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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
36/92

36  ごめん…。


「俺…も、鈴宮のことを好きになった。」


屋上に出るドアの前で、空野と剛に告げる。大きく息を吸って…。


「二人に言わなくちゃと思っていたけど言えなくて…、時間がたってしまった。」


もう一度息を吸って。


「空野と剛には悪いと思ってた。」


深呼吸のつもりがため息になる。そのまま視線が下がってしまった。


「そうしたら先週、俺……自分が負けてるって気が付いて、焦って……」

「負けてる? 俺たちに?」

「剛。」


口をはさんだ剛を空野が制した。


「挽回しなくちゃって思って……誘った。」

「『さそった』、ね。」


空野が俺の言葉を繰り返した。


「きのう、バッティングセンターから電話して……、」

「どんな話をしたんだよ?」


畳みかけるような質問。


「別に…何も。それらしいことは全然。」


言いたい気持ちに駆られたけれど、無理だと気付いたのだから。


疑いの目を向ける二人に悲しい気持ちになって、信じてほしくて言葉を続けた。


「本当だよ。そんな雰囲気にはならなかったんだ。ただ遊んで、ちょっと話しただけなんだ。長い時間じゃなかったし。」

「ふうん。」


興味無さそうに空野が言った。それを剛がちらりと見た。そんな二人の反応に悲しくなった。


「で、今はどう思ってるわけ?」


腕組みをした空野が問いかける。すらりとした体型とメタルフレームのメガネに整った顔が、冷たく俺を突き放す。


「俺…、あの……」


俺の決意を伝えなくちゃ、と思ったら、いきなりドキドキしてきてしまった。


うまく伝わらないかも知れない。伝わっても許してもらえないかも知れない。それを考えたら、鼻の奥がつんとした。でも、言わなければ始まらない。


「空野と剛には、本当に悪いことをしたと思ってる。自分が卑怯なことをしたって分かってる。本当にごめん。」

「由良ちゃんのことは?」


空野の容赦のない声が狭い空間に響く。空野は許してはくれないのだ。俺は覚悟を決めて空野を見た。


「あきらめ…る、よ。」

「直樹。」


剛が思わず、というように俺の名を呼んだ。


「午前中、ずっと考えてたんだ。俺、お前たちに許してもらえないまま鈴宮と仲良くなっても嬉しくない。お前たちをだましたって思いながら……自分が卑怯なことをしたって思いながら、鈴宮のそばにはいられない。自分の気持ちは簡単には変えられないけど…。」


とりあえず、思っていたことは全部言えた気がした。少しだけほっとして二人から視線を逸らす。けれど、ここでは壁際のほこりくらいしか見るものが無くて、またすぐに二人に視線を戻すしかなかった。


二人は顔を見合わせていたが、俺の視線に気付くと、剛が俺の方に向き直った。


「まったく、うっとうしいんだよ。」


面倒くさそうに言われた言葉が突き刺さる。やっぱり許されないのだと思うと悲しくて、下を向かずにいられなかった。


「でっけぇ体で朝からどんよりしてよぉ。梅雨の雨雲かよ? こっちまで暗くてしょうがねえよ。」

「ごめん……。」


すーっと体温が下がるような気がした。それなのに、鼓動だけは激しくて。


「それに何だよ、由良ちゃんをあきらめるって。直樹があきらめるかどうかなんて、俺たちに関係あると思ってんのか? そんなに自信あるのかよ? 馬鹿にすんな。」


そう指摘されると、確かに嫌味だったかも知れない。でも、そんなつもりで言ったのではなかった。


「それは」


誤解されたくなくて顔を上げた。すると。


(あ、れ……?)


目の前の空野と剛は……ニヤニヤ笑っていた。


「あ…の……」


言うべき言葉が浮かんでこない。ただ口をパクパクさせていたら……二人が「プ―――――ッ」と吹き出した。


「あっはははは! 空野、上手過ぎ! 俺も怖かったぞ。」

「だって直樹はいつまでも本音言わないし。それにいつも上から目線でさあ。これくらい脅かして丁度いいだろ?」

「そうかも知れないけど。ははははは!」


(脅かして……?)


笑い続ける二人。ただ驚いている自分。


(じゃあ、今までのは…芝居なのか……?)


信じられない。でも、二人は楽しそうに笑っている。


「なん…で……。」


緊張が解ける。驚きを鎮めるために深呼吸をしたら、息を吐くのと同時に脚の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。それに気付いた二人が、笑いを止めて俺の前に並んでしゃがんだ。


「俺たちが気が付いてないと思ってたの?」


ニヤニヤしながら空野が言った。からかうようなその表情にはいたわりも感じられて、俺は一気に安堵感に包まれた。


「いつ…から…?」


腹に力が入らず、言葉が途切れがちになる。


「いつかなあ?」


空野と剛が顔を見合わせる。


「ソフトボールの練習のころも、ときどき『あれ?』って思うこともあったけど……。」


(そんなころから?)


意外に見られていたことに驚いた。


「でも、あのころは本気で俺たちに協力してくれてたみたいだから、違うって思ってた。」

「うん、俺も。」


空野の言葉に剛が同意する。


それを聞いてほっとした。あのころはちゃんと、二人の気持ちの方が優先だった。それを信じていてくれたことが嬉しい。


「俺はあれだな、直樹が『猫』とか言い始めたとき。」


剛が言う。


「なんかさ、自分だけ特別感出しちゃって。そのわりに積極的に由良ちゃんに絡むわけじゃないところが、逆に怪しかったな。」


今度は空野が「わかる。」とうなずく。自分の気持ちがこんなふうに見透かされていたのかと思うと情けない。


「でも、俺が間違いないと思ったのは、直樹が由良ちゃんの家に行った話をしたときだよ。」


(ああ、あの朝……。)


鈴宮と一緒に登校していた空野に対抗するように、彼女の家で雨宿りをさせてもらったことを口にしたのだった。


「何があったのか問い詰めて責めたら、直樹、あっさり認めて謝っただろ? あのとき、『ああ、後ろめたいんだな』って思った。」

「え……?」


自慢したときじゃなく、謝ったときにバレたなんて。


「だって直樹、あんなの変だよ。最初は自分から俺の前で話題にしたくせに、あとになったら自慢するわけでもなくてさ。さっさと話を切り上げたいのがみえみえだったよ。」


(そうなのか……。)


俺の気持ちに気付いていながら、空野と剛は何も言わずにいてくれたのだ。たぶん、俺が自分から話すのを待って。


「俺、きのう、由良ちゃんに会ったんだよ。」

「え?」

「由良ちゃんがバッティングセンターから帰るとき。ばったり。」


(そうか……。)


それは当然有り得ることだ。そんな可能性にも気付かないほど、俺は浮かれていたってことだ。


「由良ちゃんの様子で、直樹とは何も無かったって分かってたよ。だけど、直樹がいつまでも俺たちに黙ってるのはムカついたから、ちょっと脅かしてやろうと思って。」

「うん…、悪いと思ってる、本当に。だから今日こそは話そうと思って来たんだけど……。」


朝は自分のプライドのことしか考えていなかったことを思い出して、自分の身勝手さに言葉が途切れてしまった。


「俺もさあ」


俺の隣で胡坐をかいた剛が話し始めた。


「朝、空野の話聞いたときはびっくりしたよ、『そこまでやるのか』って。だけど、直樹、朝から元気なかったのはそのせいか、って思い当ったから。だって、由良ちゃんとデートしたにしては暗すぎるもんな。」

「まあ、そうやって反省しているにしても、やっぱり悔しいから。」

「だよな。効果てきめんだったな! はははは!」


二人は俺をどうするか、午前中に打ち合わせをしたのだそうだ。その話を聞いているうちに、やっと気持ちが現実に戻った気がする。いろいろなことが恥ずかしかったけれど、空野も剛も俺を受け入れてくれているのだと分かって安心した。それがこんなに心地良いものなのだと、あらためて知った。


「なあ、直樹。きのうは本当に何も無かったのかよ?」


俺の肩に腕をまわして顔を近づけた剛がこっそりと尋ねた。<こっそり>と言っても、空野にだって全部聞こえている。


「そうだぞ、直樹。これ以上、俺たちに隠し事なんかしない方がいいと思うけど?」


前から空野が迫る。


「い、いや。無い、よ。1回ずつボックスに入って、あとはベンチでしゃべってただけで。あ……。」


慌てて記憶を再生していたら、鈴宮の体型暴露話を思い出した。耳元で「バストが小さいの」と囁かれた声と姿までがよみがえり、ぼんっと顔が熱くなった。


「あ! なんかあったな、このやろ。」

「目が泳いでるね。正直に言った方がいいよ。」

「い、あ、いや、それは、その」


いくら何でもあれは彼女の秘密だし、俺は恥ずかしくて口に出せない。


「あ、あ、あの、ケーキもらっちゃった。手作りのケーキ。」


頑張って記憶を探った甲斐があって、言ってもいい方の思い出が出てきた。


「ケーキ?」

「う、うん、そうだ、ケーキ。俺、剛の分も、た、食べちゃった。」


剛と空野が顔を見合わせた。それからニヤッと笑った。


「それなら俺たちももらったもんな〜?」

「そうそう。今朝、由良ちゃんが持ってきてくれたんだよ〜♪」

「あ、そ、そう…か。じゃあ良かった。うん。」


どうにか信じてくれたらしい。それ以上は問い詰められることもなく、「戻るか」と立ち上がった二人は、俺が立ち上がるのをその場で待ってくれた。そんな些細なことが嬉しくて身に沁みた。


「直樹は小説の主人公にはなれねぇな。」


階段を下りながら剛が言った。


「小説って。」


空野が軽く笑いながら、言葉を繰り返す。俺はぼんやりとそのやり取りを聞きながら、二人のあとに続く。


「ほら、夏目漱石にあるじゃんか。親友を裏切って、お嬢さんと結婚しちまう話。」

「ああ、『こころ』か。」

「そう、それ。あれはさあ、主人公はずーっと黙ったままお嬢さんと暮らしてたんだよな。」

「ああ…そうだよな。」

「でも、直樹は由良ちゃんのことあきらめるって言ったぜ。」


自分の名前にハッとした。顔を上げると、剛が俺を見ていた。ニヤリと笑って。


「馬鹿正直だから、誰かを裏切ったまま黙ってるのは無理なんだな、きっと。」


いったん立ち止まった剛が、追い付いた俺の肩に手をかけて、寄りかかるような態勢で歩き出す。


「確かに悩み続ける主人公なんて、直樹には務まらないね。」


反対側から空野が頭を軽く小突いた。


「ふん、見た目からしてそうだろうな。そういえば、今回は俺たちがこいつを許したから、直樹は由良ちゃんをあきらめないってことか?」

「うん、そうなるね。まあ、直樹程度が何人いても、たいした影響は無いけどね。」

「あはは、確かに!」


そんなふうに二人に優しさを発揮されて、俺はどんな顔をしたらいいのか困ってしまった。友達に甘やかされて喜んでいるなんて、この歳になると照れくさくて、顔にも口にも出せなかったけど。


「そうそう、由良ちゃんのバッティングセンターの思い出は、俺が上書きしといたからね。」

「上書き…?」


得意気な顔で空野が続ける。


「きのう、由良ちゃんに会ったとき、そのまま1時間も話しちゃった♪ すっごく楽しそうだったから、もう直樹と会ったことなんか忘れてるよ、きっと。」


俺の努力が――と思ったところで、剛が隣でささやいた。


「空野さあ、どんな恰好してたと思う?」

「…え?」

「俺が訊いたら、『普段の』って言ってたんだよ。コンビニに行ったときに会ったらしいけど…。」


空野のコンビニ用の普段着と言ったら、あのパジャマみたいな服しか思い浮かばない。


「ってことは……?」


見返した俺に剛がうなずく。


鈴宮の記憶に残っている<楽しい思い出>は、制服姿からは想像もできない空野の奇抜な服装なのかも知れない。








読みに来ていただき、ありがとうございます。

第三章「恋と友情」はここまでです。


次から第四章「二人の距離」です。

楽しく進めて行きたいと思います!

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