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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
34/92

34  由良 ◇ 忙しい午後でした。


(いっぱいしゃべったなあ。)


バッティングセンターからの帰り道。自転車で走っていると、湿気の多い梅雨の空気も涼しく感じる。


(気が付いたら2時間近く経ってたもんね。)


もちろん網の中でバットも振った。それに、休憩中にずっとしゃべり通しだったわけではない。ときどき、ただぼんやり座っている時間もあった。


そういう無言の時間が過ごせる相手は、わたしにはあまり多くない。なぜなら、いつも気後れしていて、相手に申し訳ないと思ってしまうから。その人がつまらない思いをしないように、早く話題を探して話をしなくちゃというプレッシャーに煽られて、猛スピードで考えては、結局つまらないことを口走ってしまう。


けれど、今日はそういう気持ちにならなかった。隣に座って、気付いたら考えごとをしていた、という時間があった。ふと気付いて話し出すときも、不自然でも不快でもなくて。


佐矢原くんと一緒のときは、いつも地の自分が出てしまう。プレッシャーを感じないし、自然に言葉が出てくる。本当に、とても気楽なお友だちだ。


(お友だちか……。)


あんなふうに突然電話が来て「来ない?」って誘われたのなんて、何年振りだろう? 小学校の高学年のころだって、まずは学校で都合を確認して、「じゃあ○時にね」って打ち合わせをしてから遊んでいた気がする。


男の子たちは、今でもああやって突然誘い合うものなのかな。…まあ、人によるのかも知れないね。


でも、佐矢原くんはいかにもやっていそう。お友だちと何のわだかまりも無く、素直に、自分の気持ちに正直に行動する人っていう感じがするものね。


わたしと話すのもいいなって思ってくれたんだな。すごく嬉しい。


男の子からここまで友達扱いされるのって初めてだ。仲良くしている部活の仲間とだって、1年生の頃に一度、全員で遊びに行っただけだもの。


そう言えば、佐矢原くんには「一緒にいると楽しい」って言われたことがあったっけ。今日は、それをそのまま行動に表わしてくれたってことだ。


本当に嬉しい。わたしが女でも関係なく、佐矢原くんは友だちだって思ってくれてるんだもの。それも、休日に気軽に声をかけられるくらい気兼ねの無いお友だち。


(誤解するひともいるのかな?)


わたしと佐矢原くんがお付き合いしてるって思うひともいる?


(そんなこと無いかな。)


二人でいるところを見たら、そんな誤解をするひともいるかも知れない。でも、勘違いだって説明すれば、すぐに納得してもらえるだろうな。


だって、あんなふうに突然電話で誘うなんて、無いような気がする。好きなひとを誘うなら、もっと準備して、ドキドキしながら誘うんじゃないかな。わたしにはよく分からないけれど。


(それに、佐矢原くんが好きなのは聡美だもんね。)


二人で内緒話をしてるのを見たのは……火曜日だったかな。二人ともスポーツ系の雰囲気があるところがお似合いだったよね。聡美は今のところ好きなひとがいないみたいだけど、佐矢原くんはとってもいいひとだから、気持ちが届くといいよね。


(あれ?)


公園前のコンビニから出てきた背の高いひと。もしかしたら……。


(あ、やっぱり。)


くせっ毛とあのメガネは空野くんだ。


七分丈のトレパンにただの白いTシャツ姿。髪はいつもよりもモサっとしてる。メガネだけはいつもと同じだけど、ほかはとっても普段着の空野くん。あんな服装をしているなんて制服姿からは想像もできない。でも、脚が長いし格好良いから、どんな姿でもそれなりにサマになるみたい。


話しかけようと自転車のスピードを上げたところで、空野くんがこちらを向いた。思わず手を振ると、驚いた顔で立ち止まった。そのすぐそばで自転車を止めて降りる。


「お買い物?」


わたしの問いに、空野くんはまだ半分驚いた顔のまま答えてくれた。


「ええと、通販の支払い。母に頼まれて。」

「ああ。お店が忙しいんだね。評判がいいものね。」


空野くんが気まずそうに微笑む。それから落ち着かない様子で視線が下がってしまい……。


「あの、ごめん、俺、こんな恰好で……。」


自分で気にしているのかと思ったら、思わず笑ってしまった。よく見たら、足はつっかけサンダルだ。


「ふふっ、うん、意外だった。でも、全然変じゃないよ。お休みの日なら普通じゃない?」

「う……、そうかな……。」


自信なさそうにしている空野くんを、ちょっとからかってみたくなった。


「ちょっとだけ寝起きかと思ったけど。」

「あ〜っ!」


ショックを受けて両手で頭を抱える空野くん。こんなリアクションも学校で見るのとは違う。


「でもでも! 似合ってるから! ちゃんと!」


笑いをこらえながらフォローしたけれど、空野くんは手の隙間からこちらをうかがうように見るだけ。


「……ウソだ。」

「ウソじゃないってば。空野くんは何を着ても似合うよ、その体型だもん。」


顔をのぞき込んでみるけれど、またちらりとわたしを見ただけで視線をそらしてしまった。まだ信じてくれないらしい。


(それにしても…。)


恥ずかしがって拗ねてる空野くんなんて、本当にめずらしい。ちょっと可愛いし。この服装もだけど、意外な一面を見てしまった。


「あたしね、今、バッティングセンターに行って来たんだ。」


このまま服装の話をしているのも気の毒なので、話題を変えることにした。


「バッティングセンター?」


予想どおり、空野くんは拗ねた顔をやめてこちらを向いた。けれどそれが今度はあんまり驚いた顔なので、思わず笑ってしまった。


「やっぱりびっくりするよね? 佐矢原くんに呼ばれたんだよ。」


それを聞いた空野くんは、鋭く息を吸い込んで固まった。


(そうだよね。)


佐矢原くんがわたしを誘ったことも、わたしとバッティングセンターの組み合わせと同じくらいびっくりするような出来事だと思う。


「え、あ、あの、なんで?」


(あ、復活した。)


今度の復活は結構早かった。でも、「なんで?」って言われると……。


「うーん…、近くだし、あたしなら暇だと思ったんじゃないかな?」


佐矢原くんは特にわたしに用事があるわけでは無かったのだから、理由なんてこの程度のはずだ。


「…そうなんだ?」


一瞬の間を置いて、空野くんの笑顔もとうとう復活。いつものやさしくて落ち着いた笑顔。学校でも毎日見ているのに、いつもその美形ぶりに感心してしまう。人気のあるイケメン俳優にも匹敵すると思う。髪が乱れているのも、まるでドラマで演じられているみたいだ。


「楽しかった?」

「うん。でも、ちっとも当たらなくて、笑ってばっかり。」

「そうか〜。次に行くことがあったら、俺も誘ってほしいな。たまには体を動かすのもいいし、この前、結構楽しかったから。」

「あ、本当? そうだよね。せっかくご近所なんだもんね。」


うん。きっと三人でも楽しいだろうな。今日だって、最初は富里くんが一緒なのかと思って…。


「あ。」


富里くんで思い出した!


「ねえ、甘いものは好きかな? きのう、パウンドケーキを焼いたんだけど。」

「パウンドケーキ?」

「そう。さっき、佐矢原くんにもあげたんだよ。自分で言うのも変だけど、結構おいしいの。良かったら持って来ようか?」

「へえ。由良ちゃん、ケーキ焼くんだ? そう言えば、中学では家庭部…だったっけ?」

「そうだよ。でも、そんなにしょっちゅう作るわけじゃないよ。たまーに、イベント的に、気分が盛り上がったときだけ。」

「ふうん。ぜひ食べてみたいけど……、パウンドケーキってどんなもの? たとえば…いちごのショートケーキとはどう違うのかな?」

「ええ?! ショートケーキとは全然違うよ! パウンドケーキっていうのはね――」




(結局、1時間近くしゃべってしまった……。)


自転車をとめて、朝日公園の柵に腰掛けて。パウンドケーキは、明日、富里くんの分と一緒に学校で渡すことになったし……。


(予想外に忙しい午後だったなあ。)


急に2つも用事をこなすなんて。…まあ、用事って言うほどではないけれど。


(それにしても……。)


「ふふっ。」


思い出すと、やっぱり笑いが込み上げてきてしまう。


(空野くんのあの服装は予想外過ぎるよね!)


ただ、あれがそこそこサマになってるってところがすごいと思う。それに、制服のときはとても大人びて見えるけれど、あんな恰好だと普通の高校生って感じで親しみやすい。ちょっとヨレっとしたTシャツも、「もう! こんなの着ちゃって!」なんて軽く叱ってみたくなるような。


(あれはあれで、女子が喜びそうだなあ。)


きっと母性本能をくすぐるよね。空野くんのファンが増えちゃうかも♪


(もしかしたら。)


わたし、すごいものを見ちゃったのかも知れない。私服どころじゃない、普段着の……家の中にいるときにしかしない服装の空野くんだもんね。しかも、それで恥ずかしがったり拗ねたりしてるところまで見たんだから。


(かなりレアもの……?)


写真でも撮っておけば良かった……なんていうのは気の毒だから、わたしだけの胸にしまっておいてあげないとね。


それに、そんなことを言いふらして、空野くんのファンに恨まれたら困る。でなければ、空野くんの家が見張られちゃったりしても可哀想だし。


(それにしても……。)


こんなに気になっちゃうってことは、やっぱりあの服装は衝撃的だったんだなあ。







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