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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
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28  うわさの人物


汰白に披露された俺のイメージに、俺はかなり打撃を受けてしまった。あれは汰白個人の見解ではあるが、たぶん、女子は全体的に、俺に対してああいうイメージを持っているのだろうと分かったから。そして、鈴宮もその中に入っている可能性が高いから。


<危険度ゼロ>。


それは一方から見れば、ありがたい称号だ。女子からの信頼度の証でもあるのだから。


でも、男として……、自分を彼氏候補者として意識してほしい相手がいる男としては、ゼロは困る! 「1」でも「0.5」でもいいからプラスの数字が欲しい! 「俺に男としての危険を感じてくれ!」と言いたい。


確かに俺は、女子にお世辞を言ったり、分かりやすく親切にしたりはしない。でも、たとえば重いものを持っていれば手伝うし、男を相手にするときよりはいろんな基準が甘い…はずだ。


もしかしたら、これが良くないのだろうか。もっと――そうだな、強引だったり、まめに女子を喜ばせたりして、自分に注目を集めるべきなのか。だけど……、そんなことをするのは俺らしくない。


それに、汰白が言っていた同じ部活の二人も気になる。あのとき、もう少し情報を引き出せば良かった。いったいどんなヤツなのか……。


そんなことをぐずぐずと考えながら、午後の授業を落ち着かない気分で過ごし、のろのろと部活の支度をしていたところで気づいた。その二人の情報なら、野球部の誰かに聞けば分かるに違いない。今年でも去年でも、同じクラスになった野球部員がいるだろうから。




……ということで、まずは8組の穂高にさり気なく近付いた。名前は思い出せないけど、部活を言えば分かるんじゃないかと思いながら。


「そういえばさあ。」


ストレッチをしながら、話を持ち出した。


「うちのクラスの女子が噂してたんだけど、8組にいる、えーと…理系の部活に入ってるヤツ?」

「理系の…? ああ、泉沢か。」

「ああ、それそれ! 泉沢。」


どんな噂かと尋ねられたら、ファンがいるとでも言おう。ライバルの可能性が高いとはいえ、悪い噂をねつ造することはしたくない。けれど、そんな心配は不要だった。


「へえ、そっちでも噂になってんのか。」


足を開いて座り、体を前に倒しながら、穂高が軽く笑った。


「あいつ、可愛い顔してるから、モテるんだよな。」


どうやら本当に人気があるらしい。


「へえ。男で可愛いって、俺にはよく分からないけど……。」

「そうだなあ、全体的に線が細いっていうか……、背の高さは165くらいだな。なんかさ、色素が薄いって言うの? 色が白くて、髪の色も少し茶色っぽいんだよな。で、さらさらしてんの。」

「ふうん。」


一年中真っ黒な俺たちとは雲泥の差だ。


「繊細な顔してんだけど、笑うと片方だけえくぼができて、人懐っこい感じでさ。」

「…へえ。」


つまり、男のアイドルっぽい感じなのか?


「見た目がいいと得だな。」


思わず皮肉っぽい言葉が出た。


「はは、だよな。でも、あいつは別に性格も悪くないよ。話すと面白いし、意外に硬くて女子とはつるまないし。だから余計に女子に人気があるのかも知れないな。」

「へえ……。」


男にも評判がいいのか。なんだか落ち込む……。


「なあ、泉沢の噂なんかしてたの誰だよ? もしかして、汰白?」


穂高が声をひそめて聞いてくる。そういえば、穂高も汰白のファンだった。


「いや、誰かはよく分からない。女子が騒いでるのが聞こえただけ。」

「そうかー…。」


ストレッチを続けながら、穂高の話を反芻する。


顔が良くて、話が面白くて、男女ともに評判がいい…。汰白が合格を出した理由がよく分かった。


こんな話を聞くのなら、もう一人の情報をもらうのはやめようと思った。知っても落ち込むだけの情報なんて、何の役にも立ちはしない。汰白が合格と言ったのだから、きっとその先輩も俺なんかがかなわないような人なのだろう。


雨の日用の少し短めの練習の終わりに、先輩から俺と風間は残るようにと声がかかった。多少の不安を覚えつつも、一人ではなかったことに安堵して友人たちに手を振った。正副キャプテンと顧問の前に立つと、部の代替わりの話だった。今年の夏の全国大会の県予選が終わったら――うちの学校が全国大会に進出する可能性は考慮外だ――、次期キャプテンに俺を、副キャプテンに風間を考えている、と言われた。それにともなって、県予選では、風間と俺をベンチ入りさせる、と。


俺たちは顔を見合わせた。正副キャプテンの話はおぼろげに頭の中にあった。同学年の仲間の中で、なんとなく位置づけというものが出来上がっていたから。でも、正式に言われてみると、どっと不安が湧いてきた。ベンチ入りの話も。


うちの部の3年生は23人いる。それだけで、高校最後の大会でベンチ入りできない先輩がすでにいるということだ。そこに風間と俺が割り込んで、3年生の枠がさらに狭くなる。キャッチャーでもある風間はまだいい。2年のピッチャーも一人ベンチ入りする。でも、俺は体が大きくて力があるだけで、特別な技術は無い。


もちろん、ベンチ入りできることは嬉しい。でも、2年生の仲間と一緒にスタンドで応援をする方がどんなに気楽だろう、と考えてしまう。もしも代打で使ってもらえても、そのチャンスを活かせなかったら、ベンチに入れなかった3年生に申し訳ない。けれど、先輩と顧問に、毎年そうしていると言われたら従うしかない。


俺と風間はよほど沈んだ顔をしていたのだろう。傘をさしてバス停へと向かいながら、先輩たちが去年のことを話してくれた。面白いエピソードをはさみながら、今の俺たちと同じように不安だったと聞かされて、俺たちは少し笑った。けれど、重い気分は完全には去らず、ただ、先輩の前ではいつまでも憂うつな顔をしているわけにもいかなくて、明るい顔をしてみせた。


同じ方向に帰る副キャプテンの青山先輩とバス停に着くと、待っていた数名の生徒の中に鈴宮の姿が見えた。彼女は俺には気付かないまま、ぼんやりと立っていた。


(鈴宮…。)


彼女を見たら、急に我慢しているのがつらくなった。


(鈴宮!)


青山先輩と笑顔で会話を続け、胸の中で必死に彼女に呼びかける。鈴宮に話したい。彼女ならきっと分かってくれる。彼女ならきっと――。


(でも……。)


青山先輩は、俺よりも長くバスに乗って行く。つまり、バスに乗っているあいだ、俺は青山先輩と一緒にいることになる。先輩から離れて鈴宮に話しかけたりはできない。鈴宮が俺の彼女――でも、俺にはできないだろう。


(ああ……。)


なんてツイてないんだろう。せめて鈴宮と降りるバス停が同じだったらと思うけど、あの家の位置ではそれはあり得ない。


こっそりため息をついているうちにバスが来た。シューッという音がして扉が開き、前の入り口から生徒が順に乗り込んでいく。そのとき。


「あれ。瀬上!」


青山先輩が呼びかけた。すると、鈴宮のあとからステップを上がろうとしていたワイシャツ姿の男子生徒がこちらを向いた。


(瀬上?)


ポン、と記憶がよみがえる。「瀬上浩輔先輩。自然科学部部長、3年7組。」――。


黒縁のメガネをかけたその先輩が、軽く手を挙げて応えた。大人びた落ち着いた顔が、バスの光に浮かび上がる。


(そうか、あのひとが。)


青山先輩は7組だ。そして、あの先輩は今、鈴宮のうしろに並んでいた。


前に進みながら、バスの中での可能性を探りなおす。青山先輩があの先輩と話をするなら俺は解放される。そうなったら、俺は鈴宮と話ができる。


先に乗り込む青山先輩を緊張しながら見守った。先輩は、中ほどに立っていた瀬上先輩に話しかけながら隣に行った。そのそばに鈴宮はいない。


(よし!)


青山先輩に解放された俺は、喜びを隠しながら先輩に小さくあいさつをして、車内を素早く見回す。すると、立っている生徒の奥、後方の二人席の通路に鈴宮を見つけた。ほぼ同時に彼女がこちらを向き、俺を見つけて目を見開く。そのまま近付く俺に、彼女は控えめに微笑んだ。


(やった…。)


その微笑みが胸にしみる。どれほどこの時間を求めていたことか。


「一人?」


いかにも「何も知らない」という顔で、俺は尋ねた。彼女は「ううん。」と否定した。


「うちの部長と一緒。お友達が来たからって……野球部の先輩かな?」


鈴宮の視線が話題の二人に向けられる。「うん、そう。」と答えながら、「一緒」と返って来たことは無視した。今、一緒にいないのだから、もう今日はサヨナラしたのと同じだ。ここからは、一緒にいるのは俺なのだ。


彼女が俺にやわらかい微笑みを向ける。間近でまっすぐに見上げる瞳に心臓が踊り出し、思わず息が詰まる。


(やっべ…。久しぶりで緊張してきた。)


嬉しさと照れくささが入り混じって、どんな顔をしたらいいのか分からなくなった。さっきはあんなに話したいと思っていたのに、いざその場面が来てみたら、何を話したらいいのか思いつかない。鈴宮を相手にこんな状態になったのは初めてで、ますます焦ってしまう。


「野球部のひとって、もっとたくさんいると思ってた。」


彼女がバスの中を見回しながら言った。簡単に答えられる話題に、これ幸いとすがりつく。


「今日はミーティングのあとに、ちょっと残ってたから。」


次期キャプテンの話を思い出したけど、自慢みたいな気がして言えなかった。ベンチ入りで憂うつになったことは、今は重過ぎるようで口に出せなかった。


「そうなんだ?」


首を傾げて俺を見上げる彼女は、何度も思い描いていたよりもずっと可愛らしい。ただ見つめ返してうなずくだけの俺に、彼女はそっと続けた。


「あたしもなの。先輩のお手伝いで。」

「え、あ、あの、二人きり?」


焦ったせいで、ちょっと声が裏返った。余分な失態を見せないために、言葉が短くなる。


「違うよ。あと二人いたけど、反対方向だから。」

「そう、か。」


焦ったことに気付かれなくて良かった。もちろん、あの先輩と二人きりじゃなかったことも。


俺が前方を見てから鈴宮に視線を戻すと、目が合った彼女が少し身を寄せてきて、楽しそうに小声で囁いた。


「ねえ、うちの部長って、どんな人だと思う?」

「どんな、って……。」


むくむくと不安が湧いてくる。知りたかったことではあるけれど、それは鈴宮からではなく、一般的にどういうひとなのか、ということだ。しかも、楽しそうに訊いてくるなんて。


「なんか……賢そうなひとだな。」

「ああ、当たり。それだけ?」


可愛らしく尋ねる彼女に、ますます不安になる。


「うーん、真面目?」

「ああ、あのメガネ? ううん、全然。真面目な顔してイタズラばっかりする。」

「ふうん。」


そこで汰白の言葉を思い出した。「基本的にやさしいんだよね、みんな」――。


「や、やさしい、のか?」


後ろに「鈴宮に」と付け加えたくなるのを我慢して訊くと、彼女はパッと明るい顔をした。俺は逆にどんよりとした気持ちで胸がふさがった。


「そう見える?」


明らかに嬉しそうだ。


「まあな。」


俺が不機嫌なことに気付いてほしい。


「そうなの。怒ってばっかりだけど、やさしいんだよね。」


くすくす笑って浮かれた様子の鈴宮に、もうどうにでもなれ、と思った。


「好きなのか? あの先輩のこと。」


すると、鈴宮の動きが止まった。目を真ん丸にして俺を見つめて。


(あれ?)


予想と違う反応に、俺も驚いた。


「やだな、違うよ。」


軽い調子で否定する。それからくすくす笑い出した。


「部長を? ふふっ、そんなこと、考えたこと無かった。」

「そ、そうか…。」


何が可笑しいのかよく分からないが、こみ上げる笑いをこらえきれないらしい。それを見て、一気に安らかな気分になった。彼女が笑うと、どんなことも楽しくなるような気がしてくるから不思議だ。


結局、俺がバスから降りるまで、特別な話は何もしなかった。でも、鈴宮はこの前の雷雨の日みたいに元気が良くて、俺が予想もしていないような面白いことを思いついては口にした。そんな、教室にいるときの彼女とのギャップが可笑しかったし、面白いことを言うときの表情が可愛かった。たった10分ちょっと一緒に過ごしただけで、俺の憂うつな気分はすっかりどこかに行ってしまった。


「またな、猫。」

「うん。気を付けてね。」


別れ際に向けられた言葉と微笑みのやさしさに満たされて、雨の中を歩きながら、傘の陰でずっとニヤニヤしてしまった。







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