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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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70  一緒に?


(あそこで邪魔が入らなければなあ……。)


あれから100回目くらいのため息が出た。


鍋の灰汁(あく)をすくいながら、調理台の反対側でおにぎりを握っている鈴宮をちらりと見る。ペパーミントグリーンのポロシャツに水色のエプロンをかけた彼女は、今日は4人のクラスメイトに囲まれて楽しそうだ。きのうのうちに彼女が下ごしらえをしておいたので、今日は豚汁の作業が格段に楽なのだ。その分、おにぎりに人員を充てることができている。


(あと5分遅く来てくれてればなあ……。)


きのうの午後のこの同じ机。空野が気を利かせて作ってくれた俺と鈴宮の時間は、穏やかで心地良くて楽しかった。そこで俺は思い出したのだ。彼女に「好きだ」と告げるつもりだったことを。


話をしながらタイミングを考え、どんな態度で、どんな言葉を使うか考えた。そして、片付けが終わったときに言おうと決心した。


切り終わった食材を冷蔵庫に入れながら、俺は包丁とまな板を洗っている彼女の動きに気を配っていた。すると、廊下から言い争う声が近付いてきた。こんなときにうるさいな、と思っているうちにガラリと乱暴に戸が開いて、入ってきたのは空野と剛だった!


(あーあ。)


何度思い出してもがっかりする。


空野は剛に俺たちを示して


「ほら、なんでもなかったじゃないか!」


と言い、剛は


「そんなのたまたまだろ!」


と言い返した。


「由良ちゃんを直樹と二人きりにしたら危ないって言うんだよ。」


驚いて見ている俺たちに、空野が呆れたように説明した。すると剛が割って入った。


「あったりめぇだろ! 直樹だぞ? どこが安全なんだよ?」


それを聞いて、今度は彼女が驚いた顔を俺に向けた。


俺は慌てて首を横に振った。本当にそんなことは考えていなかったのだ。いや、まあ、告白してOKをもらえたら、ちょっとは……と思ったけれど。


彼女が笑って「心配し過ぎだよ。」と言うと、剛は真面目な顔で「由良ちゃんを傷付けるヤツは俺が許さないから。」と宣言した。彼女はまた笑って、「それは聡美に言わないと」と指摘した。すると、


「汰白も俺と同じことを言ってる。俺も汰白も、由良ちゃんを守るからな。何かあったら頼ってくれよ。」


と、彼女に言い聞かせた。


結局、それっきり彼女と二人で話すチャンスは消えた。帰りも、気付いたら女子のグループがいつの間にか帰ってしまっていた。


(今日はチャンスはあるのか?)


あるとすれば帰りかも知れない。里高祭の最終日で、今日は片付けのあとに後夜祭がある。自由参加だけど、普通はみんな参加するから、その途中で誘い出して一緒に帰ればいい。特別な用事が無いかぎり、彼女が断ることはないだろう。


(ん?)


……今、こっちを見ていた気がする。


(もしかして、そろそろ長ネギを入れる時間か?)


番をしていた鍋のふたを開けてみる。


(あれ? 味噌がまだだっけ?)


「佐矢原くん、どう?」


首をかしげていると、赤羽が来て鍋をのぞき込んだ。


「ああ、お味噌入れてね。分量はあそこに貼ってあるとおりでお願いね。」

「了解。」


鍋から視線を上げると鈴宮が目に入った。おにぎりをくるくると手の中で握りながら、隣にいる中込と笑顔で話している。


――と、そのとき、出来上がったおにぎりをお盆に乗せようと手を伸ばした彼女が、何か思いつめたような顔をした。気遣わしげに眉をひそめ、唇をキュッと結んで。


(猫?)


そんな表情はすぐに消え、次のご飯を取ったときにはもう笑顔で誰かの話に答えていた。


勘違いかと思ったけれど、気遣わしげな表情はそれからもときどきあらわれた。そして、もう一つ気付いたのは、彼女が時計を気にしていること。自然科学部の当番の時間を気にしているのだろうか? 忙しい中を抜けられるかどうか。


(そういえば…。)


彼女はきのう、文化祭を見て回ったのか?


朝から昼近くまで調理室に詰めっきりで、そこから部活の当番に向かったはずだ。そして、2時過ぎにはまた調理室にやって来たのだ。自由時間はあまり無かったのでは……?


「なあ、赤羽。」


次の鍋に入れる材料を分けている赤羽に声をかける。


「俺たちって何時までだっけ?」

「10時半だと思ったけど…、ちょっと待って。」


赤羽が壁に貼った当番表を確認する。


「うん、10時半で交代だよ。」


ということは、あと20分か。


「ねえ、みゃー子はもういいんじゃない?」


矢住が突然、言った。鈴宮が矢住を見返した表情は、驚きの中に不安が混じっていた。それを見て、矢住が微笑んだ。


「だって、みゃー子はきのう、今日の分の野菜を切ってくれたんでしょう? そのお陰で今日はそんなに忙しくないもの。少し早くあがってもらっても大丈夫なんじゃない?」

「え、そんなに気を遣ってもらわなくても大丈夫だよ。あたし、忙しくないし。」


慌てた様子で鈴宮が言った。


(忙しくない?)


時計を気にしているようなのに。


(遠慮してるのか? それとも……?)


「みゃー子、遠慮しなくていいよ。早く終わりって言ったって、ほんの20分くらいのことだし。」

「そうだよ。次のお当番のひとが早めに来てくれるかも知れないもんね。」

「そうそう。早く来てくれたら、あたしたちも、きのう延長した分、早く終わりにさせてもらうから。」

「でも……。」


みんなに説得されても、彼女の性格では簡単に「それじゃあ」とは言えないのはよく分かる。


「直樹もだよね?」


そのとき空野の声がした。


「きのう、直樹も由良ちゃんと一緒に準備してただろ?」


机のまわりの顔が、一斉に俺に向けられた。


(うわ。)


「だから直樹も先にあがっていいよね?」


そう言いながら空野が周囲を見回すと、中込以外の全員が「ああ。」と納得した様子でうなずいた。それは俺と鈴宮の関係についての納得の表情でもあり……。


(恥ずかしいんだけど!!)


どんな顔をしたら良いのか困ってしまう。


ちらりと鈴宮を見ると、彼女はぼんやりと俺を見ていた。


(何を考えているのか読めない……。)


自分が俺と結び付けて考えられていることも、よく分かっていないんじゃないのか?


「佐矢原くんも、もう終わりでいいよ。ご苦労さま。」

「そうそう。もうここは大丈夫だから。」


みんなの気遣いは、恥ずかしいけれど嬉しい。でも、きのうの準備は、俺はほとんど見ていただけのようなものだ。


「だけど、俺はあんまり役に立たなかったし…。」

「そんなことないよ。佐矢原くんにはたくさん手伝ってもらったよ。」


鈴宮がきっぱり言ってくれた。有り難いけれど、やっぱり彼女はみんなの言う意味がよく分かっていないらしいのががっかりだ。そんな俺と彼女に、みんなは意味ありげに視線を向けた。


「直樹があがらないと、由良ちゃんも終わりにしづらいから、ほら。」


空野が急かす。


(そうだな、うん。)


みんなに気を遣われて無理やりここにいるよりも、彼女を連れてここから立ち去った方が良さそうだ。どうせ、俺の気持ちはみんなが知っているのだし。


「分かった。猫、行こうぜ。」

「え、そう?」

「そうだよ。せっかくみんなが言ってくれてるんだから。」

「うん…。」

「それに、俺よりも猫の方が頑張ったんだから、猫が行かないと、俺も行けないだろ。」


1、2秒考えてから、やっと彼女は微笑んで「そうだね。」と言った。周囲に「ありがとう。ごめんね。」とことわって、机から離れながらエプロンに手をかける。置いてきぼりを食わないように、俺も急いで後を追う。一緒にエプロンをはずし、話しながら廊下に出た。


「これからどうする?」


南棟に向かいながら、暗に「二人で一緒に」という意味で言ってみる。すると彼女は腕時計を見て、気遣わしげな、迷うような様子を見せた。それから唇をキュッと結ぶと、何か決心したようにうなずいた。


「佐矢原くんにお願いがあるの。」


南棟の手前の階段を踊り場までのぼったところで、彼女が立ち止まって俺を見上げた。その真面目な表情に気持ちが引き締まる。――と同時に、緊張で鼓動が速くなった。


「…どうした?」


彼女がこんなに真面目な表情をする理由は何なのだろう。きっと、彼女にとって、とても重要なことに違いない。


「あの…、今日、1時に約束があって…。」

「約束?」

「うん。ちょっと…、ほかの学校の知り合いが来ることになってて…。」

「へえ。」


中学時代の友だち…ってことなのかな。


「そのとき、一緒に来てもらえる?」

「え、俺が?」

「うん、そう。」


(友だちに会うのに俺と一緒に……?)


鼓動が急に大きく耳に響いてきた。


(つまり、俺を紹介したいってことなのか……?)


ドクンドクンドクンドクン……と、心臓が胸を叩く。


「あ、あの、俺でいいのか?」

「うん。佐矢原くんに来てほしいの。」


誰でもいいわけじゃなく、俺限定の話なのだ。彼女の表情は変わらず真剣。俺をからかっている様子は無い。


「ええと、いいよ、べつに。」


彼女は友だちに俺を紹介したいのだ。わざわざ俺を連れて行く理由なんて、ほかに思い付かない。そして、紹介する意味は。


(彼氏……だよな?)


こういう場合、それしか無いだろう。


「良かった。よろしくね。」


にっこり笑う彼女がまぶしい。


(いつの間にそういうことになったんだ…?)


確かに、きのうとおととい、二人でいい感じではあったけど。


(う…、何とも言えない……。)


何でもない顔をしようと思うけれど、口許がだらしない感じになっているのが自分でも分かる。さり気なくこぶしでそれを隠してみたり。


「ええと……、それまではどうする?」


向き合っているのが照れくさくて、なんとなく階段を上り始める。慌ててついてくる彼女が可愛くて仕方ない。


(でも、いきなり手をつなぐのもなあ…。)


彼女はまた腕時計を見た。


「あたし、11時から12時までが部活のお当番なんだけど…。」


ってことは、あと40分は一緒にいられるってことだ!







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