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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第四章 二人の距離
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37  久しぶりの空野家

第四章「二人の距離」です。


週末に誘われた空野の部屋で、リラックスして胡坐をかいた空野が爽やかな笑顔で言った。


「じゃあ、今までのこと全部話してもらおうかな。」


予想していなかった言葉にグラスに伸ばしかけた手が止まる。


「え……?」

「そうだぞ、直樹。俺だって今日まで待ってやったんだから、しっかり白状しろよ。」


空野の隣で出してもらったコーラを飲みながら、剛が怖い顔で言った。二人の顔を見比べて、これは冗談ではないのだと悟った。


(こういうことだったのか……。)


俺は小さくため息をついて、降参することを態度で示した。それでもどこかに言い訳を探して、俺は時間稼ぎのために自分のコップを手に取った。何を話し、何を黙っているかと考えながら二人の様子をうかがうと、やっぱり適当なごまかしなど簡単には信じないという顔をしている。


内緒で鈴宮に近付こうとしたことがバレたあと、二人はもうそのことで俺を責めなかった。むしろそれまでよりも一緒にいることが増えて、俺は二人が俺に気を使ってくれているのだと思っていた。空野が剛と俺を「母親が楽しみにしているから」と言って家に誘ってくれたときは、友達の証として誘ってくれたのだと有り難く思った。


けれど、そうじゃなかったのだ。俺がやったことをじっくり問い詰めるために、休日に家に呼んだのだ。今週やたらと俺のそばにいたのも、実際は見張られていのだろう。


「ええと…、何から……?」


自分のお人好し加減にあきれながら空野と剛に尋ねると、剛が「あ〜、ハイハイ!」と勢い良く手を挙げた。


「由良ちゃん()に行ったんだろ?! そのことを話せ!」


つかみかかりそうな勢いで剛が身を乗り出す。その肩を空野が笑いながら引き留めた。


「ああ…あれ……?」


俺にとって忘れたい部分がある話だ。あの部分を抜かして、うまく話せるだろうか…。


「この前、空野から聞くまで俺は知らなかったんだぞ! 由良ちゃんの家を探すときは一緒に行ったのに、なんでそのあとは自分ひとりで行ってんだよ?! 俺にも知らせろよ!」

「いや、でも、あれは偶然で…。」

「剛、ちょっと落ち着いて。」


空野が俺と剛の間に割って入り、相変わらずさわやかな笑顔を俺に向ける。


「俺もあのときは詳しく聞かなかったから知りたいな。その<偶然>が起こったところから全部。」

「全部……?」

「そう。何時ごろ由良ちゃんに会って、由良ちゃんの家で何があって、何時ごろ帰ったのか。」

「え、何時……ごろ?」


思わず視線がさまよってしまった。鈴宮の家にいたのはどのくらいだっただろう? シャワーを借りた話を省いても、時間的に言い訳が立つだろうか?


空野か剛がこの話を鈴宮に直接確認したら、俺のウソがばれてしまう。でも、空野が今日まで彼女に何も尋ねていない様子からすると、今後もそんなことをするつもりは無いのだろう。考えてみると、自分の好きな女の子にほかの男と何があったかを尋ねるのは、いろいろな点で勇気が要るような気がする。


「ええと…。」


頭の中であの日のことを思い返しながら、ざっと時間の辻褄を合わせてみる。


(うん、どうにかなるかな。)


軽く咳払いをして、俺は雨に降られたところから話を始めた。




「まったく図々しいヤツだな。」


雨が降り始め、鈴宮が迎えに来てくれたところから、玄関で体を拭き、電話を借りて自宅に連絡を入れ、手作りのスープを出してもらっておばさんの帰りを待った――という話が終わったとき、剛が渋い顔で言った。


「ええと、でも、あんなにひどい雷だったし…。」

「雨が降りそうだって分かったはずだぞ。しかも、由良ちゃんの家の方向は遠回りだろうが。」

「ああ、まあ、それは……そうなんだよな。」


そこはどうしても言い逃れできない。空野の家だって近かったわけだし、そもそも俺の中に鈴宮に会いたいという気持ちがあったのは間違いないのだから。


「俺はさ、やっぱり納得できない。」


空野がきっぱりと言った。


「もっと何かあるんじゃないのか?」

「え?」


思わず鋭く反応してしっまった。


「だって直樹、今の話くらいだったら、最初から俺に全部話したっていいじゃないか。なのに俺が訊いたとき、あんなに端折った話をしたのは変だ。」

「え、あ、あれは、今、剛が指摘したとおり――」

「後ろめたいから? まあ、それも一つの答えなんだろうけど。」

「だよ、な?」

「でも変だ。」


そう言って考え込んでしまった空野に不安になる。剛は空野の話を聞いて、再び俺に疑いの目を向けた。


「何か隠してるなら――」

「直樹、服はどうしたんだよ?」


剛の言葉を遮って、空野がまっすぐに俺を見て言った。


「ふくっ?!」


思わず声が裏返った。そんな俺の反応に、剛も少し驚いた顔をした。


「そうだよ。直樹はびしょ濡れだったんだろ? そのまま玄関に座ってたのか?」

「いや、だから、鈴宮がタオルを貸してくれて――」

「拭いたにしても、冷たいだろ? おばさんが帰るまでどのくらいかかるか分からないのに、由良ちゃんが冷たい服を着せたまま放っておくとは思えないけど。」


何て鋭い指摘だろう! 鈴宮の性格まで考えて推理するとは!


「あ、ええと、絞ったんだ。」

「どうやって?」


畳みかけるような質問にますます焦ってしまう。


「ああ、そうだな、あの、脱いで、玄関の外で、ジャーっと。」


身振りで絞る真似をすると、剛が信じられないという顔をする。


「脱いだのか、お前?! 由良ちゃんの前で?!」

「いや、違う……って言うか、あの、バスタオル借りてたし――」

「下は?」

「……は?」


空野の更なる質問に答える時間を稼ぐため、訊き返す。


「トレパンだって濡れてたよな? 下着までびっしょりだったって、さっき自分で言っただろ?」


(言わなきゃ良かった……。)


それは事実だったし、鈴宮に助けてもらった理由を強調するために、確かにそう言った。


「それも脱いで絞ったの? 玄関の外に出て。」


空野が続けた言葉に、剛が「信じられない!」という顔で俺を見た。


「い、いや、さすがにそれは…。」

「じゃあ、どうしたんだよ?」

「ええと、濡れたまま……。」

「ウソだね、その態度は。」


あっけなく見破られた。


言い訳を考えて二人から注意が逸れた隙に、剛がサッと立ち上がった。「あ。」と思った瞬間には、背中にのしかかった剛が腕を首に巻き付けていた。


「ぐ……。」

「正直に言え、この野郎。」


頭の後ろで声がする。


「苦し…やめろ…。」


助けを求めて空野を見ると、空野はニヤニヤ笑っているだけ。助けるつもりは無いらしい。俺の後ろで剛が腕に力を込めた。


「ちゃんと言わないと、直樹が由良ちゃんを好きだって、学校中に落書きするぞ。」

「う?」

「えぇ?! あはははは!」


(笑い事じゃないぞ、空野!)


苦しい思考の中で剛の脅しが目に浮かんでくる。


小学生並みの脅しだからこそ、余計に現実味があって怖い。教室や廊下、昇降口に部室、トイレ。どこに行っても『佐矢原直樹は鈴宮由良が好きだ!』なんて黒いペンで書いてあったら、普段目に入る分、ネットで流されるよりもダメージが大きい気がする。学校中が俺の好きな相手を知っているなんてあまりにも恥ずかしくて、トイレの個室にでも閉じこもるしかないじゃないか!


「わ、かった…、話す、から…。」


巻き付いた剛の腕をたたいて降参すると、すぐに腕は離れて行った。剛が元の場所に落ち着くのを見ながら呼吸を整える。そして、やっぱり何とか洗濯の話だけはしないで済むようにと策を練る。


「ええと……。」


ちらりと二人を見ると、また怖い顔をしていた。やっぱり新しい情報を出さないと納得しないようだ。


「鈴宮には『言わない』って言っちゃったんだけど……。」


一応、言い訳をしてみる。


「大丈夫。俺たちからほかに漏れることはないから。」

「うん。それは保証する。」


(だよな……。)


確かにこの二人から外に漏れることはないだろう。ここまで来たらギリギリまで話すしかない。覚悟を決めて、息を吸う。


「…風呂を借りました。」


口に出すとあのときの状況が体によみがえって、思わず下を向いてしまった。確かにシャワーは気持ちが良かったけれど、他人の家で裸になったことや鈴宮に見られたかも知れないことを思うと、今でも恥ずかしさがぶり返してくる。なんとなく腰のあたりがスースーするような気がするし。


しばらく下を向いたまま、いろいろな思いを噛みしめていた。そのうちふと、部屋が静かなことに気付いた。空野と剛に何を言われるかと覚悟していたのに、しばらくたっても何も反応が無い。


(……?)


恐る恐る顔を上げると、二人はぼんやりと俺を見ていた。けれど、目が合った途端、二人が乗り出してしゃべりだした。


「風呂って…風呂って…由良ちゃん家でか?」

「いや、別にのんびり風呂に入ったわけじゃなくてシャワーを――」

「さっき、『おばさんが帰ってくるまで待ってた』って言ったよな?!」

「由良ちゃんが一人の家で裸になったってことだよな?!」

「お前、ちゃんと風呂場の中にいたんだろうな?」


次々と繰り出される質問に圧倒される。


「まさか、『一緒に入ろうぜ』なんて――」

「んなこと言うか! だいたい俺、何もしてないし!」


むしろ、裸を見られそうになったのは俺の方なのだ!


「何もしてないって、裸になったんだろうが!」

「しかも、由良ちゃんが一人で留守番をしている家で!」

「だけど、それは鈴宮がどうしてもって言うから。」

「断れよ、そんなの!」

「断ったよ、最初は。」

「じゃあ逃げ出せばよかっただろ!」


(ああ……。)


めちゃくちゃな論理にため息が出た。こんなふうに言われるんじゃないかと思ってはいたけれど。


俺が反論をやめると、空野と剛も顔を見合わせてため息をついた。終わってしまったことを今さら責めても仕方ないと気付いてくれたんだといいのだけど。


「……で? あとは?」


恨めしそうな二人の視線を受け止めて、どうにか話をつなぐことにする。


「ええと、ついでに風呂場で自分の服を絞って、着て、あとはずっと玄関にいた。それはウソじゃない。家に入ったのは風呂場を借りたときだけ。」


このあたりで信用してほしい。鈴宮が俺の下着を洗ったなんて、彼女のためにも言わない方がいいと思うから。


「手が空いたわよ〜。一人いらっしゃ〜い。」


階段の下から明るい声が聞こえた。空野のおばさんがお客が途切れたので呼んでくれたのだ。


「俺、行ってくる! はーい!」


階段に向かって元気に返事をし、二人の方を見ないまま急いで階段を下りた。


(どうかこのまま信じてくれますように!)


祈った甲斐があったらしく、俺が戻っても、この話はそれ以上追及されなかった。けれど、俺は危険人物とみなされて、さらに厳重な監視下に置かれると話が決まっていた。


「危険人物って……。」

「当然だろ? 見張ってないと、どこまで暴走するか分からないもんな?」

「そうだそうだ〜♪」


女子には――鈴宮にもほぼ間違いなく――<危険度ゼロ>と思われているのに、男にはこういう扱いを受けるなんて納得いかない。それとも、男にだけでも危険人物扱いされる方がマシだろうか?







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