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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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67  俺が悪いのか?


(なんだか……、何て言うか……。)


どうも落ち着かない。体育祭のあと、ずっと。


授業中や部活中は問題ない。やることに集中していればいいから。


でも、休み時間やふとした合い間に胸の中に浮上するもやもやした塊。重いような、息苦しいような焦燥感。不安というほど大きくはない何か。


その原因は、鈴宮だ。


「いいよなー、直樹は。体育祭で仲良しの思い出も作っちゃったりしてさー。」

「へへっ、まあな。」

「浅野は断られたんだろ? 二人三脚。」

「さあ? 俺はよく知らないけど。」

「直樹、余裕!」


昼休みの教室。賑やかな笑い声。けれど、こうやって冷やかしを受け止めていても、空しさがつのるばかりだ。


鈴宮と二人三脚に出たことを、俺は大勢の友人に冷やかされた。体育の授業でのことがあったから、クラスの――少なくとも男子は、俺が人数合わせで出場したわけではないと知っている。でも、そのあとどうなったか……というと。


(何にも無いんだよなー……。)


今だって彼女は、ああやって女子だけでかたまっている。まあ、もともと彼女は教室では女子の中にいることがほとんどだったけれど。それに、クラスの中で付き合っているヤツも、普段は二人別々にいることが多いってことも分かってる。


でも、そうだとしても、彼女はあまりにも俺に注意を向けてくれない!


(期待してたんだぞ、俺は!)


二人三脚に一緒に出たことだけじゃなく。今までのこと全部ひっくるめて。


彼女にとって俺は特別だって。


なのに。


(ちっとも特別扱いしてくれない…。)


近くに来てくれなくても、俺に視線を投げかけてくれるくらいのことはしてもいいと思う。なのに、ちっともこっちを見てくれない。それどころか、目が合う回数が、前よりも絶対に少ない!


(もちろん、あいさつはしてくれるけどさー。)


ちゃんと笑顔で。きのうの夜に電話をしたときも、楽しく話せた。


でも、どこか前とは違う感じがする。何て言うか……どこか上の空の感じがするのだ。


(本当は俺のこと……。)


言葉にしたくない結論が何度も頭をよぎる。それを突き付けられるのが怖くて、一歩踏み出すことをためらってしまう。


(体育祭で盛り上がって、終わりなのか……?)


俺は変わらずに彼女を求めているのに。


(こんなことなら、体育祭の日にコクっちゃえばよかった……。)


汰白と森梨に、彼女は俺を「友だち」としか見ていないと念押しされて、弱気になっていたのがまずかった。それに、二人三脚の感触が良すぎた。たとえ「友だち」でも自分は特別なのだから、もっと確実になってから告白すればいいと思ってしまったのだ。


ところが次の日になったら、彼女の様子が俺の期待とは違っていて……。


近くに来てくれない。俺の方を見てもくれない。せっかく話しても、反応がどこか違う。


(猫の馬鹿。)


女子の集団にいる彼女に一瞬だけ視線を向ける。耳と口は集まっている男の集団に向けたままで。


(ちょっとこっちを向いてくれるだけでいいのに。)


まるで俺のことなんか忘れたみたいだ。それとも俺は、いつの間にか透明人間になったのか?


(あーあ。)


しかも、家に帰ると颯介がめんどくさい。やたらと上機嫌で俺に絡んでくる。前に言っていた「天使」と進展があったらしい。


俺がそんな話を聞きたくないと分かっていて、わざと話すのだから腹が立つ。もうすぐデートをするらしい。待ち合わせがどうとか言っていた。


そういう小さな愚痴を聞いてもらって、なぐさめてほしいのに。


いや、ちゃんとなぐさめてくれなくてもいい。俺のことを思ってくれてるって思えれば、小さいことなんか忘れられる。


(そのくらい猫のことが好きなんだぞ!)


心の中で叫んでみる。でも、彼女は知らんぷり。


(猫ー…。こっち向いてくれよー…。)


「佐矢原せんぱーい!」


女子の明るい声が聞こえてきた。教室の後ろの入り口から、野球部のマネージャーが二人で顔を出している。


「お、また来たな、あの子たち。」

「ほら直樹、早く行ってやれよ。」


夏休みのあと、マネージャーがちょこっとした用事で来るようになった。最初は週に1、2回程度だったけれど、体育祭のあとは毎日来ている。「先に連絡事項を確認しておけば、練習時間を有効に使えるから」だそうだ。有り難いことだ。でも、少し面倒だ。


廊下に出ようと立ち上がったとき、話していた中から声がかかった。


「ぃよっ、直樹! 人気者!」

「部長がマネージャーに手を出しちゃダメだよ〜♪」


(う!)


「やめろよ。」


呆れながら振り向いたとき、鈴宮がこっちを見ていた。彼女の周囲の女子も、みんなこちらを向いていた。


(やべえ。)


彼女には見られたくなかった。あんな言葉、聞かれたくなかった――と思う間に、彼女は向こうを向いてしまった。周囲の女子の誰よりも先だった。その時間差に悲しくなった。


「今日は何?」


マネージャーに対する態度がぶっきらぼうになって、そのことに自分で嫌な気分になる。けれど、俺の気持ちに構わず目の前できゃいきゃいはしゃいでいる二人の様子が、今日は癇に障る。


「あ、はい、練習用のボールが傷んでいるものが多いので、買い替えたらどうかと思うんですけどー。」


話しながらくすくす笑う意味が分からないし。


「ふうん。予算は?」

「あ、足りると思います。去年とおととしもこの時期に購入していて――。」

「じゃあ、いいんじゃない? 一応、顧問にも確認してくれれば。」

「はい!」


なんでこんなに浮かれた様子なんだろう? この二人の楽しい意味が分からないのは、ジェネレーションギャップというやつなのか…?


「ちょっと、あなたたち、用事は終わった?」

「え、あ、はい!」


きりりとした声が聞こえて、登場したのは汰白だった。


「じゃあ、もう戻りなさい。あたし、佐矢原くんに用事があるの。」

「あ、はい、すみません。失礼します。」


二人はぺこりと頭を下げ、大急ぎで去って行った。


(おお、すげぇ。)


颯爽とした汰白の態度には、あの二人も礼儀正しくならざるを得ないらしい。俺にもこれくらいの威厳が欲しい。


「ちょっと佐矢原くん。」

「う? は、」


鋭い目つきに、思わず姿勢を正して「はい」と言いそうになった。


「…なんだよ?」


どうにか威厳をかき集めて、対等な立場を示してみる。


「あの二人、何?」


(こわっ!)


片手を腰に当て、軽く脚を開いて立つ見事なプロポーション。本来なら見惚れるはずの姿なのに、その全身から不機嫌さが発散されていて、まともに目を合わせられない。


「何、って、マネージャー…だけど……。」


答えながら、これはどう見てもおかしい、と思った。俺は悪いことなどしていないのに!


「ふうん。可愛いマネージャーに毎日のように教室に会いに来てもらって、きっと嬉しいでしょうね。」

「なっ、何言ってんだよ? マネージャーだぞ? 部活の話だぞ?」

「だとしても、それ、わざわざ昼休みに教室まで来るような話?」

「それは……。」


俺も面倒だと思ってる。だけど、熱心にやってくれてることに、文句なんか言えない。


「もう……。」


汰白が呆れたようにため息をついた。


「あのねえ、佐矢原くん。あたし、うちの一年生から訊かれたの、佐矢原くんのこと。」

「…え?」

「『野球部の部長さんと同じクラスですよね?』って。」

「俺のこと…?」

「そう。」


真面目な顔で汰白が続ける。


「あのマネージャーの一人と同じクラスなんだって。たぶん、一緒にムカデに出た子じゃないかな。」

「ああ、春野か。」

「まあ、どっちでもいいけど。でね、その後輩が、みゃー子は佐矢原くんの彼女なのか、って。」

「え……。」


胸に期待感が……。


「ど…、どっちって答えたんだよ?」

「『違う』って。」

「はあーーーーーー…。」


力が抜ける。まあ、汰白なら仕方ないけど……。


「だって、みゃー子が佐矢原くんを断るかも知れないじゃない。」


嫌な仮定だな。せめて「まだ決まってないから」程度にしてくれればいいのに。汰白の言葉はいつも胸に突き刺さる。


「佐矢原くん。問題はそこじゃないのよ。」


汰白はまだ怖い顔をしている。


「あの二人よ。どうして佐矢原くんについての質問が来たと思ってるの?」

「え、俺と猫の二人三脚が上手かったからじゃないのか?」

「違うわよ!」


(怒った!)


「ああ、もう、これだから鈍感な男は……。」

「……悪かったな。」


ため息をついてから、汰白がまた真剣な顔をした。


「あのね、あの二人は――少なくとも一人は、佐矢原くんを狙ってるの。」

「狙ってる?」

「そう。分かる? 好きなの。恋してるの。彼女になりたいの。」


(うわ、恥ずかし!)


聞いている俺の方が恥ずかしい。にしても。


「何言ってんだよ。そんなはず無いに決まってるだろ。」

「どうして?」

「だって、あの二人、夏までは俺のことダメ人間扱いしてたんだぜ。」

「でも、今は違う。絶対に。」


真剣な顔。汰白がこんな顔で冗談を言うとは思えない。でも、最初のころの二人からのキツい当たりを思い出すと、にわかには信じがたい。


考え込んでいる俺を汰白がにらみつけた。


「責任もって、どうにかしなさいよ?」

「え、『どうにか』って?」

「もう!」


じれったそうに、汰白が床を踏み鳴らす。


「追い払えってこと。」

「なんで?」

「あの子たちがみゃー子に意地悪しそうだからよ。」

「まさか。ははっ。」


笑った途端、汰白が軽蔑の目を向けてきた。


「そういう女心が分からないひとだからモテないのよ。」


(今、モテてるっぽいのに。)


不満が顔に出た俺に、汰白が真面目に説明する。


「体育祭の日から見てれば分かるの。あの子たち、みゃー子に張り合ってる。まあ、みゃー子は全然気付いてないけど。」

「ああ……。」


それこそが俺の悩みだ。鈴宮が何も分かっていないということが。


「このままだと、だんだんエスカレートするよ。」

「どんなふうに?」

「佐矢原くんにもっと付きまとうか、みゃー子に直接何か言うか。」

「えーー……。」


そんなの嫌だ。


「一番の解決策は、佐矢原くんがあの子たちと付き合うことだけど?」

「え? いや! それは無い! 無いから!」


なんで俺が鈴宮をあきらめなくちゃならないんだ!


「そう? じゃあ、ちゃんとしてね?」

「お、おう。」

「あの二人にみゃー子が意地悪されたりしたら、佐矢原くんのこと、許さないからね?」

「ああ。」

「みゃー子に『佐矢原くんは女性関係にだらしないから、口きいちゃダメ』って言うよ?」

「わ、分かった! 大丈夫だ。ちゃんとする。」


汰白の恐ろしさを再認識した。俺だって、鈴宮に意地悪するようなヤツは許さないに決まってるのに!


(だけど……。)


汰白が言うことが間違いないとして、俺にどうにかできるのか? って言うか、汰白の助言って、いつも微妙な気がする…。







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