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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
21/92

21  由良 ◇ ひと段落


(大丈夫かなあ……。)


教室前の廊下で佐矢原くんを待っているところ。借りていたグローブを返すために。


球技大会は、うちのチームは準優勝だった。決勝戦では3年生に負けてしまった。わたしはその試合は補欠にまわれてほっとした。その前の準決勝で、緊張とプレッシャーでクタクタになっていたから。


表彰式では、聡美が準優勝の賞状を受け取りに壇上に上がった。今回の結果は聡美がいたからこそだと、わたしも思う。ピッチャーを務めたことだけじゃなく、練習を持ち掛けてくれたことも。聡美がいなければ、みんながあそこまで真面目に練習したかどうか分からない。彼女の気持ちが、わたしたちみんなを引っ張ったのだと思う。


そして、佐矢原くん。


佐矢原くんは、進んでみんなの前に出る人じゃない。でも、聡美の気持ちを受け止めて、それをみんなに上手に行き渡らせる役割を果たしていた。練習でも試合のときも、佐矢原くんは、いつの間にか中心になっていた。今回は種目上、野球部の佐矢原くんがそういう立場に立ったのかも知れない。でも、もともとそういう気配りができる人なんだと思う。それに、あの大きな体と落ち着いた声は、とても安心感がある。わたしは特にお世話になったし。


(楽しかったな…。)


お昼休みの練習も、バッティングセンターに行ったことも、試合も。球技大会をこんなに楽しんだのは初めて。最初に憂鬱になっていたのがウソみたい。みんなに親切にしてもらったけど、中でも佐矢原くんには特に気を使ってもらった。


(これで終わりだ…。)


貸してもらったグローブ。


きのう、綺麗にしてから返そうと思って持って帰った。でも、ネットで調べたら、専用のクリームやオイルが必要だと分かって、それは無理だとあきらめた。とりあえず布で拭いて、一晩、中に風を通してきたけれど、それだけでいいものなのかよく分からない。


(だからっていうわけじゃないけど……。)


グローブの手のひらをそっとのぞき込む。そこにはロールパンで作った小さい焼きそばパンが一つ。貸してもらったお礼に、一緒に渡そうと思って作ってきた。バッティングセンターに行ったときに、好きだって話していたから。きのうの帰りにスーパーに寄って、材料を買った。残った焼きそばは自分のお弁当にも入れてきた。


「おはよう、みゃー子。」

「あ、里香、おはよう。」

「よう、鈴宮。」

「中込くん、おはよう。」


(なんか…ほっとする。)


球技大会のおかげで、前よりも気楽に話せる人が増えた。女子だけじゃなくて男子も。もちろん今までだってあいさつくらいはしていた。でも、少し気おくれしてしまうような相手でも、話してみると優しかったり、同じことを考えていたり、そんなに遠い存在じゃないということを知った。


わたしに存在感が無いのは、自分でそう作り上げているせいかも知れないと思った。気おくれして…つまり、劣等感を持っているから、周りがわたしを軽蔑したり嫌っていたりするのではないかと思って、安心できる相手以外には話しかけないし、自分を見せないようにしてきた。それはそれで居心地が悪いわけではなかった。誰かに傷つけられる心配が無いから。


でも、球技大会の練習をしているうちに、みんなの優しさに気付いた。運動が苦手な女子同士で生まれた連帯感とか、得意な人からもらえるアドバイスとか、いつの間にか盛り上がっている雑談とか。そういうことの中で、自分は普通なんだ、と思った。それは、わたしにとってはとても大きな発見だった。


普通と言っても、わたしが世間一般の高校生の基準を満たしているという意味じゃない。みんなの好き嫌いのランクの中で、わたしが<普通>に入っているということ。<嫌い>ではなく<普通>。その枠の中では下の方だとしても、あくまでも<普通>。<嫌い>じゃない。


自分が嫌われていないと分かっただけで、とても安心した。そうしたら不安が減って、みんなを少しだけ身近に感じるようになった。今までよりも、緊張しないで話しかけられる相手が増えた。里香と沙織みたいなタイプは女子の中でも特に難易度の高い相手だったけど、今はいつも楽しそうな彼女たちのことが好きだ。


(こんなこと、初めてだ。)


今まで、学校のイベントでこんな発見をしたことは無かった。「生徒同士の親睦を深める」なんて、ただのスローガンに過ぎないと思っていた。わたしはいつも、周囲の楽しそうな雰囲気を壊さないように、自分も楽しんでいるふりをするだけで精一杯だった。そして結局、イベントを通じてクラスに馴染めたと感じたことは無かった。


でも、今回は違う。


(あ。)


佐矢原くんが来た。富里くんと一緒に。野球部の朝練が終わったのだ。


声をかけるタイミングを待ちながら、急にドキドキしてしまう。もしかしたら、「球技大会が終わったのに何の用?」なんて思われるかも……。


「あ、由良ちゃん。」


富里くんの声と同時に、隣の佐矢原くんもわたしに気付いて、少し驚いたような笑顔を見せてくれた。


「おはよう。」


思っていたよりもはっきりした声が出た。自然に笑えたことも嬉しい。急いで二人の前に駆け寄る。二人の「おはよう。」が聞こえる。


「これ、ありがとう。」


中の焼きそばパンが気になる。でも、それを悟られたくなくて、わざと元気にグローブを差し出した。


「ああ、そうだったな。」


佐矢原くんがグローブを受け取る。これで本当に球技大会は終わり。でも……。


「ん?」


不思議そうな顔で、佐矢原くんがグローブをのぞき込んだ。隣から富里くんも。


「お礼。ちょっとだけ。」


恥ずかしいから急いで言った。佐矢原くんはびっくりした顔でわたしを見た。ここで恥ずかしがったら変に誤解されてしまうかも知れない。このまま頑張って無邪気な態度を貫かないと。


「お弁当の残りで作ったの。おやつにでも、食べて。」

「あ、ああ、サンキュ。」


佐矢原くんは、まだ驚いたままみたい。


「いいなー。由良ちゃん、俺には?」


(え?!)


隣の富里くんの言葉にびっくり! わたしからのものが欲しいなんて。


「今度ね。」


答えながらとても嬉しくなった。富里くんが、普通の女の子に話すのと同じように、わたしにも冗談を言ってくれたことに。そして自分が、普通の女の子と同じくらい、普通に返事ができたから。


「サンキュー、猫。」


教室に入ろうと二人に背を向けたとき、佐矢原くんがもう一度お礼を言ってくれた。「猫」という呼び方にハッとして振り返ると、佐矢原くんがニヤッと笑った。それに微笑んでうなずく。また背をむけたとき、後ろで「半分ちょうだい。」「やだ。」というやり取りが聞こえた。わたしが作ったものを喜んでくれているのだと思ったら、信じられない気がした。


(これからも……?)


仲良くできるのかな? 佐矢原くんと、富里くんと、それから空野くんも。空野くんはすでに利恵ちゃんとは遠慮の無い…というか、利恵ちゃんが遠慮なく話しているし、席が近いからこれからも大丈夫だと思う。富里くんも、そうかな。


(佐矢原くんは…。)


どうなるだろう。席が離れていると、あまり話すことは無さそうだけど…。


でも、大丈夫な気がする。佐矢原くんは、毎日話していなくても、いつでも安心して話せるような気がする。信じていい人だって感じる。


(うん、たぶん。)


きっと大丈夫。だって…。


(そうだよね?)


さっき、佐矢原くんは「猫」って呼んでくれたもの。








球技大会だけでこんなに長くなってしまいました…。

まどろっこしい展開ですみません。


さて、第二章はここまでです。

次から第三章に入ります。


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