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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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69  決心したのに


(言えば良かった……。)


暗い道を自転車をこぎながら、自分の間抜けさにため息が出た。


(せっかく一緒に帰ってきたのに。)


今日はもう会えないと思っていた。だから、あまりの幸運に舞い上がってしまった。思い付かなかったのも仕方ないと言えば仕方ないけれど。


(順調だったのになー…。)


言い出すチャンスは何度かあったような気がする。でも、さっきまでは一緒にいられるだけで幸せで、話の中身まで考えられなかったから…。


「はあ……。」


(しょうがないよなあ。)


二人だけで話せたのは久しぶりだったし。


俺が心配していたよそよそしさなんて全然無くて、自分の勘違いだったことが嬉しくて。


(とは言っても、結局、マネージャーを追い払えてないんだよなあ…。)


汰白に言われてから、何もしなかったわけじゃない。けれど、あの二人は俺の努力を超えるパワーとテンションで、ブルドーザーのように押し寄せてくるのだ。


(でも。)


鈴宮はそんなことを気にしてなどいなかったのだ。だって。


(すっげぇ可愛かった……。)


お馬さんごっことか。


やだって言ったら「ずっと乗ってる」なんて、ちょっと脅してきたり。


(ダメだ。顔が。)


にやける顔を必死で戻そうとするけれど、彼女の可愛いわがままを思い出すと、まじめな顔なんか無理だ。


(あんなところもあるんだなあ……。)


俺しか知らない? …かも。


(うわ、もうダメだ!)


もう我慢できない。明日、「好きだ」って言おう。




「佐矢原くん、それまだ?!」

「あと少し…。」

「急いでよ!」

「うん、分かってる。」


(これでも超特急のつもりなんだよ!)


怒鳴り返したい気持ちを押さえて、手元のピーラーに集中する。頑張っているつもりなのに、俺のごぼうはちっとも短くならない。


文化祭一日目の調理室。午前も半ばの時間帯は、どこのクラスも大忙しだ。


どのクラスもエプロンの下におそろいのポロシャツを着ているのが調理実習とは違うところだ。机ごとに同じ色が集まってあわただしく作業をしている様子は、何かの競争をしているようにも見える。


うちのクラスのポロシャツはペパーミントグリーン。朝7時半に集合して作業を始めた。混雑する時間帯を予想して作業の計画を決めてあり、それには十分に間に合うはずだった。


ところが、客足が予想よりも早かった。開店からどんどん客が並んでしまい、店から何度も催促に来る。


交代の時間になっても、手が足りないから抜けられない。朝からの当番にあたっていたメンバーは、もう3時間以上ずっと作業している。


「中込くん、これ持ってってくれる?」

「OK!」


鈴宮が、お盆に並べた俵型のおにぎりを中込に渡している。彼女の隣では空野がラップでおにぎりを握っている。


(俺もあっちが良かったなあ…。)


おにぎり担当は三人だ。もともと決まっていたわけじゃない。いつの間にか、そうなっていた。鈴宮がおにぎり担当っていうことだけは決まっていたのだけど。


第一回目のご飯が炊けたとき、彼女の手伝いに手を出したのが中込と空野だった。俺はすでにごぼうを渡されていて行けなかった。


ご飯にゆかりを混ぜながら、彼女たちはどうやったら効率良く作業ができるかを話し合っていた。そして、中込が切ったラップに1個分ずつのご飯を乗せて行き、それを空野と鈴宮が握って行くという流れ作業に決まった。それからずっと、3人で仲良くおにぎり作りだ。和やかに。


(あーあ、これじゃあなあ…。)


ごぼうとピーラーが恨めしい。せめて包丁なら、鈴宮に心配してもらえる可能性もあるのに。


「できた。」

「あー、じゃあ、入れて! 早く!」

「へい。」


大きな鍋にごぼうのささがきを一気に入れる。先に切り終わっていたほかの野菜も入れられていく。


「じゃあ次のごぼうもお願いね。」


矢住がまた俺にごぼうを差し出した。


「何本あるんだよ…?」


もう嫌だという気持ちを、体全体で表現してみる。


「佐矢原くん、あたし、代わろうか?」


鈴宮の声がした。見ると、手の中でくるくるとラップのご飯を回している。あっという間にきれいな俵型が仕上がった。その隣で、空野も自慢げに自分が作ったおにぎりを見せる。


「いや、そっちは俺には無理だ。」


できることはごぼうしかないらしい。


「ただいまー!」


中込が戻ってきた。持って行ったお盆に何か乗っている。


「鈴宮、あーん。」


(なんだと?!)


中込が机越しに差し出したのは串団子だった。


「わ、あ、あーーー…む!」


おにぎりを握っている途中だった鈴宮は、慌てておろおろしてから、口を大きく開けてぱくりと団子を食べた。彼女に笑いかけたあと、中込はみんなにも串団子を配った。


「後輩のクラスで出してて、どうしても買ってくれって頼まれて。全然人気がないらしいよ。」

「うちはこんなに忙しいのにねえ。」


赤羽がコンニャクを切りながら自棄気味に言った。


ピーピーと炊飯器の音がする。次のご飯が炊けたらしい。


「中込くん、ごちそうさま。」


鈴宮のやさしい声が、雑多なにぎわいの中に聞こえた。


「ちょうどお腹が空いてたの。」

「だよなあ。俺もだよ。」


中込と鈴宮の声に空野の声も混じった。そして笑い声。


(俺がいなくても、猫は楽しいんだ…。)


気が利かなくて、役に立たない俺なんて、彼女には必要ないのかも知れない。




結局、今日の分の食材を使い切ってしまったのが11時半ごろ。部活の出番や当番で抜けていく生徒や、包丁で指を切って戦線離脱する生徒もいる中、慣れない作業をみんなでよく頑張ったと思う。


鈴宮はあわただしく片付けを済ませると、部活の受付に行ってしまった。空野は午後に将棋の早指しをやることになっていて、その前に森梨と一回りすると言って消えた。


俺は中込も含めて残っていた男同士でなんとなく教室に顔を出し、店番をしている剛をからかったりしていた。当番を終えた剛もまじえてみんなでブラブラ歩きながら食べるものを探した。でも、残っているのは甘いものばかり。俺たちが忙しかった理由が分かった気がした。


知り合いが呼び込みをしていた喜劇ミステリーとうたっている映画が終わったのが2時半。気付いたら、空野からメールが来ていた。


『調理室に来い。』


今から5分ほど前だ。


(調理室?)


この命令口調だと、俺に文句を言いたいのかも知れない。今朝、俺が鈴宮を確保できなくて、中込の接近を阻めなかったから……。


(あーあ。)


俺だって、彼女と一緒にいたかったのに。ごぼうの面倒をみたかったわけじゃない。


みんなに「ちょっと」とことわって、東棟1階の調理室に向かった。一般客立ち入り禁止のそこは、誰も廊下を歩いていない。調理室は電気は点いているけれど、今はもう静かだ。


そっと少しだけ、引き戸を開けてみる。


すると、トントントン…という軽い音が聞こえてきた。


(誰かいるのか? 空野のほかに?)


細い隙間からは、誰なのか分からない。包丁を使っているのなら驚かせては悪いと思って、音がするように戸を開けた。


「あれ?」

「あ。」


そこにいたのは鈴宮一人。朝と同じようにエプロンをかけて。


「猫…、何やってんだ?」

「あ、これ?」


彼女が手元に視線を落とす。


包丁を持った手元には、刻みかけの大根。テーブルには人参や長ネギも置いてある。


「明日の分。今のうちに切っておこうと思って。今日、忙しかったでしょ?」

「ああ…、そうだな。」

「明日はもっとたくさん作らなくちゃならないから、切っておいたら楽じゃない?」

「うん…、そうだけど……。」


明るく話す彼女が可哀想な気がした。一人で責任を背負っているように見えて。


「一人でやってるのか?」


すると彼女はくすくす笑った。


「みんなには『一人で大丈夫』って言ったの。一人の方が気楽だから。」

「そうなのか?」

「うん。だってあたし、料理はそこそこ得意なんだもん。」

「…え?」


得意だと言いながら嬉しくなさそうな彼女の態度の意味がよく分からない。


「あのね、ほかのひとの前では、できるところを見せたくないの。自慢してるみたいに思われたら嫌だから。それに、褒められるのは居心地が悪いの。」

「へぇ…。」


言われてみると、俺は彼女が包丁を持った姿を見たことがない。いつも準備や片付けといった、補助的な作業ばかりだ。


「俺も……邪魔?」


空野は俺にチャンスをくれたつもりだったのだろう。でも、彼女が嫌なら……。


けれど、彼女はにっこり笑って言った。


「もし暇だったら、助手が一人いてくれると助かるな。」


その笑顔で体が軽くなったような気がした。


「お、おう! 何やってほしい?」

「じゃあね、そこにラップを広げてくれる? 切った大根を包むから。」


そう言うと、彼女は作業を再開した。


話のとおり、彼女が包丁の扱いに慣れているのは間違いなかった。見ていてもまったく危なげが無いし、話しながらでも手元が狂うことも無い。野菜たちは見る間にどんどんきざまれていく。そんな単純作業は会話に思わぬ話題も提供してくれた。


俺たちは静かな調理室で、落ち着いたやさしい時間を過ごした。そして、包丁とまな板が奏でるリズミカルな軽い音は、俺たちにちょうど良いBGMだった。







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