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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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74  こんどこそ。


『佐矢原くん?』


スマホを通して弱々しい声が聞こえた。


「うん。」


悲しそうな彼女の姿も目に浮かぶ。それが俺たち兄弟のせいなのだと思うと、申し訳なくてやりきれない。


『佐矢原くん、あの、ごめんなさい。』

「猫、違うよ。謝るのは――」

『ううん、違わない。あたしが悪いの。だって、あたし、知ってたのに。』

「…知ってた?」

『うん。佐矢原くんが、内緒にされるの好きじゃないってこと。』

「え…? それは普通は……。」


みんな同じようなものだと思うけれど。


『ほら、空野くんと富里くんが、利恵ちゃんと聡美と付き合うことになったとき。佐矢原くんだけが知らされてなくて、淋しい気持ちになってたでしょう?』

「ああ……、そうだった。」


たった一か月前のことなのに忘れていた。いろいろなことがあったから。


(あのときは猫に慰めてもらったっけ……。)


『本当に、ごめんね。』

「いいよ。今回は仕方なかったんだろう?」

『でも…。』

「颯介に頼まれて、黙ってるしかなかったんだろ? さっき、颯介から聞いた。」

『颯介くんに……?』

「俺たち、兄弟で猫に迷惑かけちゃったんだな。悪かった。」

『そんなこと……。』


少しの間、沈黙があった。


それは不安を呼び寄せるようなものではなく、どこかほっとするような沈黙だった。


『颯介くんと話した?』

「うん。」

『良かった。会えたんだね。』

「うん。俺の方こそ、……話を聞かないで、逃げてごめんな。」

『ううん、そんなこと、気にしないで。』


きっと今、彼女は微笑んでいる。


『だって、びっくりしたでしょう? 騙されたと思って怒っても、仕方がないよ。』


(本当はそうじゃないんだ。)


胸の中で言葉が湧き上がる。


(猫と颯介のことを誤解して、焼きもちやいたんだよ。)


けれど、口に出したのは「ごめん。」だけ。


『颯介くんもあたしもずいぶん探したんだけど、見付けられなくて……。』

「ああ、俺……先生んとこにいたから。」

『先生のところ? 職員室?』

「いや、体育教官室。」

『そうなんだ……。何度もそばを通ったのに、気付かなかった。』

「だよな、普通はそんなところにいないから。」


楽しいイベントのときに先生といたいヤツなんて、そんなにいるわけがない。


『文化祭終わったあとも教室に戻って来ないし、後夜祭にも出て来ないし……、それでみんなが、帰っちゃったに違いないね、って…。』

「みんなにも心配かけちゃったんだな、俺。」

『んー…、でも、佐矢原くんなら危険なことに遭ったりはしないと思うから…。』

「はは、まあ、そうだな。もう終わったのか、後夜祭?」

『さあ、どうかな?』

「え?」


胸がざわっとした。


「後夜祭に出たんじゃないのか?」

『あ、うん、出たけど、途中で帰ってきたから……。』

「え、途中でって……なんで?」

『佐矢原くんに謝ろうと思って……。』


(「謝ろうと」って……。)


何か変だ。嫌な予感がする。


「猫、今、どこにいる? 家か?」

『ああ、たぶん、佐矢原くんの家の近くだと思うんだけど…。』

「『たぶん』って、どういうことだ?」


ドキドキする。彼女は何を?


『ええと……、あのね、佐矢原くんに直接会って謝ろうと思ったの。』

「うん。それで?」

『実は……その…迷子になっちゃって……。』

「えええええぇ?!」


思わず立ち上がっていた。驚きと「やっぱり!」という思いが交錯する。


『あの、あのねあのね、隣の学区だし、夏休みに一度、車で行ってるから分かると思ったの。だけど、住宅街に入ったら、どの道だったか分からなくなって。』

「どのくらい前から迷ってるんだ?!」

『どうだろう? 30分は経ってないと思うけど……。』


30分って!


「ひ、一人で来たのか?」

『あ、うん。後夜祭の途中だったから、聡美にだけ――』

「サイクリングコースを通ってか?」

『ああ、うん。ちょっと暗くて怖かったけど、遠回りするよりもいいかと思って。』


(「ちょっと」どころじゃないだろう!)


窓の外を確認する。やっぱりもう真っ暗だ。30分前だって明るくはなかったはずだ。


「ごめん、猫!」

『え? 佐矢原くんは何も悪くなんか――』

「だけど。」


(いや、そんなことを気にしてる場合じゃない。)


「猫、まわりに何か目印は?」

『そう言えば、佐矢原くんは家にいるの?』

「は? 俺? 俺は家にいるよ。だけど猫――」

『ああ、良かった。よく考えたら、学校にいないからって、家にいるとは限らないのにね。あたし――』

「そうじゃなくて!」


(心配でしょうがないのに!)


住宅街と言っても、このあたりは夜になると人通りが無い。去年はひったくりもあった。こんなふうに話しているあいだにも、変なヤツに狙われているかも知れないのに!


「猫、そこどこだ? 迷ってるんだろ? 迎えに行くから。」

『え、いいよ、大丈夫。スマホの地図で、自分の家には帰れるから。』

「だめだ。もう暗いのに一人で帰るなんて。」

『大丈夫だよ、自転車だし。中学のときは塾に――』

「猫、頼むから。」


彼女がやっと黙った。


「猫の顔が見たい。家まで送って行く。嫌だって言っても探し回るぞ。」

『え、あ、ええと、自治会館…。』

「自治会館?」


のんびりしている反応がもどかしい。


『うん。朝日ヶ丘第…三、自治会館、の、角』


(朝日ヶ丘第三。良かった! うちの一本裏の道だ!)


「わかった。すぐ行く。明るいところにいろよ。」


制服のままで良かった。これならすぐに出かけられる。自転車の鍵はポケットに入っている。


(うわ!)


スマホをポケットに入れようとしたら電話がかかってきた。剛だ。


「もしもし?」

『何回かけたと思ってんだ!』


いきなり怒鳴るとは!


「ごめん。ちょっと今、急いでて。」


部屋を出て、階段を下りる。


『こっちだって緊急事態だ。由良ちゃんに会ったか?!』

「あ、猫? 猫ならこっちに来てる。」

『行ってるのか?! ちゃんと顔見たのか?!』

「いや、これから行く。近所まで来て迷子に――」

『迷子?! てめぇ、何もたもたしてんだ! 早く行きやがれ!』

「だから、今から行くんだよ! 切るぞ!」


切りながら台所に声をかける。


「母ちゃん、ちょっと出かける! 先にメシ食ってていいから!」


母親ののんきな「どれくらい〜?」に「一時間…か、一時間半!」と答えながら靴を履く。


玄関のドアを思い切り閉め、自転車に鍵がささらなくて焦る。


(猫、ごめん!)


自転車で道に乗り出した。並ぶ門灯と街灯の明るさが、すでに夜だと告げている。


(猫!)


この中で彼女は迷子になったんだ。俺に謝るために一人で来て。俺がずっと逃げまわっていたから。ちゃんと話を聞かなかったから。


あれからどんな思いでいたのだろう。楽しいはずの文化祭だったのに。後夜祭もあったのに。


(俺のせいだ。)


嫌な思いをさせてしまった。危険なこともさせてしまった。


(本当にごめん!)


角を2つ曲がると自治会館のある道だ。確か、もう一区画先のはず。


(いた!)


前方右側の街灯の下に白い人影。うつむいてスマホを操作しているらしい。すぐそばに自転車が停めてある。


「猫!」


俺の声に反応して顔を上げた。やっぱり彼女だ!


急ぐ俺の横を車が追い越して行く。そのあとを追うように自転車をこいで道を渡る。


(無事だった。良かった!)


彼女が微笑む。俺に手を振る。


シュッ…と急ブレーキでタイヤが滑った。彼女が慌てて一歩下がった。スタンドを立てる時間ももどかしい。


「猫。」


駆け寄る俺に、笑顔だった彼女が大きく目を見開くのが見えた。次の瞬間には――。


(猫!)


彼女を腕で包み込んだ。頭と背中に腕をまわして。


「ごめん。」


体に感じる感触にほっとする。彼女は確かにここにいる。


「ん……。」


胸のあたりでくぐもったつぶやき声と、もぞもぞと動く気配。それには答えずに、一層腕に力を込める。


「ごめん、猫。俺、颯介のことを内緒にされたから怒ったんじゃないんだ。やきもち焼いて、拗ねただけなんだよ。」


(そうなんだ。だって。)


「俺、ずっと前から猫のことが好きだったから。」


一気にそこまで言ったら愛しい気持ちがあふれ出た。その勢いのままに、もう一度、彼女を強く抱き締めた。







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