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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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71  由良 ◇ どうしよう?


(やっぱりあの子たちのパワーには勝てないなあ。)


自然科学部の受付に座りながら、ぼんやりと考えた。


「…ふ。」


思わず漏れた笑いを慌てて手で隠す。でも、あの二人のマネージャーさんに囲まれた佐矢原くんの困った様子を思い出すと……。


「先輩。思い出し笑いしてますね?」


隣に座っている1年生の福橋さん――福ちゃん――に指摘されてしまった。部屋が静かだから、簡単に気付かれてしまう。


「面白い話なら教えてください! もう、ここに座ってるのも飽きちゃいました。」

「ああ…、そうだよね……。」


植物や鳥、星空などの写真に飾られた部屋は、とても清々しい雰囲気が漂っている。けれど、ただの「展示」という内容では、足を運んでくれるひとは少数だ。受付も、部屋が荒らされないための見張りのようなものだし。


(まあ、話しても平気かな。)


自然科学教室に参加した佐矢原くんのことは、うちの部員はみんな知っている。そのうえ、わたしと二人三脚に出たことで、女子部員の注目も集めた。


「あのね、佐矢原くんがね、」


さっきの佐矢原くんの様子がまた目に浮かぶ。笑いをこらえて一旦言葉を切ってから、また口を開く。


「野球部のマネージャーさんたちにとってもなつかれていてね。」

「野球部のマネージャーって、春野と山辺ですか?」

「ああ、そうそう。福ちゃんは春野さんと同じクラスだったね。」

「中学から知ってますよ、二人とも。」


福ちゃんが軽くため息をつく。しっかり者で優等生風の福ちゃんと賑やかな彼女たちでは、相容れない部分も多いのかも知れない。


「さっき歩いてたら、あの子たちが佐矢原くんに走り寄って来てね、」


福ちゃんが眉間にしわを寄せる。まるでお母さんが困った子どもの話を聞いているみたいだ。


「『うちのパンケーキ、食べに来てください! トッピング大サービスしますから!』って、すっごい勢いで。うふふ。」


福ちゃんは、ますます不機嫌な顔になってしまった。


「みゃー子先輩と一緒にいたのにですか?」

「え? うん。」

「みゃー子先輩も誘われたんですか?」

「あたしは誘われないよ。あの子たちとは知り合いじゃないもん。」


嫌な顔なんかしないで笑ってほしい。楽しい話なのだから。


「佐矢原くん、あの子たちのテンションが苦手みたいでね、すっごく困った顔してたの。」

「でしょうね。」

「甘いものはいらない、とか、お腹いっぱいだ、とか、いろいろ言い訳してたんだけど、二人に左右からがっちり捕まえられて、無理矢理連れて行かれちゃったよ。それがね、」


あのときの助けを求めて振り返った顔ったら!


「佐矢原くん、とっても大きいのに、女の子に…って言っても、二人とも結構背が高いけどね、拉致られてるっていうことが可笑しくて。気の毒だけど笑ってしまう。」

「みゃー子先輩、お人好し過ぎ。佐矢原先輩、可哀想。」

「そう?」


福ちゃんの言葉で小さな棘が胸の中に生じた。


「でも、あの子たち、元気でとっても可愛いよ? うちのクラスでも、男子の間でそう言われてるよ。あたしみたいなぼんやりした子と一緒にいるよりも楽しいに決まってるでしょ。」


わたしには無い元気と明るさ。可愛らしく甘える態度。それらを思い出しながら、胸の中に生じた小さな棘を自分で刺してしまった。


(あたしには無いものばかり……。)


「先輩は、佐矢原先輩とどこかまわったんですか?」


ぼんやりしていた耳に福ちゃんの声が飛び込んできた。


「え? ああ、行ったよ。うちのクラスのお店に。」

「自分のクラスですか?」


驚いた?


「うん、そう。朝から立ちっぱなしでお腹空いちゃって。うちのクラス以外はスイーツばっかりなんだよね。しょっぱいものが食べたかったの。」

「わざわざ行かなくても、作りながら食べちゃえば良かったのに。」

「うーん、でも一応、量を計りながら作ってるし。あ、でも、佐矢原くんはこっそり大盛りにしてもらってたよ。」

「それにしても、自分のクラスのお店ですかー……。」


どうして呆れられているのかな。クラスのみんなは喜んでくれたのに。


そのあとすぐに、佐矢原くんはあの子たちに連れていかれてしまった。わたしはお友だちのクラスをのぞきながら、ちょうど良い時間にここに来たのだ。


(それにしても、ほっとしたなあ。)


あれから何度も思ってる。颯介くんとの待ち合わせに、佐矢原くんが一緒に来てくれることになって良かった、って。待ち合わせの相手が颯介くんだってことも言ってしまおうかとも思ったけれど、颯介くんの希望を全部無視するのも悪い気がしたし…。


(二人ともびっくりするよね。)


でも、佐矢原くんだけが驚かされるよりも、両方が驚く方がいいと思う。


そもそも颯介くんをうちのお店に連れて行っても、佐矢原くんに会えない可能性が高い。それに、定食は1時には売り切れになっている可能性だってある。


(それに……。)


颯介くんと二人になることが……困る、というか。


最初にはっきりとお断りはしたけれど、颯介くんがそれを気にしていないように感じて。だから、誤解されるような状況はなるべく作りたくない。


(佐矢原くんが一緒にいてくれれば安心。)


颯介くんと二人きりにならないことだけじゃなく、わたしの心の支えとして。佐矢原くんがOKしてくれてから、とても気持ちが軽くなった。


(面白がったりして、申し訳なかったな。)


こんなに頼りにしているのだから。


それからもお客様はポツリポツリとしか来ず、わたしと福ちゃんはおしゃべりをしながら時間を過ごした。


終了の12時が近付いたとき、廊下で声が聞こえるなあ…と思ったら、次のお当番の空野くんと利恵ちゃんが、佐矢原くんを入り口から押し込んだ。三人が着ているペパーミントグリーンのポロシャツが、それまで落ち着いた雰囲気だった教室を賑やかにしたように感じた。


「みゃー子、もう終わりでしょ? 佐矢原くんにここの案内してあげて。」

「ブラブラしてるのを捕まえてきたよ。うちの来場者数に協力してもらおうと思って。」


見上げると、ちらりとこちらを見た佐矢原くんと目が合った。居心地が悪そうなのは、こういう分野に興味が無いからだろう。


(また拉致られちゃったんだ。)


今日は二度目だと思うと本当に気の毒だ。でも、そういうときに思い切って抵抗しきれないところが、佐矢原くんのやさしいところだと思う。


時計はちょうど12時。空野くんと利恵ちゃんにうなずいて、佐矢原くんの隣に立つ。そこで突然、自分も佐矢原くんと同じポロシャツを着ていることを思い出した。


(ちょっと恥ずかしいな。)


調理室やクラスのお店では、まわりもみんな同じ服装だったから気付かなかったけれど。


「あたしが写した写真、見る?」


声をかけると、所在無げに視線をさまよわせていた佐矢原くんが、ほっとしたように微笑んでうなずいた。




「遅れちゃったかなあ。」

「ああ…、ごめん。」


急ぎ足で中庭に向かいながら、謝る佐矢原くんに「大丈夫。」と微笑む。


自然科学部を見たあと、1時まで体育館にいることにした。佐矢原くんがパンケーキのあとはずっと歩き回っていたと言うので、体育館なら座っていられると思ったから。


体育館はちょうどコーラス部の公演が始まったところで、気付いたら、佐矢原くんが眠ってしまっていた。途中で出られるように後ろの端っこの席にいたので、そのまま寝かせておいてあげた。それが思ったよりも深い眠りだったらしくて、起こしても、なかなか起きてくれなかったのだ。


「ふわぁ。」


まだあくびをしている。きのうと今日は朝も早かったし、慣れない仕事をして疲れているのだろう。


「中庭のどこ?」


昇降口に着いたとき、佐矢原くんに尋ねられた。


「花壇の前。真ん中の。」


薄暗い昇降口の四角い出入口から明るい中庭が見える。すぐ近くまで来たと思ったら、急に不安になってきた。


(どうしよう?)


ふわり、と、手が上がっていた。佐矢原くんにつかまりたくて。


(ダメ。)


ぎゅっと手を握り締め、中庭に体を向ける。


「ええと、もう来てるかな?」


ドキドキする。


(もしも怒っちゃったら……?)


佐矢原くんをちらりと見上げる。不安でくらくらしてきた。こんなことなら、颯介くんの頼みを断れば良かった。


(あ……。)


中庭の北側には小さいステージがあって、生徒やお客様がたくさん歩き回っている。その中に、人待ち顔で立っている颯介くんを見付けた。今日は制服ではなく、水色のシャツとジーパンだ。わたしに気付くと笑顔で手を振って。


「由良ちゃん!」


大きな声で名前を呼ばれて、不安が大きくなった。それを隠して無理に笑顔を作り、小走りに近付く。ついて来ているはずの佐矢原くんを振り返ることができない。


「こんにちは。」


どうにかそれだけ言ったとき、颯介くんが驚いた顔でわたしの後ろに目をやった。


「兄貴。」

「颯介。なんで。」


後ろから聞こえてきた静かな声に、背中がひやりとした。同時に猛烈に後悔した。けれど、もう遅い。


「兄貴、俺――」

「ふ、二人とも、びっくりした?」


無理に明るい声と顔を作る。けれど、佐矢原くんを見上げたら、その感情を押し殺した表情に、気持ちがくじけそうになった。


「ごめんね、佐矢原くん。あの、颯介くんが、佐矢原くんを驚かせたいって言うから。」


頭の中でガンガンと耳障りな鐘の音がする。佐矢原くんの表情はまるで石のよう。


(ああ、とんでもないことをしちゃった……。)


やめれば良かったと思う気持ちが、ますますわたしを焦らせる。


「で、でも、颯介くんだって―――」

「いいよ、もう。」


一瞬、周囲が真っ暗になった気がした。佐矢原くんのこんな声、聞いたこと無い。もう、わたしの話を聞きたくないって。わたしの顔なんか見たくないって……。


「二人で楽しんで来いよ。颯介、良かったな。鈴宮は……すっげぇいいヤツだぜ。」


くるりと背を向けて行ってしまう。もう、わたしと一緒にいたくないって――。


(佐矢原くん。)


呼びたいのに声が出ない。追いかけたいのに体が動かない。


(どうしよう? どうしよう? どうしよう?)


気持ちだけが焦る。


(傷付けたんだ。わたしが。佐矢原くんを。)


「ゆ、由良ちゃん、あの、ごめん。」


颯介くんが慌ててる。でも、そんなことどうでもいい。


「あの、大丈夫だよ。兄貴は…怒ってもすぐに機嫌直るから。あ…、あのさ、俺、追いかけて説明してくる。」


颯介くんの後ろ姿が校舎に消えた。


中庭の雑踏の中で、一人、絶望感に襲われる。


泣きたいような気がするけれど、涙は出ないだろうという気がする。それに、どこにも行くあてが無い。動く力も出ない。


(あたしは……。)


どうしたらいいんだろう。







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