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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
7/92

07  練習初日


「45分に校庭に集合だからねー!」


4時間目が終わると、汰白の声が教室に響き渡った。それに答えて「おー」「はーい」と声が上がる。


(気合い入ってるな。)


やる気満々の汰白に感心する。今朝は俺の顔を見るなり、「グローブって余分に持ってる?」と訊いてきた。古いグローブを二つ持って来たことを伝えると、にこにこしながら調達できた数をメモしていた。


「俺たち、先に行ってるよ。」


あたふたと弁当を食べ始める汰白に言う。男子は途中の休み時間に弁当を食べてしまう生徒が多いのだ。


剛やほかのメンバーと、それぞれが家から持参したグローブやボールを確認しながら教室を出る。軟式野球用がほとんどだけど、とりあえずの練習には足りるだろう。出がけに空野の後ろ姿に「きっちり頑張れよ!」と、心の中で檄を飛ばした。


午前中のうちに、空野には鈴宮をフォローするようにと言っておいた。おとなしい彼女が気後れしないで済むように、ちゃんと声をかけろ、と。彼女が一人で心細そうにしていたらそばに行ってやれ、と。


だって、きのうの状況のままでは、鈴宮があんまり可哀想だ。調理実習は少人数だったし、彼女はやることをわきまえていたから、困った顔はしていなかった。でも、ソフトボールのメンバーの中では全然違ってた。自信なさげな、頼りない表情で立っていた。あの調理実習のときのことを思い出すと、俺にも彼女の不安な気持ちがよく分かる。みんなが楽しんでいるときに、あんな顔をさせておきたくない。


空野は俺に言われて、「できるかなあ…。」なんて耳を赤くしていた。でも、それどころじゃないだろうと思う。空野の照れくささなんかよりも鈴宮の心細さの方が、どう見たって優先だろう。それに、自分の好きな女子が困っているのを助けられないんじゃ、何のための「好き」なのか。


(まあ、剛はチャンスがあれば、鈴宮とキャッチボールくらいはさせてやろう。)


昇降口で体育用の運動靴に履き替えながら、ちらりと剛を確認する。今は男同士でワイワイ騒いでいるけれど、鈴宮が来たときにどのくらい積極的になれるのかは全然分からない。


「お、うちだけじゃねぇな。」

「おい、急げ。」


汰白のため――いや、うちの一勝のために場所を確保すべく、俺たちは急いで校庭に向かった。




(なんだ、ありゃ?)


空野はちゃんと鈴宮と一緒に来た。そう。確かに一緒にいる。だけど。


(なんであんなに……。)


空野は女子に囲まれて歩いていた。しかもその数からして、ソフトボールのメンバーだけじゃないらしい。彼女たちのにぎやかな笑い声が響いてくる。早弁をしなかった男子メンバーが、その女子たちに嬉しげに話しかけている。その横を鈴宮が歩いている。


「………。」


校庭にいた俺たちは、言葉もなくそれを見ていることしかできなかった。


空野はきのうの鈴宮と同じくらい途方に暮れた顔をしていたが、俺たちを見付けると、女子の集団をおいて走って来た。空野を失った女子の集団は立ち止まり、その中から汰白と鈴宮たち数人が抜けだして来る。みんなジャケットを脱いだ制服のままで、一応運動靴は履いている。


「ごめん、遅れた?」

「いや、大丈夫だけど……。」


俺たちの視線を追って、後ろを振り返る空野。


「なんか、さ、」


困った様子で目を伏せて、頭に手をやりながら、空野が説明しようとする。


「す、鈴宮さん、に、『練習行くよね?』って言ったら、女の子たちが急に『見に行く』って言い出して……。」


(なるほど…。)


うなずきながら顔を見合わせる俺たち。普段、女子に無愛想な空野が鈴宮に気安く(かどうかは分からないが)話しかけたのを見て、女子たちが今がチャンスだと思ったんだろう。もしかしたら、女子のソフトボール希望者が多かったのは、空野のせいだったのかも知れない。


まあ、それはそれとして。


(言ったんだな! 良くやった!)


思わず拳を握り締めた。恥ずかしがり屋の空野が少しだけ進化した!


「ギャラリーがいるんじゃ頑張んなきゃな! グローブ無いヤツ誰だ?」


助言が活かされたことが嬉しかったので、空野をその話題から解放してやることにした。ついでに汰白には俺のグローブを貸したい…と思ったら。


「あれ? 持って来たのか?」

「そう。あたし、中学はソフト部。」


爽やかな笑顔で答える汰白。


「あ、そう…なんだ?」


今はテニス部だったはず。で…、元ソフト部ってことは、俺たちよりもソフトボールには慣れてるってことで、練習って言うのは感覚を思い出す肩慣らし的なこと…なのか?


「今日は軽くキャッチボールだよね?」

「お、おう、そうだな。」


俺が相手に――とは言えなかった。俺が期待されているのは、たぶん、経験の無い誰かの相手だと思うから。


河西と石野が「あ、じゃあ」と汰白の方へ一歩踏み出した。と思ったら、汰白は隣に笑顔を向けた。


「空野くん。お願いできる?」

「え? 俺?」


そわそわしていた空野が驚いた。それに構わず笑顔で話しながら、さっさと空いている場所へと移動する汰白。


「ねえ、野球とか、やったことある?」

「え、ああ、少年野球なら……。」

「わあ、そうなの? じゃあ、大丈夫ね! ポジションはどこ?」


なんて話しながら歩き去る二人を、河西と石野が――いや、俺も――呆然と見送る。


(ま、まあ、球技大会まで二週間あるし!)


気を取りなおして視線を戻すと、周囲もキャッチボールの相手を適当に決めて移動し始めていた。その景色の中で唯一静止していたのは、残っているグローブの前に考え込みながら立っている鈴宮だった。


(やっぱり残っちゃったな…。)


予想通りで思わず苦笑してしまった。


剛はどこに……と思ったら、女子二人を相手にしていた。「いくよ〜。」なんていうのん気な声が聞こえて、「お前は何をやってるんだ!」と思う。


「右利きでいいんだよな?」

「え?」


置いてあるグローブを見ても、どれが剛のものなのかは分からない。仕方がないので、俺が中学のときに使っていた小さい方のグローブを選んだ。それを渡そうとすると、鈴宮は驚いた顔を上げた。


「ええと、あたし、いいよ。」


両手を後ろに隠して嫌々をしながら、ササッと下がってしまう。


「え、なんで?」

「だって、里香たち、見てあげて?」


と、剛と二人の女子の方を手で示す。


「ああ、大丈夫だよ。剛がいるし。」

「でも。」

「せっかく出て来たんだから、やろうぜ。」


それ以上言えなくなったらしい鈴宮が、情けない…というよりも、どこか必死な様子で俺を見上げた。


「あの、下手、だと思う。すごく。」


そんなことは、最初から想定済みだ。


「はは、いいよ、全然。」


笑って言うと、一拍置いて、鈴宮が肩の力を抜いた。そして「じゃあ、お願いします。」と頭を下げ、顔を上げたときには諦めたように微笑んでいた。




初心者に自分が得意なことを教えるのは面白い。


「こうやって、パクパクさせてみ?」


グローブをはめた左手を閉じたり開いたりしてみせると、鈴宮がらおずおずと真似をする。感覚がつかめたらしく、嬉しそうににこっと笑うと、グローブを俺に向けてパクパクさせてみせた。そんな子どもっぽい仕種に、俺も笑顔になってしまう。


「うん、そう。で、ボールを取るときは、パーにする。」


俺の真似をして広げたグローブに、ポスンとボールを入れてやる。彼女は右手でそのボールを掴み、2、3度自分のグローブに落としてみた。それからもう一度ボールを持って、不思議そうに俺を見上げた。


「これ、小さい?」

「ああ、これは軟式野球のボールだから。」


彼女は「ああ、やっぱり。」とうなずいてから、少し悲しそうに言った。


「あたし、ソフトボールのボールって、大きくて上手く掴めないの。」


(ああ、なるほど!)


そこまでは気が付かなかった。手の大きさが、そんなことにも影響があるなんて。


「そうか。でも、とりあえずキャッチできればいいよ。今日はグローブに慣れるだけでいいから。」

「そう?」

「うん。ほら、投げるから、パーにして。」


ボールを持って後ろに下がりながら指示をする。すると鈴宮は慌てた様子でグローブを構えようとしている……けど、どう構えたらいいのか分からず、グローブを上に向けたり前に向けたりした。ついでに右手が肩のあたりでパーになっている。


(面白いなあ、もう。)


2メートルくらいの距離から、ちょうど頭の横のあたりに届くようにボールを投げてみる。すると鈴宮は「わ、あ、あ、」なんて言いながら、グローブを閉じてその指先でボールをトスしてしまった。


「ぷ。」


笑ったら気の毒だと思うけど、笑わずにはいられない。急いでグローブで口元を隠す。ボールを拾って立ち上がった鈴宮に、「こうだよ。」とグローブを広げてみせる。彼女はそれに真剣な顔でうなずいて、グローブを開いてみせた。今度は一緒に目もぱっちりと開いている。


(可笑しい!)


鈴宮の動きがいちいち面白い。次のボールはどうにかキャッチして、グローブに入ったボールをびっくりして見ていた。そして、ホッとしたような、嬉しそうな顔を俺に向けた。


(可笑しい。なんで、あんななんだ?)


捕球も投球もフォームは滅茶苦茶だし、逸らしたボールを追いかける姿までもがどうにもサマになっていない。けれど、文句は言わないし、上手くできたときの嬉しそうな顔がいい。俺には準備運動ほどにもならなかったけれど、少しも嫌じゃなかったし、飽きなかった。昼休みの終わりごろには、鈴宮の失敗に一緒に笑うほど気安い雰囲気になっていた。


練習が終わりになったとき、俺は鈴宮にグローブをそのまま貸すことにした。これから昼休みに毎日練習するなら、同じグローブで慣れた方がいいし、持っていてくれれば、俺の荷物が減るわけだし。彼女は少し戸惑った様子で「ありがとう。」と言い、はずしたグローブを真剣にながめた。それから俺の手を見て、小さく「ふふっ。」と笑った。鈴宮がそんな笑い方をするのは初めて見た。


「やっぱり、グローブの方が大きいね。」


笑顔のままの鈴宮が顔を上げて言う。


「は?」

「佐矢原くんの、手。」

「あ、ああ…。」


そう言えば、きのう、手の大きさを比べたんだった。


「もしかしたら、グローブと同じくらいあるんじゃないかと思ったんだけど。」


下を向いてくすくすと笑い続ける鈴宮。


「んなわけ無いだろ!」


俺は持っていたグローブで、彼女の頭をポンと叩いた。もちろん、笑いながら、軽く、だ。なのに。


(え?!)


鈴宮が驚いて、パッと俺を見上げた。大きな目をまん丸にして。


「え、あ。」


俺も驚いて、咄嗟に言葉が出なかった。その間に彼女はほんの少し迷った様子を見せ、それから丁寧に「今日はありがとうございました。」と頭を下げると、グローブを抱いて足早に行ってしまった。


(またびっくりさせちゃったな……。)


「直樹〜。」


ボールとグローブを回収していると、やって来た剛が恨みがましい目で俺を見た。そんな顔したって、剛が鈴宮と組めなかったのは俺のせいじゃない。空野はと見ると、笑顔で去っていく汰白にうなずいて、ため息をつきながら俺たちの方に来るところだった。


(簡単には行かねえな。)


二人の思惑がはずれたことを思うと笑える。けれどそこで、自分も汰白に関しては同じだったことを思い出した。


(そうだったな…。)


だけど、それほど残念じゃない。だって、鈴宮とのキャッチボールはとても楽しかったのだから。







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