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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第一章 はじまり
2/92

02  由良ちゃん?


3、4校時に続いた調理実習の間、鈴宮と俺が言葉を交わしたのはそこまでだった。ただ、俺は何かをやろうとするたびに不安になって、顔を上げて彼女を探してしまった。鈴宮は調理台の向かい側や流し台の前で俺の視線に気付くと、いちいち驚いたような顔をした。そして、俺の手元を確認し、励ますようにコクンとうなずいた。料理が出来上がったとき、被っていたバンダナを取った彼女の髪があごのしたのあたりまでのショートカットだと知った。全体に丸い感じにまとまっている髪型は、サイドの髪を耳にかけている方が似合っていると思った。


和食のメニューは思いのほか美味しかった。食事中は話が弾み、特に汰白聡美が天童よりも俺に話しかけてくる回数が多いような気がして気分が良かった。後片付けも、汰白と冗談を言いながら楽しく済ませた。昼休みに解散になったとき、彼女は俺に笑顔で「次も楽しみだね」と言い、俺は彼女との今後の展開に胸を躍らせたのだった。


ところが。


「お前、何てことを〜!」


調理室から出た途端、後ろから出て来た富里(とみさと)(つよし)に腕をつかまれた。


「え?」

「直樹、ちょっと来いよ。」


不意打ちに驚いているうちに反対側に空野健吾が現れた。訳が分からないまま二人に引きずられるように、クラスメイトたちとは逆方向へと連れられて行く。何事かと振り向いた生徒の中には汰白もいて、俺たちの様子を見るとくすくす笑いながら行ってしまった。


「え? 何?」


校舎のこの場所は調理室、被服室、家庭科教材室…と特別教室が並んでいるだけ。うちのクラスの生徒がいなくなってしまうと通る生徒もいない。とは言っても窓のすぐ外は中庭で、5月の日差しの下に出て来た生徒たちの姿が間近に見える。さすがにいじめなんかじゃないとは思うけど……。


「お前、何やってんだよ!」


俺の腕を放した剛が、足を踏みならして言った。


「何って……?」


剛が本気で腹を立てていることは分かった。同じ野球部で一年以上の付き合いだから。でも、なぜか俺は剛が怒っている姿を見ても、「ああ、怒ってるな」程度しか感じたことが無い。細身であごの尖った顔に眼光鋭い顔つきのわりに、少し抜けていて気の良い剛は、怒ってもあまり長続きしない性格なのだ。


「そうだぞ直樹。お前、図々しいぞ。」


それよりも迫力があるのは空野の方だ。静かではあるものの、細いメタルフレームのメガネをかけた秀才顔で冷ややかに睨まれると、どんな弁解も無駄だという気分になってしまう。いや、それは気分だけじゃなく、中学から一緒の俺は、実際にそういう場面を何度か見てきた。そして、それはいつも空野の正義感から発揮されたものだった。その空野が、今、俺に怒りを向けている……?


「だから、何がだよ?」


そう訊き返しながら、ふと気付いた。この組み合わせは何だ、と。剛とは部活が一緒だから、今のクラスになってから一緒にいることも多い。でも、そこに空野が混じっていた記憶はあまりない。


空野はこの里原高校に入学してから、急に雰囲気が変わった。いわゆる「高校デビュー」というやつだ。クセのある少し長めの髪をいつもお洒落にキメていて、俺と同じくらい背が高い。もともと整った顔立ちだったこともあり、女子の注目を集めるようになった。けれど、空野の周りに女子は近寄れない。女子に対してはまったく愛想が無くて、どんなに会話上手な女子でも早々に諦めるしかないのだ。男同士なら普通に話はするが、その見た目と成績の良さのため、その他大勢の男たちとは一線を画しているような存在だ。そんな空野とおしゃべりで楽天家の剛が、どういうわけでタッグを組んでいるのか想像もつかない。


「だから! 仲良くしすぎなんだよ!」


焦れた剛が、また足を踏みならして言った。隣で腕組みをした空野が「そうそう。」とうなずく。


「ああ…。」


やっと分かった。この二人は、調理実習で俺が汰白と仲良くしていたことに焼きもちを焼いているのだ。そう気付いた途端、思わずニヤリとしてしまった。


(なーんだ。)


焼きもちだと分かったら安心した。同時に、驚きながらも可笑しくなってしまう。だって、剛だけならともかく、女子に興味が無さそうな顔をしていた空野までが、こんなふうに直接的な行動に出てくるなんて。汰白のことがよっぽど好きらしい。


「あれは俺のせいじゃねぇよ。」


思わず胸をそらし、少し得意な気分で言い返す。ニヤニヤしてしまうのは、どうしても隠せない。


「向こうから話しかけて来たんだぜ?」


心の中で、「まあ、俺の魅力の勝利だな。」と付け足してみた。こういうことで初めて優位に立てて、非常に良い気分だ!


「だからって、あれはやり過ぎだろう!」

「そうだ。あれは酷い。」


得意になる俺を、剛と空野はますます睨みつけた。剣呑な気配を増した二人に、俺はちょっと慌ててしまう。


「やり過ぎって、お前……。」


俺はしゃべっていただけだ。そりゃあ楽しくて笑顔だったし、食器の片付けをしながら腕が触れたりはしたけれど。


「触っただろう、手に!」

「いや、そんなこと―――」

「いや、触った。直樹の方から手を出したのを、しっかり見た。」

「もしかしたら偶然―――」

「違う。間違いなくお前は確信犯だった。」

「確信犯って……。」


何を言っても通じなさそうな二人に、俺は弁解する言葉を失ってしまった。俺は絶対にわざと触ったりしていないのに。呆然と二人を見つめながら、どうすれば良いのかと考える。


(とりあえず、謝ればいいのか……?)


女子と仲良くしたくらいで、どうしてこの二人に謝らなくちゃいけないんだろう? でも、このままだと昼休みが終わるまで解放されないかも知れない。汰白がモテるのは承知の上だったけれど、こんなに面倒くさいファンがいるんじゃ、頑張るのは考えた方がいいだろうか……?


「だいたいあんな、罠にはめるみたいなことをするなんて。」

「本当にそうだよ。純真な彼女が疑わないのをいいことに。」

「いや、ちょっと待て。」


その言われようはおかしい。いくら何でも酷過ぎる!


「俺は下心なんて…無かったとは言わないけど、罠にはめるようなことは誓ってやってないぞ!」


しっかりと言い切る。俺だって、さすがに卑怯者扱いされたまま黙っているわけにはいかない。すると二人はまたギッと睨んできた。


「…とぼけるつもりか?」


空野がドスを効かせた声を出す。そんなことをされても、やっていないものは絶対に認めるわけにはいかない。


「さっきから言ってるだろ? 俺は汰白には―――」

「汰白じゃなくて。」

「え?」


……意味が分からない。


「……誰の話?」

「ゆらちゃんに決まってるだろ!」


ぼんやりと尋ねた俺に、剛がイライラしながら答えた。その隣で空野もうなずく。


(ゆらちゃん……?)


下の名前が「ゆら」なのだろうか。大急ぎでクラスの女子の顔を思い浮かべてみる。けれど、思い出せるのは十人足らずで、しかもフルネームを覚えているのはさらに少ない。でも、そこでハッとした。


「もしかして……。」


初日にもらったクラス分けの名簿が頭に浮かんでいた。その中で俺の名前『佐矢原直樹』の下にあった『鈴宮由良』。


「鈴宮か……?」


うなずく二人。それを見ながら、やっと納得した。この二人は俺が鈴宮と手の大きさを比べたことを怒っていたのだ。どうりで話が噛み合わなかったわけだ。


「うん。確かに触ったな。」


納得したら安心して認めることができる。そもそも最初からウソをつこうなんて思っていないわけだし。それに、鈴宮に対しては下心も無かったし。


「『触ったな』って、お前、何開き直ってんだよ?」

「あ、まあ、うん、でも――」

「由良ちゃんには触っちゃいけないんだぞ!」

「はあ?」

「そう。彼女は愛でるものなんだから。」

「愛でる……?」

「そうだよ。」


確かにやたらと女の子に触るのは良くないというのは分かる。でも、剛の言い方はどこか違っているような気がする。空野の言葉はさらに変だ。言われてみれば、小さい彼女はマスコットキャラクター的な可愛らしさがあるかも知れない。でも…。


「彼女、直樹が話しかけたとき、驚いていただろう?」


首を傾げている俺に呆れたようにため息をつきながら、空野が言った。俺がうなずくと、剛が「あれが超可愛いんだよな〜。」と幸せそうな顔をした。すると空野がいきなり元気に剛に向き直り、「そうそう、くりっとした目でさあ。」と嬉しげに同意する。普段の空野とは違う浮かれた姿に、俺の方が驚いた。


(まあ、確かに可愛かったかもな。ちょっと無防備な感じもするし。)


ぼんやりと鈴宮の顔を思い出していると、剛と空野がいきなりこっちを向いた。


「だから! びっくりさせちゃいけないんだ。」

「そう! 新しいクラスになって1か月以上経つのに、まだ話しかけられると驚くくらい繊細な子なんだよ。」

「そうだぞ。だから驚かさないように、俺たちは我慢してんだ。由良ちゃんは、触ったり捕まえたりしちゃいけないんだ。やっていいのは愛でるだけ!」


そう言って二人は顔を見合わせて、力強くうなずいた。


(触ったり捕まえたりしちゃいけないって……。)


「天然記念物かよ……。」


思わず漏れたつぶやきに、二人は嫌な顔をした。おかしなとばっちりを食らってしまったと思ったけれど、俺は一方で感心もしていた。二人ともこれほど鈴宮のことが好きなのに、怖がらせないように行動をセーブしているなんて。


「そういうことなら…まあ、悪かったな。」


でも、これはこの二人じゃなくて、鈴宮に言うべきなのではないだろうか。人付き合いが苦手らしい鈴宮が黙っていられないほど、俺の手つきは危なっかしかったということだし。


「なあ、それでどうだった?」

「え、何が?」


急に熱心に尋ねられて焦る。


「由良ちゃんの手だよ!」

「え、ああ――」

「どんな感触? 震えてたりしなかったのか?」


(目的はこれか!)


今までのは単なる前ふりに違いない。この二人の自分たちの行動への言い訳だ。そう気付くと同時に、左手にあのときの感触がよみがえった。


そっと合わせられた手のひら。彼女の体温を感じて、もぞもぞする背中。目の前の二人を意識から追い出して、体があの瞬間を追いかける。


(ああ、なんだか……。)


甘い疼きが胸に広がる。今なら手を握っても―――。


「どっちの手だ?」

「右手は包丁を持ってたんだから、左手だ。」


という声をうわの空で聞きながら想像の中で彼女の手を包みこもうとしたまさにその瞬間、乱暴に左手首が掴まれた。そして無理矢理手を開かされる。気付いたときには、剛の手が押し付けられていた。


「ここに由良ちゃんの手が〜。」

「やめろ。よせ。」


手を取り戻そうとしても、予想以上に強い力で掴まれている。鈴宮の手の記憶が、味もそっけもない剛のごつごつした手の記憶に書きかえられて行く……。


「なあ、どんな感じだった?」


いつもの冷静さとは違う熱のこもった目で俺を見ながら、今度は空野が俺の手を引っ張った。心の中で「お前もか!」と叫んでいる間に、空野は俺の手を自分の頬にあて、うっとりと目を閉じた。


「どんなって……。」


空野のその姿を見て、俺は何も言えなくなってしまった。鈴宮が触ったものなら男の手でも良いなんて。その手をまた剛が取り返そうとし、二人が俺の手を取り合う様子を、俺はぼんやりと見ていた。特に、空野が剛と同じレベルで争っているということには衝撃を受けた。


「だから!」

「どんなだったんだよ?!」


イライラした二人に怒鳴られてハッとする。何か言わなくちゃと口を開いたけれど、本気の感想を言ったらただでは済まない気がする。当たり障りのない答えとすれば……。


「あ、ああ、あの、ちっちゃかったな。」

「ちっちゃい?」

「うんうん、そう、ええと、このくらい、かな?」


そう言いながら、俺は左手を開いて、鈴宮の手のおおよその輪郭を指でなぞってみた。ほとんどあてずっぽうだけど。その輪郭を描く右手を見て、鈴宮がこの手にも触れたことを思い出した。しかもあれは左手よりも長い時間で……。


(絶対に秘密だ!)


二人は俺の説明を目を輝かせて聞き、またそれぞれ俺の手に自分の手を合わせたり、頬にあてたりした。やっぱり信じられない気持ちでそれを見ながら、とりあえず責められるのはこれで終わったようだと胸をなでおろす。その隙に、気付かれないように、右手はそっと後ろに隠した。







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