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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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68  由良 ◇ やっちゃった!


とうとう明日から文化祭。今日はその準備で、学校中がわさわさしている。


(忙しいと、ほっとするな…。)


余計なことを考えないで済むから。


「材料、全部足りてる?」

「ほかのクラスと間違えないようにしないと。」

「ねえ、鍋はどこに置く?」

「みゃー子、明日はおにぎり、よろしくね。」

「うん。」


料理チームの中でも、わたしの担当はおにぎり。予算の都合でご飯の量を調整した結果、小さいおにぎりを出すことになった。そこで、手が小さいわたしが担当になったというわけ。だって、佐矢原くんみたいな手の人に、小さいおにぎりは握れないもの。


二日間で200食の豚汁定食。二日目の日曜日の方がお客様が多いだろうから、一日目が80食、二日目が120食の予定。一セットにおにぎりは二個なので、わたしは一日目には160個、二日目には240個のおにぎりを握ることになる。もちろん、手が空いているひとも手伝ってくれることになっているけれど。


うちは食事の店なので、お客様が入るのは10時半以降だというのがみんなの予想。だから、おにぎりも急ぐ必要は無い。開店時間に30個くらいあれば、あとは作っているうちにどうにかなると思う。


調理室を見回すと、黒板の前に男の子たちが10人以上集まっていた。どこのクラスも料理担当の男の子は何をしたらいいのか分からないらしい。ズボンのポケットに手を突っ込んで、所在無さげにおしゃべりをしている。


(佐矢原くんも……。)


体が大きい佐矢原くんは、どこにいてもすぐに目に入る。その途端、不安で落ち着かなくなって、急いで目をそらした。


(あーあ。)


なんだか困ってしまう。


(話したいのになあ…。)


最近、佐矢原くんとあんまりおしゃべりできていない。


部活で忙しいのは事実。うちの部も文化祭に出展するし、佐矢原くんのところには、お昼休みに毎日、マネージャーさんが来ている。マネージャーさんたちは、放課後に迎えに来ることもある。


(あの子たち、元気で可愛いもんね…。)


一人は一緒にムカデ競走に出た春野さん。もう一人は山辺岬さんという名前だと、富里くんが教えてくれた。二人ともいつも楽しそうで、わたしには無い明るさのパワーがうらやましい。


聡美と空野くんは、このマネージャーさん達が来ると、何故か良い顔をしない。彼女たちが用事があるのは佐矢原くんで、聡美と空野くんには関係が無いのに。


時間があまり無いこと以外にも、佐矢原くんと話しにくい理由がある。…と言うよりも、話しにくい本当の原因はこっちの方が大きい。それは颯介くんのこと。


この前の颯介くんの頼みを黙っていることが後ろめたいのだ。それにだんだんと、あの約束が重荷になってきている。


(でも、今さら断れないし。)


連絡先を聞いていないから。


もちろん、佐矢原くんに言えば、伝えてもらえるのは間違いない。だけど、それはしたらいけない気がする。


(こういうときに、癒されたいのになあ……。)


佐矢原くんに言えないことで悩んでいるのに、佐矢原くんの背中に触りたいなんて変だろうか。でも、考えれば考えるほど、触りたくなってくる。


一日中文化祭準備の今日ならチャンスがあるかもって思っていたんだけど……無理みたいね。




「あたし、ちょっとクラスの様子見てくるね。」


部活の展示準備がだいたい終わったところで利恵ちゃんに声をかけた。


「分かった。手が必要だったら呼びに来て。」

「うん。一応、荷物は持って行くね。」


自然科学部は3階の3年生の教室を使って、写真中心の展示をすることになっている。今年の自然科学教室でわたしが撮った写真もその中に含まれている。


もう太陽は沈んでいて、いつの間にか外は暗かった。階段を一つ上がり、校舎の真ん中あたりにある自分のクラスに向かう。


各教室も準備が終わったところが多いみたい。蛍光灯の光に照らされた色とりどりに飾り付けられた壁のにぎやかさ。それに対抗するように、誰もいない教室はしんと暗く静まり返って、その対比が独特の雰囲気をかもし出す。少し手前から、うちの教室には電気がついていることが分かった。でも、話し声はしない。


「誰かいますかー……? あ、佐矢原くん。」


食堂用に分散して並べられた机。その窓側の一部を寄せてスペースを空けた床で、佐矢原くんが四つん這いになって作業をしていた。


(久しぶりだ…。)


二人で話せると思ったら、ほっとして、安らかな気持ちになった。颯介くんの心配よりも、今は話せることの嬉しさの方が大きい。


「どうしたの? 一人?」


机をよけながら近付くと、佐矢原くんは絵筆を持って、段ボールに色を塗っているところだった。


「んー? さっきまであと二人いたんだけど……。」


言いながら起き上がって、塗ったところを確認している。


「軽音のリハーサルがあるって言うから行ってもらった。もうそろそろ終わりだったし。俺ももう終わりにしようと思ってたところ。」


そこまで言うと、また四つん這いに。


「ふうん。」


隣に立ってながめてみると、『豚汁定食 300円 南棟4階 2−5』と書いてある。廊下や中庭を歩いて宣伝するための看板らしい。


「上手だね。」

「そうか?」


ポスターカラーの付いた筆を取り換えながら、佐矢原くんが答える。


「これ、作ろうって決まったのがもう結構遅い時間でさあ、帰っちゃってるヤツもいたし、『とりあえず下手でもいいよな』って話になって……。」

「全然下手じゃないよ。すごく目立ちそう。」

「じゃあ良かった。」


下を向いたまま、佐矢原くんが笑った。それが楽しい気分を呼び覚ます。


見下ろすと、すぐそばに佐矢原くんの背中。白いポロシャツの大きな背中になんだか体がむずむずしてきた。


(誰もいないし。)


一応、廊下を振り返る。


(うん、大丈夫。)


「ふふっ。」

「ん? どうした?」


思わず漏れた笑いに、佐矢原くんが起き上がろうとする。


「あ、動いちゃだめ。何でもないから、そのままにしてて。」

「え?」


また四つん這いに戻った佐矢原くんに背を向けて――。


「よい…しょ。」


そうっと腰掛けようと思ったのに、結局、ドスンといってしまった。


「ぐふ。うぇ? お?」

「あー、動いちゃダメ。」


背中を丸められたら落ちてしまう。揺れる背中で肩のあたりに手をついて、座り心地が良い場所を探す。


「うわ、筆が。猫?」

「にゃあ。」


(ああ、楽しい!)


「ねえ、せっかくだから、このまま歩いてみて?」


ずっとやってみたいと思っていたお馬さんごっこ。とうとう試せたと思ったら嬉しくて、調子に乗って言ってみる。


「『せっかく』って、俺は馬かよ?」

「だって〜、一度やってみたかったんだもん。」

「落ちるぞ。」

「落ちないよ。」

「やだって言ったら?」

「ずっと乗ってる。」


佐矢原くんの背中から、笑っている気配が伝わってきた。


(こんなことできる相手は佐矢原くんだけだよね。)


こうやって笑って許してくれるって分かっているから。


「じゃあ、少しだけ行ったら降りろよ。」

「分かってる。うわ。」


言い終わると同時に動き始めた佐矢原くん。その背中は予想していない方に傾いて――。


「あ、わ、あれ?」


(うそ?!)


逆さまだ! と思った次の瞬間には、ゴツンと頭が何かに当たり、体が後ろに回った感じがした。どさりと床に落ちたとき、妙に落ち着いて「体はどこにもぶつからなかった。」と思った。


「猫!」


佐矢原くんの大きな声。「ああ、聞こえる。」と思いながら目を開けて、くるりと体を起こして床に座る。突然の出来事に、少し頭がぼうっとしてる。


「だ、大丈夫か? どこも痛くないか?」


目の前に佐矢原くんの姿。その手が肩から腕へと確認するように押さえて移動する。そのやさしい力強さが心地良い。それが両方の手にたどり着いたとき、答えた。


「痛く、ない。大丈夫。」


両手を握ったまま、佐矢原くんがほっとため息をついた。…と思ったら、ぎょっとしたように手を離した。


「猫っ、スカート! スカート!」


そう言いながら、慌てて向こうに行ってしまう。


(スカート?)


見下ろすと、スカートはすっかりめくれ上がって、脚がほぼ全部むき出し。


「うわ、恥ずかし!」


スパッツをはいているから下着を見られる心配はない。でも、こんな姿を見せられたら佐矢原くんが気の毒だ。


(ああ…、やっちゃったなあ……。)


久しぶりで嬉しくて、調子に乗り過ぎた。わがまま言って、勝手に落ちて、心配させて……。


「ごめんなさい。」


立ち上がって言うと、佐矢原くんがこちらを向いた。それからちょっと笑った。


「なんで猫が謝るんだよ?」


静かに言いながら歩いてくる。


「無理にお馬さんごっこさせて、びっくりさせちゃったから。」

「なんだよ、そんなこと……。」


すぐ隣にあった机に軽く腰掛けて、「くくく」と笑う。


「仕事…邪魔しちゃったし。」


二人で一緒に床の段ボールに視線を向けた。


「もう終わりだったんだ。ちょっと手直ししてただけ。」

「そう?」

「最初にそう言っただろ?」


確かにそうだった気がする。


「猫は? 部活の準備、終わったのか?」

「うん。まだ残ってるひともいるけど、もう終わるはず。」

「じゃあ、一緒に帰ろうぜ。」

「え……?」


(それは…うちの部のみんなと…って、こと? それとも……?)


言葉の解釈に首を傾げているわたしに、佐矢原くんは簡単に尋ねた。


「荷物は?」

「あ、持って来た。」

「じゃあ、ここ片付けて、机直すの手伝って。」

「うん。」


差し出された看板の段ボールを受け取って、受付のあたりに立て掛ける。佐矢原くんは敷いていた新聞紙を畳んでいる。そして、視線は手元の新聞紙に向けたまま――。


「空野か森梨に、今日は俺が送ってくって連絡しとけよ。」

「あ、は、はい。」


佐矢原くんはいつもと変わらない。でも、わたしは…。


(二人で帰るんだ……。)


みんなに見られると思うと、ちょっと恥ずかしいな。







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