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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第一章 はじまり
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04  由良 ◇ 背中の大きなひと

今回は由良です。これからもときどき登場します。


「みゃー子〜、見ちゃったよ〜♪」


調理室から帰る途中、森梨利恵ちゃんが意味ありげな笑いを向けて来た。「みゃー子」というのは、苗字の「鈴宮」の「宮」から変化したニックネームだ。小学生のときについたこの呼び名は、中学でも高校でも、必ず誰かしらによって伝わってきた。わたしとしては、嫌いなわけではないけれど、そろそろほかの女の子たちのようにファーストネームで呼び捨てとか、大人っぽい呼ばれ方をしてみたい。


「何を?」


意味がわからずに問い返すと、利恵ちゃんが体を寄せてくる。長いおさげ髪がわたしのうでをくすぐる。


「佐矢原くんと仲良くしてたじゃん?」

「え?」

「手なんか合わせちゃって。」

「あ。」


ぽわんと頬が熱くなった。


「やだなあ、違うよ。あれはそんな意味は無かったんだよ。」


笑って否定しながらも、胸がどきどきしてしまう。それを隠したくて、抱えていたエプロンをぎゅっと胸に押し当てた。だって、あれは佐矢原くんには普通の行動だって、あのときの表情が言っていた。男の子に触ったことなんて無かったわたしが勝手に驚いただけのことで。


「そうかも知れないけどさ〜。」

「……。」


くすくす笑う利恵ちゃんに言い返すのは諦める。入学以来クラスも部活も一緒の利恵ちゃんのことは良く分かっている。わたしがムキになればなるほど、いつまでもからかうのだ。


そっとため息をつきながら、調理室での出来事を思い返してみる。


(聞こえないと思ったんだけどな……。)


佐矢原くんの後ろでつぶやいた声は、囁き声よりも小さかったはず。ほぼ口の中だけで言ったつもりだった。なのに聞こえていたなんて。もしかしたら、たまたま周りの音の合い間に飛び込んだのかも知れない。


振り向いた佐矢原くんに驚いて、ぼんやりと顔を見てしまった。まるで観察するみたいに。ちゃんと顔を見るのは初めてだったから。日に焼けて真っ黒で、くっきりした眉の下の大きくて二重の目が印象的だった。鼻は細くて口は……よく覚えていないけど、あとでニヤッと笑った顔にはほっとしたな。ちょっと人懐っこい雰囲気で。


「ねえ、何を話してたの?」

「ああ、包丁の使い方。」

「なーんだ。」

「ごぼうを切ろうとしてたんだけど、ものすごく怖かったんだよ。」


あのときの佐矢原くんの手元を思い出して、思わずゾクリとする。


わたしには、ケガをする場面をリアルに想像してしまう癖がある。料理のときは、指を切って血が出るシーンや、揚げ物の途中でフライパンをひっくり返してしまうシーンが頭の中に常につきまとう。そのたびに架空の痛みも感じて、とても怖いのだ。あのときは、それが今にも目の前で現実になりそうな状況に思わずつぶやきがもれてしまった。そのあとも、包丁の安全な使い方をアドバイスせずにはいられなかった。


「ふふっ、まあ、みゃー子じゃそんなところだよね。」

「そうだよ。」


そう。わたしが男の子と特別な関係になるなんて考えられない。今まで男の子にそういう対象として見られたことはないし、たぶんそもそも視界にも入っていない。


わたしは中学生のころからいつも、「あ、いたの?」と思われるような存在だ。物理的に<小さい>ということもある。もちろん、女子としての魅力に乏しいということも間違いない。でもそれだけじゃなくて、わたしの性格のせいでもある。あまり上手く会話の波に乗れないわたしは、自分の意見を言うのが面倒で、黙っていることが多いのだ。1対1なら話はするけれど、学校という集団の中では、わたしが何も言わなくても、ものごとはちゃんと進んでいく。


そんな状態が何年も当たり前になっているから、男の子に――あまり親しくない女の子にも――話しかけられるとびっくりしてしまう。わたしの存在に気付いた、というその事実に。それに関しては、利恵ちゃんだってよく分かっているのだ。


「ちょっとお似合いかな、って思ったのに。」


残念そうに利恵ちゃんが言う。


「佐矢原くんと? あはは、大きさが違い過ぎ!」

「それも面白いと思うけど。でも、やっぱり佐矢原くんも聡美かなー…。」

「ああ、うん、そうじゃない?」


佐矢原くんと聡美が並んで食器を片付けていたところを思い出す。二人とも当たり前のように笑顔でおしゃべりしていた。佐矢原くんは、わたしと話していたときよりも、ずっと楽しそうだった。


(ああいうのって、いいよねえ…。)


羨ましいというのとはちょっと違う。もちろん、少しはそれもあるけれど。でも、わたしは男子と女子が楽しそうにしているところを見るのが好き。そこに存在するのが片想いでも、両想いでも。もしかしたら友情でも? 見ていると心の中がほっこりする。憧れ…なのかな、やっぱり。わたしには絶対にやってこないシチュエーションだけれど。


「聡美は綺麗だし、性格もいいもんねー。」

「うん、そうだよね。」


少し前を歩いている聡美とその周囲のクラスメイトたち。楽しそうに笑いさざめくその一団は、わたしとは違う世界の人々に見える。白いワイシャツも紺とグレーのチェックのスカートも、ニットのベストも紺色のソックスも上履きも、わたしと同じ。なのに、表情も歩き方も笑い声も、そもそもその存在自体がわたしとはまったく違う。わたしが近寄れないような強い光を放っているように感じる。


(まあ、仕方ないけど。)


羨ましくないわけじゃない。でも、わたしはわたし、それでいい。友達がいて、将来の目標があって、それなりに高校生活を楽しんでいる。目立たないことは、今ではそれほど気にならない。この学校は全体的にのんびりしていて、中学のころにくらべて攻撃的な性格の人があまりいないから。生徒同士、お互いの許容範囲が広いというのだろうか。すこしくらいズレていても、その部分はスルーして受け入れてくれる雰囲気があるのだ。


「でも、利恵ちゃんだって、最近人気あるじゃん。」

「うちの1年男子? 何だろうね、あの集団は? あははは!」


否定せずに笑う利恵ちゃんを見ながら、気持ちがいいな、と思う。


わたしたちが所属している自然科学部の1年生の男の子たちに、利恵ちゃんは絶大な人気を誇っている。4月に彼らが入部した直後、実験機材のそばでふざけているのを利恵ちゃんが厳しく注意してから、利恵ちゃんは彼らの憧れの人だ。褒めてほしかったり、叱ってほしかったり、とにかく甘えたくて利恵ちゃんの周りにやってくる。そしてそれを、わたしは微笑ましく思いながら見ている。


(そういえば、あの不安そうな顔。)


心の中で、思わずふふ、と笑った。


包丁の使い方をアドバイスしたあと、佐矢原くんは何度か助けを求めるようにわたしに目を向けた。男の子に頼られるなんて思ってもみなかったから、そのたびに驚いてしまった。


(しかも、あんなに大きい人なのにね。ふふ。)


そう。手の大きさを比べなくても、佐矢原くんが大きいということはもちろん知っていた。進級初日から。あの大きな背中で。


2年生になった日、始業式に行くために廊下に並んだとき、わたしの目の前に立ちはだかっていたのが佐矢原くんの背中だった。背が高いだけじゃなく、肩幅も広い佐矢原くんの学生服の背中は、まるで黒い壁。肩の位置がわたしの頭よりも高いのだ。後ろに立ったわたしの視界はほぼ真っ黒。そんなことは初めてで、とても面白い気がした。そのうえ、後ろにいる空野くんもすらりと背が高くて、もともと知り合いだったらしい二人がわたしの頭越しに話を始めたときは、そんな状況に陥っている自分が可笑しくて、笑いをこらえるのが大変だった。


あれから、わたしの頭の中では「佐矢原くん」という名前は「大きな背中のひと」に変換されている。


(でも……。)


今日からはもっといろんなことを思い出しそう。顔はもちろんのこと、あぶなっかしい包丁さばきとか、ちょっとだけ交わした言葉とか、手の大きさを比べたこととか。


(この手……。)


利恵ちゃんに気付かれないように、そっと右手を握ってしまう。


比べるために手をこちらに向けられたとき、本当にびっくりした。恥ずかしかったけれど、あそこで恥ずかしがらないことが普通の女子の反応なのだと気が付いて、急いで取り繕った。でも、やっぱり恥ずかしかった。そして、あったかかった。それと……、わたしを普通の女の子と同じように扱ってくれたことが、嬉しかったな…。


「今日のLHRって、何やるんだっけ?」


教室に入ったところで誰かの声がした。それに答えて「球技大会のチーム決めだよ〜。」という声が。


(球技大会……。)


一瞬、「あーあ。」と思う。けれどすぐに、「大丈夫。どうせ補欠だし!」と復活。


(今年もソフトボールで行こう!)


万が一、試合に出なくちゃならなくなっても、みっともない姿をさらす時間が少ないのは、何と言ってもソフトボールだ。じゃんけんになっても絶対に負けないようにしなくちゃ!








第一章「はじまり」はここまでです。

次から第二章「球技大会」に入ります。

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