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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
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31  浮かれたり、落ち込んだり


「では、あらためてお見せします。」


と、再び隣に並んだ鈴宮が言った。もったいぶった態度で広げられたプリントを、今度は彼女にぶつからないようにのぞき込むと、『夏休み自然科学教室』というタイトルが見えた。


「この前、生物の授業で説明してたでしょ? これ、自由参加なんだけど。」


そう言いながら俺の方を向いた鈴宮。屈んだ俺と、すぐ近くで目が合う。


(もうちょっと…なんだよな。)


俺がこうしたらこうなる……という妄想を振り払い、ぐい、と体を起こした。手はポケットに入れたまま握りしめる。そうしながら、彼女の瞳だけじゃなく、やわらかそうな唇にも目が行ってしまう。


「もしかしたら、佐矢原くんも行かないかなーって思って。」


尋ねるように首を傾げた笑顔が、今はいつもよりも魅惑的に見える。


(誘われてる……。)


彼女に近付くと何も頭に入らないと気付いたので、そのプリントを受け取った。そこには7月31日の夜出発のバス車中泊から8月3日の帰着までの日程が載っていた。定員40名。八ヶ岳付近の宿に泊まりながら、植物や地形、星の観察などをするらしい。下の部分が参加申込書になっている。


(意外に積極的なんだなあ…。)


「ふ。」


思わず笑いが漏れた俺に、鈴宮が不思議そうな顔をした。


「あ、いや、何でもない。」


どうしても、行事の内容よりも、鈴宮の行動の方に気持ちが向いてしまう。だって、学校行事の一つとは言え、自由参加のものに、彼女の方から一緒に行こうと誘ってくるとは思わなかったから。しかも宿泊だなんて。また笑いが…。


「これね、うちの部の合宿を兼ねてるんだけど、それ以外の人がなかなか集まらなくて。」


彼女が背伸びをして、俺の持っているプリントをのぞき込んで言った。彼女の髪がふわりと腕を撫でて、またしてももどかしい気分が襲ってくる。けれど、それと同時に、彼女の言葉には俺を落ち着かせる単語も存在していた。


「…合宿?」


どうやら、個人的に俺を誘ったわけじゃないらしい。


「そう。うちの部だけだと18人くらいなんだよね。ほかの女子に声をかけても、みんな、ハイキング程度でも山歩きなんて嫌だって言うの。」

「ああ…、そうなんだ…?」


そうか。女子に断られたから…。


「ほら、参加者が少ないと貸し切りバスの一人分の負担が高くなるでしょ? それで、あたしたちが宣伝してるの。」

「へえ……。」


そして、金額的な理由…。


(いや! それでも俺を選んだことに間違いない!)


「夜は星がたくさん見えて、すっごく綺麗なんだよ。」


(ほらな!)


そういうロマンティックな場所に俺と行きたいってことだ!


「空野くんはもうOKしてくれたんだけど、まだ全然少なくて。」

「あ、空野…も?」


急速に自信が消えて行く。


「うん。さっき富里くんも、部活はそのころなら休んでも大丈夫って。」

「あ、剛も……。」

「そう。それで、もしかしたら佐矢原くんも行けるかも、って思って。運動部の人は忙しいって分かってるから、声をかけてなかったんだけどね。」


ということは、空野は前から誘ってあって、今日、剛が行けそうだと言ったから、同じ野球部の俺を誘った、と……。


(俺、順位低いじゃん!)


誘われたと思って調子に乗ってる場合じゃなかった。やっぱり席が遠いハンデは大きいらしい。


「たぶん大丈夫じゃないかな。一応、確認してみないと分からないけど。」


うちの学校が甲子園に出場することはあり得ないから、剛が言うとおり、部活は休んでも大丈夫だろう。そして、もしも親が参加費用のことで何か言ったら、今まで貯めたお年玉を使おう。金か鈴宮かと言われたら、鈴宮の方が重要に決まってる。


「良かった! ありがとう!」


(その勢いで抱き付いてくれちゃったりしないかな……。)


そう思いながらため息が出た。今の話の経過を見ても、俺が彼女とのこれからに期待を持つのは早すぎると分かるから。


「キャプテンになるって聞いたから、部活は休めないかなって思ったんだ。」

「え、知ってるのか?」


次期キャプテンの話は、まだ部内では秘密のはずだ。今日の部活で顧問が話すと言っていたから。今朝だって、誰も言っていなかったのに。


「うん。きのうの帰りに先輩から聞いたよ。」

「先輩って…。」

「うちの部長。一緒のバスに乗ってたでしょ? 野球部の先輩から聞いたって。」

「え、そうなのか?」


どういう経路で伝わったのかは分かった。だけど、あの部長と鈴宮が話したのは……いつ?


「え? あれ?」


バスの中では別々に立っていたはずだ。青山先輩は駅の一つ手前まで乗っていく。鈴宮の降りるバス停は、俺の2つか3つ先のはず。ということは……?


「え? 先輩からって……?」


混乱している俺を不思議そうに見ていた鈴宮が、納得したように微笑んだ。そして。


「同じバス停で降りるんだ。家が近いの。」


(その情報は聞いてないけど!)


思わず目を剥いた。


俺が聞いたのは、瀬上先輩がカメラおたくで面白いひとだということだけだ! 家が近くて、同じバス停で降りて一緒に帰るという事実の方が、俺にとっては重要な意味があるのに!


新たな事実に打ちのめされた。それを伝えながら、きょとんとしている鈴宮にも。彼女は俺がショックを受けている理由を、まったく分かっていない。つまり、俺の気持ちに気付いていない。そして…。


(俺は特別なんかじゃないんだ…。)


現実がはっきりと見えた。彼女にとって、俺は話をする男の一人に過ぎないということが。


「へえ、そうなんだ。じゃあ、同じ中学なのか?」


ショックを隠して笑顔で会話をする自分を褒めた。同時に昼休み終了のチャイムが鳴って、少しばかりほっとする。


「うん。でも、高校に入るまで知り合いじゃなかったけど。」


教室の戸を開ける彼女を手伝うと、「ありがとう」と笑顔で見上げられた。こんな些細なことにも笑顔を見せてくれる鈴宮に胸をかき乱される。


(俺の、猫。)


息苦しさの中に言葉が浮かぶ。口に出したいけれど、それは許されていない。


「そのプリントあげるから、ちゃんと検討してみてね。」

「わかった。」


最後にもう一度笑顔を見せて、彼女が自分の席に戻っていく。俺はプリントと一緒に重い心を抱えて自分の席へ。


(そうだよな。)


午後の授業の支度をしながら鈴宮を見る。ここから見るときには、強がって笑っていなくても済むのがありがたい。


彼女がさっと振り向いて剛に何か言った。話しかけてきた剛に答えているらしい。彼女はそのまま空野に視線を移し、くすくす笑ってから空野にも何かを言って前を向いた。


(そうなんだ。)


当たり前のことなのだ。空野と剛の方が、俺よりも先に彼女のことを好きになったのだから。


空野たちの話を聞いたときには、近付くこともできない二人よりも、俺の方が彼女と仲良くなる可能性は高いと思った。事実、最初はそうだった。けれど、今はそうじゃない。それはきっと、二人に迷いが無かったからだ。


二人は着々と彼女との関係を築いてきたのだ。空野は登校時間を調整し、剛は日々の接点を増やして。きっと、あの先輩もそうしてきたのだろう。もう一人の2年生も。


(出遅れてるのは俺なんだ。)


最初は汰白が好きだと思っていたし、鈴宮を可愛いと思いながらも、その気持ちをおかしなふうに捻じ曲げていた。空野と剛に協力すると言ってしまった手前、簡単に自分の気持ちを認めることができなかったということもある。


(だけど…。)


俺はやっぱり彼女のことが好きなのだ。これほど彼女の言葉や行動に翻弄されている自分、そして彼女に向かって突き進んでしまう気持ちは、ほかの言葉に置き換えようがない。


(本当は……前から分かっていたのに。)


「好き」という単語を使ってみるとよく分かる。それがしっくりくるし、落ち着くから。けれどその一方で、彼女に向かう想いが急激に重みと激しさを増したように感じる。自覚してしまうとこうなる、という予感のとおりに。


(怖かったのか…な。)


この気持ちが彼女に届かないことが怖かったのだ。彼女がこの気持ちに気付いて離れて行ってしまう可能性も。だから認めたくなかった。ダメだったときの、最後の逃げ道を確保しておくために。


(ずるいんだよな…。)


そんな自分にがっかりする。


認めた今でもやっぱり怖い。自分の気持ちが間違いないと分かっているのに、どこかで「違うかも」と逃げ道を探している。これでは剛たちのことを笑えない…というよりも、潔さで負けている。そして彼女との距離でも。なのに、少しのことで有頂天になったりして、俺はなんて馬鹿なんだろう。


(今のままじゃダメだ。)


もう認めてしまった。この気持ちはどうしようもない。


(そして……どうする?)


今までの関係を維持して、何もせずにそこそこの満足を手に入れる、という方法もある。鈴宮は友達としても十分に楽しい相手だから。


けれど、それでいいのかと自分に問えば、それは淋しいと答える自分がいる。近くにいても触れる権利は無く、いつかは誰かに恋をする彼女をただ見ているだけなんて、酷くつらいことだと思う。それだったら、最初から仲良くなんてならない方がいい。


けれど、自分を選んでもらえるように努力しても、成功しないかも知れない。いや、「かも知れない」じゃなくて、失敗する可能性の方が高いのだ。だって、汰白の話では俺のほかに有力候補が4人もいる。それ以外にも、どこにライバルが潜んでいるか分からない。


でも、だからと言って、あきらめられるわけじゃない。彼女のことを思うと胸の中に温かいものが広がって、苦しくて、切なくて――。


(は……、ふぅ……。)


迫って来た想いをゆっくりと深呼吸をしながら吐き出した。


(可能性はゼロじゃない。)


浮かんだ言葉を心に刻み込む。


あきらめられないなら進むしかないのだ。自覚したのが遅かったのだから、後れを取っているのは当然のことだ。


(これからはもう少し攻めて行こう。)


入って来た先生を見ながら心に決めた。挽回するためにはこれしかない。せっかく自覚したんだから、もっと積極的に――。


「お、佐矢原、今日は気合入ってるな。」


目が合った数学の先生が見当違いのことを言った。


「え、あ、はあ。」

「じゃあ、宿題の一問目、黒板に書いてみろ。」

「ふえ?」


(そんなの有りか?!)


おかしな成り行きに慌ててノートをめくる。周囲にくすくす笑われて、ますます焦ってしまう。


「二問目は次の…鈴宮。三問目を空野。前に出て。」


黒板に向かって冷や汗をかきながら、隣で鈴宮が同じ思いをしていることを密かな慰めにした。







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