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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
52/92

52  由良 ◇ 安心な佐矢原くん


(電話して良かった。)


佐矢原くんと話したあとは、いつもあったかい気持ちになれる。


電話をかけるときにドキドキしちゃうのは、相手が男の子だから仕方ない。それに今日は、わたしから電話をするのは初めてだったから、とても緊張したし。


でも、あの声を聞いたら落ち着いて話せるようになった。低くて、部活で大きな声を出すせいか少し掠れてて、電話のときはふだんよりもゆっくりで。安心できる感じは、佐矢原くんの背中と同じかも知れない。


(話したいと思ってたこと、ちゃんと話せたもんね。)


お礼だけじゃなくて、あの夜に反省して、決心したこと。


わたしのペースが遅くても、急かさないで待っていてくれた。「そうか。」っていう相槌にほっとした。


考えてみると、佐矢原くんもわたしも、学校ではおしゃべりな方じゃない。まあ、わたしは極端に話をしない生徒ではあるけれど。佐矢原くんだって口数が多いタイプではない。そんな組み合わせでも、無言で気まずくなることがないのは、きっと、わたしが安心していられるからだ。


安心していられるから、言葉をあまり選ばないで話せる。その分、たくさん話せる。


(安心、かあ……。)


最初のころからそうだったよね。あの大きな背中が気になっていて。気軽に話しかけられて驚いたこともあったけど、佐矢原くんの態度はいつも変わらなかった。親切で、気さくで、ときどきからかわれたり。


最初に話したのは調理実習だった。佐矢原くんの包丁さばきは、今思い出しても恐ろしい。


(そうだ。あのとき、手の大きさを比べてみたんだ…。)


思い出しながら手をかざしてみる。大きな手と親しみのこもった笑顔がくっきりと目に浮かぶ。ちょっとドキドキした気持ちも懐かしい。


(それから。)


球技大会で、たくさん助けてもらった。練習でも試合でも。そう言えば、焼きそばパンをお礼にあげたっけ。渡すときに、「大丈夫かな」って不安になりながら。


―――「サンキュー、猫。」


不意に、あのときの声が聞こえた。普通の会話の中で「猫」って呼びかけられたのは、あのときが最初だった。驚いたけれど、嬉しかった。


本当に仲良くなったのはあれからだ。気軽に話しかけてくれる佐矢原くんと話していると楽しくなって、わたしまで冗談を言ってみたり、ちょっと驚かせてみたくなったりした。雨宿りをさせてあげたときは、なんだか妙に楽しくて。そういうことを、後になってぐずぐず考えていると、また佐矢原くんがちょっとした一言をかけてくれてほっとして。


(そうだよね…。)


そうやって手探りしながらここまで来たんだ。佐矢原くんには、こんなこと、よく分からないかも知れないけれど。


(今日だって、「次はいつ会える?」って言ってくれて…。)


ああいうのって、すごく嬉しい。わたしをお友だちだと認めてくれているって分かるから。


楽しい気分になった勢いで、「寄ってくれてもいいよ」なんて言ってしまった。佐矢原くんと話していると、いつもなら口にしないことも言ってしまう。前からそうだ。


(前から……か。)


そういえば、佐矢原くんは、いつも嬉しいことを言ってくれる。いつだったか、「一緒にいると楽しい」って言ってくれたこともあった。お休みの日に、突然、バッティングセンターに誘ってくれたり。


自分に自信がないわたしには、そういうことがとても有り難い。今回も、「いつ会える?」って…とっても嬉しい言葉だ。そういう言葉を口に出せる佐矢原くんは、すごく真っ直ぐなひとなのだと思う。自分の行動に迷いがないっていうか…、細かいことに悩んだりしないで、目標に向かってどんどん進んでいけるひとなんだろうな。


(そうか。だから野球部の部長さんにも選ばれたんだね。)


さっきは「家が近いっていいなあ。」って笑っていた。気持ちがいい明るい声で。あの声を聞いたら、わたしも素直に「ああ、そうだよね。」って思った。


家が近いことをこんなふうに考えたのは、佐矢原くんが初めて。


空野くんや瀬上先輩も家が近いけれど、そこまで考えたことが無かった。もちろん、暗いときに一緒に帰ってもらえることは有り難いと思っている。それに、何か用事があれば訪ねて行けるとも思っていた。


(でも…。)


佐矢原くんとはちょっと違う。用事が無くても……バッティングセンターに誘ってくれたときや、夜に顔を見せに来てくれたときみたいに、気軽に会える近さっていう意味の……。


(もう少し仲良くしてもいいのかな…。)


佐矢原くんが「いつ会える?」って訊いてくれるなら。


わたしも、一緒にいると楽しいって思うから。利恵ちゃんや女の子のお友だちと同じくらい、仲良くなってもいいのかな……。


(いいのかも。)


だって、利恵ちゃんと空野くんはあだ名で呼び合っているし、かなり遠慮が無い。特に、利恵ちゃんといるときの空野くんのリラックスした様子は、教室とは全然違う。おかしなギャグを言ってみたり、弱音を吐いたりする。


富里くんは、女の子たちに映画やカラオケに誘われることがある。まあ、断っているところしか見たことがないけれど。でも、誘うひとがいるってことは、そういうことって<有り>ってことだよね。


ほかにも、彼氏がいる女の子と仲良くしている男の子とか、その逆とか、普通に帰りにおやつを食べたりとか……。


(あ、そうか。)


わたしも佐矢原くんとバッティングセンターに行ったっけ。富里くんと図書室でおしゃべりしたりもするし、空野くんとはよく一緒に登校してるし…。そういうところを見られても、特に誰にも何も言われたりしていない。つまり。


(そうなんだ。)


お友だちになるのに性別は関係ないんだ。もちろん、お友だちには越えちゃいけないラインがあるのは分かってる。でも――。


(あれ?)


<越えちゃいけないライン>ってどこ?


当然、手をつなぐのはダメだ。


(あれ? あれ?)


わたしが佐矢原くんの背中に手を当てたのはNG? あ、でも、佐矢原くんはときどき頭をなでるよね。手を合わせて大きさを比べたこともある。…ってことは。


(背中もOKだね、うん。)


だって、佐矢原くんも平気だったものね。問題があれば、あのときに「やめろ」って言われたはずだ。そうだ、それに背中に文字を書くゲームだってあるじゃない。


あと、パーで触るならいいのかも。指一本とか。


(うーん…。)


まあ、それも場所によるよね。間違えると痴漢だもんね。でも、頭と背中はOKな気がする。


(なるほど。頭もOkか。)


いつか、佐矢原くんの頭もなでてみたいな。あの芝生みたいな頭は気持ちが良さそうだもんね。


(……って。何を考えているんだろう、わたし。)


でも、なんだか楽しい。佐矢原くんが「仲良くしてもいい」って思ってくれていることが嬉しい。これからも楽しいことが起こりそう。


―――「家が近いっていいなあ。」


頭の中に、佐矢原くんの楽しげな声が聞こえた。


「うん。そうだね。」


そっと囁いてみる。


声はすぐに消えてしまったけれど、楽しい気分はいつまでも胸の中を漂っていた。







じれったいおはなしをここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


第四章「二人の距離」はここまでです。

次から第五章「驚いて、笑って、怒った。」です。

直樹と由良、そして二人の周囲に変化が訪れます。


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