられたら、慌てて腕を開くしかない。そうしながら突然、不安に襲われた。


(もしかしたら、やり過ぎたか……?)


人通りが少ないとは言え、道路で女の子に抱き付くとか、普通じゃ有り得ない。しかも、感極まって告白するなんて、俺のやることか!?


(もうダメかも…っていうか、恥ずかしい…。)


身の縮む思いで目の前の彼女をそっと見ると、深呼吸をしていた。――が、すぐに俺の視線に気付いた。


「びっくりしちゃった。」


軽く肩をすくめて微笑まれて、どう返事をしたら良いのか迷う。いきなり告白したことを謝るべきなのか…。


「体当たりされるのかと思った。」

「え!?」


まったく想定していなかった単語が聞こえて耳を疑った。


(俺が抱き付いたことを言ってるん…だよな?)


言われてみれば、確かに似ていたかも知れない。結構な勢いで飛びついたし。どうりであんなに驚いた顔をしたわけだ。けれど…あまりと言えばあまりの勘違いじゃなかろうか。


(体当たりか。はぁ……。)


脱力した俺を、彼女は申し訳なさそうに見上げる。


「それで…あの、何か言ってたよね? ごめんね、あんまりびっくりして、何を言われてるのかよく分からなかったの。頭ごと抱えられてたし……。」

「ああ…、そう……。」


俺も頭を抱えたい。


俺らしくは無かったにしても、あれはあれで、俺にとっては最高の告白だったのに。せっかく伝えた気持ちが聞こえていなかったなんて。さっきの感動はいったい何だったんだ……。


「ええと、謝ってくれたってことで……いいんだよ…ね?」


控えめな上目づかいがいかにも彼女らしい。話を聞き洩らしたことを俺に悪いと思っているのは間違いない。


「……ふ。」


ため息とも笑いともつかないものがこみ上げてきた。


鈴宮を相手に…しかもこんな俺が、恋愛映画みたいな場面を作り上げるなんて無理に決まってる。


(そうだよ。そうだよな。…でも、俺たちには、俺たちに似合う場面があるはずだ。)


その考えが俺を新鮮で楽しい気分にさせてくれた。


「うん。謝ったよ。」

「そ、そうだよね。ありがとう。」


彼女がほっとした様子でにっこりする。それを見て思った。仲直りに、もう一度驚かすのも面白そうだ。


「でも、それだけじゃない。」


思ったら、よく考える前に言葉が出た。


「え。」


彼女が今度は警戒する。ころころ変わる表情が可愛い。次はどんな顔をする?


「『好き』って言った。」

「そうなの!?」


目を真ん丸にして俺を見返し、持っていたスマホを両手で握りしめた。


(「そうなの!?」って…。)


「くふ、もう……はははは。」


一連の行動が本当に彼女らしい気がして、思わず笑ってしまった。その俺を、彼女は複雑な表情で見つめている。


「びっくりした?」


こくこくと、彼女は無言でうなずく。


「ごめんな。」


やっぱり無言で今度は首を横に振った。


(可笑しい。でも、可愛い。)


思わず見惚れてしまう。


告白をやり直して、余裕でそんなことを思っている自分もなんだか変だ。でも、今日は普段とは違うことが山盛りにあった。仕上げにこのくらいのことをやってみてもどうってことない、という気がする。


「いろいろごめんな。俺はふて腐れるし、そうかと思えばいきなりコクるし。颯介には変なこと頼まれるし。ああ…、俺たち兄弟で猫のこと悩ませてるよな。本当にごめん。」

「そ、そんなこと無いよ。」


慌てて否定する彼女に心が和む。暗い夜道の白い街灯が、まるで俺たちのために特別な空間を創ってくれているように感じる。


「でも、俺の気持ちは冗談じゃないから。」


まだ戸惑った様子のまま、彼女はこくんとうなずいた。混乱しながらも、俺の気持ちはちゃんと伝わったらしい。


「家まで送るよ。一緒に帰ろう。」


またうなずく彼女。遠慮をせずに素直にうなずいてくれたことが嬉しかった。


彼女は急いでスマホをバッグに入れて、自転車のスタンドを上げた。そのまま乗ろうとしたところで声をかける。


「自転車押して行かないか?」


ハッとしたように彼女が振り返る。反応が少し過剰に見えるのは、彼女が混乱しているからなのかも知れない。


「歩いて行きたいんだ、時間かかるけど。」


少し落ち着いてほしくて、ゆっくりと話してみる。


「昼間、一緒にいられなかった分。急いでるなら無理にとは言わないけど――」

「ううん、急いでない。」


俺の言葉にかぶさるくらい素早く返って来た返事。胸の中にじわりと期待が忍び込む。


「うちには『後夜祭で遅くなる』って言ってあるから、だから……。」


彼女はぼんやりと言葉を切った。遠慮がちに、尋ねるように俺に向けられた瞳に心が震える。


「じゃあ、歩いて行っても大丈夫かな。」

「……うん。」


やっぱりちょっとだけ、映画みたいだ。







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