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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
15/92

15  由良 ◇ 衣替えの朝


「みゃー子! おはよう!」


東棟の外側にある自転車置き場から4つの校舎に四角く囲まれた中庭に入ると、昇降口の前で利恵ちゃんが手を振った。バス通学の利恵ちゃんは、正門から南校舎の下を抜けて来る。立ち止まってわたしを待つ利恵ちゃんの白いポロシャツが、夏が近付いたことをあらためて教えてくれる。いつもと同じ長い2本の三つ編みも、今朝は一層爽やかに映る。


「おはよう。衣替えになるととホッとするね。」

「ホントに。」


5月最後の週の今日からは夏服でOKだ。5月に入ってから校内で学生服やブレザーを着たままでいる生徒はほとんどいないけれど、登下校にも着用不要になるのは今日から。それに合わせて半袖を着てくる生徒が多いので、校内が一気に夏らしい雰囲気になる。


うちの学校の夏服は、男女とも上はワイシャツ以外に白いポロシャツが認められている。下は冬と同じく男子は黒のズボン、女子は紺とグレーのチェックのプリーツスカート。単なるワイシャツやポロシャツでも、着こなしによってそれぞれ個性が出る。


男の子で目立つのは、運動部系のポロシャツ姿。真っ白なポロシャツに日に焼けた顔と腕が目立つ。去年は夏になるにつれて、顔と腕がどんどん黒くなっていくのが分かって、すごいなと思っていた。


逆に長袖のワイシャツで通す男の子もいる。暑い日でも半袖を着ないで、袖をめくって乗り切る人たち。そういう人たちは、不思議と涼しげだ。「あち〜!」なんて言ってても、髪はサラサラだったり。ボタンをたくさん開けていたりする人には、目のやり場に困るのであまり近づきたくない。中には、ただ着るものを考えるのが面倒くさいという人もいるのかも知れない。


女子はおしゃれな人がたくさんいる。ただの白いポロシャツでも、その子だけのオリジナルに見える。


たとえば聡美。ものすごく爽やかで、女子から見ても格好いい。すらりと長い手足と肩まである真っ直ぐな黒髪、そして卵形の顔に浮かぶ溌剌とした笑顔は、白いポロシャツとチェックのスカートが良く似合う。姿勢や歩き方も堂々としていて、いかにも「スポーツをやっています」という雰囲気は、ラクロススティックなんかを持たせたら、みんなが納得してうなずくと思う。わたしも憧れてしまう。


里香や沙織みたいに、合わせるもので個性を出す女子もいる。タンクトップやキャミソールを水色やピンクなどの色付きのものを着たりする。特定のブランドを選ぶ子もいる。おしゃれな子が着ると、ボタンの開け具合や全体のフィット感も違って見える。ポロシャツの丈までも、まるでその子のために作ってあるんじゃないかと思える。雑誌に載っている制服の着こなしのお手本みたい。カールした髪を可愛らしく結んでいたり、腕時計がカラフルだったり、ただのポロシャツが、彼女たちが着ると流行のアイテムに変身する。


ポロシャツを着ずに半袖ワイシャツにニットのベストで過ごすのは、女子の三分の一くらいかな。わたしはこちら派で、白のベストを着ている。ベストは白やグレーや紺、ベージュなど、冬場のセーターと同じように、生徒によっていろいろ。綺麗な水色なんかを着ている子もいる。


わたしも本当はポロシャツが楽かな、と思った。汗をかいても目立たないし。でも去年、どうしてもほかの女の子たちのように可愛く着こなせなくて、がっかりしてやめた。今年も一応、家で試しに着てみたけれど、やっぱり違うと思った。そして、鏡を見ているときに気付いた。これは体型の問題だって。バストサイズが小さいせいで、ポロシャツがうまく体にフィットしないのだ。姿勢を良くしても、どこかに皺が出る。


そう気付いたら、もうポロシャツを着る気がしない。わざわざ体型を強調するような服を着る必要はないし。だからわたしは半袖ワイシャツにニットのベスト。ふわりとした服でボリュームをごまかすために。それに、ベストを着ていれば中に着るもののことを心配する必要がないから気楽でもある。せめて明るい雰囲気は出したいと思って、ベストの色は白に決めた。


「おはよー。」

「あ、おはよう。」


廊下を歩く時も、教室に入っても、みんなの服装が気になってしまう。どの女の子もみんな可愛くて、笑顔がきらきら輝いているみたい。わたしもせめて普通に見えていたらいいな……。


「…おはよう。」


(!!)


自分の席でぼんやりとバッグの荷物を出していたら、すぐそばで低い声が。驚いて振り返ると、後ろの席の空野くんが席に座るところだった。空野くんは長そでワイシャツ派らしい。メタルフレームのメガネには、ワイシャツの方が似合うかも。


「あ、おはよう。」


先に声をかけてくれたことにホッとして、肩の力が抜ける。


金曜日のお昼休みに、空野くんの家がうちと近いことが分かった。しかも、お父さんが行っている床屋さんだったってことも。そういうことって、人によっては「嫌だな」って思うこともあると思う。だからちょっと心配だった。


(でも、大丈夫みたい。)


もともと女子とは話さない人だから、あいさつをしてくれるだけで十分な気がする。とりあえずは存在を認められてるってことだものね。金曜日は初めて会話らしいやりとりをして、「ああ、普通の人なんだな」って思った。普通…というか、話し方が格好つけていなくて、意外に話しやすかった。今朝の感じだと、万が一休日に近所で会っても、避けられてしまうようなことは無さそうかな。


(あ。)


ふと顔を上げると、佐矢原くんと富里くんが前の入り口から入って来たところだった。二人とも半袖のポロシャツ姿。日に焼けた顔が今日は一段と黒く見える気がする。佐矢原くんにはソフトボールの練習でお世話になっているからご挨拶をするのが礼儀だと思うけど、目が合わなかったのだから仕方がない。もうすでに後ろの自分の席へと向かっている。でも富里くんは――。


「よう。」


(やっぱり怖い……。)


「おはよう…。」


ドスドスと不機嫌そうに歩いてきて、わたしを一瞥しながら斜め後ろの席へと通り過ぎる。一応、こうやって近くを通るときは挨拶をしてくれるけれど、いつも目が合わないようにされているのを感じる。たぶん、わたしみたいなタイプにはイライラするのだろう。富里くんはほかの女の子たちとはふざけたりしているのだから、わたしと関わりを持たない意味は空野くんとは違う。


(あーあ。)


たいした接点も無いのに嫌われるって、わたしの存在って何だろう? でもまあ、女子の中では嫌われてないし…っていうか、嫌われるほどの存在感も無いけど、そっちの方が重要だから、男の子のことはどうでもいいや。




「汰白、中学でピッチャーやってたんだって?」


お昼休みにソフトボールの練習で集まったとき、佐矢原くんが聡美に言った。言われた聡美は爽やかに微笑む。


「うん、そう。控えだけどね。」


控えだとしても、ピッチャーなんてすごい。やっぱり聡美は<その他大勢>とは違う。


「じゃあ、投げてみるか?」

「わ、いいの?」

「いいよ。控えって言ったって、俺たちよりも速いんじゃないか?」

「嬉しい! ずっと、頼んでみようかな、って思ってたんだ♪」


胸の前で両手を打ち合わせて、嬉しそうな顔をする聡美。素直に喜ぶ姿が可愛い。周りのみんなも笑顔になってしまう。わたしだって例外じゃない。


「じゃあ、俺、キャッチャーやろうか?」

「俺、経験あるよ、中学で。」


中込くんと石野くんが申し出た。聡美の相手は男の子ならみんな希望しているんだろうな。


「あ、ごめんね。あたし、キャッチャーは頼みたい人がいるの。」


(二人とも断るんだ…。)


でも、「頼みたい人がいる」ってはっきり言えるってすごい。さすが聡美だ。


「佐矢原くん、お願いできない?」


(え…?)


佐矢原くん…なんだ。


「え? 俺?」


佐矢原くんが驚いている。自分が指名されるとは思っていなかった…?


「ね、バッテリー組んでよ、あたしと。」

「え? 俺が、か?」

「そうだよ。難しい?」

「いや、まあ、練習でなら座ることもあるけど…。」

「じゃあ、お願い!」


聡美が可愛らしく「お願い」のポーズをする。その周りであっけにとられた顔をしている男の子たち。それは当然だよね。みんな「自分が」って思っていたはず。


「あ、ああ、いいよ、もちろん。」


佐矢原くんが笑顔になる。もちろん聡美の頼みならそのはずだ。佐矢原くんは、先週の調理実習のとき、聡美と嬉しそうに話していたものね。


(もうお話しできないかな…。)


聡美と佐矢原くんは、今日からは二人で練習をするのだろうから。それも仕方ない。わたしもいつまでも佐矢原くんを頼っていないで、しっかり練習しなくちゃ。


「じゃあ、俺たちはとりあえず肩慣らしからやるか。」


離れていく聡美と佐矢原くんをぼんやり見ていたら、すぐ近くで声がした。今日は近衛くんが全体の練習を仕切ってくれるらしい。


「二人ずつ組んで――」


(肩慣らしって…キャッチボールかな……?)


慌てて見回すと、すでにみんなは動き出している。


「空野くん! 一緒にやろ!」


甲高い、可愛らしい声が誘ってる。玲ちゃんと…と思ったけれど、中込くんと話しながら移動を始めていた。


(誰かにお願いしないと――)


気持ちだけは焦る。存在感の無いわたし。こういう瞬間が一番つらい。話したことがない男の子にでも、自分から声をかけないと――。


(…あ。)


どうしようかと視線をさまよわせていたら、石野くんと話していた近衛くんと目が合った。そこで気付いたように微笑んでくれたことに、ほっと肩の力が抜ける。


「鈴宮、こっちで。」


近衛くんが空いたスペースを指して歩き出す。急いで追い付いて、「よろしくお願いします。」と頭を下げると、丁寧すぎると笑われた。


「毎日やってれば、少しずつでも上手くなるから頑張ろうな。」


そう言って、頭をポンと叩かれた。


「はい。」


頭を叩かれるのは、先週の佐矢原くんに続いて二度目だ。どうやらわたしの頭は、男の子が手を載せたくなるような位置にあるみたい。







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