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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
18/92

18  由良 ◇ 頑張りたいけれど


今日は金曜日。今週も、無事に一週間が終わる。


球技大会の練習は今日が最後。来週の月曜日と火曜日が本番だから。


今週の後半は、守備練習のほかに、バットの振り方も教えてもらった。お昼休みの校庭では危ないから本当に打つわけにはいかないから、振り方だけ。わたしの場合はバットの重さや感触を知る程度。それでも、本番に初めてバットに触ることと比べたら、とても助かる。…とは言っても、ボールに当たるかどうかは別問題。


「お疲れさま!」

「ありがとうございました。」

「昼練もこれで最後か〜。」


道具を手分けして片付けながら解散。わたしも何かお手伝いしようかと思うけれど、男の子たちがあっという間に持って歩き出してしまった。練習で教えてもらうばかりのわたしは、こういうところで役に立てないと申し訳ないと思っているのだけど。


校舎に向かって歩きながら前を見ると、近衛くんと玲ちゃんが楽しそうに歩いている。聡美や里香たちはその前にいるけれど、玲ちゃんたちを追い越さなくちゃ合流できないと思うと走り出せない。もっとさっさと歩き出していれば、聡美たちと一緒に行けたのに…。


「上手くなったね。」


追い付いて隣に並んだのは空野くん。今週になってから、ずいぶん話すようになった。練習でも、教室でも。


「うーん、だといいんだけど。」

「大丈夫だよ。初日とは全然違うから。」

「まあ、初日よりは上達してないと、みんなに申し訳ないもんね。」


空野くんは変わったと思う。ソフトボールのことじゃなくて。それまでほとんど女子と話さなかった空野くんが、この練習を始めてから、女子とも普通に話すようになったのだ。晴れた空の下でスポーツをしているせいじゃないかって、女子の間では話題になっている。わたしも、そうかも知れないと思う。


「今でも補欠希望?」

「もちろんだよ!」

「でも、無理じゃないかな。」

「え、どうして?」

「だって、倉末さんと波橋さんに比べたら、ずっと上手だよ。」

「うそっ?!」


そんなの困る!


「どうして? 褒めてるのに。」

「無理だもん、絶対。」


空野くんが不思議そうにわたしを見る。


「頭に浮かんでくるんだよ。次から次へとエラーしてるところとか、2アウトで三振してるところとか、とにかくみんながため息をついちゃうようなシーンばっかり。」


このリアルな想像は、練習を重ねれば重ねるほど酷くなる。教わったことが全部できないというのが、スポーツの上でのわたしの前提なのだから。


「そんなに自信ないんだ……。」


気の毒そうにわたしを見ている空野くんにも申し訳ない気がする。


「あ、でも、頑張るから。あんなに教えてもらったんだものね。」

「大丈夫。そんなに酷くないから。」

「ありがとう。」


空野くんは優しい。お昼休みもいろいろ気を使ってもらったし……。


「あ、利恵ちゃんだ。お疲れー。」


グラウンドと校舎の間にあるハンドボールのコートで、ちょうどバレーの練習が終わった利恵ちゃんと一緒になった。空野くんのところには富里くんが。空野くんと富里くんは、タイプが全然違うのに気が合うらしくて、わたしの後ろで隣同士よく話している。わたしはその中に入ったことはないけれど。


「みゃー子、打てるようになった?」


利恵ちゃんが三つ編みを背中に払いながら訊いてくる。


「まさか! 素振りだってよろよろしてるのに。」

「ボールに当てるのは無理か…。」

「当然。ああ、どうしよう? もう来週なのに。」

「まあ、仕方ないよ。誰もみゃー子に大きな期待なんかしてないでしょ。」

「だよね……。」


だけど怖いものは怖いよ!




「あ、鈴宮。」

「はいっ。」


放課後、部活に行こうと利恵ちゃんと廊下に出たところで、よく通る低い声に呼び止められた。廊下の窓の前に、佐矢原くんと空野くんがいた。通行の邪魔にならないように、わたしも二人のそばに行く。この二人がわたしに用事っていうと、ソフトボールのことかな。利恵ちゃんは遠慮したのか、少し離れて待っている。


「日曜の午後とか、空いてる?」


大きな佐矢原くんが尋ねる。背の高さは空野くんと同じくらいだけど、力強さが全然違う。その顔を見上げながら、今週はあんまりお話ししなかったなあ、と思った。


「特に用事は無いけど…?」


すると、二人ともそろって笑顔になった。


「じゃあ、練習しよう。」


心の中で「やっぱり?」と言ってしまった。この組み合わせで日曜日の予定を訊かれた時点で、そんな予感がしていた。


「特訓……?」


どうしても笑顔になれないまま尋ねる。


「えぇ? ははっ、違うよ。バッティングセンター。」


(佐矢原くんの笑い方は、いつ見ても気持ちが良くて好きだな…。)


そんな言葉がふわりと心に浮かんだ。


練習はできるならやった方がいいのは分かってる。でも、バッティングセンターなんて、ハードルが高そうな気がする。迷っていると、空野くんが明るく言った。


「あの、俺も久しぶりだからさ、一回くらい行きたいと思って。良かったら森梨さんも一緒にどうかな? 半分は遊びみたいなものだし。」

「え、利恵ちゃんもいいの?」

「いいよ。もしかしたら少し遠いかも知れないけど。」


利恵ちゃんが一緒なら気が楽だ。呼んで事情を話すと、利恵ちゃんはとても喜んだ。その場で話は決まり、日曜日の午後2時に、朝日公園の空野くんの家のそばで待ち合わせをすることになった。そこからは歩いて10分弱だそうだ。利恵ちゃんは適当な時間にうちに来て、一緒に行く。緊急時の連絡用に、アドレスと電話番号を交換。空野くんの連絡先を知っているなんてほかの女子が知ったら、ものすごく責められそうで怖い。


「楽しみだねー♪」


部室に向かいながら利恵ちゃんがウキウキしてる。でも、やっぱりわたしは手放しには喜べない。


「なんかプレッシャーだよ…。」

「なんで?」

「だって、日曜練習までして、本番は全部ミスしたらどうしたらいいの?」

「みゃー子のマイナス思考には限界がないね。」

「だめ。スポーツだけは。」


ため息をついたわたしを利恵ちゃんが笑った。でも、文化系の部に所属していながらスポーツが得意な利恵ちゃんには、わたしの気持ちは分からない。




日曜日の午後。


12時半ごろ利恵ちゃんが来た。利恵ちゃんのお母さんが、出かけるついでにうちまで送ってくれて。帰りはうちで一緒にお夕飯を食べてから、お父さんが送ることになっている。


利恵ちゃんは黄色いTシャツにブラウン系の花柄のミニワンピースを重ねて、七分丈のカーキ色のパンツに黒のスニーカー。トレードマークの二本の三つ編みは、こんな服装にも可愛らしく似合う。


わたしは紺と白のボーダーTシャツの上にモスグリーンの半袖パーカーを羽織ることにした。そしてストレートのジーンズ、スニーカーは赤だ。利恵ちゃんに地味だと言われたけれど、動きやすいことを第一に考えると、こんな服しかないのだから仕方がない。


朝日公園を突っ切って待ち合わせの場所に行ってみると、男の子が一人多い。近付いてみたら富里くんだった。わたしたちに気付くと、いつもの無表情のまま、軽く手を挙げて合図した。黒っぽいTシャツに色の濃いジーンズで、制服のときよりも迫力がある。


(どうして……?)


それまでの緊張がさらに高まる。わたしを避けている富里くんに、どう接したらいいのか分からない。


「よろしくお願いします。」


笑顔で上機嫌の利恵ちゃんの横で、わたしの声は緊張でかすれる。笑顔を作ったつもりだったけど、ひきつっていたかも知れない。


(怖くない怖くない。同じクラスの人なんだもの。)


心の中でおまじないを唱えた。


「森梨さんはどうやって来たの?」


わたしと並んで歩く利恵ちゃんに、後ろから空野くんが尋ねている。空野くんは紺色のポロシャツにブラウンのパンツ。落ち着いた服がメガネと一緒に、空野くんの大人っぽさを引き出す。まるで大学生みたい。その隣にはポケットに手を突っ込んだ富里くん。振り向いたわたしと目が合うと、すいっと視線をはずされてしまった。こういうとき、どんな顔をしたらいいのか困ってしまう。


利恵ちゃんが後ろ向きに歩きながら空野くんに答えているのをぼんやりと聞いていたら、前から「ごめんな。びっくりした?」と声がした。ハッとして顔を上げると、佐矢原くんが申し訳なさそうな顔で振り向いていた。今日は白いTシャツとだぼっとした七分丈のパンツの上にグリーン系のチェックのシャツを羽織っている。気楽な雰囲気の服装が、とても佐矢原くんらしい。


「え、あの?」


何を言われているのか分からずに少し焦る。間を詰めながら訊き返した。


「剛のこと、言ってなかったから。」

「あ、いえ。」


それで気付いた。わたし、やっぱり嫌な顔をしてたんだ。はっきりと分かってしまうほど。


こんな話題がほかの人に聞かれてしまうのが申し訳なくて、佐矢原くんの隣に並んだ。そんな自分の行動も後ろめたい。


「言い忘れたこと気が付いてたんだけど、連絡するほどじゃないと思ったから…。」

「あ、だ、大丈夫。全然。」


(嫌なヤツだ、わたし。)


本人の前で顔に出してしまうなんて。いくら苦手な相手でも、気持ちを傷つけてもいいなんてことないのに。それに、今だって、ほかの人に聞かれたくないなんて、自分勝手だ。


「今日のことって、剛が言い出したんだ。」


落ち着いた佐矢原くんの声が降ってくる。


「え……。」

「鈴宮、昨日の昼練のあと、空野に『自信がない』って言ったんだろ?」

「あ…、はい。」

「その話を剛が聞いて、『バッティングセンターでも行ってみれば』って話になってさ。空野も自信がないのは同じだから、それならちょうどいいからってことで、俺に『このあたりにあったっけ?』って聞きに来たんだよ。」

「そうだったんだ……。」


富里くんが思いついてくれたんだ。自分がソフトボールに出るわけじゃないのに。


「お礼を言わなくちゃ。」

「あはは、そんな必要ないよ。俺たち、もともとバッティングセンターは好きだし、半分遊びだって言っただろ?」

「うん。」


(そうだけど。)


振り向くと、富里くんも利恵ちゃんと話して笑っていた。今、笑ってるってことは、機嫌が悪いわけではないのかも知れない。わたしも勇気を出して話してみよう。







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