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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
42/92

42  もしかしたら…


鈴宮からの突然のメールに、期待と警戒が入り混じる。


頭は冷静さを保とうとしているのに、心が言うことをきかない。落ち着かない気持ちが体を動かして、気付いたら部屋の中をぐるぐる回っていた。


(何だろう? どうせ期待してもしょうがないけど…。)


期待できないと思っても、どんなことを言って来たのかやっぱり気になる。せめて親しみのこもった言葉やジョークが織り込まれていたら…。


「兄貴。」


廊下で声がして、カチャッとドアが開いた。慌ててスマホを持った手を後ろにまわしたところで、弟の颯介がドアの隙間から顔を出した。一歳下の颯介は、ほかの学校でラグビー部に入っている。背は俺の方が高いが、颯介はがっちりしていて、体重は同じくらいある。


「母ちゃんが『ドスドスうるさい』って。」

「ん、ああ、悪い。」


注意されるのはいつものことだ。俺や颯介がちょっと動き回っただけで、下の部屋に響くのだ。手をあげて了解の合図をすると、颯介は俺が隠した左手をちらりと見た。


「もしかして、彼女?」


尋ねた口調と表情で、「そんなわけねぇよな」と思っているのがはっきり分かる。それを簡単に認めるのはあまりにも悔しい。


「まあ、ちょっとな。」


得意気な表情を作って言ってやった。どうせ颯介とは学校が違うのだ。でも、はっきりと「そうだ」と言えない事実と自分の正直さが悲しい。


「なんだと?! 見せろ!」

「やだよ。」


入って来ようとした颯介を押し戻そうとして押し合いになった。ドタバタ踏ん張る足音に、下から「うるさいよ!」と母親の声がかかる。やっと押し出してドアを閉めると、颯介はバン! とドアを叩いて「やっぱりウソなんだ〜。」と一言言ってから去って行った。


「うー……。」


手の中のスマホを見つめてみる。


(せめて一言、それらしい言葉があってくれ!)


颯介の登場で、期待が祈りに変わった。でも。


(やっぱり無理だろうなあ…。)


彼女は俺のことを男だと認めていないのだから。


ため息をつきながらメールを開いた。


『こんばんは。急にメールしてごめんね。』


(なんだよ〜。謝るなよ〜。)


文字を見た途端、今までの憂いはきれいさっぱり飛んで行ってしまった。まるで鈴宮が目の前にいるみたいに、文字が声になって聞こえる。つい顔が緩んでしまう。メールくらいで謝るなんて、いかにも彼女らしい。


『ええと、今日、私が空野くんのことを褒めたのは、空野くんが好きだからではありません。空野くんに悪いから、そんなふうに勘違いしないでね。』


(なんだこりゃ?)


空野を褒めたっていうのは、彼女が「格好良い」とか「やさしい」とか言ったことなのだろう。でも、その弁解をするために、わざわざメールを送って来るなんて。


(しかも空野に悪いからって。)


本人があんなに嬉しがっていたのに、まったく気付いていないとは。


『佐矢原くんと修学旅行のグループが一緒でほっとしています。頼りない班長ですが、どうぞよろしくお願いします。 鈴宮由良』


スクロールする必要も無くメールは終わり。でも、思いがけない言葉に心臓がドキッとした。


(え? え? なにこれ? 間違いない?)


自分の目が信じられずに、何度も何度も読み返す。けれど、何度読んでも文章は変わりなく…。


(俺と一緒で嬉しい……?)


早くなった鼓動を抱え、半分ぼんやりしながら宙を見つめてしまう。


書いてあるのは「ほっとして」だ。でも、それはつまり、「良かった」と同じことだ。ほかの男じゃなく、「俺と」一緒になったことが。


(なにこれ〜〜〜〜〜〜っ!)


驚きと喜びのあまりスマホを投げそうになった。その衝動を押さえたら今度は歩き出しそうになり、さっきのことを思い出してベッドに身を投げ出した。ドスンと家が揺れても、一回で終われば親から文句は出ない。


(見間違い…じゃないよな。)


うつ伏せの状態でもう一度確認。文面はやっぱり『一緒でほっとしています』のままだ。


(俺と一緒で? 俺が?)


「一緒でほっと」したということは、「一緒になれたらいいなと思っていた」という前提あってのことだろう。ということは、俺が彼女にとって、ほかの男よりも気に入られてるってことで――。


「そんな!」


思わず声が出た。同時に顔がぽーっと熱くなる。


(恥ずかし〜〜〜!!)


枕に顔を押し付けながら、暴れまわりたい衝動を、足をバタバタさせて発散させる。そうしているうちに、彼女との今までのやり取りが次々と頭に浮かんできた。


ソフトボールの練習で、俺と空野のところに来た日のこと。

「猫」って呼ぶと嬉しそうに笑うこと。

雨宿りをさせてくれたことと下着の洗濯。

夏休みの自然科学教室に誘われたこと。


今まで何度もちらりと思いつつ否定してきたけれど、やっぱり彼女は俺を気にしていて……。


(ん? もしかしたら。)


あの調理実習の日も。


彼女は俺に話しかけるチャンスをうかがっていたのかも知れない。目立たなくて人見知りをする彼女なら、それは大いに有り得る。


(なんだよ〜♪ 可愛いなあ、もう!)


だから、手の大きさを比べようとしたときに、あんなに恥ずかしそうにしたのだ。そして、いい感じに会話が続いたから、その流れで切り方を教えるふりをして俺の手に……。


「きゃ〜〜〜!」


意外と大胆なところがあるのもいい。


体のコンプレックスを話したのも、きっと、俺がどう思うのか気になっていたからだ。


(やっぱり抱き締めてやれば良かった〜。)


この前の北棟での昼休みのことも、彼女は偶然だと言ったけれど、本当は俺を追いかけてきたのかも知れない。二人きりになりたくて。


(俺ってすげぇ鈍感だな…。)


鈴宮はあんなにサインを送ってくれていたのに。おとなしい彼女のことだから、あんなふうに表現するだけで精一杯だったはずだ。そんな彼女に、俺はもっと早く気付いてあげなくちゃいけなかったのに……。


(ごめんな、猫!)


彼女がここまで頑張ってくれたんだから、今度は俺の番だ。明日の朝…。


(いや。今だ。)


ベッドに起き上がり、迷わず彼女に電話をかける。今ならきっと、電話の近くにいるはずだ。


「あ。」


コール音の隙間で、突然、我に返った。教室での会話が耳によみがえる。


―――「あんまり考えたことないんだけど…。」


(そうだった!)


冷静な自分が戻ってくる。同時にすうっと背筋が寒くなる。彼女は誰にも恋をしていないと言っていた。


―――「男の子だけど男の子じゃないっていうか…。」


バッティングセンターで聞いた言葉もよみがえる。俺は男として認識されていなくて……。


(うわ、どうしよう?! 何やってんだ、俺は!)


恥ずかしい勘違いに、今度は汗が噴き出す。電話を切ろうかとおろおろしている間に――。


『はい。鈴宮です。』


普段よりも少しゆっくりした口調が聞こえた。


「あ、あ、ええと、俺。佐矢原。」


スマホを握る手が汗ばんでいる。用事が無くなってしまった今は、ぶつ切りの言葉しか出てこない。


『はい。こんばんは。』


彼女がそっと笑う気配がする。笑ってくれた……と思ったら、少し肩の力が抜けた。彼女に受け入れられているという安心感で。


「ええと、メール。」


とりあえず、電話の原因になったものを話題に出す。まだドキドキしながらメールを急いで思い出す。そして、深呼吸。


『ああ、うん。』

「何だよ、あれ?」

『え?』

「俺、べつに空野のこと、勘違いしてないぜ。」


(よし、その調子。)


落ち着いた声が出たのでほっとする。


『そう?』

「うん。」

『ふふっ、ならいいけど。』


焦りが消えて、入れ替わりに、幸せな気分が体中に広がる。彼女が俺に恋をしていなくても、こうやって会話していることがただただ幸せだ。


「空野がカッコいいのは事実だからな。みんなが褒めるのは無理ないだろ。」

『うーん、そうだよねぇ……。』


数秒の間のあと、鈴宮が「ふふっ」と笑った。


『ねえ、佐矢原くんの特徴って、何だと思う?』

「俺?」

『そう。』


予想外の展開。でも、見た目の特徴なんて、俺には一つしか無い。


「体がでかいことだろ。」

『あたり♪ でも、ちょっと違う。』


楽しそうな鈴宮。抑え込んだ期待がむくむくと膨らむ。鈴宮の俺についての印象って……?


『あのねえ、背中。』

「背中?」


(後ろかぁ。がっかりだー。)


『大きな背中、とっても気になる。』

「へ?」


(男らしいとか…?)


『黒板みたい。』


(なんだー…。)


『何か書きたい。』


(結構嬉しいかも。)


『お馬さんごっことか。』


(せめて「おんぶ」って言ってくれよ。)


『頼りになりそう。』

「おう。何でも言えよ。」


やっと嬉しい言葉が聞けた。


「猫のためなら何でもやってやる。」

『わあ、さすが男の子。』


調子の良い合いの手に思わず笑ってしまった。


「ははっ、男だなんて思ってないくせに。」

『え? そんなことないよ?』

「今さら否定しなくていいよ。気にしてないから。」


本当は気にしてるけど…。


『え、あの? え?』


鈴宮が電話の向こうで慌てている。どうフォローしようかと困っているのかも。


「ホントに――」

『あの、あたし、そんなこと言った?』


忘れられていることが余計にショックだった。


「言ったじゃん。 “男だけど男じゃない” って…。」

『え、それ…、あ、ごめん!』

「うん、別に――」

『あの、違う。意味が。』

「え……?」


うまく説明しようとする鈴宮の「ええと」という声が聞こえる。そして。


『あのね、佐矢原くんは男の子だけど、違うってこと。』


真面目な声がする。


「違う?」

『うん。ほかの男の子と。』


ちゃんと<男>で、ほかの男と違う……?


(それは……。それは……。)


期待に胸が震えた。


(俺は、特別……って、こと?)


「ああ…そうか。」


心の深いところから言葉が湧いてくる。勇気を出して、それを口に出した。


「俺も……、鈴宮は、普通の女子とは違うよ。」

『ほんと? ああ、猫だもんね。うふふ。』


(そうだよ。俺にとって、特別の、ただ一人の。)


最後に彼女が剛にもメールをした方がいいだろうかと尋ねたので、「あの話の流れで勘違いするはずがない。」と言っておいた。


「今度…電話してもいいか?」


ガラにもなく控えめな口調になった俺に、彼女は明るく『もちろん、どうぞ。』と答えてくれた。


電話を切ってから、ベッドに座ったままぼんやりと考えた。


(もしかしたら……。)


彼女は恋をしていない。それはきっと本当なんだろう。でも。


(もしかしたら……。)


そう。本当に「もしかしたら」だけど。



―――芽が出ているのかも知れない。



本人が気付かないくらい小さいけれど。


これから伸びて、葉を広げて、花を咲かせる小さな芽が。


そんなことを思ったら、ふんわりとやさしい空気に包まれている気がした。目を閉じるとすぐそばに彼女がいて……、そっと肩を寄せ合った。







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