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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
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46  自然科学教室 1


「どれ、見せてみろ。」

「あー、ええと…。」

「ああもう、どんくせぇな。何度もやってんだから覚えろよ。」

「うー、覚えてます! 先輩がせっかち過ぎるんです!」

「いいから早くしろよ。」


(せっかく一緒に来たのになあ……。)


上り坂を歩きながら、後ろから聞こえてくる鈴宮と瀬上先輩の声に、さっきから俺はイライラしっぱなしだ。


「先輩。俺のはどうですか?」


空野が割って入る声も聞こえる。


「どれ? ああ、空野は筋がいいなあ。そうだな、もうちょっとアップにしても良かったんじゃないか?」

「ズームでですか?」

「いや、カメラを寄せてだな――」


空野は瀬上先輩の邪魔をしようと頑張っている。今日はああやってずっと、熱心なカメラマン志望のふりをして二人にくっついているのだ。


(森梨がもうちょっと邪魔してくれると思ったんだけどなあ…。)


足元から顔を上げると、前方に一年男子数人を従えた森梨の後ろ姿が見える。


教室ではほとんどいつも鈴宮と一緒にいるのに、ここに着いてからは一年男子に囲まれっぱなしだ。みんな森梨よりも体が大きいのに、森梨の方がどう見ても強そうだ。まるで大型犬とその飼い主。彼らは森梨のことが大好きで、かまってほしくて片時も離れたくない、という感じ。そのせいで、森梨は鈴宮と一緒にいる時間が無いのだ。


「星空の撮影も楽しみなんですけど。」

「ああ、星は写真よりも目で見る方が感動するけどな。」


空野と先輩の会話はまだ続いている。俺はさり気なく振り向いて鈴宮を見た。


一眼レフの小型カメラを手にした鈴宮が、俺に向かってにっこりした。今日の彼女は赤系のチェックのシャツにポケットがたくさんついたベスト、ブルージーンズに茶色の靴といういでたちだ。薄茶色の帽子と黄緑色の大きなリュックが、いかにも「山に来た」という雰囲気だけど、やっぱりいつものとおり可愛らしい。


「由良ちゃん、ここ、去年も来たの?」


俺が話しかけるより先に、俺の前にいた剛が振り返って尋ねた。


「そうだよ。去年は小雨で寒かったんだよ。今年は晴れてるから景色もきれいだし、歩きやすくていいよね。」


彼女は俺たちと話しながら足を速め、剛と俺は少しだけ止まって彼女を真ん中に入れた。心の中で、空野に謝りながら。


「あ、あの花。ガイドブックに載ってたでしょう?」


鈴宮が立ち止まって指さした。俺たちがその方向に目を向けるあいだに、瀬上先輩と空野が追い付いた。


「空野、あの花の名前、覚えてるか?」

「あ、ええと、ゴゼンタチバナ、かな?」

「お、正解。じゃあ、あそこにいる鳥は?」

「どこですか? ああ…エナガ…ですか?」

「へえ、当たり。しっかり覚えたな。」

「あはは、もう必死ですよ。」


(へえ…。)


俺も空野の努力に感心した。入部動機が不純だったとしても、空野は部員としてやることをちゃんとこなしているのだ。暗記だけじゃなく、カメラおたくの先輩とそこそこ話が通じるくらいカメラのことも覚えたのだろう。


視線を戻すと、隣で鈴宮が下の斜面に向かってカメラを構えていた。道の端で中腰になって腕を伸ばし、小さい花を写そうとしている。俺からは帽子とでかいリュックとカメラを構えた腕しか見えないけれど。


「おい、猫。気を付けろよ。」

「う…ん、大丈夫、ぶ、う…あ?」


黄緑色のリュックがずるりと頭の方へ動いたと思ったら、彼女の腕が不自然に宙を掻く。


「ひあ?!」

「由良ちゃん!」

「鈴宮!」


慌てて彼女のリュックをつかむ。一瞬、斜面側に重さを感じたが、すぐにそれは消えた。反対側では剛も焦った顔で、彼女のお腹のあたりに腕をまわして支えていた。


「うにゃ〜〜〜。びっくり〜〜〜。」


俺と剛に支えられてふらふらと起き上がりながら、とぼけた声を出す鈴宮。


「由良ちゃん、リュックが重いんだから、下向いたら危ないよー。」

「気を付けろって言ったのに。」

「ごめんね〜。ありがとうございました。」


礼を言うために頭を下げると、またしてもリュックがずるりと動いた。


「だから危ないって――」


そのとき、誰かが隣をすり抜けた。と思ったら、瀬上先輩が鈴宮の隣に立っていた。


「まったく、お前は! 部外者に迷惑かけてんじゃねぇよ。」


叱る口調とは裏腹に、鈴宮の頭を優しくコツンと叩く。


「うー、すみませんー…。」


首をすくめて反省した様子で、少し上目づかいに先輩を見る鈴宮。可愛すぎる! そして先輩、ずるすぎる!


瀬上先輩は俺と剛に申し訳なさそうな表情を向けた。


「うちの部員が迷惑かけて悪い。こいつ、本当に要領悪くて。」


そう言ってちらりと鈴宮を見る。すると、鈴宮は少し拗ねた様子で軽く睨んだ。


(なんか……本当に仲良しなんだ…。)


二人の視線だけのやり取りに気持ちが乱れる。それでも、


「いえ、べつに迷惑なんかじゃ。」

「同じクラスだし。」


と、剛と俺は彼女との関係を主張した。けれど。


「こいつは俺がちゃんと面倒見るから。ガイド役は空野がきちんと務めるよ。なあ、空野?」

「え、あ、はい。あ。」


(なんだとーーーーーー!!)


異議はあっても、相手が先輩だと思うと声が出ない。


「ほら行くぞ、鈴宮。」

「あ、はい。」


俺たちが三人そろってぼんやりしている間に、瀬上先輩がずんずん歩き出す。鈴宮は俺たち一人ずつに「ごめんね!」と謝り、急いで先輩のあとを追って行った。


何か言い合いながら、ときおり顔を見合わせる二人の後ろ姿は本当に仲が良さそうだ。やっと剛と俺が彼女を確保したと思ったら、あっという間に取り返されてしまった。


(猫〜〜〜〜〜〜!!)


剛と空野も、きっと同じように、心の中で叫んでいるに違いない。


「あのー……。」


後ろから遠慮がちな声が聞こえた。振り向くと、女の子が3人立っていた。同じバスで来た一年生だ。


「あ、ごめん。邪魔になってるね。」


空野が謝ってから、俺たちに「行こう。」と促した。前に目を向けると、鈴宮と瀬上先輩の姿はもうかなり先だ。


「あのあのっ、先輩って、自然科学部ですか?」


歩き始めた後ろから声がした。


「ああ、うん、そうだけど。」


後ろで空野が答えている。


「あのっ、あそこに咲いてる花って、これですか?」

「え? どれ? ああ…いや、違うよ。この花はもっと小さいんだ。それじゃなくて、こっちの……。」


(空野のヤツ、つかまったな。)


思わずこっそり笑ってしまった。先輩と鈴宮がいなくなった途端に声がかかるなんて、きっと、空野はずっと狙われていたんだろう。たいていの服装なら、空野の格好良さは飛び抜けているのだから。


前にいた剛が振り向いて、空野を見てから俺に肩をすくめてみせた。


「連れて行かれちゃったな。」


歩きながら剛になんとなく言ってみる。


「だな。」


剛もポツリと答えた。


「まあ、先輩で元部長じゃ、仕方ねぇよな。」

「まあな。」


それっきり、しばらく無言で歩いた。後ろからはときどき、空野と女の子たちのやり取りが聞こえていた。


ふと気付くと、細く高い鳥の声が響いている。自然にその声に注意を向けると、突然、周囲の景色が現実味を増したように感じた。


(あれ?)


吹いてくる風。緑の草のあいだに見える紫やピンク。その上を飛び回る蝶。少し遠くの林の下の暗がり――。


今までずっとそこにあったはずのそれらが、急にくっきり鮮やかに見えた。まるで、その存在をいきなり主張し始めたように。圧倒的な存在感で俺を包み込もうとするように。


ここは彼らの場所で、俺はその一部分に足を踏み込ませてもらっているだけなのだと、ぼんやりと気付いた。


(もったいねぇな。)


そんな言葉が、ぽん、と頭に浮かぶ。こんな場所に来てまで、自分の感情や都合だけを考えているなんて、すごくもったいない。


<今>の自分は、今この瞬間にしか存在していなくて、その自分がこの場所をこんなふうに感じるのは今だけなのだ。いつかもう一度来たとしても、そのときの俺は、もう今の俺とは違う。


(そうだよな。せっかく来たんだから。)


この場所を目いっぱい感じて行こう。誘ってくれた鈴宮のためにも。


(……あとで話が盛り上がるかも知れないし。)


植物や鳥の鳴き声の話題で、彼女と楽しく語らう自分が頭に浮かぶ。


(うん、そうだ。)


一気にやる気が湧いてきた。さっそくリュックのポケットを探り、自然科学部特製のガイドブックを引っ張り出す。


(ええと、鳥、鳥、鳥……の、鳴き声……。)


耳に聞こえる鳴き声をカタカナに置き換えながらページをめくる。分からなければ分からないで、宿に着いてから彼女に尋ねるという楽しみもある。とりあえずは、「興味を持った」「調べてみた」という事実が重要だ。


(感心してくれるかも♪)


振り向いた剛が、熱心にガイドブックを見ている俺を気味悪がった。けれど、俺はそんな剛に勝ち誇った微笑みを向けて黙っていた。







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