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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
35/92

35  打ち明ける


月曜日の朝、俺は非常に複雑な気分で学校に向かった。


前日の鈴宮とのデート――うしろに(?)付きだが――は、それなりに収穫はあったと思う。二人で一緒に過ごすことが、お互いに楽しいと確認できたのだから。


けれど、それが逆に彼女の中での俺の位置を、俺の希望とは違う場所に固定することになってしまったような気がするのだ。希望とは違う場所――つまり、<彼氏候補者>ではなく、しかも<男>でもなく、ただの<気兼ねの無い友達>に。


それはいつか修正できるのだろうか。


俺も<男>で、だから鈴宮に願うこともあって、できれば友達以上になりたいと思っている。そういうことを彼女が知ったとき、それを受けとめてくれるのだろうか。それともその途端に、俺は居場所を失くしてしまうのだろうか。そんなことをずっと考えている。


そして、目の前のこと。剛と空野にどう話せばいいのか。


話すべきだという結論はすでに出ている。途中から鈴宮のことを好きになったと、正直に言うしかないということも分かっている。きのう、彼女に電話をかけた時点では、二人に内緒で誘ったこともひたすら謝ろうと思っていた。…まあ、もちろん、それ以外に何も選択肢は無いのだけれど。


でも。


でも、だ。


今、俺は彼女に与えられた<友達>の位置に、はっきり言ってしまうと、かなりショックを受けている。鈴宮からの信頼が、これからの俺の行動を縛っている。そういう状態で、剛と空野にいわばライバル宣言をするのは、どうにも気持ちを整理できない。ライバルどころか敗北宣言になりそうで。


そう。敗北宣言。


要するに、問題はそこなのだ。


怒られる覚悟はしていた。でも、こんな状況を説明したら、二人とも笑うに決まってる。「抜け駆けなんかするからだ」って…。


きのうのデートが、もう少し明るい未来を期待させてくれる結果に終わっていればまだ良かった。それなら素直に「ごめん!」と言える。けれど、俺は足止めを食らってしまった。次の一歩が、彼女との関係を断ち切ることになるかも知れないというところに。簡単に前に進めない状態で、「俺も」という話をするのはなんだかむなしい。


「あ、なーおきー!」


学校前の最後の信号で、反対側からやって来た剛と一緒になった。元気のいい剛の話に相槌を打ちながら、胸の中にはプレッシャーがのしかかる。


(さっさと話しておけば良かった……。)


今ごろ後悔しても、もう遅い。




朝練が終わって教室に向かうあいだも、ずっと気が重かった。部員たちと一緒にいても、どうしても口数が少なくなった。そんな俺を剛がからかって笑い、ますます困った俺は足元ばかり見ていた。だから、声をかけられるまで気付かなかった……空野に。


「直樹。ちょっと訊きたいことがあるんだけど。」


視線を上げると、同じくらいの高さにある空野の目がまっすぐに俺を見ていた。そこに感情は表れていなかったけれど、そのことこそが空野の怒りを伝えてきているように感じた。


(ああ……。)


知ったのだ、と分かった。たぶん、鈴宮本人から聞いたのだろう。


そして、同時に気付いた。もしかしたら俺は、自分がしたことを軽く考え過ぎていたんじゃないかって。それほど空野の視線は胸に突き刺さるものだった。


「うん…。」


隣で剛が何事かと俺と空野を見比べている。それを見て空野が言った。


「剛も一緒に聞いた方がいいよ。そうだよね?」

「ああ。」


いぶかしげな顔をする剛の腕を引き、廊下の端に寄る空野。無言でついて行く俺。始業間近の廊下は行き交う生徒であふれているけれどそれぞれ忙しく、俺たちには興味を示さずに通り過ぎて行く。


「何だよ? どうしたんだ?」


不穏な空気に戸惑い、剛が俺たちに訊いた。


「由良ちゃんに聞いた。」


空野が低い声で答えた。俺から目を離さずに。


「何を?」


剛が尋ねた。


「きのう、直樹と一緒だったって。」


ハッと剛が俺を見た。俺は何も言えないまま、また足元に視線を落とす。


「直樹が誘ったって。」

「え、な、え?」


剛が混乱したような声を出す。俺は目を閉じて、覚悟を決めた。息を吸い――。


「ごめん。」


二人に向かって頭を下げる。


「言うつもりだったんだ。だけど…言えなくて……。」

「俺たちには言えないけど、由良ちゃんには言えたんだな。」


空野が落ち着いた声で責める。冷たい怒りに満ちた声で。


「な、なんだよ? 誘ったって、どこまで行ってんの? 言ったって、何を? 由良ちゃんはオッケーしたの?」


話について来られない剛が尋ねた。空野に視線で促され、俺が答える。


「まだ何も言ってない。きのう、ちょっとだけ呼び出しただけで……。」

「呼び出し――」

「何やってんの? 先生来たよ。」


突然、腕をたたかれて、明るい女子の声が割り込んできた。笑顔で俺たちに目くばせしながら通り過ぎて行ったのは森梨だった。


「あ、ホントだ。」


空野からたちまち怒りの気配が消える。


「じゃあ、直樹。続きは昼休みにゆっくり。」


最初に歩き出した空野に続いて、剛が俺を振り返りながら教室に消えた。俺は一人で後ろの入口に向かい、深く後悔のため息をついた。




午前中が過ぎるあいだ、気持ちがずっと重かった。授業中に空野と剛の後ろ姿が目に入ると、そのたびに重苦しさはひどくなった。休み時間に鈴宮の姿を探すことにも罪悪感を感じた。


これほど気分が落ち込むとは思わなかった。


空野と剛に何も言わないまま鈴宮を誘ったことで、二人が怒るのは分かっていた。覚悟もしていた。けれど、実際にその場になってみると、それは想像していたよりもひどいことだった。


空野の怒る姿を目の当りにしたときに気付いた。俺は、空野と剛のことが、自分で思っていたよりも好きなのだ。今までそれほど深い付き合いをしていたわけではなかったが、二人が鈴宮を大事に思う様子や少しばかりお人好し過ぎるところを間近で目にして、呆れながらも「いいヤツだな」と思っていた。そして、鈴宮のために勇気を振り絞る姿に感心もしていた。


そういう経過を知っていたのに黙って鈴宮を誘ったことは、俺を信じてくれていた二人に対する裏切り行為だ。それは頭では分かっていた。


けれど実際には、単なる裏切りよりもひどいことをしたのだ。俺は二人の気持ちを知っていただけじゃなく、協力する立場だったのだから。二人をだまして彼女に近付いたのと同じことだ。そんなことをされたら、誰だって傷つく。


(俺って馬鹿だ…。)


謝れば済むと思っていた。空野も剛も怒るだろうけれど、最後には許してくれると思っていた。


けれど、そんなことで済む話ではなかったのだ。敗北宣言なんていう簡単な話ではない。自分のプライドなんかを気にしている場合じゃなかった。


俺は二人からの信頼を失って……、友達を失って、鈴宮とのこともこれで終わりだ。二人は俺が鈴宮に近付くことを許さないだろうし、俺自身も、自分が鈴宮の相手にふさわしいとは思えない。こんな卑怯者の俺では……。


(あぁ……。)


よく「友情か恋愛か」なんて言うけど……。きのうまでは鈴宮が優先でいいと思っていたけれど、今、尋ねられたら「友情」って答えるよ。だって、剛と空野に軽蔑されたままじゃ、鈴宮と仲良くなれても幸せな気持ちにはなれないと思うから。




昼休みに空野と剛にはさまれて廊下を歩きながら、俺は頭の中で、言うべき言葉を繰り返していた。


誰も来ない北棟に着くと、屋上に続く階段を上るようにと空野が視線で指示した。ドア手前の踊り場に着くと、空野が腕組みをして、無言で俺と向き合った。その隣で剛は落ち着かない様子で俺から目を逸らしている。


「で? 俺たちにどう説明するわけ?」


俺は声を出そうとしてのどが詰まり、咳払いをしてから、あらためて準備しておいた言葉を言うために口を開いた。顔を上げて、二人を見ながら。覚悟を決めて。





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