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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
19/92

19  驚きの…


落ち着いた様子で隣を歩く鈴宮をそっと確認する。


(まさか剛を怖がっていたとは思わなかったな…。)


気さくでお人好しの剛は、女子には受けが良いのに。


思い出してみると、入学してすぐの頃の剛にはキツい印象を持っていた。細面に切れ長の目が鋭くて、カッとなったらヤバそうだと思った。けれど、部活でも、今のクラスでも、剛はいたって朗らかなものだ。不機嫌なときでもちょっとふて腐れるくらいで、すぐに忘れてしまう。だから男女ともに親しまれているし、そこそこ女子にモテるのだ。


そんな剛だから、まさか怖がられているとは思っていなかった。今まで剛から鈴宮に話しかけることが無かったとしても。


でも、待ち合わせ場所に来た鈴宮は、緊張して剛をまっすぐに見られないでいた。剛は剛で目を逸らしているし。剛が鈴宮と話ができないことは知っていたけど、こんな態度をとるとは思っていなかったから驚いた。だって、金曜日にこの話をしてから、剛は何度も「今度こそ絶対に由良ちゃんと話す!」と決意表明をしていたのだから。しかも緊張のあまりなのか、さっきまでずっとしゃべりっぱなしだったのに。


(まあ、それでも…。)


一応、剛のフォローはできたんじゃないだろうか。バッティングセンターに行こうと言い出したのが剛だというのは本当のことだし。あんな状態ではどっちも可哀想だ。


もう一度鈴宮を見下ろすと、ちょうど彼女も顔を上げて目が合った。ハッとして一瞬目を見開き、ぱちりとまばたきしたタイミングが重なった。そのまま「くすっ」と笑うタイミングも。


(なんか…なんだろう?)


嬉しいって言うか、和むって言うか、可愛いって言うか……、とにかく胸に来るものがある。ゆっくり話すのは、とても久しぶりのような気もして。


先週はあいさつ程度しかしていない。昼の練習では、俺は汰白と二人の練習がほとんどだったから。みんなで一緒にやったバッティングの練習のときは、鈴宮もかなりチームに馴染んできていたし、空野が勇気を発揮して彼女をサポートしていたから、俺の出る幕は無かったのだ。


かと言って、その前だって、鈴宮とは特別に親しかったわけじゃない。話をするようになってから、まだ二週間たっていない。それなのに久しぶりのような気がするなんて、いったいどういうことだろう?


鈴宮は今、どんな気持ちでいるんだろう? 俺の隣で。少しは同じように感じてくれているんだろうか。


――妹みたいに可愛い。


その気持ちは変わっていない。先週はずっと、そう思いながら見守ってきた。ただ…。


彼女が笑顔でいることにほっとしながらも、どこかで寂しく思ってもいた。俺のことをそっと探してはいないかと、小さな期待を抱いて彼女を何度か見た。けれど、いつも彼女はほかの誰かと一緒にいた。不安な表情を見せる相手は空野か森梨だけだった。


(俺に頼らなくても大丈夫だってことを、喜ばなくちゃいけないんだろうけど……。)


良かったと思いながら、どこかでがっかりもしていた。<兄>を自覚したばかりなのに、もうお払い箱かと虚しさを感じたり…。


一方、空野はなかなか頑張った。鈴宮のためにイメチェンまで図って。


あいつは自分が女子に人気があることを知っていた。だから、女子にまとわりつかれることが嫌で、女子には不愛想な態度を保ってきたのだ。けれど、鈴宮を守ろうと決めたとき、ほかの女子に対する態度も改めなくちゃならなくなった。昼休みに波橋が鈴宮に対して、空野のことで嫌味を言ったのが聞こえたそうだ。いわゆる「空野に親切にされていい気になってる」的な内容だ。鈴宮に限って、そんなことはあり得ないのに。


ここで空野が「鈴宮は特別だ」と宣言してしまうという方法もあっただろう。でも、空野にはまだそれほどの自信は無かった。そりゃそうだろう。やっと直接話す決心がついたところなんだから。鈴宮だってびっくりするに決まってる。だから、彼女を女子から守るためには、自分がほかの女子にも愛想良くするしかないと諦めた。女子みんなに優しいイケメン空野の誕生だ。「おはよう」や「さよなら」に、ほんの少し微笑みを添えれば、はい、出来上がり。


そんな風に柔らかくなっても、空野はチャラい性格じゃないから、女子がキャーキャー集まってくることはなかった。それまでの態度ともともとの秀才顔も手伝って、女子たちにも遠慮があるらしい。まあ、一般の男に比べると女子が周囲にいる率は高いけれど、今のところ強引な誘いなどは無く、空野もほっとしているところだ。


「ほら、あそこだよ。」


マンションの角を曲がると見える緑のネット。俺が小学生のころから通っているバッティングセンターだ。


「緊張する〜。」


隣で鈴宮が胸に手を当てている。


「ああ、俺も来たことあるかも。」


空野の声に振り返ると、剛が思いつめたような顔をしていた。きっと鈴宮にどう話しかけようかと、緊張しているに違いない。




たまたますいている時間だったらしく、先客は二人だけだった。鈴宮と森梨が最初にどんなものか見てみたいと言うので、とりあえず剛に見本を見せてもらうことにした。剛を鈴宮と並ばせておいても、今の状態ではどうなるか分からないし、慣れ親しんだ動きをするうちに緊張も解けるだろうと思って。


ヘルメットをかぶって打席に立った剛を、鈴宮と森梨は興味津々の様子で見つめた。飛んできたボールを剛が一球目から打ち返すと、二人とも目を丸くした。二球目、三球目と打ち返すと二人は大喜びで手を叩き、森梨は「次はあたし」と準備運動を始めた。軽く息を切らしながらネットをくぐって出てきた剛は、二人の笑顔に迎えられて、照れたように笑った。


森梨を一番低速のボックスに連れて行き、簡単に立つ位置とバットの握り方を説明する。すぐうしろから「利恵ちゃん、頑張って!」と鈴宮の声がした。コインを入れて「来るぞ。」と声をかけると、森梨がバットを握りなおした。


ここの一打席は20球だ。森梨は、最初の何球かは振り遅れていたが、一度掠ると当たり始めた。けれど途中からはよく分からない。俺の注意が逸れてしまったから。


「あ、あのさ。」


と、後ろで剛の声がしたのだ。その緊張した声で、鈴宮に話しかけたのだとすぐに気付いた。心の中で「やっとか。」と思いつつ、次の言葉に耳を澄ませた。たぶん、俺の隣にいた空野も。


「由良ちゃんって、呼んでもいいかな。」


(いきなりそれか?!)


あまりにも驚いて、体が固まってしまった。空野は勢いよく振り向いたけど、言葉が出ないようだった。


初めて話すにしては、かなり唐突な話題だと思う。もしかしたら、ここのところ空野に先を越された感があったから、ここで一気に追い抜くつもりなのかも知れない。だとしても……。


「ええと、その。」


あたふたした様子の剛の声だけが聞こえてくる。鈴宮もびっくりしているんだろう。俺だってどうフォローしたらいいのか分からなくて、成り行きを案じてドキドキしていることしかできない。


「あ、あのさ、その、名前、気になっちゃって。なんかほら、か、可愛いし、珍しいから。新学期からずっと、気になってて…。…で、それ、ずっと考えてたら、苗字、だと、なんか呼びにくくて…、でも、名前で呼んだら、あの、馴れ馴れしい、だろ? だから、ちゃんと話……できなくて、その……。」


(なるほど……。)


今まで話しかけられなかった理由を、名前を呼びにくかったせいにするつもりらしい。まあ、剛が「恥ずかしかった」って言ったって誰も信用しないだろうから、これはなかなか名案かも知れない。


「あ、あの、じゃあ、俺もいい、かな?」


(お?!)


隣の空野が一歩踏み出した。


「おおお俺も『由良ちゃん』の方が呼びやすくていいな、短くて。」


(すげえ、空野!)


そこまでする勇気が出たのか……と思ったところで、ハタと気付いた。


(動けない……。)


今振り向いたら、俺も何か意見を言わなくちゃいけない気がする。その場合、この二人を止めるか、俺も二人の仲間に入るかの二択だ。俺は鈴宮を名前呼びをするつもりはないけれど、ここでこの二人を止めることもできない。二人の本気を思ったら、止めたら可哀想だ。


(森梨! 早く終わって、どうにかしてくれ!)


もう何球目なのか分からない。とにかく終わって出てきて、この変なバランスを壊してほしい。


キン…、と音がして、森梨の振ったバットにボールが当たった。それを最後にピッチングマシンが沈黙した。20球が終わったのだ。


「やっと当たったと思ったら終わっちゃった〜……、あれ?」


そこで戸惑い、立ち止まる森梨。俺も呪縛が解けてようやく振り返ると、剛と空野に見つめられた鈴宮が、オロオロと森梨と俺の顔を交互に見た。


「どうしたの?」


その場で簡単に尋ねる森梨。鈴宮は何とも言えない表情で、首を傾げながら答えた。


「それが……、名前で…呼んでいいか……みたいな?」


(あー……。)


こんなときだけど、首を傾げた姿がまた可愛い。片方の肩にだけ髪が触れて。


「ああ、いいんじゃない?」

「そ、そう?」


気軽にOKした森梨に、驚いた表情で鈴宮が訊き返す。俺たちも、思わず森梨に注目。


「え? だって、別にいいんじゃない? 男子にも名前で呼ばれてる子って、ときどきいるでしょ?」

「ああ、まあ…。」


(言われてみると、確かに。)


「何て呼びたいの? 『由良』って?」


そう言って、森梨が剛を見た。剛が焦った顔をする。


「え、あ、いや、由良、ちゃん、だけど…。」

「ああ、いいじゃん、可愛くて♪」

「そ、そうかな…?」


嬉しそうに手を叩く森梨に、鈴宮が曖昧な笑顔で答えた。


「うん。それに、あたし、ずっと思ってたことがあるんだ。ちょうど良かった。」


森梨が今度は空野を見る。


「空野くんってさあ、昔、グリーンスポーツクラブに通ってなかった?」

「え……? 行ってた…けど……。」

「体操やってたよね? 小学校の低学年のとき。」

「あ、うん、やってた。」

「やっぱり! ソラケンだよね?!」


その言葉に、今度は空野が固まった。ということは、間違いなく空野は「ソラケン」なんだろう。たぶん、空野健吾を縮めたニックネームだ。


「名前は同じだけど、雰囲気変わっちゃってるから、どうかなーって思ってたんだよね〜。」


森梨がにこにこと続けた。確かに小学生のころと今とじゃ、相当違っているだろう。


「ねえ、あたしのこと覚えてない? 一緒に鉄棒とかやったじゃん?」


ぼんやりしている空野に森梨がたたみかける。


「え、あの、名前……森梨…利恵、だっけ……?」

「そうだよ。」

「あ…、もしかして……もしかして…リエリン……?」

「やだ〜! そのあだ名、久しぶり〜!」


空野が「ひえぁ〜〜〜。」なんて、変な声で驚いた。


「ねえねえ、あたしこれから『空ケン』って呼んでいい? 『利恵リン』はもうこの歳だからやめてほしいけど、呼びたかったら呼んでもいいよ。」

「え、いや、あの、はあ。」

「良かった〜! やっとすっきりした! よろしくね、空ケン。」


ぼんやりしたままの空野の腕を勢いよく森梨が叩いた。それを見ながら、「空ケン」&「利恵リン」に比べたら、「由良ちゃん」で悩む必要なんてどこにも無いな、と思った。







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