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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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58  由良 ◇ びっくり!


うちの学校は、夏休みが明けて二週目、体育祭の前の週に定期テストがある。部活も一定期間お休みになるので、帰りもいつもよりずっと早い。


(帰りが早いと公園は賑やかだよねー…。)


道路の右側には朝日公園。たくさんの小学生が芝生の広場を走り回っている。その楽しそうな叫び声を聞きながら気持ち良く自転車をこぐ。サイクリングコースを抜けたところで一緒に帰って来た史帆と萌美と別れて、今は一人。この先を公園に沿って右折すれば、わたしの家の前の道だ。


(みんな心配性なんだから。)


思い出して、思わず苦笑してしまう。


空野くんと利恵ちゃんは、わたし一人でサイクリングコースを通らせるのは心配だ、佐矢原くんに送ってもらえ、と言うのだ。部活の日にはいつも一緒に帰る空野くんが、部活休止中は、バスで帰る利恵ちゃんをお見送りしているから。二人の時間を作るために。


そのことが、自分たちだけが幸せみたいで、わたしに悪いと思っているのだと思う。


でも、部活が無ければ時間が早いし、全部の部が休みだから、サイクリングコースを通る生徒の数も多い。一人でも平気だし、途中で知り合いに会うこともある。だから、佐矢原くんには特別にお願いする必要は無い。きのうはたまたまその話をしたときに佐矢原くんがいたから一緒に帰って来た。でも、今日は野球部のマネージャーさんが来ていたからあいさつだけしてきた。佐矢原くんには佐矢原くんの都合があるのだし、わたしの世話までさせるのは申し訳ないもの。


(利恵ちゃんも空野くんも、わたしのことなんか心配しなくてもいいのに。)


この時間なら危ないことなんて無いよ……と思いながら、うちの前の道へと曲がったときだった。


「あ。」


思わず声が出た。


前方で公園の歩道を歩いていた小学生が、友だちとふざけながら道路に飛び出したのだ。向こうから来た高校生くらいの男の子が乗った自転車のすぐ前に。


(あぶない!)


心臓がギュッと縮まった。ザッと鳥肌が立ち、事故の映像が頭をよぎる。


次の瞬間、高校生の自転車がよろめいた。飛び出した小学生をよけてバランスを崩したのだ。キーッと甲高い耳障りな音がして自転車が乗り手ごと倒れる。大きなバッグが道路の真ん中へとすべって行く。


(ど、どうしよう?!)


心臓がドックンドックンと大きな音を立て始めた。何をすればいいのか分からないまま、とにかく車が来ていないか確認して現場に急ぐ。そのあいだに小学生は走って行ってしまい、自転車と一緒に倒れた男の子がゆっくりと起き上がった。


(生きてる……。)


車の通りが少ない道だったことに感謝だ。それを知っているから、近所の小学生は道路に走り出てくるのだけれど。


ほっとしながら自転車を止めた。スタンドを立てようとしたら、手が震えている。まだドキドキしながら、急いで道の真ん中に落ちているバッグに手をかけた。運動部の人たちがよく使っている大きなエナメルバッグは予想していたよりも重たくて、「よい、しょ。」と思わず声が出てしまった。


「あ、ごめん。」


その声にハッとした。聞き覚えがあるような気がして。顔を上げると、転んだ男の子が慌てて自転車を起こしてやって来る。胸ポケットに三日月マークが入った白い半袖開襟シャツにグレーのズボンの夏服は、駅の反対側にある私立三日月高校のものだ。顔にはまったく見覚えが無いけれど。


「ありがとう。」


バッグを受け取ろうと伸ばされた腕の筋肉がすごくて、思わずまじまじと見てしまった。


力はありそうだけど、怪我をしていたらと思うと手を離せなくて、そのひとと一緒にバッグを自転車に載せる。「えい。」と、掛け声をかけたわたしを笑ったのが目の端で見えた。


「あー、ええと、ありがとう、ございました。」


その男の子が丁寧に頭を下げた。


「い、いいえ。そんな。」


慌ててわたしもお辞儀をする。そのとき気付いた。


「血、血が。血が出てますっ。」


男の子の左腕を血が伝っている。


「あれ?」

「やだ。大変。ばい菌が。洗わなくちゃ。急いで。」


頭の中にいろいろな状態の傷が次々と浮かんできて、何度もぞっとしてしまう。


「え、あ、でも。」

「早く。こっち。」


両手で手招きしながら急いで道路を渡り、自転車を引いて小走りに進む。途中で振り向くと、男の子がまだ迷いながらも自転車のスタンドをはずした。


「うち、ここだから。」


今はからっぽの車庫に自分の自転車を入れ、男の子を隣に呼ぶ。それから急いで救急箱を取りに行った。




「大丈夫かなあ?」

「ああ、もうこれで十分。とりあえず、血は止まったし。ありがとう。」


車庫の車止めに腰かけた男の子が肘を回しながら傷を確認して、笑顔でお礼を言ってくれた。


肘の下の傷は擦り傷で範囲が広かった。絆創膏を貼るには広すぎるし、包帯は大げさだと言うので、洗って消毒をしただけだ。それをする間、わたしはいつものように何度もその傷の痛みを自分で感じては――本当は想像にすぎないのだけれど――背中がゾクッとしてしまった。


お礼を言われてほっとしながら、制服に血が付いていないか見てあげる。それは無さそうだったので、満足して顔を上げた。すると、人懐っこい笑顔と目が合った。硬そうな真っ黒な髪に縁どられたこげ茶色の顔は、いかにも外でスポーツをやっているという感じ。鼻筋の通った顔は、笑うと目尻が下がって少し幼い雰囲気になる。


「捻挫も無かったし、良かったね。」

「うん。」


救急箱を取りに行っているあいだに、その男の子は自分の体と自転車をチェックしていた。手当をしているときは、さっき起こったことをポツリポツリと話し合った。話しているうちに、そのひとが気の良い明るい性格だということはよく分かった。


ただ、顔を見ないで話していると、ときどき声にハッとしてしまう。やっぱりどこかで聞き覚えがあるような気がして。けれど、そう思って顔を見ると、今度は、知っている声とは全然違うと感じる。


「ねえ。」


救急箱に消毒薬を戻していたら、すっかりリラックスした様子で声がかかった。「はい?」と半分上の空で返事をする。すると。


「彼氏とか、いる?」


(ん?)


手を止めて男の子を見た。相手は膝の上に頬杖をついて、無邪気ににこにことこっちを見ている。この様子からすると、単なる自己紹介的な話題?


「いいえ。いないよ。」

「じゃあ、俺と付き合わない?」

「え?」


(どうしてそこに飛躍するの…?)


「じゃ、なくて。」


黙って見返していると、男の子が立ち上がって、ピッと姿勢を正した。


(わ。大きい。)


そのとき初めて、そのひとがとても体格が良いことに気付いた。背の高さよりも、体全体ががっちりしている感じ。


(あ、そうか。佐矢原くんだ。)


声が佐矢原くんと似ているんだ……と、思った瞬間。


「俺と付き合ってください!」

「ぅえ?!」


男の子が大きな体を折り曲げる。自分の耳を疑って見ているあいだ、男の子はそのまま頭を下げていた。


(「付き合ってください」って言った……よね?)


「え、なん、で……?」


賭けか何かをやっているんだろうか。誰が一番に彼女ができるか、とか、新学期早々に彼女ができるかどうか、とか…。


「『なんで』って……」


体を起こして首のあたりに手をやりながら、照れた様子でそのひとがつぶやく。


「ええと、あの、一目惚れ…なんだけど…。」


(一目惚れ?! あたしに?!)


「え、あの、本気……?」

「当たり前だろ!」

「ひ。」


勢いに押されて、思わず体を引いた。


「あ、いや、すみません、あの、本気、です。」


(本気、なんだ……。)


申し訳なさそうに体を縮めてつぶやくそのひとを、信じられない気持ちでまじまじと見つめてしまった。








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