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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
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50  自然科学教室 3


「あ! 由良ちゃん、おっはよー!」


朝食に向かう廊下で、剛が目ざとく鈴宮を見付けて手を振った。俺はさり気なく周囲を見回したが、瀬上先輩の姿は無かった。


「あ、おはよう。富里くん、たくさん眠れた?」

「おう! 今日はもう元気いっぱいだよ!」

「良かったねえ。」


淡いピンクのTシャツにグレーのパーカーを羽織った鈴宮が、剛と笑顔であいさつを交わす。そのまま俺にも視線を移し、迷う様子を一瞬見せた。けれど、すぐにいつもの笑顔に戻り……いや、俺には、その笑顔にいつもと違う親しげな瞳のきらめきが見えた。


「おはよ。」


軽く首をかしげるようにして俺を見上げる鈴宮。


「うん。おはよう。」


昨夜のことを思い出す。彼女が触れた背中がむずむずする。可愛らしくあいさつをしてくれたことも嬉しくて、口元がどうしても緩んでしまう。


「元気そうだな。」

「うん。大丈夫。」


遠回しな言葉であいさつを交わすと、彼女は女子の集団に混じり、急ぎ足で食事部屋に入って行った。


「朝一番から由良ちゃんと一緒なんて最高だなあ!」

「うん。」


感動している剛と一緒に彼女を目で追いながら、とりあえず今朝は元気そうだと思ってほっとした。


(でも、今日は少し気を付けた方がいいかな…。)


昨夜、瀬上先輩と言葉を交わしたあと、あれこれ考えていて気付いた。彼女が泣くことになった原因は俺たちにあったのではないかと。


先輩は、彼女を泣かせるようなことをするつもりは無かったはずだ。たとえ自分の思いどおりにならなかったとしても、あの先輩が鈴宮を傷付けることを意図してやるなんてことは絶対に無いと思う。


けれど、俺たちが彼女につきまとったせいで、先輩はやきもちを焼いたか焦ったかした。それで感情的になり、何か彼女がショックを受けるような行動に出た。…いや、<俺たち>ではなく<俺>なのかも知れないと思っている。瀬上先輩は俺に、「お前なのか?」と言ったのだから。


先輩に嫉妬されるくらい彼女と俺は仲が良いのだと思うと、自慢したい気分になる。けれど、それが彼女を泣かせる原因になったとなると、やり過ぎただろうかと罪悪感が湧いてくる。昨夜は彼女を慰める役割に有頂天になっていた。でも、そもそも自分が原因だとしたら、謝らなくちゃいけない立場だ。とは言っても、俺が謝っても、彼女には意味が分からないだろう。


食事部屋に入ると、瀬上先輩はすでに来ていて、先生や自然科学部の生徒と話していた。近くを通りながらあいさつをすると、きのうと特に変わらない態度で応えたうえで、空野に先輩らしい言葉をかけた。大人なんだなあ、と、俺は密かに感心した。


鈴宮は女子の集団の中に席を取った。それを見てほっとした。彼女の隣が空いていれば、剛も空野もすかさず行くだろうし、俺が動かないことに二人は疑いを抱くだろうから。できれば今は、先輩を刺激するようなことや、疑いをもたれることは避けたい。


朝食に引き続き、今日の行程の説明があり、弁当としておにぎりが配られた。水筒の補充や持ち物についての指示もあった。今夜もこの宿に泊まるので、今日は大きな荷物を持たなくても済む。


出発準備に部屋に戻ろうとざわざわしている中、鈴宮が瀬上先輩のところに行ったのが見えた。


(話をするつもりなんだ…。)


玄関でぽろぽろと涙をこぼしていた彼女を思い出す。それから、俺の背中に元気をもらったと言ったときの彼女を。


(頑張れ。)


胸の中でエールを送った。先輩と鈴宮は並んで廊下へ出て行く。


「俺、ちょっと行って――」


二人の方に踏み出しかけた空野の肩に手をかけて引き留める。


「今はいいんじゃないか? 猫の方から話しかけたんだから、何か用事があるんだろ。」


空野と剛が怪訝そうな表情で俺を見た。自分だけが事情を知っていることが後ろめたくて、急いで次の言い訳を口にする。


「準備があるんだから、どうせ長い時間は話せないだろう? 俺たちはさっさと用意して、出発のときには鈴宮を確保しようぜ。」

「なるほど、その方がいいかもな。」


剛と空野がうなずき、足を速めて食事部屋から出た。その途端。


「ねえ。」

「うわ。」


ガシッと腕をつかまれた。誰かがふすまのかげで待ち構えていたらしい。


反動でよろめいた俺を空野と剛が振り返る。俺も振り向くと、森梨だった。


「ちょっとちょっと。」


長い三つ編みをたらした森梨が、何やら嬉しそうに俺の腕を引いて行く。わけがわからないまま引かれて行く俺に、剛と空野がついてくる。


「あれ?」


廊下の隅で振り向いた森梨が、ついてきた剛と空野を見て、目をぱちくりさせた。


「どうしよう? まあいいか。」


一人で何かを勝手に納得した森梨が、俺たちを小さく手招きする。内緒の話だと察した俺たちは、身をかがめて森梨のまわりに小さく輪を作った。


「佐矢原くん、きのう、みゃー子と星を見に行ったんだってね?」

「うわあああああああ!」


気付いたら叫んでいた。まさか、そんな爆弾が落とされるとは!


通りかかった生徒が俺に目を向ける。目の前の三人も、当然、俺に注目している。


(なんで知ってるんだ? 見てたのか? 聞いたのか? ウワサになってるのか?)


思考がまとまらない。とにかく恥ずかしい! 顔が熱い! どこに目を向けたらいいのかも分からない!


「あ…、あ…、ええと……。」


逃げ道を探してキョロキョロする。足は自然にうしろに下がった。


「ちょっと待て。」

「ちゃんと聞かせろ。」


剛と空野が両側から俺をつかまえた。森梨は「やっぱり秘密だったんだねえ。」とうなずいた。


(ああ…。)


秘密かも知れないと思ったのなら、どうして森梨はこいつらを追い払ってくれなかったんだろう?


剛と空野に引っ張られて、俺たちはまた森梨のまわりに小さく集まった。


「それで、どっちから誘ったの?」


瞳をキラキラさせた森梨が尋ねる。


「え、その、どっち……っていうほどのことは……。」


そもそも星を見るために外に出たわけではないのだし。


「え? ってことは、最初から合意の上で?」


森梨の解釈に、剛と空野がキッと俺を睨んだ。抜け駆けして約束したと思われたのだ。


「いやいやいや! ち、違う! 違うから! 偶然会って――」


ここは言わなくちゃならない。彼女の秘密を守るために。


「お、俺から。俺が誘った。うん。」


そうだ。よく考えたら、あのとき確かに「外に出るか?」と訊いたのは俺だ。


森梨は、「やっぱりそうかー。」とうなずいている。納得してくれてほっとした……とは言っても、恥ずかしいことに変わりはない。


「利恵りん、なんでそんなこと知ってるの?」


空野が尋ねた。すると森梨は当然のような顔をして答えた。


「だって、みゃー子が言ってたもん。」

「由良ちゃんが?」

「そう。『佐矢原くんと星を見てきた』って。」


(そうか…。)


部屋に戻るのが遅くなった鈴宮がそう説明したのだ。まさか、先輩とトラブって泣いたとは言えないだろうから、それは当然だ。でも、なんだかがっかりな気が……。


(あ。)


気付いたら、空野と剛が険しい顔で俺を見ていた。


「で、でもっ、俺っ、なん、何にもしなかったぞ。誓って。」


ぶんぶんと首を振って、二人の疑いを否定する。思わなかったわけではないが、実際には何も――。


(そう言えば、背中には触ったっけ…。)


ふと、そう思い出したけれど、あれは正確には<背中>じゃなかった。いや、もしかしたら、もっと触っちゃいけないものだったのかも知れないけれど……。


(それとも逆か?)


混乱して首を傾げた俺を、剛と空野は疑いの目で見ている。その二人のあいだで、森梨だけはくすくす笑っていた。


「知ってるよ。あたしが『何も無かったの?』って訊いたら、みゃー子がきょとんとしてたもん。」


(ああ……。)


ますますがっかりした。俺は彼女をドキドキさせることもできないのだ。


(見つめ合ったのになあ……。)


「なーんだ。やっぱり直樹だな。」

「見直したよ、直樹。」


二人の言葉と笑顔が胸にグサリと刺さった。二人とも、褒めているふりをして、本当は俺の<危険度ゼロ>を笑っているに違いない。


(ふん。)


そうは言っても、俺は彼女のピンチを救ったんだ! そして、元気を分けてあげたんだ!


そう思ったら、少しは気持ちが軽くなった。


出発の前に、俺たちは上手い具合に鈴宮をつかまえた。このまま一緒に行こうと、しゃべりながら三人で取り囲んでいた。けれど。


「おい、猫、行くぞ!」

「あ、はーい。」


横柄な声に彼女が元気に返事をした。


「あれ?」

「え? 猫?」

「え、先輩?」

「あ、ごめんね、みんな。」


驚く俺たちに、彼女が可愛らしく「ごめんね」のポーズをする。


「今日は先輩にカメラの特訓をしてもらうことになって。今回で本当に最後だから。」


そう言って見回しながら、俺だけには少し長めに視線を止めた。そこには感謝の表情と秘密を共有する楽しさが表れていた。


「仕方ないな。俺たちは空野にガイドしてもらうからいいよ。」


仕方なく、でも少しいい気分になって答えると、彼女はほっとした顔で微笑み、空野と剛は目を剥いて俺を見た。


瀬上先輩のところに走って行く鈴宮を見送る俺に、剛は「勝手に決めるなよ!」と文句を言った。空野は「ふん」と鼻を鳴らして、ちらりと俺を見て言った。


「『猫』だってさ。」


同時に、自分のところに来た鈴宮に笑いかけた瀬上先輩が、俺に勝ち誇った笑顔を向けた。


「う…、よ…、よっぽど悔しかったんだなあ。あ、は、は、は。」


ぎこちなく笑い飛ばす俺を、空野と剛は冷めた目で見ていた。並んで歩き出した二人の後ろ姿に気持ちが波立つけれど、先輩はもう引退なのだから…と、言い聞かせる。


(それに。)


先輩は鈴宮に「もう迷惑はかけない」と言った。だから今回は大目に見てやるさ!







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