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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第三章 恋と友情
24/92

24  由良 ◇ 後悔ばかり


(やっぱりお節介だったかな……。)


佐矢原くんを送ったあと、何度も何度も考えている。考えて、落ち込んでいる。


「あーあ。」


ため息と一緒に思わず声が出た。


勉強をしていても、今日のことばかり考えてしまう。落ち着かないので机に伏せて、一連のできごとを思い返してみることにした。雷と雨の音で窓から外を見たあのときから……。


(あんな偶然があるなんて。)


雨の様子を見ようと、たまたま窓から外を見たときに、向かいの公園のへりを走って行った人影。野球場の黒っぽいフェンスを背景に、白いTシャツと靴が浮き上がって見えた。見た途端に佐矢原くんだと思った。


あっという間にうちの前を通り過ぎて行く姿を、窓ガラスに張り付いて目で追った。その走り方で、あれはランニングじゃなく、雨宿りできる場所を目指しているのだと分かった。バックネット裏は大きな木で屋根ができているけれど、雷のときは木の近くは危ないと聞いたことがある。それに、いつやむか分からない豪雨。だから、うちに連れてこなくちゃって思った。もしも人違いだったらどうしよう、なんて一度も思い浮かばないまま、とにかく行かなければ気持ちがおさまらなくて。


もちろん、あんな雷と大雨の中に放っておくわけにはいかないのは間違いない。だから、雨宿りをしてもらったことは正解。佐矢原くんも、あのときのことは、「有り難かった」って言ってくれた。けど……。シャワーやお洗濯は……佐矢原くんは嫌だったかも知れない。よその家で服を脱ぐなんて。


こうやって思い出してみても、佐矢原くんが本当は迷惑に感じていたようにしか思えなくなっている。


そりゃあ、「有り難かった」って言うに決まってる。無理やりとは言っても、雨宿りをして、お風呂を使ったわけだから。やさしいし、礼儀正しいひとだから、本当は嫌でも、そんな本音は言うわけがない。


シャワーのあと、お母さんを待つのを玄関でって言ったのも、あれ以上わたしと近付かないように警戒したからじゃないかって、今は思う。わたしとそこまで仲良しじゃないよ、って示すために。お節介焼いて洗濯なんかしちゃったから、<彼女気取り>って思われちゃったのかも。


(そんなつもりじゃなかったんだけどな……。)


あんなにびしょ濡れのままじゃ寒いだろうと思って…。それに、洗濯機に入れる前に洗った方がいいと思って…。弟の下着を見慣れてるし、男の子は別に恥ずかしくなんかないのかと思ってたからなあ…。


(でも、恥ずかしいんだね…。)


「恥ずかしかった」って言ったときの佐矢原くんは……、あの笑顔を見て、不愉快じゃなかったんだ、って思ってほっとした。今も、あの笑顔を思い出すと、そうかなって思う。だけど。


佐矢原くんは、よく気が付くひとだから。


ソフトボールの練習のときも、わたしが気おくれしていることを分かっていた。試合のときも、緊張しているわたしを気遣ってくれた。そういう目配りが訊くひとなのだ。だから、わたしを安心させるために、自分が嫌なことを隠すのは佐矢原くんなら当然のこと。


「はぁ……。」


わたし、調子に乗っていたのかな。球技大会のあと。自分は佐矢原くんと仲良しだ…って。


「猫」って呼ばれたりして。仲良しなんだって、勝手に思っていたのかな。それで、これ以上、わたしが勘違いしないように、「玄関でいい」って言ったのかな。わたしのこと、ずっとうっとうしく思っていたのかな。ただ雨宿りだけさせてあげれば良かったのかな。


来週からどうしたらいいんだろう?


もしかしたら、もう警戒して話しかけてくれないかも知れない。お洗濯までしなければよかった。だけど、あんなびしょびしょの服をそのままになんてできないよ……。


(ああ、ダメだ。)


後悔しか浮かんでこない。一緒にいたときにはこんなふうには思わなかったのに。あのときは、佐矢原くんの言葉を素直に信じていた。二人で玄関に座っていたときも、普段と違うことをするのが面白かった。お母さんがすぐに帰ってきたからあんまり長い時間じゃなかったけど、お話ししている間は楽しかった。でも、あれも佐矢原くんがわたしに気を使って、そう見せていただけかも知れない。お母さんは佐矢原くんをすごく気に入って、「ああいうお友達は大事にしなさい」って言ったけど……。


「うーーー……。」


ああ、落ち込む。こんなこと、何回繰り返せば分かるんだろう。


いつもそうだ。思い付いたときはとっても名案だと思ってやっても、後になると最悪の行動だったような気がして落ち込む。だったら何もやらなければいいのだけど、思い付いたときにはそれが一番いい方法だと思っているから、またやらずにはいられない。で、後になるとまた落ち込む。そんなことばっかり。ちっとも進歩しない。


「……ん?」


メールの着信音?


「ひ……!」


(佐矢原くんからだ!!)


どうしよう? 今日の…お礼、かな。だよね、きっと。だよね? そうだよね? 気を使う人だもの。


でも……。


もしかして、怒ってたらどうする? もう話しかけないでくれ、とか。そしたら、「分かりました」ってお返事するのかな? それとも、お返事もらうのも嫌なのかな? 自分の連絡先は消去してほしいとか? どうしたらいいのか分からないよ!


どんどん悪い事態が浮かんでくる。でも……、とにかく見なくちゃ。


(ああ、ドキドキする!)


指先が迷う。でも。


『今日はthank you!』


力が抜けた。


(大丈夫…みたい……。)


怒ってないみたい。うん。たぶん、大丈夫。あとは…?


『あのとき、鈴宮が俺を見つけてくれて、本当にラッキーだった。雨はもちろんひどかったけど、あんな雷だもん、外にいたらすごく怖かったと思う。結局二時間以上も続いたし。本当にありがとう。うちの母親からも、鈴宮とおばさんに「ありがとうございました。」って伝えてほしいって。』


「ああ……。」


良かった……。本当に


『あと、食べさせてもらったスープ、何ていう名前だっけ? おいしかったから、うちでも作ってもらおうと思ったんだけど、俺の説明じゃ全然分からないって言われた。赤いスープで野菜が入ってたことしか言えなくて、そう言ったらロシアの料理かって訊かれた。でも、母親の説明を聞くと、どうも違う気がする。鈴宮、何か名前を言ってたよな? なんだっけ? 時間があるときでいいから、名前か作り方を教えてほしい。』


(そんなに気に入ってくれたんだ……。)


とても嬉しい。胸のあたりがくすくす笑っているみたい。


(お友達で……いいんだ。)


ほっとして緊張が解けた。


恥ずかしい思いをさせてしまったけれど、今日くらいのことなら、佐矢原くんは迷惑じゃないんだ。わたしのことをお節介だとは思わないでいてくれるんだ。


球技大会のあと、佐矢原くんがときどき「猫」って呼んでくれるのが嬉しかった。軽い調子でからかうように話しかけてもらうと、なんだかドキドキした。だって、男の子からそんなふうに扱われることって、部活以外では初めてのことだったから。


と言っても、佐矢原くんとはそんなにいつも一緒にいるわけじゃない。教室の移動で一緒になったときとか、佐矢原くんが富里くんのところで話しているときに、わたしに気付いて何か言うとか。どちらかというと、佐矢原くんよりも空野くんと富里くんの方が、たくさんお話ししている。富里くんのことを怖いと思っていたのなんてウソみたいに。二人の席がわたしと近くて、話す機会が多いせいかも知れない。それに、利恵ちゃんが空野くんには遠慮なく話しかけるから。


富里くんと空野くんに「由良ちゃん」と呼ばれることにも慣れた。最初はほかの女の子たちにどう思われるかと不安な気もしたけれど、利恵ちゃんの「空ケン」の方がインパクトが強くて、わたしの方はスルーされた感じ。あのときは本当にほっとした。


佐矢原くんが、「猫」って呼ぶのはいつものことじゃない。でも、そう呼ばれると楽しくなって、わたしもたまにふざけて言葉を返したりする。佐矢原くんはいつも気持ち良く笑ってくれて、自分が佐矢原くんにそういうことを許されているのだと思うと、自分でそんなことをしておきながら驚いてしまった。だって、とても新鮮な経験なのだから。


でも、後になるといつも迷っていた。どのくらいまでOKなのか、よく分からなくて。あんなことを言っちゃったけど良かったのかな、なんて、後悔もした。だから、また次に「猫」って呼んでもらえるとほっとした。「ああ、大丈夫だった」って。


(でも……。)


これからは後悔しなくても平気かも知れない。だってわたし、佐矢原くんと、ちゃんとお友達みたいだもの。今日みたいにうっかり一直線に突き進んでしまっても、佐矢原くんは笑って許してくれる。


(良かった。)


お友達だって……、仲良くしてもいいんだって確認できたときって、すごく嬉しい。それに、スープもあんなに喜んでくれて。


(やっぱり、いいひとだな……。)


まっすぐって言うか、裏表が無いって言うか……そうだな、安心できるひと? 信用していいひと。


そういえば、利恵ちゃんも言ってたよね、「佐矢原くんだから大丈夫」って。なんだっけ? 「紳士的」?


(ああ。確かにそうなのかも。)


だから「玄関で」って言ったのかも知れない。シャワーを遠慮したのも、だからなのかも。でも、二人だけでいても、ちっともおかしな雰囲気にならなかったもんね。ただ面白かっただけで。きっと佐矢原くんは、変なことなんか考えないひとなんだ。だから一緒にいても、緊張しないですむんだね。


(ふふ、それに、あたしだもんね。)


ちっとも女の子らしさがないわたしが相手じゃ、欲望も何も湧いてこないに決まってる。部活の男子だってそうだもんね。そうだと分かっていると、付き合いやすくていいな。


佐矢原くんとお友達になれて良かった!


…って思っても、やっぱりこれからも後悔しちゃうんだろうなー。








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