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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第五章 驚いて、笑って、怒った。
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53  森梨家での出来事


夏休みは忙しく過ぎて行った。


俺はほぼ毎日が部活で、そのすき間に文化祭と修学旅行の打ち合わせが入った。


野球部の練習のときは、その合間に自然科学部が来ているかチェックして、鈴宮と一緒に――空野やほかの部員も一緒だけど――帰れた日が二度あった。


メールと電話もした。練習試合に勝った日は、帰る途中で彼女に連絡をして、彼女の家の近くのコンビニで祝勝会と称して二人でアイスを食べた。でも、食べている途中で、彼女がそのコンビニの前で空野に会った話をしたので、俺は落ち着かなくなってしまった。


文化祭の打ち合わせのときは、鈴宮は穏やかでおっとりした微笑みを浮かべていた。控えめに提案もしていたが、やっぱり口数が少ないし、少し大人びておとなしい雰囲気だった。でも、俺と二人でいるときには、ぱっちりした瞳をキラキラさせて話し、「あははは!」と声を出して笑う。その生き生きした可愛らしさをクラスでは俺だけしか知らないのだと思うと、これからのことが有望に思えてくる。まあ、空野と剛も同じなのかも知れないけれど。


野球部は、だんだん歯車がかみ合ってきて、滑らかに物事が運ぶようになってきた。中でも大きいのはマネージャーたちとの関係が落ち着いたことだ。


自然科学教室の帰りに、俺は部員用とは別に、マネージャー二人にちょっとしたご当地菓子を買って来た。それを「いつも世話をかけてるから」と言って渡したら、二人ともものすごく喜んだのだ。それから俺に対する当たりが柔らかくなり、格段に笑顔が増えた。予想外の効果にびっくりして、俺はそれを副キャプテンの風間にも教えた。その結果、風間も家族旅行のお土産で心の安らぎを手に入れた。




夏休みの終わりが近いころ、修学旅行の打ち合わせで森梨の家に集まることになった。広い部屋があるし、おばさんがお客を呼ぶのが好きだからと、森梨が申し出てくれたのだ。


打ち合わせと言っても自由行動の日にまわるコースの下調べ程度なので、俺たちは気楽に出かけて行った。空野と俺は鈴宮のおばさんが車に一緒に乗せて連れて行ってくれた。迎えに来た車の中から鈴宮が元気に手を振ったことが嬉しくて、俺も思わず小学生みたいに手を振ってしまい、おばさんに笑われて恥ずかしくなった。


「はい、ここでいいわね。」


車が止まると、窓の外には黒い鉄製の柵の向こうに芝生が見えた。公園なのかと思いながら車から降りると、芝生の奥に赤い煉瓦の壁の家がどーんと構えていた。


「え、これ、森梨の家?」

「そうだよ。大きいでしょ。」


笑顔で答える鈴宮の向こうで、空野がぽかんと口を開けている。それほど大きな家だったのだ。


走り去るおばさんにお礼を言っているあいだに、鈴宮が門の呼び鈴を押した。その門も、車用の両開きの門と人間用の門に分かれていて、家と同じ煉瓦の柱が門を支えていた。柱には防犯カメラが取り付けられていて、セキュリティ会社のステッカーも貼ってある。ガチャリと鍵が開いた音がして鈴宮が門を開けると、そこから玄関まで白い歩道が芝生を突っ切っていた。横には車道が玄関前を通って右手のガレージらしき建物へと向かっている。


「すげえ。」


大きい家だとは聞いていたけれど、俺の想像とはまったく違っていた。こんな家、外国の映画でしか見たことがない。空野はさっきから一言も発していない。


玄関は建物の真ん中にあって、同じ煉瓦でできた柱に支えられた屋根がついている。両翼ともそこから20メートルくらいはあるだろう。右端には外に出られる窓があり、木製のテラスに優美なカーブを描く白い椅子とテーブルが置いてあった。二階の窓にはどれも小さいバルコニーがついていて、その全部に色鮮やかな花が飾られている。窓の中には当然のように白いレースのカーテンだ。


「すげえ。」


ほかの言葉が出てこない。キョロキョロする俺と空野を鈴宮がくすくす笑った。


「いらっしゃーい!」


玄関の扉が開くと同時に森梨の元気な声がした。


「利恵ちゃん、こんにちは。お邪魔します。」

「え?」

「利恵…りん?」


目の前に現れたのは、これまた外国の映画に出てくるような少女だった。白いカーディガンの下にはいろいろな青が混じり合った海の中みたいな模様のワンピース。長い黒髪はゆらゆらとうねりながら肩と背中へと流れ、サイドの髪を編んで留めてある。いつもの森梨とは別人のような可憐な姿に、空野も俺も度肝を抜かれてしまった。


「どうぞどうぞー。あ、スリッパはこれね。」


いつもの調子で俺たちを招き入れてくれたけれど、俺も空野もひたすら気後れするばかり。短パンで来なくて良かった、靴下をはいてきて良かった、と、心の中でいちいち安心材料を言い聞かせなくちゃならなかった。


玄関を上がったところで、空野がぎょっとしたように立ち止まった。何かと思ったら、ガラス張りの飾り棚にある写真を見ている。隣からのぞいてみると、女の子の小学校の入学式の写真だった。母親らしい綺麗なひとと一緒に笑っている写真を引き延ばしたものだ。


「これ……。」


恐る恐るというように、空野が森梨に向かって尋ねた。


「利恵りんの…お母さん……?」

「ん? ああ、そうだよ。うちのお母さん、美人でしょう?」

「そうなんだよねー。本当にうらやましいの。」


可愛らしく言い添えた鈴宮に一瞥もくれず、空野は驚きの表情でもう一度その写真を見た。


「これ……、このひと……」

「え? 知ってるの?」


森梨が不思議そうな顔をする。


「俺……、俺の……」


そこまで言うと、空野の首から上がたちまち真っ赤になった。


「初恋の、ひとだ。」


全員の動きが止まった。全員から「ええええええええぇ?!」と声が上がったのは、そのすぐあとだった。




「そんなこともあるのねぇ。」


全員がそろって落ち着いたところで、汰白が感心して言った。


空野と感動の(?)再会を果たしたおばさんは、さっきの写真とほとんど変わっていなかった。むしろ、写真が古い分、実物の方がずっと綺麗だ。空野には「健ちゃん」とやさしく呼びかけ、「覚えてるわよ。大きくなったわねえ。」と手を握って、確かめるように肩に手をかけた。空野は赤くなったまま「お久しぶりです。」としか言えなかった。上品な仕草で俺たちにお菓子と紅茶を勧めてくれたあと、「ごゆっくりね。」と微笑んで別室に去っていた。振り返って微笑んだところはハリウッドの女優のようだった。


空野は小学生のころに通っていたスポーツクラブで、森梨を見に来ていたおばさんに憧れていたのだった。その当時、おばさんは三十歳くらいだったらしい。ガラスの向こうで見ているそのひとを、子どもだった空野は誰かの母親だとは考えなかったそうだ。いつもきれいな服を着て、やさしい微笑みを浮かべている姿は、おしゃべりに夢中のほかの母親たちとは違って見えたから。


「本当に美人だよなあ。」

「うちの母親とは違う素材でできてるって感じ。」


剛と俺はしきりに感心するばかり。テーブルに並んだお菓子でさえ普通とは違うのだ。クッキーやらタルトやら手作りで何種類もあるうえに、細い針金で三段になった白い皿に乗っていたりする。紅茶もティーバッグではなく、白い繊細なティーポットでいれてくれた。


「今でもまあ綺麗なのは認めるけど、中身は普通だよ。こういうのだって、ただ好きでやってるだけだもん。」


どんな格好をしていても変わらない森梨がテーブルを示して笑った。


「みゃー子だってタルト焼いてきてくれたじゃん。これ、前にももらったことあるけど、すごく美味しいんだよ。ね?」

「かなり甘いから、苦手なひともいるかも知れないよ。念のため、小さく切って来たんだけど…。」


森梨の褒め言葉に、鈴宮は控えめに微笑んだ。


クルミが入っているというキャラメル味のタルトは確かにとても甘かった。でも、どこか後を引く味で、砂糖を入れない紅茶に良く合った。俺と剛は競い合うように次々と平らげ、鈴宮を褒めた。


「みゃー子はいいなあ。」


突然、汰白が口にした。鈴宮が驚いたように汰白を見る。


「こんなに美味しいお菓子が作れるんだもん。」

「そう?」

「いかにも<可愛い女の子>って感じがする。男の子だって、みゃー子を選ぶよ、きっと。」


肘をついた手にあごを乗せて、汰白がうらやましそうに鈴宮を見る。その視線を受けて、鈴宮は居心地悪そうに座りなおしながら言った。


「でも、聡美の方が可愛いし、人気があるじゃない。」

「そうだとしても、最終的に、あたしはみゃー子には勝てないと思う。」

「そんなこと…。」


鈴宮が戸惑った様子で汰白を見つめる。いつも遠慮せずにものを言う森梨は、ちらりと二人を見ただけで、紅茶をいれなおし始めた。微妙な空気の中、俺は鈴宮のお菓子を四切れも食べたことをちょっと反省した。そのとき。


「何言ってんだよ。」


呆れたように声を出したのは剛だった。


「そんなの関係ないだろう?」


一瞬、怒っているのかと思ったが違うらしい。ハッとしたように、全員が剛に注目していた。


「何ができるとか、見た目がどうだとか、そんなの単なるオプションだろ? 誰かを好きになるときは、中身で判断するんだろ?」


(そうだ……。)


誰も口を開かない中、剛が俺たちを見回して続ける。


「やさしくされたとか、一緒にいると楽しいとか、尊敬できるとか、そういうことの積み重ねで好きになるんだろう? その相手がたまたま見た目が良かったとか、何かが得意だったとか、そういう話だろ?」

「剛くん……。」


汰白が驚いた顔で剛を見たままつぶやいた。


「あたしにも……あると思う?」

「何が?」

「見た目以外に…いいところ。」


その質問に、剛は一瞬ひるんだ。鈴宮の前では答えにくい質問だ。


「あるんだろ。」


プイと顔をそむけながら剛が答えた。


「汰白は何人にもコクられてるんだろ? 男が見た目だけで判断してると思うなよ。」

「……そっか。ありがとう。」


汰白がふわりと微笑んだ。端っこで森梨がこっそりと拍手した。鈴宮は剛に尊敬のまなざしを向けた。俺と空野は何も言えなかった。


(剛…カッコいい…。)


<恋>とか<好き>とか、そういう話は照れくさくて、なかなか真面目に話せない。でも剛にはできるのだ。必要なときに、自分の考えを、自分の言葉で。


(俺はどうなんだろう?)


剛の言葉を思い出して自問する。俺にもいいところはあるのだろうか。


(まあ、前向きに進むしかないよな。)


自分の何がどうなのかは、自分ではよく分からない。でも、とにかく鈴宮に対して恥ずかしくない自分になりたい。







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