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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
41/92

41  憂い


(やっぱり見た目で負けてるよなあ……。)


風呂から上がったところで、洗面所の鏡に自分を映しながら思った。


(男らしさなら負けないと思うんだけど…。)


背の高さや胸の厚み、肩幅なんかを比べたら、たいていの男子生徒には負けない自信がある。けれど、それが鈴宮の評価の中でどれくらいの価値があるのかというと……分からない。


(空野のこと、「格好良い」って言ってたもんなー。)


顔ではやっぱり空野には勝てない。あの爽やかで賢そうな、すっきりとした顔立ちは、俺が今さら何をしようが、比べるだけ無駄というものだ。たぶん、脚の長さも。


(猫は空野の方が気に入ってるのかなあ…。)


俺よりも空野の方が、彼女と一緒にいる時間が長いのは間違いない。朝と席だけじゃなく、今では部活と帰り道も一緒にいられるのだから。


(一緒にいる時間が長い方が、間違いなく有利だよなあ…。)


彼女は「いつの間にか好きになる」と言っていた。だとしたら、長く一緒にいるのは重要なポイントだ。汰白と森梨もそう言っていた。


(まあ、修学旅行は同じグループになれたけどさ…。)


寝間着代わりのTシャツと短パンを着て、タオルを首に掛ける。台所で牛乳を飲みながら、今日のLHRのことを思い返してみた。


(空野って、たまに思い切ったことするよなあ。)


自分の部屋へと階段を上りながら、ちょっと感心してしまう。


(まさか、本気でやるとは思わなかった。)


あんな大胆なことをして、平気でいるのだからたいしたものだ。その割に、鈴宮に褒められて真っ赤になっていたところは相変わらずだけど。


俺が感心しているのは、修学旅行のグループ決めのことだ。


修学旅行委員の空野は、もちろん、事前に今日のグループ決めのことは知っていた。どんな方法でやるのかを決めるのも、修学旅行委員の仕事のうちだった。


グループ決めの話が流れてきたとき、俺は、空野はいつもクラスで一緒にいるメンバーと組むものだと思っていた。俺は剛ともう一人、中込や河西あたりかな、と。


けれど剛が、それは危険だと言い出した。鈴宮が誰と同じグループになるか分からないからだ。


俺たちと一緒なら、俺たちが見張る……まあ、見張りつつ彼女と楽しく過ごせるから問題は無い。それが俺たちにとってはベストな状態だ。でも、空野と同じになったら、俺たちはハラハラしながら離れているしかない。さらに、三人とも別となると、あの無邪気で無防備な鈴宮に何が起こるか不安でしょうがない。


それは空野にしても同じことだった。


俺たちは額を寄せ合って、あれこれと可能性を考えた。


3人がバラバラになれば、誰かが彼女と一緒になれる確率は上がる。そうすれば、彼女をほかの男から守れる確率も高くなる。けれど、一緒になれた場合となれない場合の幸せ度の落差に、お互いに納得できなかった。しかも、結局全員がダメ、という結果もあるわけで。


最終的に、空野が思い切った案をひねり出した。運を天に任せるのはやめて、俺たちは三人で一チームを作り、男子と女子を組み合わせるくじ引きで、ずるをするのだ。


スポーツの世界に身を置いている剛と俺は、不正行為には抵抗がある。その案にも最初はうなずけなかった。


すると空野は、「じゃあ、俺が一人で由良ちゃんと同じグループになるからいいよ」と言い出した。もうすでに<ずるをする>というプランがあるのだから、おそらくその可能性は100パーセントだ。そう言われたら、俺たちも「乗らない」とは言えない。


「まあ、勝負ごとじゃないんだし。」

「だよな。鈴宮を守るためなんだから。」


というのが、剛と俺の結論だった。


(まさか汰白まで一緒になるとは思わなかったけど…。)


汰白が彼女と同じグループになったことも意外だった。普段、汰白が一緒にいるのは森梨と鈴宮ではなかったから。


まあ、人数の都合もあったのかも知れない。それに、前に汰白は鈴宮のことを「守ってあげたい」と言っていた。それを今でも続けているのかも知れない。だとしたら、汰白が同じグループにいるのは、俺たちにとってプラスなのかマイナスなのか?


(あの感じだと、邪魔するつもりは無さそうだけど…。)


そもそも空野と剛は汰白の基準では合格だったのだ。俺は<危険度ゼロ>なのだから、害は無いとみなされているのだろう。


(だとしても。)


普通以上に鈴宮に近付こうとしたら、止められる可能性はある。つまり、俺たちはお互いに見張っているだけじゃなく、汰白という見張りが増えたということだ。


(まあ、仕方ないな。)


俺たちの目の届かない場所もあるわけだから、女子の見張りがついているのは心強い。


それにしても、汰白と仲良くなりたかったときにはなかなかチャンスが無かったのに、気持ちが逸れた今になって、こんなことになるのだから皮肉なものだ。


グループが決まったとき、俺たちはクラスの男の半数から、羨望と嫉妬の眼差しを向けられた。なのに、俺たちは3人とも鈴宮狙いで、汰白はどうでもいいのだから、なんだか変な感じだ。


ちなみに、空野のイカサマはひどく単純だった。くじを引きに行った森梨と剛に、さり気なく同じ番号の紙切れを渡したのだ。そんなことを眉ひとつ動かさずに実行できるのは、俺たちの中では空野だけだろう。


(だけど……。)


思いはまた鈴宮のことに向かう。


(猫は空野のことをどう思ってるのかなあ…。)


行き着くところはやっぱりそこだ。


少し前に正式に自然科学部に入部した空野は、今では週の半分は鈴宮と一緒に帰っているはずだ。一応、ほかの部員も一緒だろうから、二人きりで帰っているわけじゃない。でも、3年生が引退した今は瀬上先輩がいないし、空野と鈴宮の家は本当にすぐそばだ。当然、さいごは二人きりだし、そうなれば、ちょっとした寄り道をするのは簡単なことだ。で、そのあと家まで送ったりとか――。


(うらやましいなあ……。)


俺はあの雨の日以外、帰りに鈴宮たちに会ったことがない。部活の終了時間がずれているのだろう。


(二人で一緒に帰るって、楽しそうだよな…。)


夕方のサイクリングコースを走りながら、俺の言葉にくすくす笑う鈴宮。俺は少し大人っぽい表情で微笑んで、そんな彼女を見守りながら、落ち着いた声で話をする。


(すっげぇお似合いじゃん、俺たち!)


周りに知り合いがいても、俺たちの仲の良さにみんな遠慮して、近付いて来なくて。たまに勇気を出して追い越して行く誰かに「またな。」と俺が声をかけると、相手の方が慌てたりして。


(へっへー♪ うらやましいだろ!)


別れる場所が近付くと、彼女がちょっと黙ってしまう。もっと一緒にいたいのに、それを口に出せなくて。


少し淋しそうな、訴えかけるような、それでも笑顔を見せる鈴宮。その表情の意味に気付いた俺が「家まで送るよ。」と言うと、花びらがほころぶように笑顔になって――。


(いいよなーっ!!)


こんなに簡単に想像できるってことは、こうなる可能性が高いってことなんじゃないだろうか。今までの鈴宮の態度を思い出してみても、今の想像にはまったく違和感が無い。一緒にいたいのに口に出せないなんて、いかにも鈴宮っぽい。恋愛関係のことには慣れていない彼女のことだから本当に……まあ、俺もだけど。明日にでも二人で帰れたら、きっとこんなふうに――。


(って言うかさあ!)


心地良い想像を現実が吹き飛ばす。


(最近、二人きりで話なんかしてないよ!)


教室では、彼女はいつも女子同士で固まっていて、ゆっくり話すチャンスなんて無い。俺も、部活の大会が近付いている今は、土日も練習で忙しい。ベンチ入りするプレッシャーで自主練もしているから、夜は疲れて早く寝てしまう。睡眠時間を確保するために、昼休みに宿題をやったりしているし。


(ああ、二人で話したいよー!)


もうずっと、彼女の記憶に残るようなことが何もできていない。


(今日だって…。)


彼女が話題にしたのは空野のことだけだ。頬を赤くして、「格好良い」って。


首まで赤くなっていたのは空野だったけれど、鈴宮も頬に赤みが差して、可愛らしかった。みんなに注目されて、焦ってうまく話せなくなったところなんか、いかにも彼女っぽくて。


(あーあ。)


とりあえず、彼女がまだ誰のことも好きじゃないってことだけでも「良かった」と思わなくちゃ。あの様子だと、もしかしたら初恋もまだなんじゃないかと考えたくなるけど――。


(あれ?)


スマホに着信。メールだ。


(え?!)


表示されている名前は『鈴宮由良=^_^=』。彼女からメールが来るのは初めてだ。


(なんで……?)


心臓が勢いを増した。







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