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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
13/92

13  練習風景 3


鈴宮を確保したものの、だからと言って、急に空野が彼女と話ができるようになるわけではなかった。


捕球組から戻ってくるボールを拾い、空野の足元にせっせと集める鈴宮。それをほぼ無言で拾って俺に渡す空野。彼女がボールを置くのとそれを拾う空野のタイミングが重なることがあるのに、空野は鈴宮に何も話しかけない。ぶつかりそうになったときに「ごめん。」と言う程度だ。これでは空野が不機嫌だと思われて、鈴宮はまた向こうに行ってしまうかも知れない。


(やっぱり俺しかいないよな。)


せっかくこっちに来たのだから、楽しく過ごさせてやりたいと思うのは当然だ。


「鈴宮って、何か部活やってんの?」


とりあえずは当たり障りのない話題。どちらにしても、俺にはボールを投げる作業があるから、真面目な話で頭を使うのは無理だ。


「うん。自然科学部。」

「なんだ、それ?」


どんな活動をしているのか、まったく見当がつかない。


「このあたりの外来植物を調べたり、鳥の観察とか、プラナリアとか。」

「プラナリア?」

「うん。小さくて細長い生き物で、切っておくと再生するの。」

「なにそれ?!」

「あはは、知らないよねー?」


笑ってるけど……。


「え、それ、学校の中でやってるんだよな?」


校内のどこかにそんな生き物がいると思うと気味が悪い。


「部室は生物室だよ。」

「授業で行ったけど……。」

「生物室?」


そこで空野が反応した。


「あ、空野くんも気持ち悪い? ごめんね、変な話――」

「あ、や、そうじゃなくて、俺たち、地学室で……。」

「ああ、そうだよね。」


鈴宮がにこにこしてうなずいた。


「囲碁将棋部、同じ階でやってるよね。空野くんのこと、見かけたことあるよ。」

「うん…。そうか、あそこにいるんだ……。」


(空野〜〜〜〜〜!)


空野のぼんやり加減にはまったく呆れてしまう。生物室と地学室は、理科準備室をはさんで並んでいるはずだ。準備室がそこそこの大きさはあるけれど、入学して一年以上経つのに、すぐそばに鈴宮がいることを知らなかったとは!


とは言え、空野が鈴宮と話した。これは大きな前進だ。……と思ったけれど、それ以上会話が進まない。仕方がないので、もう一つのありがちな話題として、出身中学を尋ねてみた。


「朝日南だよ。」


返ってきた答えは、俺たちには馴染み深い校名だった。


「え? 朝日中央駅の近くの?」

「うん、そう。」


彼女が笑顔で答える。


「なんだ、俺たちと隣じゃん。」

「え、そうなの?」


そろそろ見慣れた鈴宮の驚いた顔。話している間もボールの動きに気を配って、ちょこまかと走り回っている。俺はタイミングを見ながらボールを次々と投げる。


「うん。俺たち朝日東だもん。」


言いながら空野に目くばせをすると、空野はようやく鈴宮の方を向いてぎこちなくうなずいた。


「佐矢原くんと空野くんって、同じ中学なの?」


また驚いた顔をして、俺たちを見比べる彼女。空野がもう一度うなずくと、今度は「だから仲良しなんだね。」とニコニコして言った。


「仲良し?」


最近まで俺と空野はそんなに話していたわけじゃないけど…。


「だって、初日から話してたでしょ、楽しそうに。」

「そうだったか?」

「そうだったよ。」


そこで彼女は「ふふっ。」と思い出し笑いをした。


「始業式の前に並んだときに話してたよ。あたしの頭の上で。」


(鈴宮の頭の上……。)


空野と目を合わせた。それから一緒に鈴宮に視線を移す。そこでなんとなく思い出した。初日の廊下の景色を。


(確かに……。)


学生服を着て廊下に並んでいた俺と空野。その間に頭が一つあったような気がする。出席番号順に並んでいたのだから、当然そこには鈴宮がいたはずだ。でも、その頭は空野との会話にはまったく支障のない――というか、視界に入らないくらいの存在だった。


「あ、あの、ごめん。」


空野が慌てて謝った。


「あの、嫌だったよね? そんな――」

「ううん、全然。」


鈴宮が笑顔で否定する。


「嫌じゃないよ。面白かった。」

「面白かった?」

「うん。」


彼女はまたそのときのことを思い出したらしい。くすくす楽しそうに笑いながら説明してくれた。


「だって、別に隠れているわけじゃないのに目に入らないなんて、面白くない? 二人がね、あんまり普通に話しているから余計に可笑しくて、ふふ。自分がそんな状況になってるってことがね、うふふ。」


(いいなあ……。)


急に、しみじみと思った。


彼女の屈託のなさに心が洗われるような、清々しい気持ちになった。だって、そうだろう。自分の存在に気付いてもらえなかったことを「面白い」って言えるなんて。


その出来事を「無視した」とか「失礼だ」とか、怒る人もいるだろう。そういう人の方が多いような気がするし、そんな文句を言われる自分を思い浮かべるのも簡単だ。なのに彼女はそれを面白がっている。そんな彼女は――。


「あ、あのさ、通学は、自転車?」


空野の声で、意識が目の前のことに焦点を合わせた。俺が黙ってしまったので、とうとう空野が勇気を振り絞ったらしい。


「うん、そうだよ。サイクリングコースを抜けて。」


<サイクリングコース>というのは、この学校の少し先から朝日中央駅方面を結ぶ自動車が入れない古びた道のことだ。杉林の中に3メートルくらいの幅でアスファルトが敷いてあり、自転車だと7、8分で反対側に抜けられる。ここを使わずに迂回すると、10分くらい余分にかかると思う。


とは言っても、ただ便利なわけじゃない。杉林はあまり手入れがされていないので薄暗く、ここを散歩しようなどと考える近所の人はいない。通るのは自転車通学の高校生と、近所の中学のマラソン大会くらいのものだ。うちの学校でも、暗くなってからは自転車であっても一人で通らないようにと指導されている。でも、駅方面には近道だし、歩行者がいなくて走りやすいので、俺たちは何時になってもこの道を使うのが普通だ。


「そうか。じゃあ一緒だね。」


空野の声に嬉しさが混じる。共通のことがあると分かって、俺もなんとなく嬉しい。


「朝日南の学区なら駅に近いんだな。便利でいいな。」


あの辺なら駅まで徒歩圏内だ。俺たちの家のあたりだと、駅まではバスか自転車を使うのが普通だけど。


「うーん、あたしの家は微妙だよ。東中との学区の境目だから。」

「え、そうなのか?」

「うん、朝日公園って知ってる?」

「ああ、うん。」


広い芝生の広場に適度な木陰と小さな川があり、隣に野球場とテニスコートを備えたそこそこ大きな公園だ。うちからは少し遠いが、部活のない日にするランニングのコースに入っている。


「あの公園の野球場側の隣。」

「そ――」

「じゃ、じゃあ、うちと近いよ。」


勢い込んだ空野の声に、思わず言葉を飲み込んだ。空野は頬を紅潮させて、必死な顔で鈴宮にうなずいている。


「う、うち、あの公園のちょうど反対側だよ。あの、店、なんだ。ブルースカイ理髪店。」

「え?」


鈴宮がまた驚いた顔をした。


「あ、ああ、知らないよね。男用の店だしね。」

「あ、違う。お父さんが行ってるよ、そこ。空野くんのお家なの?」

「え、あ、うん。」


今度は空野が驚いている。


「年配の男の人と綺麗な女の人がいるって言ってたけど……。」

「ああ、うちの祖父と母親、だよ。綺麗かどうかは分からないけど。」


(美人の母ちゃんか……。)


そこで空野との約束を思い出した。鈴宮とのことを協力する代わりに、頭を刈ってもらうことになっていたのだ!


(これなら文句は言えないはずだ。)


嬉しそうに鈴宮と話している空野を見て心の中でうなずく。今、こうやって話せていることに、俺がどこかで貢献していることは間違いないだろう。あとで日程を相談しよう。




練習が終わったとき、俺は抜かりなく近衛に声をかけることにした。鈴宮が俺たちのところに来てしまったことを、近衛がどう思っているのか知りたかったから。もしも俺を責める気になっていたとしても、俺から先手を打つことで切り抜けられると思った。


「お前、鈴宮を放っといて良かったのかよ?」


こう言って、彼女が俺たちの方に来たのは近衛が忘れていたせいじゃないかと匂わせた。俺たちが彼女を呼んだわけじゃない、と。


「ああ、いや…。」


近衛が後悔した表情で頭を掻いた。


「女子がみんな下手くそでさあ、ついそっちばっかり目が行っちゃって。」

「ああ、鈴宮っておとなしいからな。」

「うん……、だから余計に見てあげなくちゃいけなかったんだろうけど……。」


とりあえず、俺に文句を言うつもりは無いらしい。それに、鈴宮に悪かったと思ってもいるようだ。それなら俺には近衛を責める理由は無い。


「大丈夫だと思うぞ。こっちで楽しそうにしてたから。」

「そうか?」

「うん。球拾いみたいなことが好きなんじゃないかな。」

「ふうん……。」


自分の言葉で昼休みの鈴宮の姿を思い出した。転がってくるボールを拾って集めることに、満足げに微笑んでいた姿を。


(でも、もしかしたら……。)


頭の片隅にあった考えが、そっと俺の注意を引く。


彼女は俺に親しみを感じてくれているんじゃないか。ほかの男に対してよりもずっと。向こうの集団よりも、俺と一緒にいたかったんじゃないか。空野に捕る練習をしないのかと訊いたのは、本当は俺と二人になりたかったからじゃないか―――。


だとしたら、俺はどうすればいいんだろう……と考えかけたところでやめた。あまりにも都合が良すぎる考えだ。


彼女が俺たちの手伝いに来たのは、捕球組のにぎやかさに馴染みづらさを感じたせいだ。そのうえ高い球をキャッチするのも上手くできなくて、身の置き所に困ってしまった、というのが正しい解釈だろう。


(だけど……。)


彼女は俺の…俺たちのところに来た。俺たちの方が、彼女にとっては安心できる相手だったからだ。少しでも安心できる居場所を求めて、彼女は俺に尋ねたのだ。「こっちにいていい?」と。


(うー…。)


そんな彼女を可愛いなと思ってしまう。その質問に、もっと先の意味があるんじゃないかと期待してしまう。これではまるで……。


(ちがう。勘違いだ。)


きっぱりと自分に言い聞かせる。


調理実習で初めて話してから…まだ四日目だ。たまたま彼女に注目する機会が続いただけのこと。もしかしたら空野と剛の言葉に引きずられているのかも知れない。だって2年生になってから一か月半の間ずっと、俺は汰白と親しくなりたいと思ってきたのだから。


けれど、どうにも落ち着かない……。







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