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恋するココロの育て方  作者: 虹色
第二章 球技大会
10/92

10  彼女に危険が


(女子ってみんな、あんなに小さいのかなあ…。)


午後の授業が始まってから、こんなことばっかり考えている。そして、鈴宮の華奢な肩を思い出して、落ち着かない気分になってしまう。


空野と剛は、俺が鈴宮の肩に手を掛けたことには気付いていなかったようでほっとした。あの二人に見られていたら、また『愛でるルール』を持ち出して説教されてしまうところだった。


(あんなに小さいとは思わなかったなあ…。)


そこに思いがたどり着くたびに、あの瞬間を両手が思い出す。細い肩、振り向いた無邪気な瞳、俺たちの距離。手も小さかったけど、彼女の全身も、俺がすっぽりと包みこめそうだった。


(うー…。)


あとから思い出す方がドキドキするのは何故だろう? もしもあのとき……。


(ああ、ダメだ! 消えろ!)


鈴宮は何一つ疑っていないのに。俺だって、あの直前まで彼女をただのクラスメイトだとしか思っていなかったのに。ほんのちょっと触っただけ。しかも、真面目に練習していた最中だ。なのに、どうしてこんなに気になってしまうのか。


(そりゃあ、女子にさわるなんて、そんなにしょっちゅうじゃないけど…。)


でも、打ち上げでボーリングに行ったときとか、文化祭とか体育祭とか、去年の球技大会だって、ハイタッチとか、手や腕を掴むとか、そういうことが無かったわけじゃない。去年の文化祭の準備のときには、踏み台から落ちた女子を受け止めたことだってある。あのときはそれこそ抱いたみたいになったけど、こんなにいつまでも引きずらなかった。


(やっぱり小さいからか?)


手と同じように、今回もあの肩の小ささに驚いた。俺たち男とは違うのだと、彼女は間違いなく<女の子>なのだと、あの瞬間に悟った。もちろん性別は分かっていたけれど、それとは違う、もっと根本的なところで。


もしかしたら、そんな認識をするほどの接触が初めてだったからかも知れない。次からは平気なのかも。かと言って、それを確かめるために、一人ずつ女子に触ってみるわけにもいかないし。


(あーあ。)


こんなこと考えてても仕方ないかもな。触ったときにドキドキしたのは間違いないし、よく考えてみたら、女子に触って何も感じない方が変じゃないか。今回の場合、それがたまたま鈴宮が相手のときに起こったというだけだ。しかも彼女は素直で一生懸命で、俺を信頼してくれている――だって、あの目だぞ――のだから、ちょっと特別みたいな気がしたって仕方がない。


「なあ、直樹。」


前の席の近衛が振り向いて、いかにもこっそりという態度で頭を寄せて来る。世界史の先生はいつものとおり、解説をしながら板書に精を出している。


「お前、鈴宮と付き合ってるのか?」

「え?」


思わずドキッとした。


ここは堂々と乗り切れ、と、本能が告げる。この二日間の彼女との練習風景を頭の中で確認しながら、俺は覚悟を決めて、不思議そうな表情を作った。


「いや。なんで?」


俺にはそんな覚えはないんだ、と心に刷り込む。ドキドキを悟られてはならない。もしも別な思惑があったとしても――いや、無いけれど、…いや、一瞬あったけど――それを教える気はさらさら無い。どこかから鈴宮に伝わったら、それこそ一大事だ!


「だってさあ。」


何を言われるのかと緊張する。何を言われても、絶対に当たり前の顔で説明しよう。


「普通に肩抱いちゃったりするからさあ。」

「肩って……ああ、あれか。」


ぎくりとしたことは気付かれなかっただろうか。


(やっぱり、そんなふうに見えていたのか…。)


誰にも見られなかったなんてことがあるわけがなかった。それに近衛は隣にいたんだし。


(今思い出したように見えたかな。)


授業が始まってから、あんなに何度も思い出していたけれど。


「なんか鈴宮も平気な顔してたから、もしかしたらいつものことなのか? なんて思ってさ。」

「はは、何言ってんだよ。あれは投げ方を教えてただけだから。」


答えながらまた思い出して、胸の中がじわっと熱くなる。


「だよなあ。まあ、俺も何でもないとは思ってたけど。」


納得する近衛にほっとしながら、余裕の表情を作ってみせる。でもその裏で、またしても彼女と自分のことを考えている。彼女が<女の子>なのだと悟ったあの瞬間。その驚き。焦り。期待。そしてあの先に起こったかも知れないこと…。


「そうだよ。いくら何でも、あんな場所でそんなことするかよ。」


口ではそう言っても、あのときに感じた誘惑を忘れてはいない。もしも「あんな場所」じゃなかったら……いや、そんなことを考えるのは、鈴宮に対する裏切り行為だ。


「でも、直樹と鈴宮って、一緒にいると、妙にしっくりくるんだよなー。」


予想外の近衛の言葉。


「あ…、そう、か?」


(俺と鈴宮がお似合いってことか?)


何だか嬉しいような気がする。ニヤニヤ笑いが浮かんでしまいそうになる。ちょうど近衛が先生を確認しようと前を向いたので助かった。


「だから俺もさあ、」


もう一度振り向いた近衛が続けた。


「『もしかしたら』って思ったわけ。あそこで練習相手を交換したのも、本当はわざとやられたかなー、なんて思ってさ。」

「違うよ。あれは偶然だよ。」


これは自信を持って言える真実だ!


「やっぱりそうだよな。鈴宮、お前に思いっきり丁寧にあいさつしてたもんな。あの状態で『付き合ってます』なんて言われたら、直樹ってどんだけ暴君なんだ! ってとこだよな。でも、そしたら俺、お前から鈴宮を救い出してヒーローになれるかも、ははは。」

「変なこと言うなよ……。」


(鈴宮なら可愛がるに決まってるじゃないか!)


…いや、別に鈴宮じゃなくても、自分の彼女なら当然可愛がるけど。


「なあ、直樹。」

「…何だよ?」


また頭を近付けて小声になった近衛に警戒心が湧く。


「次の練習のときは、俺に鈴宮と組ませてくれよ。」

「…え?」


断りたい。でも、鈴宮はそもそも俺の専属というわけではないのであって……。


「だってさあ、あの一生懸命頑張ってる感じがいいじゃん?」

「ああ…、まあ、すごく下手だけどな。」


(結構大変だぞ。だからやめておけ。)


「うん。でも素直そうだし。」

「ああ…うん。」


(しまった。否定すべきだった。)


急いで、鈴宮は一般的な女子だという印象を与えるために付け加える。


「今日、お前だって南野の相手しただろ? そんなに違わないと思うけど。」

「うーん、そうなんだけどさあ……。」


近衛が少し考えた。


「なんかこう…違うんだよ。俺が求めてるものと。」

「お前…、キャッチボールの相手に何を求めてるんだよ?」

「うーん……、ときめき?」


(やめろ!)


この時点で心は決まった。近衛には絶対に鈴宮の相手なんかさせない!


「なあ、いいじゃん? 試しにやってみたら相性いいかも知れないしさあ。」


なんか近衛が言うと、下心満載の感じがする……。


「そうだな……。」


とりあえず今は時間を稼ごう。で、空野と剛に相談しよう。近衛よりもあの二人の方が、鈴宮に関してはずっと信頼できる。


「別に俺が決めるようなことじゃないけど、チャンスがあったら言ってみれば?」


そもそも明日の昼までは手を出せないはずだ。それに、こうなったら空野と剛だって、鈴宮を守るために行動を起こすんじゃないだろうか。




部活に行く前に空野と剛を廊下に連れ出した。三人並んで中庭の見える窓から顔を出し、二人に近衛の思惑を伝えた。自分の微妙な気持ちが入り込まないように注意しながら。


「俺としては、近衛よりもお前たちの方が優先だと思ってるけど、どうなんだよ?」


俺の言葉に剛は憤慨した様子で答えた。


「あったりまえだろ! 明日は絶対に俺が相手する!」

「本当か? 剛は今朝もそう言ってたくせに、結局は女子二人を断れなかったじゃないか。」


「ツヨちゃん」なんて呼ばれて楽しそうにしてたことは、今は言わないでおいてやるけど。


「あ〜〜〜〜、仕方ねえだろ。女子に言われたら断れねーよ…。」

「そうなんだよなー……。」


剛が言うと、空野が肩を落としてため息をついた。


「俺だってさあ、由良ちゃんと組みたいよ。だけど、汰白さんから先に言われちゃうからさあ…。」


そこにはあんまり同情心が湧かないな。


「断ればいいだろ? 空野はもともと女子には愛想が悪かったんだし。」

「そういうわけには行かないよ。」


悩ましい様子で空野が続ける。


「汰白さんの立場を考えると、断れないんだよ。」

「立場? なんで?」

「ほら、女子って人間関係が難しいだろ? 汰白さんって、女子の中では上の方にいるじゃないか。そんな子の申し出をみんなの前で断ったら、彼女の今の立場が危うくなるよ。」

「……お前、球技大会の練習でそこまで考えてんのか?」


ただの学校行事なのに…と思ったが、空野は真剣だった。遠い目をして語り出す。


「中学の時にさあ、彼女みたいにクラスの中心になってた女子が、いつもつるんでたグループから急に仲間外れにされたんだよ。俺たち男はケンカでもしたのかと思っていたんだけど、仲間はずれはずっと続いて、そのうちその子が学校に来なくなって、しばらくして転校して行った。あとで原因を聞いたんだけど、当時人気があった先生に『お前はうるさい』って言われただけだったんだって。」

「…どういうことだ?」

「その子はさあ、見た目が可愛くて性格が明るくて、勉強もできる子で、それでクラスの中心にいたんだよ。でも、その先生に『うるさい』って言われたことで、彼女に対する周囲の見方が『ちょっと可愛いからって調子に乗ってる』に変わったんだ。そうなると、女子はそれまでの位置から転落するのは速いよ。それに徹底してるし。」

「…怖いな。」

「うん。」


そう言って、空野はまたため息をついた。


「だから、俺も汰白さんを断れないんだよ。彼女がきのう俺に声をかけたのは、ただ隣にいたからだと思う。今日はきのうの続きみたいなものだろうし。だとしても、それを何の理由も無く断れないよ。たったそれだけのことが原因で、彼女の立場が揺らいだら可哀想だし。」


鈴宮と組みたいというのは理由にならないのか…。


「そうだよなー。女子から声を掛けられない直樹には分からない悩みだよなー。はー…。」

「お前はそこまで考えてないだろ。」


調子良く同調している剛には、俺の方がため息をつきたい!


「なんか俺、もう汰白さん(つう)になりそうだよ…。」


空野がぼんやりと中庭を見下ろしながら言った。


「キャッチボールしながら楽しそうにいろいろ話してくれるんだ。子どものころの習い事とか、家族の面白い話とか、中学の思い出とか。」

「そういう話をして憂うつになってたら、汰白ファンに蹴られるぞ。」

「仕方ないよ、俺は別に嬉しくないんだから。それに、みんなの前ではこんなこと言わないよ。…あーあ、由良ちゃんのことは何も知らないのになあ…。」

「俺だって、鈴宮のことは知らないぞ。二日間キャッチボールをしても。」


――なんて言ってる場合じゃなかった。とにかく、明日の練習で近衛と組ませないための相談だ!


「その話の中に、何か役に立ちそうな情報はないのかよ?」

「役に立ちそうなこと? そうだなあ…、中学のとき、ソフト部でピッチャーをやったことがあるらしいけど。」


ピッチャーか。そこから何か展開できるのか?


「まあ、それぞれ一晩考えて来よう。明日また相談しようぜ。」


とにかく鈴宮を近衛から守らねば!







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