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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
17/92

17  新たな自覚


「直樹、俺、決心したから。」

「え…?」


空野の口調にドキッとした。


教室への階段を上りながら、なんとなく周囲を見回す。5時間目の予鈴が鳴って、慌ただしくなる生徒たちの足取りと話し声。うちのクラスは国語だったかな…。


「由良ちゃんのこと、渡さないから。」


(やっぱりそこか……。)


さっきの態度からなんとなく察してはいた。硬い表情と抑えた口調が空野の決意の固さを物語っている。しかも、俺にライバル宣言までするなんて…。


「もう、恥ずかしがってる場合じゃないし、女子を断れないなんて言わない。」

「……そうか。」

「絶対に負けない。」


そこで空野はもう一度俺を見据えた。


「近衛なんかに。」

「え…?」


(俺じゃなかった?!)


「近衛…?」

「そうだよ。直樹、気が付かなかった?」

「あ、あ、いや?」


俺に向けられた空野の目には、一点の疑いも無いようだ。


「ああ、そうか。直樹は汰白さんと二人で練習だったからな。周りのことなんか目に入らないよな。」

「あ、ああ、いや、俺、もう汰白のことはいいんだ。」

「え、そうなんだ? へえ。」


(あれ? おい、それだけか?)


せっかくだから、「じゃあ、誰かほかに?」とか、訊いてくれないだろうか。そうしたら俺も言いやすいのに。でも、空野にとっては俺のことなんかどうでもいいのだ。


「あいつ、練習のあいだに何回由良ちゃんに触ったと思う? もう、許せないよ!」

「あ、ああ、うん。ふうん。」


階段に気を付けているふりをして目を逸らした。それに対しては自分でも全く身に覚えが無いわけじゃないので、どうしてもきっぱりとはうなずけない。でも、俺は「何回も」ではなかったけど……。


「あんなこと、二度とさせない。」

「そ、そうだよな。」


後ろめたさで少しばかりドキドキするが、その点については俺も同意見だ。でも、さっき自覚した自分の気持ちをどうしたらいいのか迷う。


「直樹が言ったとおり、見ているだけじゃダメなんだ。」

「うん。」

「守れなくちゃ、意味がない。」

「そう、だな、うん。」

「俺が守って…、守って……、守ったら……、」


(かなり守りは固そうだ。)


ふと、西洋の鎧に身を固めて剣と盾を手にした空野が、鈴宮の前で仁王立ちになっている姿が目に浮かぶ。


と、空野がいきなり俺の腕をガシッと握って引き留めた。後ろから上ってきた一年生が、迷惑そうに俺たちをよけて行く。


「……どうした?」


真剣な表情で俺を見つめる空野。無駄に格好良い。


「あ、あのさ。」


ふわりと頬を紅くして、こそこそと俺を踊り場の端に引っ張る。そして顔を寄せると。


「由良ちゃん、俺のこと好きになってくれるかな?」

「あー……。」


答えにくい。と言うより、答えたくない。だけど。


「まあ…、可能性は、あるよな……。」


その外見なら。俺よりも。


「やっぱり?! だよな?! そうだよな?!」


(「やっぱり」って!)


分かっているなら訊くな! と言いたい。無邪気に喜ぶ空野が恨めしい。


「おい、授業に遅れるぞ。」


返事を待たずに一段ぬかしで階段を上る。後ろの足音を聞きながら、俺の複雑な立場には、自分一人で悩むしかないと悟った。


席に戻ると、今度は近衛が待ち構えていたかのように嬉しそうに振り向いた。


「なあ、やっぱ鈴宮っていいなあ。」


目尻が下がりっぱなしの顔に、ため息をつきたくなる。


「俺が教えると、真面目な顔で『はい。』って言ってさあ、一生懸命やろうとするんだよ。だけどなかなか上手くできなくて、それがまた可愛くってさあ。」


そこで近衛は一層声を落とした。


「俺、思わず『もっといろんなこと教えたらどんなだろう?』って想像しちゃったよ。」

「ばっ…おまっ…何っ?」


もっといろんなことって! 何を教える気だ!


(絶対に近衛はダメだ!)


もともとダメだと思っていたけど、ここまで来ると緊急事態だ。今も、もしかしたらその妄想を再生しているのかも知れないと思うと、居ても立っても居られない。こんな近衛をどうしてくれようかと急いで考える。


「そうかー、残念だなあ。」

「何が?」


無関心を装ってつぶやくと、近衛が引っかかった。


「いや、なんかさあ、南野が気にしてたみたいだったから。」

「南野が?」

「うん。お前、鈴宮にやたらと優しく教えてただろ?」

「う、あ、ああ。」


べたべた触っていたことを見られていたと知って、少しはまずかったと思っているのか?


「何度もちらちら見てたよ。もしかしたら、焼きもち焼いてんじゃないかと思ってたんだけど。」

「え、そうなのか?」

「ああ。ほら、先週、近衛が南野に教えただろ? あの次の日も、近衛と話すときだけ、ちょっと嬉しそうに見えたしなあ。」

「ホントに?」

「まあ、あくまでも俺の印象だけど。」


近衛がそわそわと南野の後ろ姿に視線を向ける。


「なあ、どうしたらいい?」

「何が? だってお前は鈴宮が…。」

「いや、その、まだそれほどじゃないんだ。南野が俺がいいって言うんなら、俺も考えてもいいかなー…なんて。」

「へえ。」


やっぱり近衛は手っ取り早く彼女ができるなら、そっちの方がいいらしい。俺の読みどおりだ。


「じゃあ、頑張ってみれば? でも、南野の気持ちは知らないことにした方がいいぞ。単なる俺の印象だし。」

「分かってるよ。そんなこと自分で言ったら、自惚れ丸出しで格好悪いだろ?」

「そうか。成功を祈る。」

「ラジャー。」


前を向いた近衛の背中から鼻歌が聞こえてきそうだ。


(とりあえず、しばらくは大丈夫かな……。)


窓に近い席に座る南野に、心の中で謝った。でも、先週の練習では気が合ってたみたいだったし、南野は明るい性格だ。それほど悲惨なことにはならないんじゃないかな。


近衛がふられたら、「俺の印象って当てにならないな」って言って謝ればいいだけだ。鈴宮を守るためなら、近衛に謝るくらいどうってことない。




夜になってから、ベッドに寝転がって、ぼんやりと今日のことを思い出してみる。


(「可愛い」って、思っちゃったもんなー……。)


あれが、俺の気持ちが確定した瞬間だった。


おかしなことだと思うけど、感情に言葉を当てはめてしまうと、取り消せなくなってしまう。胸にもやもやと溜まっているだけなら見ないでもいられるが、一旦それに名前をつけてしまうと、そこにスポットライトが当てられたようにくっきりと浮かび上がって、存在を主張する。


(だって、ほかに言いようがないし…。)


あの調理実習の日もそうだった。彼女のつぶやきに振り返った俺を不思議そうに見ていたこと。手の大きさを比べたときの恥ずかしげな様子。そして、今日までの練習。


(あの無邪気さがなあ…。)


俺を見つめるまっすぐな目。話しかけられると驚く癖。小さくて、素直で、話すようになっても、どこか一歩引いた感じで。


(やっぱり可愛い!)


絶対に近衛には渡したくない。


(……ん? あれ? 近衛には?)


そうだ。確かに近衛には渡さない。今日の計画が上手く行かなくても、今後、鈴宮に手を出すことは絶対に阻止する。だけど、空野なら? 空野じゃなくても、剛なら?


(鈴宮が「好き」って言うなら……仕方ない…かな。)


あの二人は本気だし、彼女を大事にするのは間違いないだろう。自分のことよりも、彼女が喜ぶことを優先するだろう。二人のうちどちらかを鈴宮が選んだら……、俺としては「頑張れよ」と託せる気がする。


(これって……違わないか?)


汰白のときには、自分が一番になりたいと思った。彼女に話しかけられると舞い上がった。いいところを見せたいと思った。だけど……。


確かに俺は、鈴宮のことを可愛いと思っている。変な男――近衛のことをそこまで言ったら可哀想だけど――から守りたいと思ってる。でも、鈴宮を大事にしてくれる男を彼女が選ぶなら、仕方がないけど任せようと思っている。


(なんか……違うよな?)


なんだろう? 汰白に対する気持との、この微妙な違い。なんて言うか……あ。


(責任感?)


そう。そんな感じだ。俺が面倒を見てやらなくちゃ、みたいな。


「可愛い」っていうのも、例えば…うさぎとかリスとか、何かこう、ちっちゃい動物を可愛がりたい気持ちと、すごく近い気がする。


(うわ。)


思わず鈴宮を抱えて可愛がっているところを想像してしまった。俺の腕の中で丸まって眠ってる鈴宮? で、目を覚ますと、俺をまっすぐに見上げて――やべぇ、可愛すぎるだろ!


(いや、ちょっと待て!)


俺の思考、間違った方向に進んでないか? これじゃあ、「可愛い」っていう言葉が独り歩きしている。


鈴宮は、ただ可愛がられて満足しているようなタイプじゃない。自分でも努力するし、役に立ちたいと思っている。だからソフトボールの練習を頑張るし、調理実習では俺にコツを教えてくれた。


そんな彼女を、俺は…そうだ、見守りたい、だな。


見守る、うん、そんな感じだ。ちょっと保護者っぽい感じ? ええと、母性…じゃなくて父性愛?


(いやいやいや、この歳で父親じゃないだろう!)


そんなの嫌だ。兄貴だな、うん、兄貴だ。そうだ。妹みたいなんだ。


うちは男兄弟だから分からないが、一般的に、妹は可愛くて守ってやりたい存在らしいじゃないか。で、信頼できる相手になら妹を任せてもいい…っていう、あれだ。おお、まさにそういう感じ!


考えてみれば、俺が鈴宮を可愛いと思うのは、無条件に俺を信頼してくれているらしいのが大きな原因だ。だって、あの目だぞ。それになんでも素直に聞くし。要するに彼女だって、俺なら安心だってことだ。先週の練習のときも、俺といる方が気楽だったみたいだし。


(妹かー…。)


ああいう妹っていいよなあ。なんとなく無防備で心配させられる雰囲気とか。色気とは無縁の清潔感あふれる見た目とか。まさか彼女に「お兄ちゃん」って呼んで……もらいたくないな。ちょっとそれは嫌だな。同い年なんだし、やっぱり「佐矢原くん」がいい。


(よし! それで行こう!)


そうと決まったらすっきりした! 恋愛感情じゃないんだから、これなら空野と剛にも遠慮はいらないし、話すとか話さないとかで悩む必要もないわけだ。


せっかく近衛を追い払ったんだから、空野と剛には少し頑張ってもらわないとな。まあ、空野の決意がどの程度なのか、とりあえず明日が楽しみだ!







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