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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
29/92

29  由良 ◇ 雨の帰り道


<朝日公園入口>のバス停で降りると、先に降りていた瀬上先輩が、わたしが傘を開くのを黙って待ってくれた。あたふたと傘をさしたのを確認して、先輩が背中を向けて歩き出す。雨の日に同じバスで帰るときの、いつもの手順。


先輩とわたしの家は近い。同じ朝日南中の出身だ。


でも、知り合ったのは高校に入ってから。瀬上先輩は中学ではバスケ部で、家庭部にいたわたしとはまったく接点が無かった。家が近いと分かったときには、とても驚いた。


高校に入学したばかりのころは、ぞんざいな口の利き方をする先輩が怖かった。硬そうで真黒な髪と黒縁のメガネは、頑固で融通の利かない性格の証のように見えた。


けれど、一緒に活動するうちに、先輩がとても面倒見の良いひとだということが分かった。どんな質問をしても、必ず最後まで教えてくれるし、日没が早い時期には、サイクリングコースを通って帰る女子部員に必ず付き添ってくれる。真面目な顔をして、実はからかっている、ということも分かった。部長を引き継いでからは部の活動もきちんとまとめてくれていて、責任感も強い。そして不思議なことに、瀬上先輩とわたしは何かがうまく合うらしく、なんとなく<いいコンビ>なのだ。


「さっきの、誰?」


バス通りから住宅街へと曲がったところで、隣に並んだ先輩が尋ねた。しとしとと降る雨の音を、先輩の低くてとがった声が押し退ける。


「あ、佐矢原くんです。同じクラスの。」

「ふうん。」


自分が訊いたのに、先輩はつまらなそうに返事をして、そのまま前を向いてしまう。


瀬上先輩と二人だけのときは、いつもこんな感じ。話が続くこともあるけれど、ただ黙っていることもある。別に機嫌が悪いわけではないので、わたしはあまり気にしない。ほかにも誰か一緒のときは、もっと賑やかなのだけど。


「次期キャプテンなんだってな。」


ぼんやりしかかったところで、先輩の声が聞こえた。


「は?」


何を言われているのか分からなかった。


「野球部の。」

「え……?」


(野球部の? 次のキャプテン? ……って、なんで?)


「そうなんですか?」


訊き返したわたしを、先輩が無表情に見返した。


「言われなかったのか?」

「いいえ、何も。先輩はどうして知ってるんですか?」

「さっき聞いた。」

「え、『さっき』って……。」


(自分が一緒にいた野球部の先輩から聞いたの?!)


「先輩!」

「ん?」

「どうして、あたしに『誰?』なんて訊くんですか! あたしより知ってるじゃないですか!」

「どういう知り合いかと思って。」

「はあ? 意味わかんない!」


非難するわたしの隣で、先輩はケロリとした表情で歩いている。またいつものように、わたしを試して、面白がっているに違いない。諦めてそっとため息をついたところで、また声が聞こえた。


「めずらしいな。」

「はい?」

「男の友達。」


(男の友達? ああ。)


まださっきの話が続いているらしい。


「佐矢原くんですか? 球技大会でお世話になったので。」

「球技大会?」

「練習で面倒を見てもらったんです。あと、バッティングセンターに連れて行ってくれたり。ああ、ほら、利恵も一緒に行ったって話しましたよね?」

「ああ。」


またつまらなそうに返事をするだけ……と思ったら、何歩か歩いた後に、まだ続きがあった。


「仲いいんだな。」

「まあ…そうですね。親切で、いいひとですから。」

「好きなのか?」

「は?!」


(また?!)


驚いて先輩を見つめてしまった。


(さっき、佐矢原くんも同じことを訊いたよね? 先輩のことを好きなのか、って……。)


どうしてみんな、急にその結論にたどり着くんだろう。そりゃあ、女子の間でも、そんなことを言ってからかうことはあるけど。もしかしたら、佐矢原くんも瀬上先輩も、わたしをからかっているのだろうか。


「それは考えたことありませんでしたけど……。」


わけが分からないまま答えると、先輩は「ふうん、そう。」とつまらなそうに言って、また前を向いてしまった。どうも、からかっているわけでは無いように思える。隣を歩きながら、頭の中で今の経過をたどってみるけれど、あんな質問はやっぱり一足飛びに過ぎると思う。


(男の子って、男子と女子が話しているのを見ると、すぐにそういう結論にたどり着いちゃうのかな…。)


今まで、部活以外で男の子とは接点が無かったから、男の子がどういう考え方をするものなのか、実例が少な過ぎてよく分からない。


(ああ、違うかも。)


話しているところを見たんじゃなくて、褒めたんだ。佐矢原くんと一緒にいたときには、わたしは先輩と話していなかったもの。男の子の前で、ほかの男の子を褒めると、勘違いされちゃうんだ。


(みんながそう、というわけではないのかも知れないけど…。)


そもそもわたしが話す男の子が少ないのに、その中の二人が同じ反応をした。ということは、割合的に結構高そうな気がする。


(男の子って、ずいぶん単純なんだな……。)


先輩の大人っぽい横顔は、そんなふうには見えないのに。




夜になって、自分の部屋で一人になってほっとしてみると、帰りのバスでのことが堰を切ったようによみがえってきた。さっきまでは途切れ途切れに思い出すだけだったのに。佐矢原くんの姿や声を、まるで、今、わたしの隣に本人がいるように感じる。なんとなく隣を見上げてみると、不思議に温かい気持ちになって、思わず微笑んでいた。


(ふふ、変なの。)


いつもと変わりないわたしの部屋。見慣れたオレンジ色のチェックのカーテンが外の闇を締め出している。勉強机に本棚にベッド。足元には緑の葉が舞う模様のカーペット。今はその空間に佐矢原くんの気配が溶け込んでいるように感じる。


(いっぱいしゃべったなあ…。)


ちゃんと話したのは久しぶりだ。あの大雨の日。確か中間テストの前だったから……もう2週間近く経つのかな。あれは普通とは違う特別な出来事だったから、簡単には忘れられない。何度も思い出してはそのたびに可笑しくって、ドキドキして、たまに落ち込んでしまう。あの次の朝、佐矢原くんがそれまでと変わらないでいてくれたことが嬉しかった。そのうえ「一緒にいると楽しい」って言ってくれて。


「一緒にいると楽しい」って、とても素敵な言葉だ。自分の存在を、まるごと認めてもらえたような気がする。特に、わたしは自分に自信がないから、余計に有り難く感じるのだと思う。こんなに嬉しい言葉なのに、仲良しのお友だち同士でも、なかなか使わない。たぶん、わざわざそんなことを考えないで過ごしているから。


でも、佐矢原くんは言ってくれた。わたしが佐矢原くんとお友だちだと思ってもいいのかどうか、迷っていたから。そういう微妙なところに気付いてくれる佐矢原くんは、かなり繊細なひとなのかも知れない。


でも、あれからあまり話していなかった。わたしがだんだんとクラスに馴染んできて、誰かと一緒のことが多くなったから。女子の友達と一緒のときには、絶対に女子の友達を優先にしなくちゃならない。それは学校では仕方のないこと。それに、佐矢原くんもたいてい男の子同士でいる。空野くんや富里くんのところに来ているときならついでにお話しできるけど、それ以外の男の子と一緒のときには、申し訳ない気がして近寄れない。


本当はときどき、話せたらいいなあ、と思っていた。相変わらず通りすがりに声をかけてもらってはいたけれど、もう少しちゃんとお話ししたかった。ちゃんと…「お友だちで大丈夫なんだ」って、確認したかった。でも、席は遠いし、いつも誰かがいるし、特別な用事もないし……。


(それが。)


やっと今日、話せた。偶然だったけど、佐矢原くんから来てくれて。わたしと話してもいいと思ってくれたのだと思うと安心した。


話した内容はくだらないことばかり。佐矢原くんが相手だと、どういうわけか何でも口に出せてしまう。そのときに思い付いたことを何でも。普通のクラスメイトの中では、笑われないように隠しておくような思い付きとか。普段は滅多にはずさないストッパーが、簡単に消えてしまう感じ。佐矢原くんなら笑って流してくれるってなんとなく分かっていたし、わたしが考えていることを話して驚かせてみたい気もしたから。思ったとおり、佐矢原くんはちょっと驚いて、楽しそうに笑ってくれた。本当にくだらない話ばかりだったから、呆れてもいたと思うけど。


(でも、「またな」って言ってくれたし…。)


普通のお別れの言葉だけど、とてもほっとしてる。今回で終わりじゃなく。「また話そう」って。今日のわたしでOKだって。友だちとしての自信が湧く。


(それにしても、あれは……。)


佐矢原くんにも瀬上先輩にも訊かれた「好きなのか?」には本当に驚いた。二人とも、わたしが否定したらそれで終わりだったってことは、単なる疑問に過ぎなかったということなのだろうけど。


女子はそういうことって、真正面から尋ねたりしない。「そうなのかな?」と思っても、気付かないふりをするか、遠回しに仄めかしたりすることが多いと思う。でも、よく考えると、そういうことを勝手に想像されるのは、あんまり嬉しくない気がする。それよりも、あんなふうに単刀直入に訊かれる方がすっきりしていいかも。今回だって、すぐその場で「違う」って言えたし。


(そうか……。)


今、考えてみると、あんな質問って、瀬上先輩ならそもそもしそうな質問だ。普段から、わたしに対して遠慮というものがまったく無いのだから。


で、そういう質問を佐矢原くんがしたということは、佐矢原くんも、わたしに対して瀬上先輩と同じような気持ちでいるということなのかも知れない。つまり、遠慮なんかいらないって。


(そうだよね。)


だって、うちに来てお風呂まで使ったのだから。あのとき遠慮しようとした佐矢原くんに、無理やりシャワーを使わせたのはわたしの方だ。あの時点で、わたしには遠慮なんかいらないって、佐矢原くんに示したようなもの。佐矢原くんは、それをちゃんと受け入れてくれたってことだ。


(なんだか嬉しいな。)


男の子の遠慮のいらないお友だちって、初めてだ。


(そういえば、今日のお昼休み……。)


佐矢原くんが聡美と二人でいるところを見かけた。廊下の窓の方を向いて、何か秘密の話をするように肩を寄せて。二人ともサバサバした性格だから、気が合うのかも知れない。球技大会でバッテリーを組んでいたし。


(お似合いだけど……。)


聡美はこの前、申し込まれてもOKしたことないって言ってたっけ。でも、佐矢原くんは、前から聡美のことを気に入っていたみたいだよね。


(うーん……。)


もちろん、単刀直入に訊いてしまえば間違いないと思う。でも、もしも佐矢原くんが恥ずかしがって否定して、そのせいで聡美に近付けなくなったりしたら可哀想だよね。


(ということは。)


黙って見守ってあげるっていうのが正解かな。利恵ちゃんにも、誰にも内緒にして。それから、邪魔しないようにしないとね。


(うん、そうだね!)


どうなるのか楽しみだ!







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