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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
25/92

25  揺れる


月曜日の朝。


梅雨の晴れ間の蒸し暑い空気の中、自転車で学校に向かう。朝練が無い今日の時間帯は、いつもは静かなサイクリングコースにうちの生徒をたくさん見かける。とは言っても、混雑するほどではないけれど。


(あれ?)


半分くらいまで来たあたりで、前方に鈴宮の後ろ姿を見つけた。うちの女子生徒のグループの向こうにちらちらと見えるだけだけど、あの雰囲気は間違いない。


「フッ。」


嬉しくなって、ひとりでに笑いが漏れてしまった。慌ててごまかしているあいだにも、金曜日の記憶がよみがえってくる。


二人だけで過ごした時間。あわただしかったし恥ずかしかったけれど、彼女の思いやりを、それこそシャワーのように浴びた。学校では控えめでおとなしいのに、あのときは強引と言ってもいいくらいの勢いで、俺が断れないほどだった。彼女の中にそんな部分があるのは意外だった。でも、それが自分に向けられた優しい気持ちから出たのだと思うと嬉しくて、土日は何度もあのできごとを思い出しながら過ごした。


その鈴宮に追い付けるかと、前の女子グループを追い越す隙間を探してみる。そのとき、彼女が横を向いて何か言ったのが見えた。


(……空野か?)


彼女と並んで走っている、黒いリュックを背負った男。あの後ろ姿は、たぶん空野に間違いない。ときどきお互いの方を見ながら、何か話して笑っているようだ。


(一緒に登校してるのか…?)


急に胸がドキドキしてきてしまった。


見てはいけないものを見たような後ろめたさ。二人の関係を確かめたいような、知りたくないような、煮え切らない気持ち。追い付かないようにスピードを落とすべきか否か。もしも追い付いたら、どう声をかければ良いのか。


いろいろな思いが頭の中をぐるぐる回る。次々と質問や解釈が浮かんでは消え、また同じ問いがあらわれる。


(くそっ。)


あれこれ考えていても何も分からないし、解決しない。さっさと追い付いて――。


(邪魔してやる。)


浮かんだ言葉にハッとする。どうしてこんなことを思うんだろう。今まで空野と剛の邪魔をしようなんて思わなかったのに……。


サイクリングコースを抜けるとバス通りに出る。そのバス通りを左に7、8分行くと、学校の正門へと続く道が右手にあらわれる。俺は舗装すれすれの端を通って前の女子グループを追い越し、バス通りの手前で二人に追い付いた。


「空野。」


呼んだ名前は空野の方。こんなときでも、少しばかり<建て前>というものがある。気になるのが鈴宮だとしても、先に話しかける相手は同性である空野だ。


「あれ、直樹。」

「あ、佐矢原くん、おはよう。」


空野は少し焦った様子で、鈴宮は笑顔で振り向いた。金曜日と変わらぬ親しげな笑顔を向けてきた鈴宮に、俺も笑顔を返す。


「一緒に来てるのか?」


バス通りに出る前でスピードを緩めた二人に尋ねる。空野は何も言わずに聞こえないふりをした。返事をしない空野に鈴宮は「偶然だよね。」と笑顔で言い、俺に説明した。


「ときどき会うの。今日で3回目。」

「ふうん。」


(偶然ね。)


空野の様子だと、会えるように、どこかで待ち伏せでもしてるんだろう。要領のいいヤツなら、鈴宮に家を出る時間や登下校のルートをさっさと聞き出してしまうだろうけど、空野には、そんなあからさまな質問はできないはずだ。


バス通りの歩道は広くて自転車も通行可能になってはいるが、ここでは一列じゃないと走れない。鈴宮が空野をちらりと見て先頭に立った。彼女と俺の間に空野が入る隙間を空けながら、左折しようとする鈴宮に、俺は少し大きな声で言った。


「金曜日、ありがとな。」


鈴宮は、曲がりながら驚いた顔を俺に向けた。


「あ、う、うん。」


うなずいて、すぐに前を向いてしまったけれど、彼女が少し慌てているのが分かった。そんな反応がいかにも彼女らしくて嬉しくなる。


「何だよ、金曜日って。」


鈴宮の後ろについた空野が振り向いて、彼女に聞こえないように尋ねた。その顔にあらわれた表情に、意地の悪い満足感を覚える。


「雨宿りさせてもらった。」


さり気ない態度を装おうとしても、自慢したい気持ちが声に混じってしまう。たぶん、顔にも。空野の表情が驚きから非難に変わる。


「なんでだよ?!」


こっそり叫ぶように言ってから、前に向き直る空野。その前の鈴宮は、俺たちの会話には気付いていない。


「大雨と雷で。」

「そんなことは言われなくてもわかるよ! でも、なんで由良ちゃんなんだよ?!」


また振り向いてそこまで言って、前を確認するために向き直る。俺が答えるよりも早く、空野はまた後ろを向いた。


「あとでゆっくり聞くからな。」


自転車で走りながらでは落ち着いて話せないと諦めたようだ。俺を思いっきりにらむと、それからあとは、俺には話しかけてこなかった。


自分で話題に出しておきながら、学校に着いたら空野にどう言おうかと、自転車を漕ぎながらあれこれ考えた。話したくないのは、彼女に洗濯をしてもらった部分だ。留守の家でシャワーを借りたのは、言ってしまいたい気もするが、もしかしたら鈴宮が嫌かも知れないと思った。スープをご馳走になったことは、差支えないだろう。


(秘密にするっていうのも、なんかドキドキしていいけど……。)


もう空野に言ってしまった。まあ、空野は俺と鈴宮の関係なんて、言いふらしたいとは思わないだろうけど。


「直樹じゃん。珍しいな。」

「おす。」


赤信号で止まったとき、去年のクラスメイトと一緒になった。そいつと話している間に波橋が「おはよう。」と隣を通って空野に並んだ。鈴宮は……俺の知らない女子と話してる。彼女の連れが女子であることにほっとする。


そのまま俺は去年のクラスメイトと連れだって、学校に続く道に入った。この道は幅が広くて、正門までまっすぐ100メートルくらいだろうか。両側に家があるが、どの家も道からは少し下がっていて、通学時間帯以外でもここを通る人や車はほとんどない。学校専用の道路のようなものだ。朝と帰りは歩道は徒歩の生徒が歩き、車道は自転車通学の生徒でいっぱいになる。


正門に突き当たったところで、自転車の生徒は学校を囲む道へと右折する。校舎に沿って回り込んだところに、駐輪場用の東門があるからだ。歩きの生徒はそのまま正門を入り、南校舎をくぐって中庭へと抜けて行く。駐輪場は四角く建てられた4つの校舎の東側から北側を囲んでいて、クラスごとに場所が決められている。東門を入ったところで、俺はそこまで一緒だった友人と別れ、自分のクラスの駐輪場へ向かった。俺の前には空野と波橋、その前の鈴宮は今は一人だ。


(今だ。)


鈴宮と話をするなら今しかない。目の前の空野と波橋にイライラしながら、鈴宮が先に行ってしまわないようにと祈った。


願いが通じたのか、単に彼女がのんびりしていたせいなのか、俺は無事に彼女が荷物を自転車のかごから出している間に、隣に自転車を滑り込ませることができた。そうしながら、俺は彼女に話しかけた。でないと、彼女は俺が自転車を停めるあいだにさっさと行ってしまいそうだったから。自分のバッグを抱えた彼女は、俺の話ににこにこと答えながら、俺が荷物を下ろすのを待っていてくれた。


「空野の前で言っちゃダメだったか?」


空野を波橋に任せたまま歩き出し、隣に並んだ鈴宮に少し声を低めて尋ねた。


彼女は一瞬、きょとんとした顔をした。何のことを言われたのか分からなかったようだ。でも、すぐに納得した様子で微笑んだ。


「ううん、そんなことないけど……。」


そこで言いよどむ。野球部の黒い大きなバッグを背負った俺の横で、小柄な鈴宮が、胸に抱えた紺のスクールバッグに軽くあごを載せるようにして前方に視線を向ける。ふと、俺たちの姿がほかの生徒にはどう見えているのだろうかと思い、わずかに背筋を伸ばした。


「びっくりした?」


あのときの驚いた顔を思い出し、少しばかり罪悪感を覚えながら尋ねた。同時に、彼女をいたわる気持ちが胸の中に甘く広がる。


―――俺の、猫。


「あ、うん、そう。」


彼女は答えながら、少し肩の力を抜いて俺を見上げた。それから一瞬、間をあけて、前を向きながら言った。


「いいのかな、って。」

「何が?」

「うーん……、あたし…、あたしだから。」


鈴宮の言う意味がなんとなく分かった。彼女は自信がないのだ。自分には仲良くされる価値がないと思っている。そんな彼女に軽く笑って、気軽な雰囲気を演出する。


「鈴宮と一緒にいるの、楽しいよ。」


言ってしまってから照れくさくなった。けれど、さっきよりももっと驚いた顔で見上げた彼女にそれを気付かれたくなくて、強気にニヤリと笑ってみせた。すると彼女は一層目を丸くしてから……嬉しそうに、にっこり笑った


「ありがとう。」


(うわ。)


にこにこしたまま前に向き直った彼女に、強い気持ちが湧いてくる。彼女の頭を抱き寄せたい。でも、もちろんそんなことはできなくて、慌てて荷物を背負い直すことで手をふさぐ。


(俺は…やっぱり……。)


隣を歩く小さな姿をちらりと見下ろす。その明るい表情と背筋を伸ばした軽い足取りが、俺の言葉の影響だと思うと、どうしようもなく心が乱れた。


「でも、もう言わないかな。」


つぶやいた俺に、鈴宮が今度は不安そうな顔を向ける。俺が機嫌を損ねたと思ったのかも知れない。そんな彼女に安心してほしくて、少しふざけた調子で続ける。


「だって、あんまり詳しく訊かれたら恥ずかしいし。」


その言葉に、彼女がまた慌てた。「ご、ごめん。」と、下を向いてしまう。


「謝ることないよ。本当に感謝してるんだから。」

「うん……。」


様子をうかがうように、少し上目づかいに見上げる鈴宮もやっぱり可愛い。


「今朝はどうしても、朝一番でお礼を言いたかっただけだから。」


そう言って「な?」と笑ってみせた。そうしながら、心の中では「俺たちだけの秘密な。」と付け加えた。そんなことをして喜んでいる自分に、今度は空野に対する罪悪感が湧いてくる。俺たちの後ろで波橋に捕まったままの空野に。




空野が俺を問い質したのは、一時間目のあとの休み時間だった。首根っこをつかまれるように廊下に連れ出され、説明を求められた俺は、「ランニング中に雷雨にあった俺を、偶然見つけた鈴宮が雨宿りさせてくれた」と、大まかな話だけをした。


案の定、空野は、「朝日公園で雨が降り出したなら、うちの店に来ればいいじゃないか!」と、俺を責めた。俺は殊勝な顔でそれにうなずき、次からはそうさせてもらうと答えた。素直に空野の言うことを聞いていた俺に、空野はそれ以上、何も言わなかった。けれど、その表情を見れば、俺への疑いが芽生えていることがなんとなく分かった。


でも、まだ俺は空野に、鈴宮に対する気持ちを表明することができなかった。


鈴宮のことが可愛くて仕方ないのは確かだ。彼女にとって自分が特別でありたいと思う気持ちもある。でも、自信がなかったのだ。空野と剛のように、鈴宮に対してまっすぐに突き進んでいくほどの覚悟が俺にはないような気がして。


この程度の気持ちでは、空野と剛に「俺も」なんて言えない。二人に対して申し訳ない――というのは言い訳かも知れない。


(いつかは…。)


そんなに先じゃなく。たぶん、もうすぐ。


言わなくちゃならないだろうな…。







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