表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋するココロの育て方  作者: 虹色
第一章 はじまり
3/92

03  取り引き成立


「だけど、二人とも、それでいいのか?」


教室へと階段をのぼりながら、俺は(つよし)と空野に尋ねた。


「何が?」


二人が俺の顔を見る。


「だって、見てるだけじゃ、仲良くなれないだろう? それでいいのかよ?」

「それは……そうだけど。」

「誰かほかのヤツが出て来て、くっついちゃうとか。」

「う…。」

「何かのときに、ちょっと喜ばせてやりたいなー、とか、思わないわけ?」

「そりゃあ…、できれば……。」


俺の言葉に、二人は煮え切らない態度で下を向いてしまった。さっきまでの勢いはいったいどこへ行ったのか。


「少しはしゃべってるんだよな? 空野は鈴宮の後ろの席だろ?」


ついさっき、俺がいなければ調理室での班が彼女と一緒だったのにとさんざん言われたのだから間違いない。そう思いながら空野を見ると、目が合った途端に、整った顔が首の方からぽーっと赤くなった。そしてどこかを見ながら答えた。


「いや、まあ、それは……。」


(なんだ、この反応は?!)


驚いて、その隣にいる剛を見る。すると、剛は赤くはならなかったが、あいまいな笑顔で首を傾げてみせた。


(え? もしかして……。)


いろいろな可能性を考えようとしても、行き着くのはどうしても一つの答。それは二人のキャラクターにはまったく不似合いな結論で。なんだか不安になった俺は、思わず声をひそめてしまった。


「もしかして、恥ずかしいのか?」


一瞬の微妙な表情のあと、二人はちらりと視線を交わした。どちらも何も言わない。けれど、否定しないということは……。


「向こうが、じゃなくて、お前たちが?」

「ああ、まあ、そんなような……。」

「なあ?」


気まずそうにうなずき合う二人。信じられない!


驚きながら、さっきの調理実習での鈴宮を思い出してみた。話しかけて来たのは彼女が先だった。まあ、あれはひとり言だったのかも知れないけれど。


振り向いた俺を驚いた顔で見上げた。目をぱちくりさせてきょとんとした様子は確かに可愛かった……いや、そこじゃなくて!


手の大きさを比べようと俺が手を出したとき、一瞬ためらっていた。そして手を合わせながらピンク色に染まった頬……。


(やべえ。)


またしても体が反応してる。さっきこの二人に上書きされたと思った手のひらの感触は、今でもやっぱり鈴宮の遠慮がちな触れ具合をはっきりと覚えていた。背中がくすぐったい。もしもあのとき、キュッと――。


(いや違う。俺じゃないだろ!)


鈴宮を好きなのは剛と空野だ。俺じゃない。


(だけどあのあと――)


勝手に視線が右手へ……。


(そこじゃないってば!)


余計な考えを追い出して、必要な部分に記憶の焦点を合わせようと努力する。


(思い出したいのは、鈴宮が恥ずかしがっていたかどうか、だ。)


確かに手を合わせたときには恥ずかしそうにしていた。でも、包丁の扱いを教えてくれているときには、そうは見えなかった。


(…だよな?)


口数が少なかったのは間違いない。何度もびっくりした顔をしていたのも間違いない。でも、ちゃんと話すのが初めての俺が相手でも、それほど極端に恥ずかしがっていた様子はなかった……と、思う。


(ってことは……極端な恥ずかしがり屋はこっちか。)


信じられないけど。一応、二人に確認してみる。


「話した回数は…?」

「うーん…、一度だけ?」

「席がすぐそばなのにか?! 剛は? 席どこだっけ?」

「え、あー、空野の隣。」

「じゃあ…?」

「ええと……無いみたい。」


「そんなキャラじゃないくせに!」……と叫びそうになった。剛は遠慮なんてどこかに忘れてきたような性格だし、空野はクールでいつも余裕のある態度が特徴だ。しかもさっきは俺にあんなにくってかかって、そのうえ「由良ちゃん」なんて恥ずかしげもなく口に出していたのに、本人には話しかけられないでいるとは!


「あいさつくらいはしてるんだよな…?」


恐る恐る尋ねると、空野は一応コクコクとうなずき、剛は「ときどき…。」とつぶやいた。


「そりゃあ慣れないだろうな…。」


二人ともすぐ近くの席なのに、交わすのはほぼあいさつだけ。しかも空野の無愛想な顔であいさつされても、向こうは逆に怖いだけかも知れない。


「無理だな。」


俺の断定に傷付いたような顔をする二人。


「だってそうだろ? 仲良くなるのは無理だ。やっぱりお前たちには『愛でるルール』が丁度いいな、うん。」

「そんな〜!」

「見捨てないでくれ!」

「え?」


いきなり『助けて』モードに切り替わった二人に焦る。


「いや、べつに俺は助けるとかそんな話は――」

「お前が言ったんじゃないか、『仲良くなりたくないのか』って。」

「そりゃそうだけど、それは――」

「なりたいに決まってるだろ? だけどどうしたらいいか分からないんだよ。」

「それは分かるけど――」

「直樹はちゃんと話せたじゃないか。」

「あれは向こうから――」

「しかも手に触ったんだぞ?」

「あれはうっかりして――」

「その『うっかり』が難しいんじゃないか!」

「どうやったら、『うっかり』ができるんだよ?!」

「そんなもん、教えられるわけねぇだろ!」


思わず声を荒げた俺の前で、二人はしゅんとしてしまった。すれ違う生徒たちが、ちらりちらりと視線を向ける。


(情けないな……。)


話しかけられないことを言ってるんじゃない。好きになった相手に話しかけられないっていう気持ちは、俺にも理解できる。ただ何て言うか……この一貫性の無い態度だ! さっきまでは『愛でるルール』で諦めていたくせに、俺がちょっと触ったからと言って責め、今度は仲良くなる方法を教えろと言う。しかも、自慢じゃないが、今まで彼女がいたことのない――いや、一応コクられたことはあるが――俺なんかに、だ!


とは言え、今の剛と空野のこの姿は笑える……じゃなくて、なんとなく哀れさを感じる。普段のキャラを捨ててまで迫ってきたということは、鈴宮への気持ちは本物なんだろう。俺は汰白をいいなと思ってはいるけれど、だからと言ってここまでできるかどうか分からない。


「それにしたってさあ。」


そうは言っても、女子と仲良くなる協力なんて、それほど気の進むものじゃない。時間稼ぎをしてこのまま話を終わらせたい気持ちもあって、ちょっとばかり話題をずらすことにした。


「お前、高校に入ってからやたらと格好つけてるくせに、なんだよ『恥ずかしい』って。」


そう空野に話を振る。すると空野は心底嫌そうな顔をした。


「格好つけてるって、この頭のこと?」


そう言いながら、緩やかにうねりのある長めの髪の耳の後ろをつまむ。


「そう。」

「ああ、それ、チョーうらやましいよー。」


俺の指摘に剛も同意する。野球部の俺たちの中では、長めの髪は暗黙のうちに禁止だ。それは仕方がないとしても、一般の男子生徒の中でも、空野の髪はかなりお洒落な方だ。


「これ、母親にやってもらってるんだけど。」

「え?」


高校生にもなって母ちゃんにやってもらってるのか?! …という言葉を飲み込んだ俺の顔を見て、空野が言った。


「うちの親、理容師なんだ。」

「理容師って……?」

「うち、理容室やってるから。」

「あの、青と白と赤のぐるぐるしてる……?」

「そう、ブルースカイ理髪店。名前も店も古いけど。」

「へえ……。」


感心している俺たちの前で、空野は気になるのか、眉間にしわを寄せて今度は前髪に触っている。


「その髪型はおばさんが…?」

「そう。いつも適当に。」

「適当。」

「癖があるし、俺は自分で扱いやすくしてくれって言ってるけど。」

「そうなのか?」

「朝起きたときは爆発してるよ。でも、スタイリング剤でいいかげんになでると、何となく落ち着くから。」

「ふうん……。」


俺たちにまじまじと見られて、空野が居心地の悪そうな様子でまた髪に触った。


「よし。俺も今度行く。」

「あ、俺も俺も!」


俺たちの言葉に、空野が顔を強張らせた。でも、<適当で扱いやすく>の結果がこれってことは、腕もセンスもいいってことだ。ぜひその人にやってもらいたい!


「二人とも、その頭ならどこに行っても同じじゃないのか?」


気が進まない顔をして、俺たちの野球部刈りの頭を見比べる空野。


「何言ってんだよ。シンプルだからこそ、腕前とセンスの違いが出るんじゃないか。」

「そうそう。」

「おばさんがいるときがいいな。」

「だよな。」


俺たちの勢いに、空野は嫌な顔をするばかり。


「だけど……。」

「悪いか?」

「悪くはないけど…。」


空野がため息をつく。


「俺、友達がうちの店に来るの、あんまり好きじゃないんだよなー…。」

「なんで?」

「だって、俺の話をするから。」


なるほど。それはそうだな。


「なのにみんな、うちが理容室だって分かると『行く』って言うんだよ……。」

「ああ……。」


そりゃそうだろう。いつも格好良く決まってる空野の髪型を見たら、その人にやって欲しいと思って当然だ。空野は自分が歩く広告塔になっていることに気付いていないらしい。


「最近は姉も見習いで店に出てるから、余計におしゃべりがさあ……。」

「姉ちゃんもいるのか?! どんなどんな?!」


店に若い女性がいるなどというさらなる無自覚セールストークに剛が目を輝かせた。……鈴宮はもういいんだろうか?


「どんなって…なんか…太めの……。」


半分首を傾げながら、言いづらそうに迷う空野。その前で期待に満ちた目を向ける剛に押され気味に、仕方なく、というように言葉をつなげた。


「巨乳?」


(え? 空野が?)


思わずまじまじと見てしまった。空野の口からそんな言葉が出るなんて!


「すげえ! 家族にそんな!」


興奮する剛が恥ずかしい。それを見た空野は、また眉間にしわを寄せた。


「別に嬉しくなんかないけどな。ブラジャーなんか、丼みたいなんだぜ? 色気も何もないよ。」


(丼級の……。)


思わず手がドンブリを抱える形を作りそうに……っていうか、何だ、この話題は! 昼休みに廊下でする話なのか?!


「いや、とにかくさ。」


俺の目的はあくまでも空野のおばさんだ! 姉ちゃんじゃない。


「鈴宮と仲良くなれるように協力するからさ。」

「え、ホントに?!」


今度は空野が期待に目の色を変えた。


「ああ。ちょっとでもしゃべれればいいんだろ?」


勢い良くうなずく空野。


「だから、お前んちのおばさんに――」

「いいよいいよ! いつでも来いよ! サービスするように言っとくから!」


急に元気一杯になった空野が満面の笑顔でバンバンと俺の肩をたたく。その横でちゃっかり一緒に喜んでいる剛……。


(剛に協力する義理はないんだけどな……。)


興奮気味に喜ぶ二人に呆れつつ、ふと、自分が鈴宮と話しているシーンが頭に浮かんだ。


(また驚いた顔をするのかな?)


俺が言った言葉に驚いて、それから楽しそうに笑い出す……なんて。それはそれで、結構楽しいような気がする。


(まあ、この二人に協力するのも悪くないかな。)


いつのまにか緩んでいた口元をさり気なく引き締めながら、そんなことを思った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ