【七話】 絡まる首輪
最初は、何を言われたのか理解できなかった。
これまでいろんな反応を見せられた。
しかし初対面での、開口一番からの侮蔑は初めてだった。
『あら、四つも耳が在るのにずいぶんと遠いのね』
くすくす、と取り巻きと共に笑う、アドリーヌという名前の貴族令嬢。この国で一番の格や歴史を持つ貴族の娘で、その一言は時に王族以上の権力を振るうとさえ言われる。
そんな彼女が城の中を我が物顔で歩くのは、日常の光景だった。
縁談が決まっていない貴族令嬢で、一番リュシアンと年齢が近いのが彼女だ。家柄については調べるまでも無く、彼女がいずれ王子の妻となり、王妃を名乗るのは確定された未来。
そんな彼女は、城に住む化け猫姫を毛嫌いしていた。王子が今も昔も変わらず、彼女を傍に置くのもその一因だろう。いくら周囲がアドリーヌを押しても、一番近くにはいられない。
そこは、常にミミの立ち位置だった。
妹姫と仲が悪い、というのもアドリーヌの足を引っ張る。そして、その妹姫が周囲からたしなめられるほどに『猫姉様をお兄様の伴侶に』と叫んでいるのも厄介だった……のだろう。
この国の民は、魔女と王子の御伽噺が大好きだ。
その魔女が残した『化け猫姫』も、それなりには好かれている。
さすがに王妃にと望みはしないだろうが、目下アドリーヌにとって最大のライバルとも言うべき存在がミミ。リュシアンが留学から帰ってまもなく、城に来た彼女はミミを探した。
そして、たった一言。
『化け猫の分際で、主役にでもなったつもりなの?』
物理的にも精神的にも、この上なく高い場所から見下した言葉を、ぶつけた。
直後、目撃したシャルロットがアドリーヌにケンカを売り、二人の間で戦いを告げる鐘が鳴り響いた結果、ミミは早々に忘れ去られてしまったが。ゆえに言いそびれたことがある。
――そんなの、自分が一番わかっておるわ。
昔から、ずっと思っていたことを、今更他者に言われるまでもなかった。降りられるならこんな舞台から、さっさと降りてさよならしたい。でも、ミミには首輪が付いている。
許される限り彼の傍にいたい、という思い。
そんな鎖と首輪に繋がれたミミは、今もここにいる。ここにいるしかない。たった一言だけでいいのだ。リュシアンが、要らないと言ってくれさえすれば、ミミはいつだって。
ここを、飛び出していくつもりだったのに。
そんな願いは未だ叶わず、恋を自覚したミミには新たな鎖が繋がった。これから先、自分には悲しい出来事しか存在しないとわかっていても、背中を押してくれなければ離れられない。
物語の主人公は、みんな恋をして、幸せだと笑っていたけど。
こんな舞台のどこが幸せなのか、ミミには理解できない。
――誰か、誰か楽にして。
願いながら彼女は、ゆっくりと絞まる首輪にもがいていた。