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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
12/92

12  練習風景 2


昼休みに校庭に出るとき、俺は河西と石野をターゲットに決めていた。二人とも、きのうもおとといも男同士で練習していたから。汰白狙いらしいこの二人なら、俺の提案に乗ってくれる可能性が大きいと思ったのだ。


「そろそろ飽きないか?」


女子を待ちながら肩慣らしのキャッチボールを始めて間もなく、今日の相手の石野に言ってみる。近衛と組んでいる河西も、隣からちらりと俺に目を向けた。


「ああ、そう言えばそうだなあ。」


ヒュッ、と気持ちの良い返球をしながら、石野が同意する。


「今日は変えてもいいかもな。」

「だよな。」


隣で河西も同意した。


本当は、俺からこの話題を持ち出したくなかった。朝、近衛の話を聞いてしまったから。練習内容を変えるなんて俺が言ったら、近衛は俺を恨むか、焼きもちをやいているのだと思うだろう。


それでも言わずにはいられなかった。どうしても落ち着かなくて。それに、近衛と鈴宮が楽しそうにしている景色を空野に見せるのは可哀想な気もしていた。


「変えるとしたら、何だ?」

「そうだなあ、……フライか?」


今考えた風を装いながら、石野に向かって高く弧を描くボールを投げる。ゆっくりと捕球地点を見定めてそれをキャッチした石野が、「いいね。」と言いながら同じように返してきた。まだすいている校庭で、俺と石野は少しずつ距離を広げながらそれを繰り返した。それに気付いた隣の近衛と河西のペアも、同じように距離を広げていく。


(上手く行くかな…。)


距離を長めにとるキャッチボールには、それなりに面積が必要だ。でも、球技大会前の今は校庭が混み合うため、場所を確保するのが難しいし、危ない。さらに、鈴宮みたいな初心者はボールを遠くに投げられないから、1対1で向かい合ってやるのは簡単じゃない。半分遊びの女子も含めたメンバーだったら、一人が投げて、残りが順番に捕球の練習をするくらいでちょうどいいだろう。順番を待っているメンバーは球拾いや声かけをする。要するに、みんなで一緒に練習することになるのだ。


(まあ、女子次第かな。)


女子と言っても、鈴宮は何も言わないだろう。言うとすれば、汰白と波橋と倉末だ。特に波橋と倉末は賑やかで、そこそこ強引なところがある。この二人が嫌だと言えば、きのうと同じキャッチボールをすることになるだろう。でも今日は、きのうまで二人の相手をしていた剛がいない――。


「あーっ、ねえねえ、何やってんのー?」

「あたしもやりたーい! 代わって代わって!」


(お。)


楽しげな女子の声に振り向くと、波橋と倉末が短いスカートをなびかせて走って来るところだった。その後ろに汰白と南野、鈴宮、そして空野を含めた男三人が続く。今日はギャラリーはいないようだ。


「できるのかよ?」


はしゃいで到着した波橋と倉末を、石野がからかう。隣にいた近衛と河西も手を止めて見守る中、俺にボールを渡された波橋が、距離を取って向かい合った石野めがけて「えいっ。」と投げた。


(…だよな。)


予想通り、ボールは石野に届かずにぼとんと落ちた。波橋と倉末が「きゃはははは!」「力無さ過ぎ!」と笑う。石野が返球してきた高い球は、その場でバンザイしているだけの波橋の頭を越えて、後ろに控えていた河西がキャッチした。それを見ながらまた二人がにぎやかに笑い、周囲の男も呆れて笑う。波橋も倉末も元気はいいが、あんまりスポーツに熱が入るタイプじゃないということは、剛が相手をしている様子でみんな分かっているのだ。


「今日はフライ捕球?」


すぐそばで良く通る声がした。いつの間にか汰白が隣に立っていた。


「うん、どうかな? 俺が投げるけど。」

「いいの? 楽しいと思うな。」


にこっと笑顔を作りそう言うと、汰白は声を張り上げて呼びかけた。


「佐矢原くんが投げてくれるってー! あっちに並ぼう!」


汰白がバラバラだったメンバーを追いたてて並ばせる。男女入り混じって順番を決めている横に、鈴宮と近衛が話しながら立っていた。グローブをはめたまま腕を組んでいる近衛は、気取ったポーズで決めているつもりらしい。鈴宮は…いつものとおり、控え目で落ち着いた感じだ。


(空野は? どこだ?)


「直樹。」

「うわっ。」


周りに誰かがいるとは思っていなかった。背が高いくせになんという存在感の無さだろう。これも自信を失くしているせいなのか。


「空野……。」

「俺、ボールを渡すから。」


空野の手にはすでにボールが握られていて、足元にもいくつか集められていた。


「ああ…、空野も向こうに行っててもいいよ。」


鈴宮は今は近衛と話しているが、練習が始まれば、近付くチャンスはいくらでもあるはずだ。


「うん、でも…。」

「ここまで来て恥ずかしがってんのかよ?」

「いや、それだけじゃなくて、あの子たちがね…。」


そう言って、困った様子でにぎやかな声の方を見た。ちょうどタイミング良く、倉末と波橋が「空野くんも、こっち来て〜!」と手を振った。それに首を横に振り、自分は俺の補助をすると身振りで応える空野。


「確かにまとわりつかれそうだな。」

「うん。せっかく向こうに行っても、由良ちゃんとは話せないよ。」


諦めたようにため息をつく空野を、そのとき初めて心から気の毒に思った。見た目が良いのも楽じゃない。


「いいよ〜!」


と、汰白が元気良く両手を振った。ほかのメンバーが数歩離れて彼女を取り囲んでいる。


(まあ、とりあえず、鈴宮を近衛と二人だけにすることは阻止したしな。)


今日のところはこれでOKとしよう――と、思っていた。でも、どうやら風は空野に向かって吹いていたらしい。




練習は笑い声の中、途切れがちに続いた。


なにしろ女子は汰白以外は失敗ばかり。そんな彼女たちに、周りは笑ったり教えたりすることに忙しいのだ。投げる係が俺一人でもまったく問題は無い。空野と俺はのんびりと、倉末のエラーに盛り上がっている捕球組の声を聞きながら、ほかのクラスの練習風景の批評をしたりしていた。


「あの…。」


すぐ近くで遠慮がちな声がした。


「うわっ。」


慌てて振り向いた空野が、一歩飛び退る。するとそこに、鈴宮の姿が現れた。


(いつの間に……。)


「あ、ごめんね。」


驚いた俺たち二人を見比べながら、これまた驚いた顔で謝る鈴宮。


「あの、これ。」


彼女が持っていたボールを俺たちに見せる。


「あそこに置けばいい?」


そう言って、空野がボールをまとめておいた場所を振り返る。どこかに逸れてしまったボールを拾って来てくれたらしい。


「あ、いや、もらうよ。」


さっき投げたまま空になっていたグローブを差し出す。すると鈴宮はほっとしたようににこっとして、一歩踏み出して俺のグローブにボールを乗せた。それからまた急いで一歩下がり、手を後ろに回して遠慮がちに微笑んだ。空野はと見ると、まとめて置いたボールを取りに行ってしまっている。


「上手くなったのか?」


せっかくだから空野が戻るまで引き留めよう思い、準備ができた南野に受け取ったボールを投げながら訊いてみる。その甲斐あって、空野がボールを持って戻っても、鈴宮はちゃんとそこにいた。


「あんまり。」


空野が無言で俺にボールを渡す。無表情に見えるのは、たぶん緊張しているせいだろう。


「真面目にやってんのかよ?」


ちょっとからかいながら言ってみる。空野の緊張がほぐれるまで、もう少しかかりそうだ。


「やってるよ。でも……。」


鈴宮が真面目な顔をして首を傾げた。「いいよー。」と、向こうから声がする。空野は鈴宮の隣に立っているのに、彼女の方を見ようともしない。鈴宮は俺が投げたボールを目で追いながら、困った様子で言った。


「高く飛んでくると、距離がよく分からない。」


それから「あ。」と言って、捕球組の方へ小走りに行ってしまう。


(あーあ、行っちゃったか。)


…と思ったら、そうじゃなかった。向こうから転がって戻ってきたボールを拾いに行っただけだった。転がるボールをグローブで止めて拾うと、ちょこちょことまた戻って来る。そして、俺がすでに空野からボールを渡されているのを見ると、今度は空野に向かって尋ねるように、空野とボール置き場を小さく交互に指差して首を傾げた。


「あ、じゃあ、俺に…。」


ぼそぼそとつぶやくように言って、空野がグローブを差し出した。


「はい、どうぞ。」


(え……?)


そこにボールをころんと入れた鈴宮は、さっきよりも優しい顔をしていた。どこか…いたわるような? そのことが、何故か心に引っ掛かる。


「空野くんは、向こうで捕らなくていいの?」


鈴宮が空野に訊いている。やっぱりさっきよりも、言い方が柔らかい気がする。


(優しいんだな。)


河西に向かってボールを投げ上げながら思った。頭に浮かんだその言葉に拗ねたような気持ちが絡まっている。そんな自分に、心の中で「馬鹿だな。」と苦笑する。


(二人が仲良くするのはいいことじゃないか。そのために俺はあれこれ考えたのに。)


けれど拗ねたような気持ちは消えず、二人の会話に聞き耳を立てずにいられない。


「いや、ああ、今日は…別に。」

「そう?」


照れて上手く言葉が出ない空野と、優しく微笑む鈴宮。二人の間にある遠慮が、逆に二人の世界を創りだしているように感じる。


(俺、邪魔者?)


そのとき、鈴宮が俺を見た。目が合って、またドキンとする。拗ねた気持ちを見透かされたような気がする。その一方で、俺を忘れたわけじゃなかったのだとホッとする。


「あたしも、こっちにいていい?」


意外な言葉に近衛を思い出した。捕球組を見ると、近衛は汰白と熱心に話しているところだった。鈴宮がいないことにも気付いていないのかも知れない。


(なんだよ!)


一瞬、近衛に対して怒りの気持ちが湧いた。けれどそれはすぐに、彼女が解放されたことへの安堵に変わり、それから彼女がこちらを選んだことに対する誇らしさに変わる。


「練習しなくていいのか?」


複雑な気持ちを知られたくなくて、次の球を投げながら訊き返す。


(俺は何を期待しているんだろう。)


でも、彼女がこんなことを言える男は、もしかしたら俺だけじゃないか…?


「んー…。」


言いづらそうに考えながら、鈴宮は転がって来たボールを拾い、空野に渡した。


「みんなに迷惑、かけちゃいそうで。」


自信の無い笑顔。そういえば、練習をしようと決めたときも、みんなの後ろでこんな顔をしていたっけ。


「そんなこと無いと思うぞ。」


言いながらもう一球投げる。そう、みんな女子には親切だ。教えられることがあれば、喜んで教えるのは間違いない。現に今もああやって…。


「うん、でも……。」


彼女が向こうの集団を見た。笑いながら教え合っている、楽しげな集団を。


「まだ、来週もあるし…。」


自信なさそうにグローブの指先をつまみ、少し上目づかいに俺を見る鈴宮。


「球拾いのお手伝い。ダメ?」


(うっ、なんだよ、可愛いじゃないか…!)


思わず口元が緩みそうになる。こんな顔をされたら断れない。いや、そもそも断るつもりなんてあったかどうか。


「そんなこと言って、このまま補欠になろうなんて考えてるんじゃないだろうな?」


笑みを冗談に紛らせてごまかしながらボールを投げる。するとその途端、鈴宮の目が真ん丸になって、後ろめたそうな顔をした。


「図星かよ。」

「くっ。」


隣で空野が笑った。それを見た鈴宮が、ますます気まずそうにする。


「まあ、いいけど。なあ、空野?」

「うん…、助かる、よ。」


慌てて、でも熱心にうなずく空野に、今度は苦笑を隠せなかった。


「じゃあ、戻ってきたボールを空野に渡して。ちゃんとグローブに慣れるんだぞ。」


もう一球投げてから、俺は鈴宮に声をかけた。近衛や空野ファンの女子に文句を言われないために、鈴宮が忙しくしている姿を見せておいたほうがいい。だから俺は、練習のペースを少し早めることにした。


「次誰だー? いくぞー!」


さっきよりもやる気が出ているような気がする。でも、そんなはずはない。鈴宮が近くにいるくらいで、俺の気分が変わるわけがないじゃないか。鈴宮を好きなのは空野なんだから。







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