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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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72  由良 ◇ 大きな後悔


「鈴宮先輩って、ひどいことするんですね。」


不意に自分の名前が聞こえて硬直が解けた。振り返ると春野さんと山辺さんがいた。


「佐矢原先輩、鈴宮先輩と約束があるからって嬉しそうだったのに。」

「思わせぶりなことを言って、ほかの男の子に会わせるなんて、最低。」

「ちょっと仲が良いからって、いい気になってません?」

「佐矢原先輩、可哀想。」


言葉だけじゃなく、蔑むような表情が、わたしをどう思っているのかはっきりと伝えてくる。突き刺すようなその鋭さが、わたしの声を奪う。


「純情そうなふりして、男の子をひっかけて面白がってるんでしょう?」

「佐矢原先輩って真面目だし、落とすの簡単だったんじゃないですか?」

「だとしても、二股かけてるなんて信じられない。」

「しかも、わざわざ会わせるとか、普通はしないよね。」


(違う。そんなことじゃ――)


「何やってるの、あなたたち。」


きりっとした声がして、気付いたら、隣に聡美が立っていた。


「みゃー子に何か用なの?」


そう言いながら、庇うようにわたしの肩に手をかけてくれる。


「やだ、睨まれてる。この先輩、こわーい。」

「この前から思ってたけど、性格キツいよね。」


春野さんと山辺さんは、わざと聞こえるように言っているに違いない。聡美を傷付けようとして。そのことがまた、胸に突き刺さる。


「みゃー子に何の用なのか、って訊いてるの。」


聡美の静かな声。でも、怒っているのが分かる。


「だってぇ、鈴宮先輩が佐矢原先輩にひどいことをしたんです。だから。」

「そうですよ。佐矢原先輩の代わりに言ってあげてるだけです。」


二人の言葉を聞いて、聡美がわたしを見た。答えようとしたけれど、口を開いても言葉が出てこない。


「ほら、言い訳できないじゃないですか。本当なんです。」

「そうそう。」

「先輩、知ってました? 鈴宮先輩、二股かけてたんですよ。」

「そうなんです。その相手二人をわざわざ会わせたんです、ここで。」

「佐矢原先輩に期待させておいて、本命を紹介して『バイバイ』ってことだよねー。」


勝手な解釈を放っておいちゃダメだ。ちゃんと説明しないと。


「違う。颯介くんは――」

「うわ、『颯介くん』だって!」

「やっぱ本命じゃん。」

「佐矢原先輩、かわいそー。」

「しかも、知り合いっぽくなかった?」

「あーっ、そうかも! だから追いかけて行ったんだ。」


(そんな。)


説明したいのに、二人は勝手に会話を続け、口をはさむ余地が無い。


「やめなさい!」


聡美の一喝で二人が黙った。


「みゃー子がそんなことをするわけ無いでしょう? 勝手なこと言うんじゃないわよ。だいたい、佐矢原くんがみゃー子に振られようがどうしようが、あなたたちにどんな関係があるわけ? ああ、もしかして、あなたたちが佐矢原くんを狙ってるの? 女子マネージャーとキャプテンの恋? そんな青春ドラマみたいなこと期待してるんだ? お子様!」

「さ、聡美。」


まくしたてる勢いに驚いた。本気で怒っているみたい。相手の二人も嘲りの表情が消えて、今度は聡美に怒りの視線を向けている。


「そんな期待でマネージャーなんかやられたら、部員が気の毒だよね。常に監視されてて、女の子に近付けないんだもの。何それ? 逆ハーレムでも作ってるつもり? しかも性格が悪いって最悪。男子の前では可愛い子のふりをして、女子には嫌がらせをするなんて、ホント、最低。」

「聡美。そんなに言わなくても。」


止まらない聡美の腕をつかむ。けれど、もうわたしでは両方とも止まらない。


「っんとにウザい。ちょっと綺麗だからって調子に乗ってる?」

「だよねー。『性格が悪い』って自分のことじゃん。」


春野さんと山辺さんは、二人でいるせいで強気になっているらしい。


(ど、どうしよう…。)


「関係ないことに首突っ込んで、あたしたちのこと悪者扱いしてさあ。」

「自分の方こそ、男子と女子の前で性格違うんじゃないの?」

「ああ、そんな感じ! そんなんじゃ、彼氏ができてもすぐにふられるよねー!」


(!!)


それは言っちゃいけない。それは聡美を一番傷付ける言葉だ。富里くんのことが大好きで、本当は自分に自信が無い聡美には。


「でも気にしないんじゃない? 綺麗だから、またすぐに彼氏なんかできるもん、きっと。」

「あ〜、美人は得だよね〜。性格悪くても、見た目で男の子に不自由しないもんね。」

「もうやめて。」


今度はちゃんと声が出た。静かな、しっかりした声が。二人をまっすぐに見ることもできた。


「聡美のこと、そんなふうに言わないで。聡美は絶対に綺麗なだけじゃないから。」

「何、急に。女の友情?」

「性格悪い同士、庇い合ってるってところじゃない?」

「あたしのことは勝手に言えばいいよ。でも、聡美のことは言う必要ないでしょ?」


わたしの言葉を聞いても、二人は馬鹿にしたような笑いを浮かべるだけ。自分の無力さが悲しくなってくる。


「どうしたんだよ?」


男の子の声にハッとした。気付いたときには、富里くんが双方の間に立っていた。


ほっとしながら周りを見ると、足を止めてこちらを見ている人たちもいる。少しばかり注目を集めていたらしい。そのひとたちも、富里くんの介入で落ち着くと思ったのだろう、すぐに散って行ってしまった。


そっと聡美を見たら、唇をかんでうつむいている。さっきの二人の言葉がショックだったのだ。とにかく、ここは当事者であるわたしが説明をするしかない。


「あの――」

「せんぱーい。この先輩たちが、あたしたちのこと悪者扱いするんですぅ。」

「そうなんですぅ。あたしたちのこと性格悪いってぇ。」


わたしを遮って説明を始めた二人にびっくりした。


たぶんこの二人は、野球部の富里くんは自分たちの味方だと信じているのだ。さっきの様子だと、聡美の彼氏が富里くんだとは知らないようだったし。


それにしても、「男子と女子の前で態度が違う」というのを、これほどはっきりと見たのは初めてだ。感心さえしてしまう。


(でも。)


富里くんは、そんな態度には騙されないはずだ。


「何でそんなことになったんだ?」


冷静な態度のまま、今度はわたしたちに尋ねた。


「あの、あたしが――」

「だって、この子たち、ひどいんだから。」


説明しようとしたけれど、聡美に遮られてしまった。


「剛くんだって黙っていられないと思うよ?」


二人は聡美の口調に「え?」という顔をした。「剛くん」という呼び方で、聡美と富里くんが仲が良いということに気付いたのだ。


(それだけじゃないよ。富里くんの彼女なんだから。)


二人が聡美に何を言ったのかを聞いたら、きっとすごく怒ると思う。そんなことになったら、野球部の中がぎくしゃくしてしまう。


(ここははっきりと言わないと。)


「あの、富里くん、全部あたしのせいなの。あたしが悪いんだよ。」


マネージャーさん二人は勝ち誇った顔をした。富里くんは心配そうにわたしを見た。


「あたしが佐矢原くんを……騙したみたいになっちゃって……。」


言いながら胸がキリリと痛んだ。あのときの佐矢原くんを思い出すと、とてもつらい。


「直樹を?」

「うん……。あたし――」

「だからって、この子たちがみゃー子に意地悪する必要は無いでしょう?」


聡美がわたしを遮った。それを聞いた富里くんの表情が硬くなった。


「由良ちゃんに意地悪?」


(え? え? え? なんかちょっと…。)


違う気がする。


「あの、いや、そうじゃなくて、あたし――」

「みゃー子が佐矢原くんに二股かけてふったって、言いがかりつけてるんだよ? ひどいでしょう?」

「なにぃ?!」


富里くんが二人をにらみつけた。二人は驚いた顔をして身を寄せ合った。富里くんが聡美の言葉を信じたことも予想外だったのだろう。


「由良ちゃんがそんなことするわけないだろうが!」


二人はますます身を寄せ合って、「由良ちゃん…?」とつぶやいた。


(言い付けて怒るところは、そこじゃないと思うよ!)


そういえば、聡美と一緒にわたしを守るって言ってたっけ…。


「いっ、いいえ! 本当です!」

「言いがかりじゃありません!」


二人が力説する。わたしもなんとか声を出す。


「富里くん、怒らないで。可哀想だよ。みんな誤解なの。勘違いなんだよ。」


とにかく怒りをおさめてほしい。わたしのせいで野球部の中で喧嘩が起きるなんて、申し訳なさすぎる!


「誤解でも勘違いでも、鈴宮先輩が佐矢原先輩を傷付けたのは事実ですからね。」

「そうですよ。うちの部長が馬鹿にされて悔しくないんですか、富里先輩は?」

「ああ? 直樹?」


二人を見た富里くんの表情はとても冷たかった。


「富里くん、あの――」

「由良ちゃんはいいから。心配するな。」

「でも…。」


聡美が止めてくれないかと思った。けれど、聡美は期待に満ちた表情で富里くんを見ているだけ。


「直樹なんかどうなろうが知ったこっちゃねえよ。」

「え…。」


二人がうろたえる。


「直樹なんかより、由良ちゃんの方が大事に決まってるだろ!」

「富里くん、そんなことは――」

「直樹を傷付けた? あいつが簡単に傷付くもんか。ちょっとぐらい傷付いたって、野生動物並みの回復力で、あっという間に元通りだ。」

「だけど、鈴宮先輩がひどいことをしたっていう事実は間違いな――」

「それがお前らにどう関係があるんだよ?」


(あ……。)


「由良ちゃんと直樹のことに、お前らが首突っ込む権利あんのか?」

「それは……。」


二人が顔を見合わせる。


(そう……なんだ。)


これはわたしと佐矢原くんのこと。わたしと佐矢原くんの間で解決しなくちゃならないこと。


「あの、みんな、ごめんなさい。」


深く深く、頭を下げる。


「あたしが悪いんです。だから、ちゃんと謝って来ます。」


腕に温かい手がかかった。


「うん。みゃー子、頑張って。」

「直樹が意地張ってたら、俺を呼べよ。」

「ありがとう。ごめんね。」


(急いで探そう。そして、謝らなくちゃ。)


決意を胸に校舎に戻った。けれど。


(どこにいるんだろう?)


人混みの中、佐矢原くんを見付けられるだろうか……。







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