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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
49/92

49  由良 ◇ 勇気を出そう。


(泣いたりして、びっくりさせちゃったよね…。)


階段を上がりながら反省してる。


(でも、あそこで佐矢原くんに会えたから、今はこうやって落ち着いていられるんだよね。)


そう。それは間違いない。


ただ一言、わたしの身の安全だけを気遣ってくれた佐矢原くん。それ以上のことは何も訊かずに、涙が止まるのを待っていてくれた。


(本当にいいひとだな……。)


握っていた両手をそっと開いてみる。


元気をもらった手のひら。佐矢原くんそのものともいえる大きな背中から。元気と一緒に佐矢原くんのやさしさも伝わって来るような気がした。それに支えられて、明日、先輩と顔を合わせる勇気もわいてきた。


(よし。)


お部屋の前で気合を入れる。泣いていたことを悟られないように…と思った途端、先輩の言葉が浮かんできて胸がズキンと痛んだ。


(あ。)


手を掛ける前にドアが動いた。急いで苦しい表情を消す。


「あ、みゃー子。」

「利恵ちゃん…。」


利恵ちゃんが振り返って「やっと帰って来たよ。」と部屋の中に向かって言った。すると部屋から「良かったねー!」と明るく返事があった。


「遅いから心配してたんだよ。瀬上先輩に怒られてたっていうし。ちょっと見に行こうと思ったところ。」

「あー…、ごめんね。心配かけちゃったね。」


瀬上先輩の名前に、また胸が痛んだ。今度は、あのときに感じた怖さと悲しさもこみ上げてくる。


(大丈夫。)


そっと両手を握って自分に言い聞かせる。佐矢原くんの大きな体と低くて落ち着いた声を思い出して、心を静めて。


「玄関で佐矢原くんに会ってね、せっかくだから、星の説明をしてきたの。」


明るい声で言い訳がするすると出て、微笑みも浮かんだ。すぐそばで大きな体がわたしを見守ってくれているような気がする。思ったとおり、佐矢原くんの効果は絶大だ。


「佐矢原くん? そう言えば、空ケンが『起こしても起きなかった』って言ってたね。起きたんだ?」

「うん。そうみたい。」


あのまま部屋に帰っていたら、こうやって笑顔でいることなんてできなかったと思う。もしかしたら泣き出して、利恵ちゃんやみんなに気まずい思いをさせていたかも知れない。


言い訳が通用してほっとしていたら、後ろ手にドアを閉めた利恵ちゃんがわたしの腕を引っ張った。そのまま廊下の隅まで行くと、秘密めかした様子で体を寄せてくる。


「それで、何も無かったの?」

「え?」


ドキッとした。


(先輩のこと、何か気付いてるの…?)


胸の痛みが戻って来る。利恵ちゃんには話さなくちゃいけないだろうか? いくら親友でも、部の人間関係を思うと、話さないで済ませたいけれど…。


「『何も』って……?」


恐る恐る尋ねてみると、利恵ちゃんはたちまち不満げな顔になった。


「もう! 佐矢原くんと二人きりで外にいたんでしょ!」

「さ、佐矢原、くん?」


(そっちなの…?)


驚いたわたしを見て、利恵ちゃんは呆れたようにため息をついた。


「もう、みゃー子。満天の星の下で二人きりなんて、誰もが憧れるシチュエーションでしょ。なのに、なんにも感じなかったの?」

「う…、うん……。」


感じなかったと言うよりも、感じる余裕が無かったのだ。直前の出来事で精一杯で。


「佐矢原くんだって期待してたんじゃないの?」

「え、まさか。あはは。」


思わず笑ってしまった。でも、笑いながら思い出した。間近に見つめ合った瞬間を。


「期待なんかするわけ無いでしょ。佐矢原くんは聡美が好きなんじゃない。」


反論しながら、あの数秒の映像が浮かぶ。暗くて表情がよく分からなかったから、それを探ろうとしてじっと見てしまった。ハッと気付いたときには、あまりにも近すぎてドキドキしてしまった。


今、またドキドキが復活しかけたけれど、利恵ちゃんが急に真面目な顔をしたので、それが微かな不安に変わる。


「あたしは最近、それは違うんじゃないかと思ってるけど。」

「え? そうなの?」


利恵ちゃんは真面目な顔を崩さない。


「……でも、みゃー子には言わない。確かめたわけじゃないし。」


そこまで言うと、利恵ちゃんは部屋に向かって歩き出した。なんとなく中途半端な利恵ちゃんの言葉が気になるけれど、「言わない」と言われた以上、尋ねても無駄だろう。


(佐矢原くんには聡美じゃない好きなひとがいる……?)


利恵ちゃんの口ぶりではそういうことらしい。だとしても、それはわたしじゃない。


(だって。)


明日の支度をしながらも、歯を磨いているときも、気付いたら何度も考えていた。


(だって。)


一緒にいた時間を頭の中でたどっても、特別なことは何も無かった。


佐矢原くんは、わたしが泣いているあいだは、困ったようにおろおろしていた。星空を見ながら、わたしがうっかり近付き過ぎてしまったときも、何も言わなかった。間近で顔を見合わせても……。


(あたしはドキドキしちゃったけど。)


お布団の中で、もう一度じっくり思い出してみる。


今でもドキッとしてしまう。でも、佐矢原くんは何も言わなかったし、何もしなかった。…まあ、何かされたら困る。先輩とあんなことがあったあとなのに。


(もしかしたら、困っていたのかも。)


本当はわたしがくっつき過ぎだと思っていたけれど、わたしが泣いた直後だったから、気を遣って「離れろよ」って言えなかったのかも知れない。やさしいひとだから。それで、遠回しに「戻るか?」って言ったのかも。


(そうだよね。それに、あたしが相手じゃね。)


あの一連の出来事のあいだは、佐矢原くんが一緒にいてくれただけで十分だった。気持ちが和んだし、楽しかった。


なのに。


(今ごろ…。)


なぜ、こんなに考えてしまうんだろう。利恵ちゃんの言葉を聞いてから、なんだか少し……。


(仕方ないのにね。)


自分で自分を笑ってしまう。こんなに気になるなんて。


もっと可愛い女の子なら、ほかに好きなひとがいる男の子でも、あの状況にクラッときてしまうのかも知れない。利恵ちゃんが言うのは、要するにそういうことなのだろう。


(でも……。)


よく考えると、好きな子がいるのに、雰囲気に流されて目の前の女の子に手を出すなんて、最低な気がする。わたしはそんなひと、絶対にイヤ。


(そうだよね。)


うん。さすが、佐矢原くんだ。いつだったか、利恵ちゃんが「紳士的」って言ってただけのことはあるよね。


(やっぱり佐矢原くんは安心だな。)


なんだかとっても嬉しい。そういう男の子がお友だちだということが、すごく誇らしい。


(でも……。)


自分に魅力が無いって証明されたような気もする。


もちろん、それは自覚していたけれど、具体的に思い知ると、やっぱり少しは悲しい。わたしの中にも、結局は、女の子らしいことに対する憧れはあるみたい。


とは言っても、憧れが現実になったらなったで怖い気がする。ロマンスはわたしには未知のもので、どう対処したら良いのか、まったく見当もつかないから。


(あーあ。複雑だなあ…。)


憧れているけれど怖い。現実は分かっているけれど、憧れずにはいられない。憧れてしまうから、あきらめているつもりでも失望してしまう。複雑だし、こんな自分の気持ちを面倒だとも感じてしまう。


(あ……。)


そこで思い出した。


(でも先輩は……。)


ずっと好きだったと言ってくれた。こんなわたしのことを。


あのとき、とても怖かったのは、どうしたらいいのか分からなかったからだ。


(そうか……。)


怖かったのは、わたしに覚悟ができていなかったからだ。自分には縁が無いからと、<恋をする>ということについて考えたことが無かったから。


(ううん、違う。本当は。)


考えることを避けてきたのだ。考えても空しいだけだから。


憧れても現実にはならないことへの空しさ、悲しさ、淋しさ、敗北感。それらを味わうのが嫌で、目を逸らしてきた。そんなことだから、先輩に何も答えられなかったのだ。わたしが尊敬する、わたしの中では特別な瀬上先輩が、せっかく伝えてくれたのに。


(先輩、すみませんでした。)


感謝の気持ちをちゃんと伝えなくちゃ。尊敬する先輩に好きだと思ってもらえたことは、とても有り難くて、名誉に思っているって。それから、わたしからは同じものを返すことはできないけれど、わたしにとって、瀬上先輩は先輩の中でも特別だってことも。


あのときは驚いて、怖くて、何も言えなかった。どうすればいいのか分からなかった。今まで積み重ねてきた関係が壊れてしまったと思って悲しかった。そうやって黙っていたから、先輩は自分で答を出すしかなかった。


わたしの気持ちを伝えても、もう今までのような関係には戻れないかも知れない。だとしても…、最後ならなおさら、きちんと伝えたい。それが、先輩への恩返しでもあると思う。


(うん。そうしよう。)


――「頑張れよ。」


ふいに、佐矢原くんの声が聞こえた気がした。心の中で「うん。」と答える。


お布団から手を出して、もう一度、佐矢原くんの背中に手を当てたつもりになってみる。


(やっぱりあの背中はいいよねー…。)


思っていたとおり、あったかくて、ほっとする背中だった。すごーく癒される。


(また元気が出ないときに触らせてもらおう。)


もう大丈夫。明日、先輩に話をすることも怖くない。先輩が嫌な顔をしても、絶対につかまえて話をしよう。


「ふふっ。」


強気な自分がなんだか可笑しい。わたしも少しずつ経験を積んで、ちゃんと成長しているのかも知れない。







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